R先生の些細な道楽2




がたつく雨戸を開けると、曇り空だというのに外の眩しさが目に沁みた。
「おや、寒いと思ったら雪がちらついてますよ」
「どうりで、昨夜は冷え込みましたからねえ」
ぼさぼさに寝乱れた頭を上げて、無精髭の浮いた男たちがもそもそと動き出す。
「ゆっくり休んでもらいてえとこですが、お仕事ですからね」
「勿論です、すんませんでした」
皺くちゃの背広をそのままに、座り直して頭を撫で付ける。
「順番に洗面所使ってください。あ、朝食なんですが、正月の餅が残ってたんで今更七草粥でもないんですけど、ちょっと作ったんで食べますか?」
「も、勿論です!いただきます!」
「やった、サンジさんの飯だ〜〜〜」
寝惚け眼で子どものようにはしゃぐ、いい年した大人達は出版社の編集者だ。
別に泊り込みなどしなくても済むものを、締切り間際には何かと理由をつけて離れに入り浸っている。
それもこれも、サンジの食事+おやつが目当てだと言っても過言ではない。



窓を開け放し男臭い空気を一新して、サンジはパタパタとスリッパを慣らしながら台所に引き返した。
新年を迎えてから、何故かユニフォームはレトロなメイド服から矢絣の簡易着物に変化した。
巻き付けるだけで簡単に着られるし、案外着心地がよい。
それに割烹着をつけて軽やかに動き回る様は、入り浸る編集者達にまた別の意味の娯楽を与えていた。

「相変わらず可愛いなあサンジさん」
「初めて見た時は、メイド服姿だけでぶっ飛びましたよね」
「見慣れると、誰よりも似合ってる気がします」
「また今年に入ってから着物姿で・・・もう・・・」
「金髪なのに、白い割烹着がよく似合って、眩しくて・・・」
大の男たちが膝をつき合わせて、く〜とかう〜とか唸っている。
彼らにとって、見ているだけで至福なのだ。
なんせ憧れのサンジさんは、この家の主、ロロノア先生の専属メイド。
自分達が付け入る隙など、どこにもない。










サンジが小説家ロロノア先生の下で働きだしたのは去年の夏のことだった。
それからほぼ半年が経ち、家政婦仕事にも編集者への対応にも随分と慣れた。
元々家事をするのは得意だったし、料理も楽しい。
ただっ広い荒れた屋敷を隈なく掃除して補修するのも遣り甲斐があった。
無口な主だけに食事を用意するのではなく、月末ともなれば数人の編集者がやってくるから、彼らに心ばかりの
手料理を振る舞ったら大袈裟なほどに喜ばれた。
以来、その頃には離れに閉じ篭って執筆に専念する先生の代わりに、不特定多数の編集者達の腹を満たして
やるのが習慣になっていた。
先生はそんなサンジの行為を咎めるでもなく褒めるでもなく、ただ放任している。
気にかける余裕さえないのか、離れに篭もったきり5日間も姿を見せないこともある。
それが仕事だからとサンジも割り切ってはいるが、最初の内は随分と心配もした。
身体を壊すといけないからと、せめてもとお握りを持って行っても、先生は背中を向けたまま返事もしない。
それでも原稿が上がった頃には空になった皿が下げられるので、食べてくれているのだとほっとする。
それに、原稿明けの先生は少しやつれて、ちょっとセクシーだな〜などと腐ったことを考えてどきどきもしていた。
そう、先生とメイドサンジはただならぬ仲だった。






