Love Hurricane
-3-



突然の嵐さえなければ今夜は星降る夜でしょうとのナミの予報により、宴会は芝生のデッキで行われた。
それぞれがマイグラスを掲げて乾杯の音頭を取る。
「サンジ、誕生日おめでと〜〜〜〜っ!」
「おめでとーーーーっ」
賑やかに歓声を上げ、一気に飲み干した。

今日の主役は特別に設えられたデッキチェアの王様席で、紙の王冠を被せられて鎮座させられている。
「今日はそこでじっと飲んで食うんだぞ。料理は俺たちが適当に運ぶからな」
「そうだ、まずは肉を食え!肉だ!」
ルフィ手ずから骨付き肉を突き出され、サンジは嫌そうに顔を顰めながらそれに齧り付いた。
「よし、俺の肉を食ったな!」
「次はビールだぞ。ジョッキを空けろう」
「よーし、まず俺様のプレゼントはだな!」
ルフィとウソップは先を争うようにしてサンジにあれこれと話しかけてくる。
と、そこにギターの音が割り込んだ。
「聞いてください恋の歌。この聖なる夜に、愛しい君のために歌います!」
「うっひょう、イかすぜ兄貴!」
「ラブソングGO!」
訳のわからないノリ状態で、野郎組ががなり始めた。

と、サンジの横にロビンが寄り添うようにして、料理を取り分けてくれる。
「今日ばかりはゆっくりしてね、コックさん」
「わあ、ロビンちゃんありがとう」
「いつも美味しいお料理をいただいてばかりだもの。こうしてコックさんが食べてくれるの嬉しいわ」
あ〜ん、と口元にスプーンを持ってこられて、サンジはハート目で口を開けた。
ロビンに食べさせてもらえるなんて、一生に一度あるかないかの僥倖だ。
「あああ、いつもの百万倍も美味しいよううう」
「ふふ、口の端についてるわよ」
ナプキンで口元を軽く押さえられて、めろりんと首を傾ける。
・・・と、がなり合う野郎組の反対側で一人グラスを傾けていたナミが、鬼のような形相でこっちを睨んでいた。
目が据わっている。

「やっぱり我慢できない!」
そう言ったかと思うと勢いよく立ち上がり、大股で近付いてくる。
「ちょっとロビン!一人でべたべたしないでよ」
「あら、コックさんにご馳走しているだけよ」
くすりと余裕の笑みを返して、ロビンは巨大な胸をサンジの腕に押し付けるように身を寄せた。
「コックさんも美味しいって喜んでくれてるもの」
「ああああああ〜〜〜ロビンちゃ〜ん・・・」
「信じられない!もう、サンジ君ったらだらしない!」
緩んだサンジの頬を思い切り引っ張って抓る。
「いだだだだっ、ナミひゃん、待って・・・」
「おっぱい押し付けられたくらいで鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ!じゃあこれでどうよっ!」
言ったが早いか、サンジの目の前が暗くなった。
顔面に柔らかな圧迫感。
甘く爽やかな芳香に包まれて、サンジは一気に昇天しかける。
「んまあ、単直ね」
「んもう、やっぱりおっぱいならなんでもいいのね」
一時押し付けた胸を離して、情けなく鼻血を出したサンジを見下ろし呆れた声を出した。
「本当にだらしない。けど私もいつまでもうじうじ指咥えてるだけの女じゃないのよ。欲しいものは力尽くでも手に入れるの。だって泥棒なんだから」
「あら、海賊じゃないの?」
「あたしは海賊は大嫌い」
「まあ、それじゃ私は海賊のやり方で行くわね」

