Fondant chocolat


その日珍しく、店にゾロが顔を出した。
「いらっしゃいませ、クソ野郎」
かったるそうにそう言って、メニューを投げてやる。
昼休みを利用したのか、背広姿のまま難なくメニューを受け取って、すました顔で注文してきた。
「Aランチ、魚とコーヒーで。それからな、これ土産」
「あん?」
投げて寄越された箱を反射で受け取り、改めて確認する。
「え、何・・・チョコ?」
「ボリビア農協のチョコレートだとよ。よくわからねえけど」
「え、農協ってどこの?つか、ボリビアっつったよな、なんでお前が」
「先に注文伝えて来い」
偉そうに手を振られてむっとしながらも、取り敢えず厨房に引っ込む。
一応コックなのだけれど、人手が足りない時はウェイターも兼ねているのだ。

そのまま厨房の冷蔵庫の隅に箱を入れさせてもらう。
「つい受け取っちまったけど・・・」
包装も何もしてないから、日本で買ったわけじゃないだろう。
土産って、どこ行ってたんだ。






「はいお待ち」
ランチタイムも終盤だから、厨房は比較的手が空いている。
閑なのをいいことに、ゾロの料理を運ぶついでに水差しも持っていった。
「んで、どこの土産なんだ?」
「パリだ、先週行って来た」
「パリだとお?!」
ついでかい声になってしまって、慌てて口を噤んだ。
奥からオーナーが怖い目で睨んでる。
やばいやばい。

「パリって、万年迷子のお前が辿りつけんのかよ」
「ああ?何寝言言ってやがんだ。飛行機に乗ったら着くだろうが」
「一人じゃねえんだろ、お守りがいねえと空港までだって辿り着けねえはずだ」
「オロスぞオラ」
乱暴な口を叩きながらも、ゾロはランチをバクバク食べ始めた。
「知り合いのフローリストがいるから遊びに行っただけだ。たいしたこっちゃねえ」
「ふ・・・ふうん」
フローリストっつうとあれだな、花屋か。

こいつはごつい外見していながら、趣味がフラワーアレンジメントっていう辺りが、すごく変態臭くってドン引きたいところだけど、案外実力はあるようで名前もちょこちょこ有名になり始めてる。
何より、あのエースが今のうちに引き抜こうと躍起になってんのに、本人は趣味程度で片手間だって暢気なものだ。
けど―――

「お前、本当に花が好きなんだな」
「ああ?」
何を今更と言った風に、ゾロがちらりと視線を上げた。
口元から覗く歯と白目の色が際立って見えて、勢いよく食っているのにやけに清潔っぽく映るのはなんでだろう。
「こんないかついおっさんなのに、割と花が似合うよな」
「・・・おっさんは余計だ」
憎まれ口を返しながらも、満更でもなさそうな顔で咀嚼している。
「花を見に行っただけなのに、土産買ってくれたのか?」
「ああ、別に買い物をするつもりはなかったんだが、花屋の隣がたまたま菓子屋で材料も取り扱ってるとか言って・・・まあ、成行きだな」
「ふうん、サンキュな」
一応礼儀だけは弁えているつもりだから、軽く礼を言っておく。
ゾロは一瞬、きょとんとした顔で見上げた。
その表情がなんだかガキ臭くて、つい半笑いのまま目が合ってしまった。

ゾロの虹彩は案外薄い。
つか、淡褐色だ。
茶色い筋が際立って見えるから、なんだか吸い込まれそうな錯覚を覚えるような、奇妙な光を宿している。
もっとよく見たくてぱちりと瞬きをしたら、ゾロから視線を外していた。
「ついでだっつってだろ」
ぶっきらぼうにそう呟いて、黙々と食事を再開させる。
短い昼休みの時間を邪魔しちゃ悪いと、空いたグラスに水を注いでその場から離れた。



バレンタイン前に女の子からチョコを貰ったわけじゃないから嬉しくもなんともないけど、まあ悪い気は
しないもんだ。
このチョコ使ってなに作ろうかなと考え始めたら、ちょっと口元が緩んでくるのが自分でもわかった。
―――取り敢えず、日頃世話になってるオーナーになんか作るか。
勿論バレンタイン関係なく、時節柄ってことで。

ニマニマしながら顔をあげたら、カウンター越しにまたゾロと目が合った。
なんで睨まれてるんだろ俺。
つか、なんで睨むんだよお前。
やっぱあいつにもなんか作ってお返しするべきなのか?
あの目力はなんか作れビームなのか?
戸惑って仕方なくへらりと笑ったら、赤黒い顔で奴はそっぽを向いてしまった。
変な奴だ。


取り敢えず、脳内の義理チョコリストにエースとゾロを加えて、後は仕事に専念することにした。




end




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