■あるひあひるに



ゾロの予想通り、サンジはまもなく肘を着いたまま居眠りを始めた。
起こさぬように静かに食器をシンクに移動させ、いそいそと布団を敷き始める。
毛玉と同衾したことはあるが、人間の男とは初めてだ。
やはり一枚の布団では狭いだろうか。
「おい、風邪引くぞ」
「・・・ふぁ?」
顎の辺りに手を当てて、半眼のまま瞬きした。
金色の睫毛が震えて、パチパチと音が立ちそうだ。
「もう寝ろ、布団敷いてやった」
「んーありがとー」
そう言いながらテーブルの端を掴んで立ち上がる。
ゾロが手を貸せば、凭れかかるようにして千鳥足で歩き、ほとんど目を瞑ったまま寝床に辿り着いた。
慣れた仕種でもさもさと布団の中に潜り込み、ゾロの枕を占領してことんと頭を擡げたあと、一拍置いてガバリと起き上がる。

「な、なななななんでここで寝るんだ俺!」
誰も見咎めていないのに、髪を逆立ててワタワタと慌てふためき、布団から飛び出した。
「あああ、あのな。俺の部屋、隣だからな。俺、お隣さんだからな」
何も言っていないのに念を押し、畳に手を着いて膝で移動しながら開けっ放しだった壊れ壁に頭を突っ込んだ。
四つん這いで潜り抜けた後、ぴたりと動きを止める。
こちら側に尻を突き出した状態で、なにやら思案しているようだ。
よく見れば、サンジの尻の辺りがなにやらもっさりとしている。
もっさりと言うかふっくらと言うか、モコモコというか。
手足が長く痩せているのに、腰周りだけが妙にもさっとしていて不自然だ。

ゾロが妙な部分に着目していることも知らず、サンジの足の裏がひょこひょこと頼りなく3回ほど振れた後、四つん這いで前に進み方向転換した。
酔いが半分寝惚け半分で赤い顔をしながら、向こう側から手を伸ばしうんしょうんしょと箪笥を“閉める”。
が、“開ける”時もあれほどがんばって全身で押してやっと開けたシロモノを、手先一つで動かせるはずがなかった。
仕方なく、ゾロは何も気付かないふりをしてこちら側から箪笥を押してやる。
「お、サンキュ」
じゃあなーおやすみ〜と能天気な笑顔で箪笥の向こうに消えたサンジに、やれやれと肩を竦めつつはっと思い出した。

「おい」
「うわあっ」
“閉めた”箪笥を片手で開ければ、サンジは壁の向こう側で飛び上がらんばかりに驚いていた。
「引き戸みたいに簡単に開けるなっ」
「いいじゃねえか、実際もう引き戸みてえなもんだし」
ゾロは台所まで取って返すと、すっかり忘れていたビニール袋をサンジに手渡した。
「え・・・なに?」
素で尋ね返されて、ゾロは困ったようにポリポリと後ろ頭を掻き、さらに鼻の頭も掻いた。
「・・・いつも世話になってっから」
コンビニの袋だから、中身はすぐにわかる。
ホワイトデーのお返しラッピングと、薬用リップだ。
「俺に、くれんの」
「おう、ありがとうな」
「や、こっちこそ・・・」
さっきまで和気藹々と鍋を囲んでいた間柄なのに、なんだか急に照れくさい空気が漂う。
「ありがと」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
サンジが背を向けたから、箪笥はゾロが閉めた。

布団に戻ってから、やっぱり・・・と思い返さないこともない。
プレゼントを渡す間際、ちらりと向こうの部屋を見たが、家具らしいものは一つもなかった。
布団すら、なかったんじゃないだろうか。
生活感なんてまったくないし、ほとんど空き室同然だったのに。
「あいつ、今夜はどこで寝るんだ」

よっぽど、もう一度箪笥を開けて「こっちで寝ろ」と言いたかったが、なんとなく今は開けてはいけないような気がする。
なんとなくだがそんな気がして、ゾロは気がかりながらもその日は一人で部屋で寝た。
久しぶりに、毛玉がいない夜だった。


END


あるひあひるへ(感謝をこめて)

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