ロビンの手がサンジの身体の上に花開き、頬やうなじを撫でた。
「このまま、コックさんと消えさせていただくわ」
廊下を一直線に並んで咲いた腕が、順送りにサンジの身体を運んでいく。
「そうはさせるものですか!」
ナミは天候棒を取り出して、雲を作った。
「おいおいおい、何をする気だ」
それまで一人酒を傾けながら成り行きを見守っていたゾロが、さすがに腰を浮かす。
「ロビンを止めるなんてとても無理だもの。このまま雷を起こして部屋を破壊するのよ」
「ば、馬鹿かお前らっ」
慌ててナミを押さえつけると、運ばれていたサンジが跳ねる勢いで飛んで帰ってきた。
「このクソ緑!ナミさんに何しやがるっ」
「何しやがるはてめえの方だ!」
いきなり繰り出された蹴りを避け、ゾロはナミを離して飛び退った。
その隙にナミがサンジの胸に飛び込む。
「サンジ君、今こそはっきり言って」
「ナ、ナミひゃん・・・」
「言いなさいよ、早く言いなさいよ」
いじらしい素振りも数秒と持たず、ナミはサンジの首を絞めながら半ば脅迫する。
「無理強いは駄目よ、航海士さん」
「既成事実に縺れ込まそうとしたのは、どこのどなただったかしら?」
「うひゃあ、ロ、ロロロロビンちゃんっ」
サンジの下半身に咲いた花が淫らな動きを見せて、その場で悲鳴を上げてへたり込む。
「最低!ロビン、勝負よ」
「しょうがない子ね」
いきなり女同士の戦いになった場所から、サンジは這うようにして逃れた。

気が付けば、目の前にはまだラブバラードを歌い続けているフランキー。
「おうおう眉毛の兄ちゃん、俺のスーパーな歌声は胸に沁みたかい?」
「・・・それどころじゃねえよ」
早くナミさん達を止めないと、と振り返れば、後ろからがしっと羽交い絞めされた。
「奥義、ケンタウロス・・・」
「ち、ちょっと待て〜〜〜〜」
悪い予感に前を向いたまま絶叫したら、拘束するフランキーの腕の力が急速に緩んだ。
「ったく、どういう訳だ。どいつもこいつも」
フランキーに手刀を食らわしたゾロが、呆れた顔で背後に立っている。
「ゾ、ゾロ・・・てめえはなんともないのか?」
「ああん?何がだ」
無論、ゾロがなんとかなっていたらそれこそ収拾がつかないのだが、チョッパー以外にまともなゾロも腑に落ちない。

「・・・サ、サンジ・・・」
弱々しい声に足元を見れば、ロビンとナミの戦いに巻き込まれ、黒焦げになったウソップが息も絶え絶えに這いずり寄ってズボンの裾を掴んでいる。
「サンジ・・・てめえの腕の中で死ねるなら、本望だ・・・キャプテンウソーップ・・・愛のために、死す・・・」
がくり、と首をうなだれたウソップの横を、ルフィがドタバタと通り過ぎる。
「サンジ、飯がなくなったぞ!冷蔵庫の鍵、開けてくれ」
「ルフィ・・・」
やや情けない面持ちで顔を上げたら、ルフィはん?と首を傾げた。
「おい、サンジ」
「なんだ?」
「俺、チンコ勃っちまった」
「・・・☆■△※#!!!!」
俄かに絶叫しながら闇雲に船内を走りぬけるサンジをルフィが肉食獣のごとく追いかける。

「なあなあサンジ、どうすんだよ。走りにくいぞ」
「知るかっ、つうか来るな変態!」
「ったく、待てっつってんのに」
前屈みで走りながらにょ〜んと腕を伸ばしたルフィは、そのまま勢いでサンジに抱きついた。
「うっぎゃああああああああああああ」
心底恐怖を感じて悲鳴を上げるサンジに、ルフィの顔がスローモーションで迫る。
あわや、と言う場面で一気に暗転した。

