Cherry tarte -3-


「こんばんは〜」
「・・・こんばんは」

何故かサンジの代わりにゾロが答え、不審そうな顔で振り返る。
「エース、なんで?」
「いやあ、早めに引けちゃったからサンジ仕事終わった頃かな〜と思って・・・来ちゃった」
最後の「来ちゃった」の辺りは、玄関のドアに張り付くような仕種で首だけ傾けて見せた。
何かのギャグらしい。

「んで、なんでゾロが一緒にいるの?」
しごく真っ当かつストレートな問いが投げ掛けられる。
「あ、あの。俺はパティの奥さんが産気づいて・・・それで代理で」
「それはもう聞いてる」
「んで、ゾロは接待が・・・なあ」
「それも知ってる」
エースは口元に笑みを浮べた穏やかな表情だが、何故か目が笑っていなかった。
蒼い月明かりの下、眼差しだけが白けて見えて、サンジは妙に緊張した。

「んで、当然俺は留守だって知ってたけど、接待にうちの店を選んでくれたんだよ・・・なあ」
ついゾロに助け舟を頼むも、ゾロはエースとサンジの顔を交互に見てなにやら不思議そうな顔をしている。
「エースが用事あるなら、俺は帰るぞ」
「いや、ちょっと待って・・・」
慌てて引き止めてから、しまったと伸ばした手を引っ込める。
「いやあのな。エース、ゾロはなんせすんごく美しいお姉様方を連れてきてくださったんだ。そりゃもう、麗しさのあまり目が潰れそうだったぞ。ただ、皆さん煙草を嗜まれるからうちの店が都合よかったんだと思う。なあ、そうだよなゾロ」
「ああ」
サンジの勢いに気圧されたように、ゾロは少し首を引いて頷いた。
「そう言う訳で、今日のコンパにあぶれた者同士でこれから飲みに行くかって言ってたんだ。だから―――」
「だから?」
エースは表面上にこにこと、サンジの顔を見つめている。
なのに、だから・・・の次が出てこない。

エースも一緒にどう?とか、付き合ってる間柄で言うのもなんだし、多分エースは自分に会いに来たんだろうし、本来ならばここでゾロが帰ってエースと二人で飲みに行く方がお付き合い的には正しい道のような気もするし、だがしかし―――
―――なんか、今はエースと二人っきりになりたくねえ・・・
本能的な怖れを感じて、この期に及んでサンジはビビっていた。

「エースはお前を誘いに来たんだろ。なら俺は帰るぞ」
サンジの心の叫びを無視するかのように、ゾロが非情な方向へと話を持って行く。
「え、なんで・・・3人で行けばいいじゃないか」
なあ、と泣きそうな顔でエースを振り向くのに、エースはニコニコしたまま頷いてくれない。
そんな二人の顔をまた交互に見て、ゾロは腰に手を当て肩を竦めた。
「なんか妙だな、お前ら」
「そんなことねえよっ」
ムキになって言い返すサンジの前で、エースが降参したように両手を上げて見せた。

「しょうがない、あんまり苛めるのも可哀想だ。ゾロ、俺も混じっていいか?3人で飲みに行こうぜ」
「ああ、俺は別に構わんが」
答えながら、ゾロが「どういうことだ?」とでも問いたげな視線でじろりとサンジを見た。
それに困った表情のままへらりと笑い、とにかく着替えを済ませるべくサンジは奥に引っ込んだ。








「かんぱ〜い」
取り敢えず、近所の居酒屋に腰を落ち着けて生ビールで乾杯した。
「一体なんの乾杯なんだ?」
「俺とサンちゃんの未来のために」
「違うだろ、麗しいお姉様方の永遠の美のために!だ」
仕事疲れと妙な焦りで火照った身体を冷やすべく、サンジはぐいっと勢いよくジョッキを空けた。
エースが手を打って飲みっぷりを称える。
「いやあ、それにしてもサンちゃん残念だったね。大好きなコンパに来られなくて」
「うんまあ。でもゾロが連れて来てくださったお姉様方は本当にゴージャスでらしたからな。俺的には大満足」
空のジョッキを掲げてお代わりを注文し、サンジは上気した頬に手を当ててうっとりと目を細めた。

