Pudding au chocolat noir

「今日ぉっわ、なんっの日〜」
エースが調子っ外れに歌いながら、スキップして教室に飛び込んできた。
一体いくつだこいつは。
「オーナー・・・生徒さんがまだいらしたら、どうするんですか」
つい冷たい視線で迎えてしまうサンジにも、エースはにやけた表情を直さない。
「速やかにお帰りいただいて、サンジ先生とのティータイムを楽しむに決まってるじゃなーい」
くなんとサンジの背中に凭れかかって来るのを素早く避けて、冷蔵庫へと向かった。
「今日はチョコレートプディングですよ」
「わっほ、チョコレート大好きーv」
「って、先週もそう言ってましたよね」
子どものように手を叩きながら着席するエースの目の前に、サンジは畏まって皿を置いた。
「ただのプリンじゃオーナーの腹持ちにもならないだろうから、ちょっと濃厚なの作りました」
「うわお美味そうvつか、これプディング?」
一見、チョコレートケーキの上に生クリームとチョコソースがかかっているように見える。
「蒸してあるからプディング」
そう言って一人頷くサンジの前で、エースはぱくりと一口食べた。
「うん、美味いv 最高〜」
もぐもぐと満足気に頬張りながら、エースはサンジを見上げてにかりと笑いかけた。

「ところでさ。いつも美味いもん食わせてくれるお礼に、俺からサンちゃんにご馳走したいな」
「え、エースが作ってくれんの?」
「残念だけどそうじゃないの」
ちなみに、オーナー自ら不定期だが『炎の中華教室』を受け持っていたりする。
「今度、GLのエターナルポーズで特別晩餐会を予定してるんだよ。一応身内だけの企画なんだけど、来月のホワイト・デーに向けたメニューの試食とかするんだ」
「え、エターナルポーズで?すげえ・・・」
サンジの顔がぱっと輝いた。
ホテルグランドラインの最上階レストラン、エターナルポーズと言えばなかなか予約を取れない名店としても知られている。
その店の試食会に出られるなんて、料理人としては願ってもない機会だ。
「え、でも俺なんか行っていいのかな。つか、なんでエースが?」
「GLは叔父の系列ホテルだよ」
さらりと言ってのけたエースの頬にはチョコがついている。

こんな子どもみたいな食いしん坊が、実は財閥の御曹司なんだって今更ながら胡散臭く見えてしまった。
「そうかあ、それで身内の・・・」
いいのかなあと思いつつ、もうサンジの意識はまだ味わったこともないエターナルポーズの料理へと向けられていた。
一体どんな味でどんな盛り付けで、どんな雰囲気で食事をするところなんだろう。
行ってみたい、ぜひ。

「俺から改めてお願いします。連れて行ってください」
姿勢を正し、きっちりと頭を下げた。
サンジの仰々しさに驚いて、エースは舐めようと持ち上げた皿を下ろす。
「やだなあ、俺が食事に誘ってんだけど。軽い気持ちで受けてよ、デートだと思ってくれていいからさ」
「なんでデートなんだよ」
すかさず冷たく突っ込まれても、エースはめげない。
「だってホワイトデーのメニューじゃん。いつもいただいてる愛をお返しするのが礼儀ってもんでしょ」
「生憎ですが、“愛”はこもってません。ほぼ“義理”です」
「そんなクールなサンちゃんも好きだ〜」
ニコニコと言いきるエースは心底おちゃらけた男だと思うサンジだが、実はそんなサンジ自身の女性に対する態度が、今のエースのそれと似通っていることにはまったく気が付いていない。

「それで、その試食会はいつなんですか?」
一応サンジにも都合があるので、早めに予定を聞いておきたかった。
エターナルポーズの料理とあっては、何があっても優先させたい。
「ちょい先だけど、来月の2日なんだ。夜8時から、早番なら大丈夫かな」
「2日っと・・・」
サンジは手帳を広げて「あ」と声を上げた。
「なんだ、俺の誕生日だ」
「え、そうなの。そりゃあおめでとう」
一緒になって手元を覗き込むエースの前で、ぱたんと手帳を閉じる。
「丁度よかったじゃん、一緒に誕生日をお祝いしよう」
「そうですね」

誕生日だからちょっと・・・とは言えなかった。
特に誰かに祝ってもらう予定はなかったし、一緒に過ごせる女性もいない。
毎年店のスタッフ達がお祝いしてくれるのを断るぐらい朝飯前だし、何より誕生日なのに仕事以外なんの予定も入っていなかったことが今更ながらなんだか悔しい。

サンジはちょっぴり傷付いたハートを誤魔化すように、きっとした眼差しでエースに振り返った。
「どうせだから、盛大に祝ってください!」
「任せて、精一杯お祝いするようv だからおかわりーっ」
笑顔全開で差し出された皿を受け取って、サンジはいそいそともう一つのプリンの用意をする。
その背中を見つめながら、エースは頬杖をついた掌の影で、口元に浮かんだ笑みを隠した。



end




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