「どんどん食ってくれよ。お代わりあるぞ」
「いただきます!」
「美味いっす、ほんと美味いっす!」
まるで欠食児童のように、編集者達は先を争ってサンジに空の茶碗を捧げ出す。
元々腹が減っている相手に食べさせることが大好きなので、サンジも上機嫌で給仕する。
食事が終われば後片付け、洗濯機を回して広い家中掃除して、また昼食を作っておやつも準備する。
年賀状の整理も済ませ、家計簿をつけて夕食の支度をすれば、また編集者がいつの間にか入れ代わって
待機している。
月末は文字通り目が回るような忙しさだ。
だが、こうして忙しさに感けていれば、寂しさを感じる暇もない。
先生が、離れに篭もりきりでろくに顔も合わさなければ会話もない、指一本触れない事だって我慢できる。

それでも――――
ふと、洗濯物を干す手を休めて空を見上げれば、無性に恋しい想いが込み上げてくる。
先生の大きな手が着物の合わせ目から滑り込んで、温かな熱がしっとりと肌を濡らして、乱れる様を咎めるように
切れ長の瞳が眇められて―――
「やべ・・・」
ぞくりと、下半身が疼いてサンジは慌てて洗濯物を握り締めた。
こんなところで真昼間から兆している場合ではない。
そうでなくとも、先生から自慰は禁止されている。
自ら己を慰めるなど、はしたないことこの上ないと怒るのだ。
それ以上にはしたないことをサンジにさせているというのに。

思い出せば益々身体が熱くなって、サンジは手早く干し終えると駆け足で母屋に戻った。
そろそろ昼食の準備をしよう。
今日のおやつは何にしようか。
ここのところ和菓子ばかり続いているから、今日はシフォンケーキでも焼くかな。
口当たりが軽いから、3ホールくらいあっと言う間になくなってしまうだろうか。
必死で気を紛らわせようと、あれこれ考える。
一人でいるとどうしても、先生との情事が脳裡に甦ってしまう。
もっと他のことを考えないと、治めきれないほどに熱が高まってしまいそうだ。
じゃないと、お仕置きされちまう。
じゅん、と腹の底が余計に疼いた。



サンジとて、健康な18歳男子。
毎日マスをかいてもおかしくない年頃だ。
なのに、締め切り前になると先生は一切手を触れなくなる。
それまでは殆ど毎日あちこち弄くり倒して玩具にするのに、その行為がぴたりと止まってしまうのだ。
これは結構辛いものだった。
快楽に慣れた身体は夜になると自然に解けるかのように、胸をときめかせて疼きだす。
けれど先生は離れに篭もったきり。
しかも客間にはむさ苦しい男たちがひしめき合っていて、サンジの気分を萎えさせる。
―――早く原稿上がんねえかなあ
先生の原稿が上がるのを一日千秋の思いで待ち侘びているのは、実はサンジが一番なのかもしれない。

無意識に切ない溜息を零して客間と台所を行ったりきたりするサンジの姿は恐ろしく扇情的だったが、
誰もが気付かぬ振りをした。
なんせサンジさんは先生の専属メイドさん。
脳内で望むことも憚られる、究極の高嶺の花なのだ。












そんな編集者達のいじらしい想いなど知る由もなく、サンジは今日も無駄にフェロモンを撒き散らして一人遅い
夕食をとっていた。
ついでに一人で熱燗など傾けて、ほろ酔い気分であり合わせの食事を摘まむ。
自棄酒のようだが、実際飲まないとやってられないほど溜まっているのだ。
先生が離れに篭ってもう6日目。
常なら原稿があがったと出て来てもいい頃だ。
一体いつまで人を待たせたら気が済むんだ。

考え始めたら苛々してきた。
思えば、自分の自慰行為なんて、人に禁止されるいわれなどない。
こちとら健康優良児なのだ。
溜まったもんを出さなければ、身体にだって悪い。
元はといえば、ここまでほうっとく先生が悪いんだ。
生理的な問題だから、自分に落ち度があるわけではない。
そうだそうだ、先生が悪いんだ。