「ところで、うちの二人は迷惑をかけてなかったか」
ゾロの言葉に、すっかり忘れていたあのヨサクとジョニーとやらの存在を思い出した。
「そう言えば、ふざけた二人組がいたな」
相変わらず、男には冷淡なサンジだ。
「ああ、あの二人がいてくれてよかったよ」
エースは云々と頷き、枝豆を摘む。
「今回の女性陣が、おっそろしいメンバーでさ。サンちゃん来なくてよかったと本気で思った」
「え、なんで?」
熱々のカマンベールフライを齧りながら、サンジがさも心外だという風に眉を顰めて見せる。
「ぐる眉は女だったら、なんでもクルクル回って喜べる体質だぞ」
「失礼な、誰がぐる眉だ!」
「そっちか!…いや、実はね」
エースは思い出したのか、にやんと人の悪い笑みを浮かべた。
「ナミちゃん以外の女子全員がコンパ初めてでね。それはいいんだけど、もうそれぞれ最強だったわけよ。まあ、ルックスで言うとサンちゃんが現場にいたら、多分3秒もたなかったろうね」
「なんで3秒?」
「個性的だけど、もんのすげえ美人揃い」
ビールの泡を吹き飛ばす勢いで、サンジがもはっと鼻息を噴いた。
「なにそれなにそれ」
「その内の1人は多分、並みの男じゃ直視もできねえレベルよ。ハンコックちゃんっつたかな。ヨサクだったかは2回くらい失神してるし、ジョニーも鼻水垂らして号泣してたし。ともかくルックスが半端ねえから、サンちゃんだと即意識手放してそれっきりだったろうなあ」
「ええええっ…な、なんてことをっ」
テーブルに突っ伏し拳を震わせ悔しがるサンジの金色の旋毛を眺めながら、ゾロはぐびぐびジョッキを空けた。

「ただし上等なのはルックスのみだから。自分が美人なのわかった上での性格形成はものすげえから。でもって、どう言う訳かルフィに一目ぼれしちゃったから」
「え、ええええええっ」
素っ頓狂な声を上げたサンジの口を、ゾロのでかい手がガバリと塞いだ。
「うっせえぞ、興奮してんな」
「ふがっが…」
「そりゃもう凄かったよ、途中からナミちゃんと火花散らし合っちゃってさ。ルフィはなーんにも考えないで食ってばっかりだったし」
エースはにやんと笑って、まだゾロに羽交い絞めされているサンジの頬をつるりと撫でた。
「んで、もう一人はこれまたやんごとなきお姫様でね。シャルリアちゃんって言ったか、下々の者とは同じ空気を吸うのも嫌じゃとばかりにマイ酸素持って来てるんだけど、まあ世間知らずのお嬢様で…」
「んごっふごっ」
ゾロに口と鼻を塞がれているのに、鼻血でも噴き出さん勢いで興奮している。
「そいで極めつけがラストのサディちゃん。むっちゃナイスバディにボンデージファッションをびしっと決めて、マイ鞭持参のドS嬢。最終的には、ジョニーがシャルリアちゃんの椅子にされるわ、ヨサクが吊るされてサディちゃんにしばかれるわ、ナミちゃんとハンコックちゃんが微笑み合いながら水面下で張り合うわで、大変だった」
あっけらかんと言い放ち、エースは後ろ頭を掻きながら背凭れに身体預けた。
「そう言う訳で、後は全部二人に任せて俺先に帰ってきちゃった」
「そりゃあまあ」
まだフガフガ言ってるサンジを小脇に抱え、ゾロはしみじみとジョッキを傾けた。
「行かなくて正解だったな」
「だろ?」
「ふぐーっ」
乱れた髪を逆立てて、ゾロの脇からサンジがひょこりと顔を出す。
「畜生!どんな個性的なレディでも麗しいのに変わりはねんだろ。畜生、お近づきになりたかった〜」
「まあまあ」
「止めとけ、お前なんかにゃ到底太刀打ちできねえよ」
ゾロとエースに二人がかりで慰められて、サンジは自棄酒とばかりに早いピッチでジョッキを空けていった。









