Pound cake



約束の時間通りにゾロは現れた。
両手一杯に抱えきれないほどの大きな花束を持って。
「すげえな」
素直に感嘆の声を上げれば、幾分得意そうに、いつもは顰めっ面しかしない表情を和らげる。
「なに、ほんの気持ちだ」
「却って悪かったな、俺のなんてほんの手作りでたいしたもんじゃなかったのによ」
そう言いながら、扉を広く開けてゾロを通した。

時刻は深夜に近い。
営業を終えスタッフが帰った後のバラティエは、しんと静まり返っている。
ゼフはもう、寝床に入っているだろう。

「悪いな、遅い時間に」
「こっちも残業が入ったんでな、手早く済ませる」
脱いだ背広を受け取ってハンガーに掛けながら、袖を捲くるゾロの背中をなんとなく頼もしい心地で見つめた。

実際サンジは、ゾロが花を活ける姿を見るのが大好きだ。
ゾロ本人の性格と言動には多々問題があるが、花に触れているときの姿勢は真摯で直向さを感じさせる。
活ける動作はかなり大雑把なのに、色の配置やバランスが絶妙で出来上がった時はその空間にしっくりと来るのだ。
―――やっぱ、センスの問題だろうなあ
ディバッグから持参した花鋏を取り出し、花束を解いて作業を始めたゾロの背中を見つめるサンジの視線には、ちょっとうっとり感が混じっていたりする。





事の起こりは、ゾロからの電話だった。
「13日に間に合うように、ケーキを5つばかり作って欲しい」との、不躾な依頼にサンジが食いついたのだ。
「なんだまさかてめえ、ホワイトデーのお返しとか言うんじゃねえだろうな」
「なんでまさかだよ、その通りだ」
この時点でサンジはムキーっとなった。
ぼんくらマリモの分際で、お返ししなきゃならないほど貰ったとは猪口才な。
しかも5つだと?5人ものレディから貰ったのか?
「いや、部署が5つつあるから、それぞれで切り分けられるようなケーキにしてくれ。一人ひとりに返してたら幾つあっても足りん」
またしてもムキーっとなりつつ、どうせ義理なんだなと予測を立てる。
「そういやてめえの会社には、美しいOL様方がたっくさんいらっしゃるんだろうなあ。それで、義理でもそれぞれからいただいたら物凄い数になるって訳だ」
それでもまだお返しを思いついた辺り、ゾロにしては上出来だ。
「予算は3万くらい考えてる」
「・・・は?」
そこで一旦、サンジの思考は固まってしまった。
「え?ちょっと待て3万って?」
「5つで3万、安いか?」
いや違う、その逆!
「どこをどう引っくり返したら、そういう高級ケーキチョイスになるんだよ。そりゃあできねえこともねえけど、なんで?そんなに特別なお返しなのか?」
「ああ、高いのか」
「そもそも、3万の根拠はなんだ」
ゾロの言うことはいつだって突拍子もないから、一応理由は聞いておかないと納得ができない。
「バレンタインとかって、大抵チョコレートをくれるだろうが」
「ああ」
「そんだけチョコばかり貰ったって食えねえから、今年は募金してもらった」
「募金?」
なにそれ、女子のハートが一杯詰まった愛の告白を・・・募金?
「いやだから、会社のなんて義理だろうが。だから俺にチョコをくれるんならその分現金でくれって箱を置いといたんだ。んで、蓋を開けてみたら合計3万円入っててな」
「んで・・・お返しが3万・・・」
「合理的だろ」
まあ、確かに。
「んじゃお前が貰った3万は?」
「寄付した」
サンジは携帯片手にう〜んと唸ってしまった。
実にシンプルだが、味気ないというか潔いと言うか・・・

「別に、3万丸々返さなくてもいいんじゃねえの?」
くださったのはありがたいとして、気持ちぐらいのお返しでいいんじゃないだろうか。
「大体、お前1ホール6千円相当のケーキを恭しく持って会社にいけるか?」
「恭しくってなんだよ」
あの、バレンタインの夜の口惜しい思い出が、急に頭に浮かび上がった。
「そうだよ、そもそもお前は美々しく飾り立てられたケーキを天地無用で会社まで運べるのかよ!」
「何いきなりキレてんだよ」
「上下反転させず、傾けもせず、揺らさず壊さずに5つのケーキを会社まで持って運べるかって聞いてんだよ」
「誰がそんな面倒臭いことするか」
吐き捨てるように応えるゾロに、サンジはああ〜と天を仰いだ。
「だめだ、根本的にてめえにゃケーキの扱いは無理だ。6千円相当のケーキを作る甲斐がねえ」
サンジは携帯を持ったまま、その場を歩き回った。
「大体OLのお姉様方と言えば、カロリーも気になさるお年頃だよな。豪華なケーキを切り分けて喜んでも
 いられないだろうし、そもそも職場だし・・・。よし!見た目地味だけどお前が無難に運べて、尚且つ嵩張らないで持っていけて人数に関係なく簡単に切り分けられる、パウンドで行こう」
勝手に結論付けて、サンジは一人頷いた。
「あのな、代金は別にいらねえ。簡単に作れるケーキだし元でもほとんどかからねえし、しょうがねえから今回は俺がひと肌脱いでやるよ」
「そうはいかねえだろ、俺が貰ったもんの返しだからお前に借りは作れねえ」
こういう部分で、二人とも結構意固地だ。
「じゃあこういうのはどうだ、ホワイトデーに向けて13日からレストランは予約で満杯でな。どうせだから店ん中をホワイトデーらしいアレンジで飾っちゃあくれねえか?」
「ああ」
ゾロは気の抜けた声を出した。
「そういうのなら、別に構わねえ」
「花器はうちにあるのを使えよ、花はお前が持ち込みだ。それでどうだ」
「了解」
と言うわけで、12日の夜にバラティエ入りとなったのだ。