どんどんそういう気になってきて、サンジは勢いよく杯を飲み干した。
完全に酔っ払い思考だが仕方がない。
空の盃をポンと放って、畳に寝転がる。
編集者達が寝泊りする客間は、廊下を隔ててずっと奥にある。
彼らは決して自分から母屋には近寄らない。
夕食を済ませれば綺麗に平らげられた皿は、廊下にまとめて出されている。
明日の朝にでも回収すればいいだろう。

サンジは寝転んだまま、そっと割烹着の下に手を滑り込ませた。
そこはすでに盛り上がって、熱を帯びている。
―――着物って、簡単に前、肌蹴られねえんだよな・・・
トイレに行く時はそのつもりで開くが、今はなんだかこの状態で豪快に広げられない。
仕方ないから、そっと上から宥めるように撫でた。
それだけで、ピクピクと肩が震える。
―――あー、気持ちいい〜
自然、もっともっとと指が動く。
少し強めに何度も擦れば、余計に盛り上がって来た。
このままでは、着物を汚してしまいかねない。
けれど、もう止まらない。
酔ったせいばかりでない、熱い息が他人のもののように忙しなく耳に響く。
とくとくと高鳴り続ける鼓動は、もっと強くと急かすようだ。
別に汚したって構わねえや。
どうせ洗うの自分だし。
調子に乗ってぎゅっと股間を握ったら、締め切られていた襖ががらりと開いた。


「――――!」
思わず横になったまま目を見開くが、恐ろしくて起き上がることができない。
視界の隅に、先生の仁王立ちした足が見える。
目だけ動かして見上げれば、電灯を背に受けて影を差した先生の顔があった。
特に感情の表れない、無表情な視線。
頬から顎にかけて無精ひげが浮いて、目の下には隈ができている。
それがまた、ぞっとさせるほどに精悍でセクシーで、サンジはうっかり見ただけでいってしまいそうになった。


「あ・・・せんせ・・・」
「終わった。編集者達を呼んでくれ」
「わかりました!」
返事は威勢がよいが、すぐに起き上がれない。
畳に手をついてなんとか身体を起こすと、乱れた髪をかき上げて取り繕うように言い訳した。
「すいみません、俺・・・ちょっと・・・酔っ払っちまって・・・」
「随分と、赤い顔をしているな」
先生の手がサンジの額にかかった。
じっとりと汗に濡れている。
「どうした?息が荒いようだが」
「あ・・・の、飲みすぎて・・・」
「まるで熱があるようだ」
先生の手が頬を撫で、首元を滑った。
そのままきっちりと合わせられた襟に下りて、鎖骨を探るように掌を差し込まれる。
「あ、ちょっと」
薄い胸に容易く滑り込んだ。
難なく、すでに硬く色づいた尖りを探り当てる。
「・・・どうして、こんなに硬くなっているんですか?」
「そ、それは・・・酔っ払って・・・」
「じゃあここは?」
割烹着の上から、無造作に股間を掴まれる。
「うあっ」
まだ硬くなったままのそこをダイレクトに握られて、サンジは両手で先生の腕を掴んだ。
「・・・随分と、元気のいい」
「・・・よ、よ、酔っ払ってるんでっ」
「酔うと自然にこんなことになるのですか・・・なんと、はしたない」
先生の目がすうと眇められる。
怒った顔だ。
怒って呆れて軽蔑して、罰を与える―――
「先生・・・」
サンジは涙目で頭を振った。
何をされるかわからなくて、恐ろしい。
けれど胸の奥がほのかに甘い。
先生の目が自分に向けられている。
ずっと背中しか見せてくれなかった先生が、自分を見ている。

「このような淫らな子には、お仕置きですよ」
先生の口端が、僅かに吊り上った。







先生に手首を掴まれ、畳の上に四つん這いにされた。
暴れて騒ぐ訳にはいかない。
この家にはまだ複数の他人がいて、先生の原稿が上がるのを待っている。

「先生、何を・・・」
サンジの不安げな声に応えず、先生は着物の裾を割ってたくし上げた。
何故か綺麗に捲り上げられ、サンジは羞恥と共に感心の声も漏らす。
「・・・え、ちょっとっ」
「まったく、こんなに濡らして」
舌打ちさえ聞こえて、サンジは恥ずかしさのあまり身をちぢ込ませた。