「うう〜ハンコックちゃ〜ん」
まだ早い時間ながらいい感じに出来上がったサンジは、ゾロとエースの間でグラグラと上体を揺らせながら
まだ見ぬ絶世の美女に思いを馳せている。
「そんなにサンちゃん、椅子になったり吊るされたりしたかったの〜?」
「うう〜美女にならナニされてもいい〜」
テーブルに突っ伏して、腕を枕にムニャムニャと呟いている。
長い前髪の間から覗く火照った頬を指の腹で撫ぜて、エースは愛しげに目を細めた。
「駄目だよ。サンちゃんにナニしてもいいの、俺だけだから」
もう何杯目かのジョッキを空けたゾロが、動きを止めて半眼になった。
「なに?」
視線を受けて、エースが平然とゾロを見返す。
「前から妙な感じがしていたが、お前こいつにちょっかいかけてんのか?」
グラスを持った手の指だけを伸ばしてサンジを指す。
「ちょっかいじゃないよ、俺ら正式にお付き合いしてる」
「…へえ」
ゾロは視線を横に流しながら、器用に片眉だけ上げて見せた。
「そうは見えねえな」
「なんで?」
「こいつは確かにてめえに甘えてやがるが、同時に警戒も解いてねえ。妙に距離を測ってる感じはしたが、
てめえが一方的にコナかけてるばかりだと思ってたよ」
「随分とよく見てるね」
エースの口元が、皮肉めいて端に上がる。
「確かに、俺らはまだ清いお付き合いだから真面目なサンちゃんが及び腰になってるのは否定しないよ。
つか、そこがまた可愛いとこなんだけどー」
ゾロは横を向いて忌々しげに吐き捨てた。
「言ってろ、気色悪い」
あからさまな態度に、エースは笑いを漏らしながらも鋭い視線を投げかけた。
「今気色悪いって思ったのは、俺がサンちゃんを可愛いって言ったことだろ?」
「ああ、当たり前だ」
何を改めてと、ゾロは不機嫌丸出しで仏頂面を向ける。
「サンちゃんが可愛いって事に関しても、気色悪いって思う?」
言われて、ゾロは無意識に隣で眠るサンジを見下ろした。
頭上で男二人の話題にされていることなど露知らず、真っ赤な頬を無防備に曝したままいつの間にかピヨピヨと寝息を立てている。
少し尖った唇が拗ねたようであどけなく、どこか小動物を感じさせた。
「こんな間抜けな面してふざけた眉毛で、どこが可愛いってんだ」
「可愛い」と口に出して言ってから、ゾロは妙な顔つきになった。
どうも縁遠い単語らしい。
「まあ、恋すれば盲目って言うからね」
エースは肘をついたまま腕を伸ばして、乱れた髪を梳いてやる。
その指の動きがやけに滑らかで執拗なので、ゾロは嫌悪感を顕わにした。
「イチャつくんなら、他所でやってくれ」
「そうだな、じゃあそろそろお開きにしようか」
そう言って、伝票を取った。
「ここは俺に任せて、ゾロは先に帰りな」
ぴらりと指に挟んだ伝票をすばやく引ったくり、ゾロは懐に手を入れた。
「俺が払う。元々こいつと二人で来るはずだったとこだ」
「へえ」
エースの目が、すうと眇められた。
「それじゃまるで、俺が後からお邪魔虫したみたいじゃね?」
「別に」
エースには目もくれず、ゾロはさっさと会計に向かう。
そんな後ろ姿を苦笑交じりに見送って、ぐなんと力の抜けたサンジの身体を両脇から支え静かに抱え上げた。

「それじゃ、遠慮なくご馳走になるよ」
ゾロの背後をさっさと通り過ぎ、サンジを背負いながら先に表に出た。
急いで会計を済ませたらしいゾロが、後ろから追いかけてくる。
「なに?ご馳走様は言ったでしょ」
背中のサンジをあやすように揺らしながら意地悪く振り返れば、ゾロはむっとした顔でついてきた。
「あんたさっき、こいつとは清い付き合いだとかなんとか、言ったよな」
「ああ」
「なら送り狼になる危険性だってある訳だ。悪いが邪魔させてもらう」
「なにそれ」
エースがくくっと喉の奥で笑った。
「見くびらないで貰おうか。酔い潰れたサンちゃんをどうこうなんて姑息な真似はしないよ」
「どうだか、あんた焦ってるだろ」
ピタリと足が止まった。
改めてゾロに顔を向け、大げさに目を瞠って見せる。
「なんだって?」
「あんたは遊び慣れてるようだから、こんな間の抜けた箱入り坊ちゃんを落とすのは訳ねえだろ。だから余裕こいてこいつに手も出さずにいたんだ。だが、こいつは本当に馬鹿でアホで眉毛が巻いてるから、ほうっとくと何処にフラフラ向かうかわからねえ。それに気づいて、この辺りで手え出しとかなきゃ不味いかなとか思ってんじゃねえのか?」
「・・・・・・」
エースは肩にサンジを抱いたまま、ぱちくりと目を瞬かせた。
それからくくっと肩を揺らせて笑い、さも可笑しそうに腰を曲げる。
「参った、参ったな。図星だよ」
むにゃ…と何かを呟いたサンジを背負い直し、エースはあーあと嘆息した。
「なにそれ。今の話だけでそんだけ理解しちゃったゾロって何者だよ。つかそれって、結局…そういうことか」
一人で納得したように、云々と頷く。
「なにブツブツ言ってやがる」
再び歩き出したエースと並ぶように、ゾロが律儀に追いかけてくる。
「安心しな。今日はちゃんとサンちゃんの家まで送るから。なんせあの怖〜い爺様だっているんだし、心配するこたあねえよ。ほら、店が見えてきた」
勝手知ったるで裏口へと向かい、門の前で立ち止まる。
呼び鈴を押す動作を止めて、エースはゾロを振り返った。