サンジがコーヒーを煎れている間に、ゾロはどんどん店内を花で飾っていった。
見た目、華々しい印象はない。
だがふと気がつくとそこに花があると言った感じで、目立ちすぎないさり気なさが粋に見える。
花に合わせたリボンなども事前に準備してきたようで、あっという間にすべてを飾り終えてしまった。
最後はエントランスの大きな花器に活けるだけだ。

「こんだけの花、やっぱりそれなりに値段するんだろ?」
この期に及んでサンジの方が気後れしてきた。
この花に見合うようなケーキは、残念ながら作っていない。
「いや、知り合いの花屋を回ってもう売り物にならなくなったようなもんばかり集めてきただけだ。値段にすりゃ二束三文、蕾が開いてたり葉が萎れてたりするから、来週までは持たねえと思うぜ」
さらっとそう言うが、素人目にはとてもそう見えない。
「日曜日まで綺麗なら、それで充分だ」
見ているうちに大振りの枝を使って、春らしい息吹を感じさせる見事なアレンジが出来上がった。
これは一番にお客さん達の目を惹くだろう派手さだ。
「こんなんでいいか」
「すげーよ上等、お疲れさん」
コーヒーカップを側に置くと、ゾロは軍手を脱いで道具を仕舞いだした。
「どうせなら酒のが嬉しいが」
「飲ん兵衛のお前に酒なんか出したら、こっから帰らなくなるだろ。仕事の終わりはコーヒーが一番だ」
二人してしばらく花を眺めながら、黙って熱いコーヒーを啜った。

「・・・コーヒーの匂いに負けてんのかな、あんまり花の匂いがしねえ」
「一応、匂いが少ない種類を選んでる。料理の邪魔をしちゃいけねえからな」
朴念仁の癖にこういうところで細かな気遣いができる辺り、やっぱこいつっていいよなとか、つい見直してしまったりして。
「ごっそさん、それじゃそろそろ帰るわ」
熱いコーヒーを飲み干して、ゾロはカップをサンジに手渡した。
サンジは猫舌なので、まだカップに半分残っている。
「あ、じゃあこれ」
中身は地味だから外見だけでも派手にしようと、可愛くラッピングしたケーキを5つ、紙袋に入れて渡した。
「一応、多少乱暴に扱っても大丈夫なように包装してある。中身に成分表示も入れてあるから、このままお姉様方に渡したらいいと思うぜ」
「お、綺麗だな。ありがとう」
さらっと礼を言われて、サンジはなんだか照れてしまった。
「こちらこそ、ありがとう」
口の中で呟いて下を向いてしまったから、我ながらなんだかモジモジして見えて気持ち悪い。

「じゃあな、これはそっちで処分しといてくれ」
新聞紙に木屑や葉っぱをちいさく包んだものを置いて、それから一輪挿しに飾った白い花を差し出した。
「これはお前用だ、店じゃなく部屋にでも飾れ」
「え、俺?」
幾重にも細かく花びらを巻いた、可憐な白い花が3本。
それに青い小さな花と、瑞々しい緑の葉が彩りを添えている。
「ラナンキュラスだ、お前の誕生日花」
「た、誕生日・・・花?」
ちょっとびっくりした。
そもそも、なんでゾロが俺の誕生日を知っていたんだろう。
「一時ナミが誕生日花に凝ってな、知り合いの花を片っ端から調べたりして遊んでた。お前の花はこれだからついでにやる」
呆気に取られて何も言えないサンジの手に花瓶を押し付けると、ゾロはディバッグを担いでさっさと玄関から出て行ってしまった。
サンジは花瓶を持ったまま、慌ててその後を追い掛ける。
「あの・・・ありがとう!」
今度はちゃんと顔を上げてゾロの背中にそう叫んだら、ゾロは立ち止まらずに手だけ振り返して、遠ざかっていく。

なんとなく切ない気持ちでその後ろ姿を見送って、それから手の中で揺れる丸い花の中に顔を埋めた。
かすかに鼻腔を擽る匂いは、ほんのりと甘かった。




end




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