意識を失う一瞬前、刀を2本も抜いてルフィに立ち塞がるゾロの背中が見えた気がした。










目が覚めれば、そこは爽やかな朝の光の中。
誰一人正気の者はいなかったらしく、惨憺たる有様の甲板に累々と屍のごとく横たわっている。
「あったかい気候で、よかったぜ」
それでも敵襲にでもあってたら大変だと今更青褪めて立ち上がれば、見張り台にゾロの姿を見つけた。
―――なんだ、あいつほんとにしっかりしてやがんじゃねえか
ちょっぴり見直した気分で、空を仰ぎながら煙草を取り出したら、しどけなく倒れていたナミの身体がぴくりと動いた。

「うう〜ん」
悩ましげな声を出し、ヨロヨロと起き上がる。
「ああっナミさん!大丈夫?」
咄嗟に駆け寄り抱き起こせば、自然にめろりんと脂下がるのは仕方が無い。
「ん〜・・・」
目元を擦り、小さな欠伸を噛み殺してナミは顔を上げた。
「やだ、私ったらこんなところで寝ちゃったの?」
キョロキョロと辺りを見渡してから、改めてサンジを見上げる。
と、俄かにぼっと顔を赤らめてかと思ったら次の瞬間には額に青筋が立った。
「・・・サンジ君・・・?」
「は、はい?ナミひゃん?」
本能的に危機を察知して、サンジは無意識に後退りした。
「一体どうしちゃったって言うの?昨夜のあたし、おかしくなかった?」
疑問系ながら断定的な言い方に、サンジはただぶんぶんと首を振る。
「そんなことないよ、いつものキュートで理知的なナミさんさあ」
「嘘おっしゃい!あああああなんてこと。みっともないったら、信じられないっ」
どうやら恋胡桃の作用があっても、記憶は残っているらしい。
一人で騒いでいるナミの後ろで、ロビンもようやく覚醒した。
「うん・・・航海士さん?」
「あああ、ロビン!」
ナミは弾かれたように振り向いて、まだ横たわったロビンに抱きついた。
「ロビンーっ、ゴメン!昨夜私妙なことしちゃってっ」
「あらまあ」
複数の手を生やして飛びつくナミを受け止めて、ロビンも辺りを見渡した。
「おかしかったのは私もね。恥ずかしいわ」
途端、昨夜の魅惑的なロビンが思い出されてサンジの顔が自然に火照る。

「貴女を傷付けるつもりなんてなかったのに・・・」
「ううん、私の方こそ・・・まさかあんなことで血迷うなんて・・・」
「俺への謝罪の言葉はないのか〜〜〜」
いつの間にか意識を取り戻していた黒焦げのウソップが、床に横たわったまま弱々しく呟く。
「ったく冗談じゃないわよ。なんで私がサンジ君のことなんかでロビンと争わなきゃならないわけ?!」
「ちょっと、心外だわね」
「ナミひゃん・・・ロビンちゅわ〜〜ん」
正気に戻った途端サバサバと罵倒する美女二人を前に、サンジは畏まって頭を垂れつつも心底ほっとしていた。






「グランドラインって、色んな現象が起こるんだよ」
チョッパーのこの一言で原因は有耶無耶にされながらも皆納得し、元通りの生活スタイルへと戻ってしまった。
サンジは一晩放置された山のような食器の後片付けに専念しつつ、それを手伝ってくれるチョッパーに本音をぽつりと呟いた。
「恋胡桃なんて、使うもんじゃねえシロモノだよ。いい思いしたって所詮薬の作用なんだ。効果が切れたら夢のように気持ちも醒めて、それでおオシマイ。却って虚しいぜ」
「本当は、そういう単なる催眠作用だけじゃないんだよ」
慰めてくれるつもりかと胡乱気にチョッパーを見やれば、どことなく楽しそうにサンジを見上げているつぶらな瞳と目が合った。
「最初に言ったろ、感情の発露だって。元々その人に抱いている気持ちが増幅されるんだ。だから見知らぬ他人や憎んでさえいる相手ならもっと違う反応が現れるんだ」
「・・・それって・・・」
チョッパーの言葉を噛み締めて考えて、サンジは口元を緩めた。
「それって、ナミさんとかロビンちゃんとかのあの反応は、少しは元々あったってこと?」
「そうさ」
あの、ナミの可愛らしいヤキモチも、ロビンのアダルティな誘惑も?