「俺は、サンちゃんと遊びで付き合ってるんじゃねえよ」
「そんなこと、俺に言ってどうする」
心外だとばかりに口をへの字に曲げるゾロに、エースは笑みを返さなかった。
「なんせ素直で可愛いのに態度が横柄で口が悪くて、でも優しくて一生懸命で…いろんなギャップに驚いたし興味も沸いた。一緒に付き合っていくうちに、どんどんサンちゃんに惹かれていった。ああ好きだなと自覚したら、もういてもたってもいられなくなったくらいにね。俺はサンジに惚れている」
「惚気は他所でやってくれ」
うんざりと言った表情で夜空を仰ぐゾロに、エースはぴしりと言い返す。
「他所でやれと言いながら、ここまで着いてきたのはお前の方だろ」
いつもは愛嬌のある黒い瞳が、冷徹な光を伴って射るように見つめた。

「お前が何者か言ってやろうかゾロ。お前は、俺と同類だよ」
見つめ返す琥珀色の瞳に一瞬動揺が浮かんだが、反論は出なかった。
「自覚が遅いのか今気付いたのかは知らないが、俺たちは同じ穴の狢だ。だが俺はお前に遠慮なんかしないしためらいもない。今日のところは大人しくサンジを手放すけど、いずれは俺のものにするさ」
背中からそっと身体をずろ下ろさせて腕を回して抱き直す。
エースはまるで抱擁するようにして、肩に頭を預けるサンジに頬を寄せた。

「てめえのものになるかどうか、決めるのはこいつだろ」
ゾロの声が、少し掠れている。
「どうだか。決める前に流されそうな感じだな」
エースは改めて指を伸ばし、呼び鈴を押した。


「夜分すみませーん。エースですー」
部屋の灯りがついたが、鍵はまだ開けられない。
おそらく、すでに義足を外しているだろうゼフが車椅子に乗り換えているのだろう。
ゾロはエースの肩に懐いたサンジの首根っこを掴み引き上げると、パチパチと頬を叩いた。
「おい、起きろ、家だ」
「わあ、乱暴だなあ」
ムニャムニャと目を擦るサンジに一つ拳固をくらわして、ようやく開いたドアの中に突っ込む。
「すみません、こいつ酔っ払っちまって」
「ああ、すまねえな」
いつ見ても威厳あふれる強面のゼフの足元に、サンジをごろりと転がした。
「手間かけさせたな。ありがとうよ」
「それでは、失礼します」
何か言いたそうなエースを押しのけて、ゾロはきっちりゼフに頭を下げると扉を閉めた。



「サンちゃん、大丈夫かな」
「なんともねえよ」
気がかりそうなエースの背中を押すように門から出ると、いきなり地響きのような振動が伝わった。
「ちびナス!しゃきっとせんかっ!」
夜中だと言うのに、向こう三軒両隣が一斉に目を覚ましそうな怒号だ。
エースもうひゃあと首を竦め、続いて降りてきた静寂に息を潜める。

「…サンちゃん、大丈夫かな」
「問題ねえ」
さっさと歩き出すゾロを今度はエースが追うようにして、並んで歩く。
途中、エースはタクシーを捕まえて一人でさっさと乗り込んだ。
「朝までに家に帰り着くといいな」
「大きなお世話だ」
窓越しに能天気に手を振るエースは、すっかりいつもの表情に戻っている。
対してゾロは、眉間に刻まれた皺が消えない。
走り去るタクシーを見送ってから、ゾロは一人ぶらぶらと夜の街を歩いた。






サンジは廊下に顔を突っ伏したまま、するりと額を擦り付けるように横を向いた。
「・・・起きてるよ」
見下ろすゼフに聞こえる程度に小さく呟く。
目の前にある車椅子の前輪が、くるりと方向を変えた。
「なら、てめえでシャンとしろ。みっともねえ真似してんじゃねえ」
そう言い捨てて、車輪を軋ませながらゼフは自室へと戻って行く。

廊下に伝わる振動を頬に受けながら、サンジは突っ伏したまま再び顔を伏せた。
「起きてたよ・・・」
腕を枕にしてくぐもった声で呟く。

冷えた廊下の温度が火照った身体に心地よい。
それ以上に、これから自分は一体どうしたらいいのかわからなくて途方に暮れて、サンジは長いこと
廊下に寝そべったままだった。




END


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