半勃ちのペニスは先走りに濡れて、襦袢に染みを作っている。
後孔の方まで垂れたのか、先生の指がなぞる動きもぬるついている。
「最近は、一人で感じると後ろまで濡れるのですか?」
馬鹿にしたように軽く言って、先生は指を捩じ入れた。
「痛っ、違い・・・ますっ」
表面がヌルつくだけで、解されていない中は痛い。
先生は固い蕾を突付いてサンジを怯えさせると、小抽斗からジェルを取り出した。
「後ろまでは、弄くっていないようですね」
「そ、そんなこと・・・」
するかあっ、と怒鳴りかけて、塗りつけられる冷たさに身を竦める。
後孔を解しにかかるとは、これから入れるつもりだろうか。
でも、編集者達が待っているのに・・・

「先生、原稿が、あがっ・・・た、んじゃ・・・」
ずぶずぶと先生の太い指が内壁を撫でるのに、サンジは喘ぎながら抗議した。
「そうですよ、ですから早く呼んできていただきたいのです」
「・・・あ、それ、じゃ・・・んなこ、と・・・」
してる場合じゃねーだろ!と言いたいが、腰が立たず声にもならない。
ジェルをたっぷりと塗りつけて、滑る音を立てながら指を引き抜いた先生は、濡れた手でさらに何かを
取り出した。
すでに焦点の合わないサンジの目の前に翳す。

「・・・なに?」
掌サイズで、黒くて細長い菱型だ。
全体につるんとしている。
「これは本来、栓をして使う方がいいようです。今回栓はしませんから、抜けないように気をつけねばなりませんよ」
「は?」
話の見えないサンジを置いておいて、先生はまた着物の裾に手を滑り込ませた。
濡れそぼったそこに、ぐっと押し込められる。
「うあっ、嫌っ」
指でない何かの進入に、サンジの後孔がぐっと窄む。
剥き出しにされた尻を先生はぴしゃりと平手で打った。
「力を抜きなさい。すぐに抜けてしまいますよ」
「・・・あ、や―――」
先ほど見せられたものを入れられたのだと、そう気付いて恐怖に慄いた。
その間にも、先生の指が強引に押し込んでいく。
「そうそう、ちゃんと奥まで咥え込んで。上手です」
またぬちゃりと指を引き抜くと、手早く着物の裾を下ろして整えた。
サンジはへたり込んだまま、身動きもできない。

「さ、編集者達を呼んできてください」
「えええっ」
もはや顔面蒼白だ。
こんな妙なものを入れられて、呼んで来いって・・・こんな
「私は離れで待っていますから、早くしなさい」
先生は正座したままきっぱりと言い放った。
ものすごい変態的行為をしながら、先生の居ずまいはどこまでも高潔で凛としている。
今俺ひどいことされてるんです、と誰に訴えることもできず、サンジはよろよろと立ち上がった。
奥に何かが入っている感触はあるが、そう大きなものでもないし、異物感だけで大丈夫そうだ。
それでも恨みがましい視線を先生に投げかけて、無言で廊下に足を踏み出した。

「そうそう、言い忘れましたが」
先生の声に振り向けば、真面目くさった顔のまま懐から手を出した。
「それは、リモコン式なのですよ」
「ん、ああっ」
途端、アナルの奥に強烈な振動を感じて、サンジはその場で倒れるようにうずくまった。













