TRUTH
<酒菜あみさま>


「あー、またやっちまった。
 ゾロは頭を抱えた。
 今日は、今日こそはサンジと喧嘩をしないで過ごそうと思ったのに。
 昼メシをぶっちぎって昼寝に明け暮れた挙句、おやつにもありつけずに目を覚ましたのは夕方。
 あまりの殺気にその脚が振り下ろされる前に目が開いて、ほの赤く染まった空に愕然とした。
 アホ剣士だとかクソマリモだとか散々罵られ、最初は返す言葉がないと思っていたのに。
 それなのに、つい、手が出てしまった。
 そうするともう後には引けない。
 ナミの拳骨が落ち、船を散々壊してフランキーとウソップに溜息を吐かれて。
 そうしてサンジがキッチンに入っていき、一人残されて我に返った。

 ───今日は、サンジの誕生日なのに。
 だから、今日は喧嘩をしないで過ごして。
 そしてできれば。
 できれば、好きだと伝えたかったのに。

 コックの誕生日だからって晩メシはいつもどおりで、特に豪華だとかそんなことはなかった。
 いつもどおり旨くて、でもいつもどおり旨いと言えない。
 男は余計なことは話さなくてもいいとゾロは思う。
 思うけれど。
 これは余計なことではないと思うのだ。

 日が変わるまであと10分。まだ、間に合う。

 キッチンの扉を開ければ、誕生日なのにいつものようにひとりで片付けをするサンジがいた。
 なんだよ、酒か?
 振り向きもせず言う背中に近付く。

 あと5分。
 あと1分。
 最後の皿を拭き終えたサンジが振り返る。

 ───コック、愛してる」




「───うっ…」
「泣くなよー、サンジ」
「だって、切ない話じゃねェかよー」

話をしてくれとサンジに強請られたのはいつだったか。
あいつがおれのことを好きな話。
そう初めて言われたとき、ウソップは驚いた。
喧嘩ばかりしている二人だ。そんな様子少しもなかった。
サンジがゾロを好きなのだと知っているのはおそらくウソップだけだ。
他の誰にも話していないようだし、素振りを見せていることもない。
ひとり打ち明けられたのはなんだか面映ゆく、仲間だとか男同士だとか、そういった嫌悪感はなかった。
仲間同士の恋愛をつくって話すことについてはどうかとも思ったが、「ウソップの嘘でおれは幸せになれんだよ」と頼み込まれて、引き受けてしまった。
たぶんもう両手両足の指では数えられないくらいの話をしたと思う。
たしかにサンジは、実りそうもない想いの隙間をウソップの話で埋めているようだ。
たまにこうして泣いたりもするけれど、最終的に幸せそうな顔を見ると、まぁいいか、という気にもなる。
けれど。

「お前さァ、こんなんで満足なのかよ」
「…迷惑かけて悪ィと思ってるよ」
「別に迷惑じゃねェけどさ、法螺話でいいのかって」
「んなもん、しょうがねェだろうよ」

今日はサンジの誕生日だ。
というのは、ついさっき聞いた。
ゾロとサンジはいつものように荒っぽい喧嘩をして、ナミに散々叱られた。
そのあとキッチンを訪れるとサンジが一人でいて、誕生日だからゾロが祝ってくれる話をしてくれよ、と言われたのだ。
誕生日だって知ってるのもきっと自分だけなのだろうな、とウソップはこっそり苦笑する。
サンジは自分の気持ちを一生言わないつもりなんだろう。
普段の二人の様子とかゾロの性格とか、それを思えば言わないのが正解な気もする。
ゾロはあれで案外優しいし仲間思いだ。サンジが気持ちを伝えれば真面目に考えて答えを出すだろう。
そうやって真面目に考えられるのも答えを出されるのも、サンジにとっては居た堪れないことなのだろうと思う。
でもなァ。自分が考えても仕方がないことだと、ウソップだって思うけれど。

サンジの誕生日もあと5分。
「せっかくお前の誕生日なのになァ」
呟くと、キッチンの扉が開いた。
足音がしただろうか、全然気付かなかった。
そこにはゾロが立っていた。
あと1分。
賭けだったかもしれない。ウソップは急いでキッチンを出た。すれ違いざまに、少しだけゾロの背を押した。
扉を閉める瞬間、声が聞こえた。

「コック」
「え」
「───あいしてる」



すげェ。
巨大金魚のフンでできた島の話よりすげェ。
興奮したウソップは、瞬間少しさみしくなった。
───お役御免だな。
それとも。
これから、ウソップが聞かせてやった数よりたくさんの話を、サンジから聞かされるかもしれない。
仲良く話をしていたらゾロがやきもちを焼いて割りこんでくるかもしれない。
そんな話もしてやったことがある。それも本当になればいい。




END


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