■あるひあひるじゃ



「隣、だと?」
「ああ、俺お前のお隣さん。隣人、わかるか?」
わかるかと言われても。
呆気に取られたゾロに、サンジはうんうんとしたり顔で頷いて見せる。
「驚くのも無理はねえと思う。ほんとに悪いと思ってるよ、だって不法侵入だもんよ。いくら隣だからって勝手に部屋ん中入ったりしてさ」

いやでも、と言い掛けて思い当たる。
ゾロの隣人はウソップだが、反対隣に誰が住んでいるのかは知らなかった。
「一ヶ月くらい前からかな・・・お前んちにあひるがいるだろ?」
「・・・ああ」
毛玉のことか。
「アレさ、実は訳ありのあひるなんだ。事情があって家に帰れねえ・・・いや、連れて帰れねえあひるだった。それをお前が偶然拾ってくれてさ、家に連れ帰ってくれただろ」
「ああ」
「すんげえ世話になった、ありがとうな」
別に世話をした覚えはない。
部屋の中に入れて、温かい場所に放っておいただけだ。
「俺はなんもしてねえぞ」
「でも、結果的にあひるは保護されて無事だったんだ。あんたは命の恩人だ」
大袈裟だが、それと隣人のサンジとがどう繋がるのだろう。
そもそも、ゾロが留守中になぜこの男が色々と世話を焼いてきたのか。

「実はな」
サンジはテーブルに肘を着いて、内緒話でもするようにそっと顔を近付けた。
「俺はあのあひるのお目付け役で、お前に拾われた時からずっと後をつけてたんだ。んで、このアパートに入ったのを確認して、こっちも空き部屋だった隣を借りた。以来、隙を見てはあひるの世話をして、ついでにお前の世話も見ていた」
「どうやって?」
ここに至ってようやく、ゾロは真っ当な質問をした。
一体どうやって、人の部屋の中に自由に出入りしていたのか。
「ふ、それはな・・・」
サンジはなぜか不敵に笑い、テーブルに手を着いて立ち上がるとふらつく足取りで勝手に奥の間へと歩いていく。

「それはな、これだ!」
言って、寝床として使っている畳の部屋の壁際、中央付近に中途半端に置かれた箪笥を押した。
ぐぐぐ、と畳を擦るようにして箪笥がスライドする。
サンジが酔いで染まった顔を更に真っ赤に染めながらがんばった結果、箪笥は1メートルほど壁伝いに移動した。
「なっ」
そこには、壁をぶち抜いたような巨大な穴が空いていた。

「はははは、驚いたか」
なぜかサンジは勝ち誇っている。
「いままで気付かなかっただろう、これぞまさしく物理的などこでもドア!」
「や、『どこでも』じゃねえだろ」
真っ当な突っ込みをしつつ、ゾロは呆れてポカンと口を開けたままだ。
なんだこの、昭和の匂いがするベタな室内構造は。
「俺はこの穴を通って自由にお前の部屋に行き来し、掃除したり洗濯したり飯作ってたりしたんだ。どうだ参ったか」
参りました。

「・・・この穴は、前から空いてたのか?」
素朴な疑問に、酔っ払いは即行突っ込む。
「んなわけねーだろっ」
「ってことは、器物損壊・・・」
「ん?あーなに?ニホンゴワカリマセン」
どんだけ怪しいんだこのエセ外人。
近付いてよく見れば、剥き出しの壁土はまだ新しく箪笥を動かすたびにポロポロと端が崩れている。
まさに空けたて壊したてという感じなのだが。

「まあ、そう言う訳で俺は単なるお隣さんだから」
なにがそう言う訳なのか、サンジはさっさと会話を切り上げてテーブルに戻る。
残ったビールを飲み干して、ぷはーっと息をついた。
「毛玉は?」
「あ?」
酔っ払った上に運動したせいか、見上げる瞳がとろんとして上体も頼りなく揺れていた。
これはもう、寝るかもしれない。
「毛玉はどこ行った」
「毛玉ってえ・・・あひるかよ、あひるだよあれあひる」
ぞんざいに腕を振ると、空のグラスに肘が当たって倒れた。
「あひるはーお家に帰った。相続問題が解決してな、無事一件落着。お前が預かっててくれたお陰で、元に戻れた。ありがとう」
何か知らんが、厄介なことは解決したらしい。
「それじゃあ、てめえも引っ越すのか?」
この壊滅的な部屋を置いて?
「いや・・・別に、俺ここ気に入ったし。このまま住んでてもいいかなーとか思って・・・」
ちらりと、上目遣いで見上げる。
隣に住んでもいいかと、目で訴えているようだ。
「そうか、じゃあ改めて」
ゾロはコップに水を入れると、自分のビールが入ったグラスとかち合わせた。

「これからよろしく、お隣さん」
サンジはにぱっと笑うと、冷えた水を受け取った。



END


あるひあひるじゃ(なかったの?)


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