客間までの距離が恐ろしく長く感じられる。
サンジはそろりそろりと慎重に足を運び、なんとか入り口の襖の前で跪いた。
先生は離れに帰り、今体内にあるものは微動だにしない。
先ほど試しにスイッチを入れられたときは、そのままイってしまうかと思うほどの衝撃だった。
なにもあんな震え方しなくてもと思うほどの響きで、頭の中が真っ白になりそうだった。
またあれを、しかも人前でされたりしたらどうなるか・・・
考えただけで頭の芯まで冷える。
いっそこのまま、電波の届かない場所までダッシュで逃げ去ってしまいたい。
―――離れから、届くのかな
どちらにしても、編集者を呼んで原稿を渡す間に茶を出せと言っていた。
逃がすつもりはないのだろう。

「失礼します。先生がお呼びですので、離れに来ていただけますか?」
襖を開けてそう声を掛けると、もうもうと立ち込めるタバコの煙の中で、男たちが俄かに動き出した。
「あ、そうですか。ありがとうございます」
「どうもお世話になりました」
いそいそとコートや鞄を手にして、サンジに頭を下げながら部屋を出て行く。
一人ひとりに笑みを返して、狭い廊下を通りやすいように壁に背を預けたら、不意に身体の奥が震えた。

―――届いてるっ
半ばパニックになって、壁に張り付いた。
足がガクガクと震え、息が詰まる。
にこやかに通り過ぎる編集者たちに、首を振る余裕さえない。
張り付いたような笑みを浮かべ、サンジは冷や汗を流して壁際に固まっていた。
「どうしたんです?」
最後に出て行く編集者が、不審に思い立ち止まる。
それに必死で首を振れば、今度は壊れた人形のように不必要にぶんぶんと首ごと震えた。
「なんでも、ないですっ・・・先生がお待ちですからっ」
最後は声がひっくり返ってしまった。
その剣幕に押されたのか、編集者は慌てたように首を竦めて愛想笑いを残して廊下を走っていく。

そのうち振動は止んで、サンジはその場に崩れ落ちた。
前が、痛いほどに張り詰めている。
「ひでえ・・・」
サンジは悔しさに顔を歪め、それでも腹を抱えるようにしてヨロヨロと廊下を歩いた。







離れの4畳半に、編集者達がきちんと並んで順番を待っている。
先生から手渡された原稿を確認する間の待ち時間にも、茶を出してやるのがサンジの習慣だった。
だが今は、この時間さえ厭わしい。
さっさと貰ってとっとと帰れ馬鹿野郎共!
半ば八つ当たり気味に内心で毒づきながら、サンジはしぶしぶ昆布茶を淹れていた。
編集者達も勝手知ったるで、サンジが美味しく淹れてくれた茶を、自分たちで回してくれる。

小匙でさらさらと湯飲みに粉末茶を入れているとき、不意にブン・・・とかすかなモーター音が鳴った。
腰が震え、心臓が飛び出そうになる。
サンジは膝をきっちりと揃え、膝立ちのまま踵に腰を下ろして身を屈めた。
歯を食いしばりながら、震える手で湯を注ぐ。
体内に埋め込まれたバイブは細かな振動を与えながら、重力に添って少しずつ下へと降りてくる。
こんなところで足元からぽろりと落ちては、言い訳のしようがない。
ヴヴヴヴヴ・・・と音に合わせて体が小刻みに揺れていそうで、それも怖かった。
何より前が、張り詰めて痛い。
布が擦れる感触だけで、声を上げてしまいそうになる。

自分でも顔が真っ赤に染まっているのがわかって、サンジは俯いて一心不乱に茶を淹れた。
手の先から血の気が引いて、白く震える指がもどかしい。
なのに額にはじっとりと汗をかき、息が荒くなっていく。
でもまだ着物でよかった。
これでスカートだったらぽろりと落ちたらそれまでだ。
だが待てよ、スカートなら下着つけてるじゃねえか。
着物は下着つけてねえからそのままで・・・
サンジの脳内は少々現実逃避的な論争を始めて、気を紛らわせようとしている。
何より、この密かなモーター音が人に気付かれていないか、そのことが一番怖い。

