Fire Festival  -3-



いつもよりペースが早く量もそこそこ飲んだはずなのに、さほど酔いが回らなかった。
アルコールよりも、ゾロとの会話の方に始終ドキドキしている。
お互いなにかを察し、それとなく示唆しつつも具体的に踏み込んでこない。
こんな距離の取り合いさえどこかくすぐったくて、落ち着かないのに心地よかった。

夜が更けるにつれ混み出してきた店内を、ゾロはぐるりと見渡した。
「そろそろ、出るか」
「だな」
腹もいっぱいになったし、料理は残さず綺麗に食べた。
伝票はサンジが持ってレジに行き、表示された金額のざっくり半分、札単位切り上げでゾロが金を差し出した。
店を出て、さてこれからどうしようと足を止める。
それじゃあまたなと別れるには、まだ早い時間だ。
さりとて満腹だし、また飲みに行くとすると今度はさすがにサンジが潰れる。
実際、さほど酔ってないと思っていたのに立って歩いたらふらついた。
足に来ているようだ。

「どうする?店変えてもう一軒って、いけそうか?」
ゾロにそう問われて、サンジはうーんと迷いながら振り返った。
「腹はいっぱいなんだけど、甘いもん食いてえ」
「ああ」
さっきの店では、料理ばかり食べていた。
「前に寄った店、行っていいか」
「おう」
サンジの後をついて歩けば、来る時は3回ほど横切った路地を突っ切って、おしゃれな外観のケーキ屋がすぐに現れた。
「遅い時間までやってるってのはいいな」
「お、こないだより時間が早いから、まだ結構種類が選べるぞ」
サンジは嬉しそうに笑って、ショーケースの中を覗いた。
酔っぱらっているせいか、いつもより表情が豊かで仕種もどこか幼い。
どうしようかなあと呟きながらゾロに寄り掛かり、肘を掴んで引っ張った。
「お前の誕生日ん時に食ったの、あれとあれだよな」
「おう、そうだったな」
「今日は俺の誕生日なんだよ、どうしようかなあ」
「へえそうなん…」
ゾロはそこまで言ってから、すごい形相で振り返る。
「なんだと?」
「ふぇ?」
サンジはと言えば、半眼でぽやんとしたままだ。
「おま、今日誕生日なのか?」
「あーうー、うん…そう」
サンジは急に恥ずかしくなった。
ゾロの誕生日の時は、ぼっちでお祝いなんてと同情の涙を流していたのに、いざ蓋を開けたら自分もそうだったなんてカッコ悪すぎる。
そんなサンジの焦りをよそに、ゾロは引き返すように半歩下がった。
「なんてこった、そんなんならさっきの店、全部俺が払えばよかった」
「…はあ?」
そこか?そこなのか?
ゾロの深い悔恨の念を呆れながら眺めていたら、すぐに考えを切り替えたようだった。
「よし、このケーキ全種類買うぞ」
「は?」
ゾロの思考展開が斜め上過ぎて、ついていけない。
サンジが呆気にとられている間に、ゾロは勝手に注文していた。
「待て、そんだけも食えねえだろ」
「持って帰りゃいいじゃねえか」
「…そりゃ、そうだけど…」
そう言ってから、サンジは一旦言葉を止め、少し考えてから切り出した。
「じゃあ、俺んち来る?」
せっかく全種類買ってくれると言うなら、それを持ち帰って二人で食べればいい。
そう思ったら、深く考えるより先に口から出てしまった。
「コーヒーくらい、煎れるぜ」
「…いいのか?」
ゾロの「いいのか?」の言葉の前に、数秒タメがあった。
いいから誘ってんだろうと言い掛け、あれ?とサンジも首を傾ける。
さっきまで、家に呼ばなくてよかったとか思ってたの…あれ、なんだったっけか。

「お待たせいたしました」
可愛い店員さんが大きめのケーキの箱を差し出した。
それをゾロが受け取って、そのまま大股で店を出る。
歩道で立ち止まって振り返り、サンジが来るのを待った。
「…んじゃ、行くか」
「お、う」
そう言いながら勝手に右に曲がるから、いや俺んちはこっちだとブルゾンの裾を掴んで方向転換させる。

――――あれー
あれーあれー…
結果的に、部屋に連れ込むことになった訳ですか?
しかもなんかこう、微妙に自覚しちゃったっぽい流れで、これで部屋で二人きりになっちゃうかなこれ。

歩きながら徐々に事態を把握していったサンジは、酔いなどどこかに吹っ飛んでしまった。
まずい、これはなんだか非常にまずい。
しかもゾロは、さっきサンジが部屋に誘った時一瞬微妙な表情をした。
それはあれだ。
ゾロも、もう意識してんだ。
誕生日に、部屋で一緒にケーキ食おうとか、ちょっとフラグ立っちゃってんだこれマジで。

うひょ―――――

人目も憚らず、叫びたくなった。
いやそんなつもりなかったんだと言い訳すれば、じゃあどんなつもりだったと聞き返されそうで怖い。
がしかし、この状態で二人きりになると、全身じんましんが出るほど痒い状況になるのは間違いない。
もじもじモゾモゾして、想像するだけでやっぱり叫び出しそうだ。
もういっそ、既成事実作っちゃうか?
ってなんの?なんの既成事実?!