「みんなサンジのことが大好きなんだ。だから大騒ぎになっちゃったんだね」
チョッパーは最初に酒を飲みすぎて宴会の後半は倒れるように眠っていたから、その騒ぎの全貌を見ていた訳ではない。
けれど楽しい宴だったのだろうと自信をもって言い切ったし、事実そうだったとサンジも思う。

「そうか・・・へへ、そうか・・・」
なんとなくくすぐったくなって、サンジは袖で鼻の辺りを擦った。
が、すぐにへにょんと眉毛を下げる。
「だから・・・なのかな」
「なにが?」
少し言いあぐねてから、サンジは困ったようにチョッパーに視線を移す。
「だってよ、チョッパー以外にもう一人なんの変化もなかった奴がいたからさ」
半人半獣のチョッパーでもあるまいし、一応藻類とはいえ人間の部類に入るゾロになんの兆候もなかったのは、サンジのことをなんとも思っていない証拠だ。
いや、憎んでさえいるからか?
目に見えてしょげた表情のサンジに、チョッパーは慌てて首を振った。
「馬鹿だな。こうして一緒に生活している仲間相手に恋胡桃が作用しないはずはないんだよ。見知らぬ相手なら第一印象で好感が沸くし、憎い相手なら負の感情が増幅されて余計話がこじれるってものなんだ」
「んじゃ、なんで・・・」

あのサラダを食べてなかった訳ではない。
それとも本当に、藻類には作用しないんだろうか。
当惑するサンジの前で、チョッパーは口元に両手をあてて「エッエッエ」と訳知り顔で笑った。
「恋胡桃に作用されない理由はただ一つさ。サンジもよーく考えてみたら?」

恋心を触発する作用のある恋胡桃。
けれどそんな作用を必要としない状態だなんて。

首を傾げて考え込んだサンジは、ふと思いついてチョッパーに目を瞠り、その顔色は見る間にじわじわと耳まで赤く染まって行った。










昨日のドタバタであまり進まなかった海図作成を、ナミは部屋に閉じこもって熱心に続けている。
と、ノックの音が聞こえ、姿を見せたのは珍しくルフィだ。

「お疲れ〜って、サンジからおやつ預かってきたぞ」
「ええっ?ルフィが?」
吃驚して顔を上げる。
あのルフィが食べ物を前にして、それを無傷なまま持って運んでくるなど天変地異以上の椿事だ。
槍でも降るんじゃないのと言い掛けて、ナミは驚きの表情を笑顔に変えた。
「どうもありがとう」
「俺のもあるって言ってたから摘まんでねえぞ。心配するな」
「しないわよ、それより気分転換したくなっちゃった。一緒に食べない?」
「おう。なら今日も天気がいいから俺の特等席に行こう」
言うが早いか、ナミを抱きかかえて外へと飛ぶように走り出す。
おやつが乗ったトレイがひっくり返らないよう両手でかばいながら、ナミははしゃいだ声を出した。




よく晴れた日の甲板には、クルー達が思い思いのことをして寛いでいる。
船縁に凭れ恋のバラードを口ずさむフランキー。
その横でコーヒーを片手にその歌声に耳を傾けるロビン。
彼方まで広がる水平線の色を写し取るようにスケッチしながらカヤへの手紙を綴っているウソップ。
薬の調合に熱中しているチョッパー。
そして―――

朝になってもまだ寝くたれているだろう、見張り台のゾロを起こしに行くべきかどうか。
ずっと一人で悩み続け、マストの周りをバターになりそうなほどグルグルと回り続けるサンジの姿があった。



恋はまだ、始まったばかり





END (2007.4.13)




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