「サンジさん?」
「う、はい?」
素っ頓狂な声が出なくてよかった。
代わりに恐ろしく不機嫌そうな低い声が出たけど、まあよしとしよう。
「大丈夫ですか?熱でもあるんじゃないですか?」
先ほどからサンジが淹れた茶をこまめに回してくれている、年若い編集者が顔を覗き込むように近付けた。
「い、いえ・・・ちょっと酔っ払っちゃって・・・」
なんとか笑みを浮かべて返す。
震えっぱなしのアナルは、もう痺れたみたいに感覚がない。
随分下まで落ちてきてしまっているようだ。

「先生もですけど、サンジさんもお疲れでしょう」
そう言って、編集者が最後の湯飲みを受け取ろうと手を出した。
サンジは呆けたように湯飲みを持ったまま固まっている。
その手に男の手が触れて、包み込むように添えられた。

途端、下半身がじわっと熱くなる。
紅潮した顔が青褪め、かくかくとぎこちない動きで、湯飲みから指が外れた。
「ゆっくり休んでくださいね」
青年は気付かず、にっこりとサンジに笑みを残して湯飲みを配り終えると、前を向いてきちんと正座した。

サンジはそのままの状態で腰を下ろし、柱に凭れ掛かる。
一人、またひとりと原稿を受け取って去っていく編集者達を見送ることもできないで、壊れた人形のように
呆然と目を見開いて座っていた。





気が付けば離れには先生とサンジの二人だけだ。
全員原稿を貰って、ほくほく顔で帰っていった。
急に静かになった部屋の中で、先生は机の上を片付けると、眼鏡を外してサンジの元にやってきた。
柱に凭れて放心するサンジを見下ろす。
「立ちなさい」
冷徹な響きに促され、サンジはのろのろと顔を上げて、ふらつきながら立ち上がった。
足元の畳が濡れている。
ころりと黒い塊が落ちて、畳の上を滑った。

「粗相をしましたね」
「・・・う」
サンジは唇を噛んで、込み上げる涙を必死で堪える。
「こんな、ひでえ・・・」
「酷い?どんな?」
先生は腰に手を回し、巻きつけるだけの帯を外した。
着物の裾も割って割烹着を捲り上げる。
「どろどろじゃないですか。触れないでイってしまったのですね」
蛍光灯の下で下半身を剥き出しにされて、サンジは再び柱に凭れて両手で顔を覆った。
「あんまりだ、こんなひでえこと・・・」
「酷い?どっちが?」
先生は冷酷な笑みを浮かべ、サンジの前髪を掴んで上向かせた。
「貴方は、他の男の手に触れてイったでしょう」
「――――!」
「本当になんて、堪え性のない淫売」
「違うっ!」
サンジは平手で思い切り先生の頬を張った。

「てめえが悪いんじゃねえか!ずっと、ずっと俺に触れないで。かまってくれねえで、それでこんなひでえことっ・・・
 俺は玩具じゃねえんだぞっ」
打たれた頬に凄絶な笑みを浮かべて、先生はサンジの手を捻り上げた。
「貴方こそ酷い人だ。私が仕事をしている間、寂しいとしか感じていない。自分のことばかりで、なんて身勝手な」
「身勝手はどっちだよ!俺だって、俺だってなあ・・・」
両手を戒められて、サンジは足を振り上げて抵抗した。
勢いで当たった壁にヒビが入ったが、構っていられない。
「他の野郎の手でなんか、絶対やなんだからな。先生がいいんだから、先生しかいねえんだから!こんな想い
 させんなよっ」
「ほんの数日の辛抱でしょう。辛いのは貴方だけだと思ってるのですか!」
先生の思わぬ言葉に、サンジの動きがぴたりと止まる。