脳内は超混乱しているのに、足は滞りなく運んであっという間にアパートに着いてしまった。
あーとかうーとか口の中で呟きながらも、サンジは平静を装ってエントランスに入る。
「お、俺の部屋、3階」
「いいとこだな」
エレベーターに乗って壁に凭れ、ゆっくりと上昇する感覚に身を任せた。
僅かな時間だが、閉鎖空間での沈黙が重い。
サンジは床に視線を落とし、ゾロは階層を表示するデジタルを見つめている。
チンと軽く音がして、3階に着いた。

どこか覚悟を決めて一歩踏み出し、通い慣れた部屋へと向かう。
「あ」
「ん?」
ひょこひょこと、独特の歩き方をする大柄な影を見つけ、サンジは目を見開いた。
「ジジイ?」
「おう、帰って来たか」
前から歩いてきたのはゼフだ。
サンジは驚いて、後ろにいるゾロを振り返った。
「あ、あの、うちのジジイ」
いい年して他人にジジイ呼ばわりもないだろうと、慌てて言い換える。
「てか、祖父。レストランやってる」
「ああ」
ゾロは了解して、一歩前に踏み出した。
「初めまして、ロロノアと申します」
そう言ってきっちりと頭を下げると、ゼフも目を細めて会釈した。
「孫がお世話になっております」
「ってか、なんだよジジイ」
サンジは狼狽えながらスマホを取り出し、時計を見た。
日曜日は店が閉まる時間が早いが、それにしてもゼフがサンジを訪ねてきたのは意外だった。
「いや、いらん世話だったようだ」
ゼフはどこかバツが悪そうに、首の後ろを掻いてる。
ゾロはひょいと首を伸ばして、ゼフの肩越しに廊下を見た。
「もしかして、あの荷物が置いてあるところがお前の部屋か?」
「お、おう」
部屋の前に、紙袋が置いてあった。
もしやと、サンジはゼフの横をすり抜けて紙袋の中を覗く。
「――――あ」
中に入っていたのは、惣菜とケーキの箱だ。
誕生日に一人で過ごしそうな孫を心配して、持って来てくれたのだろうか。
「あーこれは…」
なぜかサンジが、ゾロに言い訳しそうになって口ごもる。
ゼフはゾロが持っている箱を見て、コホンと咳払いした。
「余計な真似をしちまったな、それは持って帰る」
「いや、いやいいよ」
慌てるサンジに、ゾロは顎に手を当ててふと考えてから口を開いた。

「なんだったら、みんなで食ったらどうだ」
「は?」
ぎょっとして振り返るサンジの前で、ゾロはケーキの箱を掲げて見せた。
「こっちもいくつかケーキ買って来たんですが、折角だからじいさんも一緒に全部食っちまいませんか?」
「いや、お前らで食えばいいだろ」
「さすがに食いきれませんよ、多分」
なあ、と同意を求められ、サンジは勢いで押されたようにコクコクと頷く。
「そう、だな。つかそれしかねえな。ジジイもゾロも、上がれよ」
サンジは半ば自棄になって、乱暴に鍵を開けるとドアを開け放した。

「その代わり、コーヒーしか煎れないからな」
「お構いなく」
ゾロが先に部屋に入り、ゼフを待つようにして扉を抑えている。
ゼフは一つ大きく息を吐いて、部屋に戻った。



結局、27歳のサンジの誕生日は祖父とゾロと一緒にケーキ三昧で終わった。





『昨日は、ありがとうな』
翌日の昼休み、サンジはゾロに短くメールした。
なんだか色々思うところはあるが、どれも言葉に表すのが憚られ、簡潔な挨拶だけに留める。
ごめんな、と謝りたい気持ちもあったが、別に謝らなきゃならないこともないような気もするし、けれどものすごく申し訳ない気もするし。
ゾロも休憩タイムだったのか、すぐに返信が来た。
『こちらこそご馳走さん、じいさんのケーキも料理も美味かった。いま、いいか?』
なんだろう、と思いつつ『昼休みだからいいぞ』と答える。

すぐに携帯が鳴った。
ゾロからだ。
「おう、なに?」
『昨日言い忘れた』
ゾロはそう言って、すうと息を吸う。
『誕生日、おめでとう』
「―――あ、ありがと」
携帯を耳に当てているから、ゾロの声が直接耳朶に響くようでなんだか気恥ずかしい。
頬が熱くなったから、サンジは周囲に誰もいないのに壁に向かって顔を伏せた。
『そんだけだ、じゃあまたな』
「おう」
それだけ言って、通話は切れてしまった。
スマホの画面を見つめ、サンジは壁に頭を凭れさせたままほうと息を吐く。
何があった訳でもないのに、なぜだか心臓がドコドコ響いて今にも口から飛び出そうだ。
ほっとするような残念なような、嬉しいような悔しいような。
なんとも複雑な想いに駆られ、サンジはしばらく熱を持ったスマホをじっと胸に抱いていた。

その頃、ゾロは廊下から事務所に戻り雑談している同僚の隣に座った。
「おう、どうした?」
「なにが」
「なんか、嬉しそうな面してんぞ」
基本、無表情なゾロの顔を見飽きている仲間達は、ちょっとした表情の変化にも聡い。
ゾロは心外そうに顎を撫で、わざとしかめっ面をして見せた。
「なんかいいことでもあったか」
「もしかして、春が来たか?」
「別に」
ニヤニヤ笑う同僚に素っ気なく答えたが、すぐに思い直したように顔を上げた。
「ただ…何事も、障害がある方が燃えるな、と」
「…そうだな」
気のいい同僚たちは、意味は分からずとも即座に「その通りだ」と同調した。



End


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