「私だって寂しいのです。それがわかりませんか」
思いがけない真摯な瞳で見詰められて、サンジは目を見開いたまま足を下ろした。
「それでも、私は仕事だから打ち込まなければならない。貴方に触れたくても、我慢しなくてはならない。
 それが私の仕事なのです。本当ならば、四六時中貴方を弄くって過ごしたい。貴方の料理を食べて、
 その温かい胸で眠りたい。けれどそれでは生きていけないでしょう。だから、期間を決めて離れに
 篭るのです。貴方のことを極力考えないようにして、誰にも触れず、己にも触れず過ごすのです」
「あ・・・」
サンジは恥ずかしさのあまり赤くなった。
言われてみればそのとおりだ。
寂しい寂しいと、先生の温もりだけを追い求めて。
身体を心配したけれど、結局は自分に背を向けただけの先生を恨みさえした。
なんて、浅はかな―――

大人しくなったサンジの肩に手を回し、先生は優しく抱き締めた。
「貴方が私を慕ってくれるのは嬉しい。けれどその何倍だって私も貴方を愛しいと思っているのです。
 それだけはわかってください」
「・・・あ」
じわっとサンジの目尻から涙が零れた。
「先生、すみません先生、俺―――」
「寂しい想いを、させましたね」
穏やかな笑みを浮かべる先生を抱き締めたくて、けれど戒められたままの両手に気付いて、サンジは顔を上げた。
「けれど、それとこれとは話が別です」
先生は笑ったまま、先ほど畳の上に転がった小さなバイブを手に取る。

「お仕置きは、お仕置きですよ」
「――――!!」
愛し愛される感動も霧散するような、サンジの声なき叫びが響いた。












「ううあ、い・・・ああああっ・・・」
ヴヴヴヴヴと小刻みに揺れる最奥を突くように、先生の腰が揺れる。
先ほどのバイブを挿入されて、さらに先生の巨根を捩じ込まれたのだ。
ただでさえ苦しいほどの質量が、絶妙の振動を伴ってダイレクトに前立腺を刺激する。
内壁を抉られ奥を突かれて、サンジは戒められた両手で柱を掴んで這い蹲った。
「ああ、イくっ・・・もう、イ・・・」
先ほどから気が遠くなるほど感じまくっているのに、勃ち上がったペニスの根元を紐で縛られ射精するこができない。
サンジは腰を高く上げて自ら強請るように振りながら、狂ったように泣き叫んだ。
「いや、イく、イきたいっ・・・イイイ・・・」
足を広げ犬のようにハアハアと舌を出した。
とめどなく流れ落ちる涙と涎が、畳に新たな染みを作る。
先生が手を伸ばし、突き出されたサンジの舌を摘まんで指を捩じ込んだ。
「ん、ぐふ・・・ん・・・」
泣きながら必死の思いでその指を舐める。
その間にも、先生の腰は大きく弧を描くようにグラインドし、勢いよく引き抜いては深く貫くを繰り返す。
「ふがっ、・・・ひっ・・・ひくっ・・・ひ――――」
節くれだった指を噛んで、サンジは喉の奥から搾り出すような声を漏らした。

背が撓り、がくがくと腰が震える。
まるで漏らしたかのように胴震いをして、先生を咥え込んだままがくりと倒れ臥した。
ぴくぴくと痙攣が止まらない。
先生はサンジの口から指を引き抜いて、赤くついた歯形を舐めた。
獰猛な笑みを浮かべて、力なく崩れた尻を鷲掴む。
「・・・まだ、ですよ」
サンジの腰を抱え上げ、再び激しい挿迭を始める。
「ひ、ひいいいいいっ」
サンジは柱にしがみついて、悲鳴を上げた。
「いや、まだっ・・・やああ、と、止まらね・・・」
ペニスを戒められたまま、びくんびくんと痙攣を繰り返す。
「凄い、ですね。ずっとこんな・・・」
先生は感嘆の声を漏らし、細い腰を両手で掴んで内部を掻き雑ぜるように滅茶苦茶に突いてくる。
「ひやっ、やあああっ・・・おかし、おかし・・・くっ・・・」
サンジの内部を何度も温かなものが濡らした。
それが先生の欲情なのか、自分の快楽なのかもうわからない。
「・・・せんせ、せんせ――――」
止まらない快感に恐れ戦きながら、サンジは必死で名を呼んだ。
それに応えるように、先生は背後から覗き込むようにして唇を合わせてくれる。
きつく抓られた乳首が痛い。
痛いのに、気持ちよくてたまらない。
どこを触れられても傷付けられても、快感だけしか引き出せないだろう。

「う、え・・・え・・・」
子どものようにしゃくりあげながら、サンジは先生に舌を差し出した。
そっと甘噛みされて、前に伸ばした手でペニスの戒めを外される。
それでも止まない嵐のような快楽を奥底に秘めたまま、サンジは先生の舌を噛んだ。
両手の戒めも外され、先生はゆっくりと自らを引き抜いた。
サンジのそこはまだ震えが止まず、抜けていくのを惜しむかのようにきつく収縮して先生を苦笑させる。
「本当に、困った人だ」
汗ばんだ額に口付けながら、サンジの息に合わせて収縮を繰り返すそこの指を入れ、奥を弄る。
白濁の液に塗れたバイブをすぐ見えるところまで引き出すと、サンジの両膝を抱えて腰を浮かせた。
「自分で出しなさい」
「・・・・・・」
何を言われたのか理解できず、サンジは幼子のように不安げに先生を見上げた。
「ほら、いきんでごらん。出せるでしょう」
ゆだった顔をさらに赤らめて、サンジは嫌々をするように首を振った。
「・・・そ、んなの・・・」
「出しなさい」
有無を言わさぬ声音にびくりと首を竦めて、サンジは目を閉じた。
ふるふると、丸まった足の指先が震える。
「あ・・・」
ぬるりとした排泄感に、サンジは怯えた。
「や、出る・・・」
「出しなさい」
「・・・出、出ちゃう・・・」

ぽたぽたっと濁った雫が垂れて、黒いバイブが畳に落ちた。
「あ・・・は・・・」
ぶわっと込み上げる涙が頬を伝い、サンジは後ろで抱える先生の肩を叩いた。
「よくできました。えらいですよ」
先生はあやすようにサンジの頭を撫で、正面に抱えなおす。
「それじゃあ、ご褒美をあげましょう」
痩躯を軽く抱え、ぐっしょりと濡れそぼったそこに向き合ったまま改めて腰を下ろさせる。
「・・・ふ、は・・・」
気持ちいいばかりの挿入に、サンジは先生の頭を掻き抱いて喘いだ。
先生は下から腰を突き上げるようにして何度もサンジを追い上げる。
「やはり、私のがいいですか?」
「イイっ・・・イイ、ですっ、せんせ・・・」
サンジは熱に浮かされたように、焦点の定まらぬ目で空を見つめ叫んだ。
「ああ、先生が、イイ・・・せんせい、せ―――」
「私、だけですよ」
「先生、だ・・・け」
歯形だらけの赤い尖りを先生は舌で転がし、汗の流れる胸を舐め上げた。
「ああ、好きっ・・・せんせいっ」
閉じられることをしらぬ濡れた唇が、せんせいと何度も呼んでわななく。
「私もです。だから、もう・・・」
「しません、一人で、しません。ぜった・・・」
ひくっ、ひくっとしゃくりあげる。
けれど誓いを立てるほどに自信はなかった。
先生に抱かれる度に快楽の度合いが深まって、もう後戻りなんてできない。



「約束ですよ、おあずけも覚えなければ」
意地悪な笑みを浮かべる、先生の額にも汗が浮いていた。
それが嬉しく誇らしく、けれどどうにも忌々しくて、サンジは唇を尖らして眉を寄せる。

「・・・わん」
思いがけない応えに先生は破顔して、その尖った唇に噛み付いた。






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