Cham blue -2-



ゾロが目を覚ました時、辺りはまだ薄暗かった。
夜明け前に目覚めたのかと思ったが、そうではないらしい。
どんよりとした雲が空全体を覆い、しとしとと雨が降っている。
身体を起こせば、湿った落ち葉が貼り付いた腹がぐうと鳴った。
「今、何時だ」
声に出して呟いても応えてくれる人影はなし。
大きな木の影を選んで寝ていたせいかそれほどびしょ濡れにはなっていないが、身体全体が冷えている。
ぶるりと身体を震わせて立ち上がった。
「ちいと身体が鈍ったな」
強張った感のある手足を伸ばし、その場でストレッチを始める。
今が何時でも、もう一度日が暮れて朝が来たら、町に向かって行けばいいのだ。
なんの問題もない。

少し運動して筋肉が解れてから、ゾロは本格的に狩りを始めた、だが、カエルや蛇程度の小動物はいるが、なかなか食いでのありそうな動物にはでくわさなかった。
万が一見付けて仕留めたとしても、森全体が湿っている為、火を起こすのも難儀そうだ。
決して生で食うなとコックにはきつく言い含められている。

食べものを求めて歩くうちに、どんどん辺りが暗くなってきた。
相変わらず天候はスッキリしないからよくわからないが、どうやら日暮れらしい。
ということは、日中ずっと昼寝していたことになる。
なんとなく儲けた気分になって空を見上げると、木の枝に巻き付いた蔓草が、赤い実をたわわにつけていた。
――-食えるか?
手を伸ばしかけて、止める。
拾い食いや摘まみ食いは絶対にするなと、これもコックからの厳命だ。
島によって生態系の異なるグランドラインでは、小さな実一つが命取りになりかねない。
そして大概の場合、コックの言うことは守った方が賢明だ。

―――しかし、美味そうだ
匂いを嗅いでみれば甘酸っい香りがして、食欲をそそる。
食えるものなら食いたいが、良いか悪いかの判断はゾロにはできない。
―――コックに聞いてみるか
別に訳など話さずに、ただこの実が食えるかどうかを尋ねればいい。
いいことを思いついたと、ゾロは町があると思われる方に向かって歩き出した。
大股でずんずんと。
そして、森のより奥深い場所にまで入り込んで行った。







「あら、ゾロと一緒じゃないの?」
降り出した雨を避けて店先に飛び込んだら、先に雨宿りをしていたナミと行き会った。
開口一番そう問われ、サンジは引き攣った顔でへらりと笑う。
「やだなあナミさん。なんでオレが陸に上がってまで水生マリモと一緒にいなきゃならないんですか」
「あらそう?まあどうだっていいわねそんなこと」
「つれないナミさんも素敵だ〜〜〜」
路上でクルクル回るサンジに、じゃあねと手を振ってその場から立ち去ろうとする。
「ナミさん、折角だからお昼一緒に食べようよ」
「残念だけど、ロビンと待ち合わせしてるの。明日のレストランの下見に行くのよ。さすがに主役を前日から連れて行けないわ」
「あ・・・それは、どうも・・・」
そういわれるとこれ以上何も言えない。
「ともかく、サンジ君ゾロが一緒じゃないんなら尚更のこと、今日中に見付けておいてよね。下手すると明日どころか明後日の出発も危うくなっちゃうじゃない」
お守り頼むわよ〜とあからさまに言われ、サンジは抗いもできず黙ってしまった。

なんとなく、ナミさんにはゾロとの関係を気付かれている気がする。
ナミさんにバレたとすると、ロビンちゃんもだ。
うわあ、どうしよう・・・
一人で赤くなったり蒼褪めたりしているサンジを取り残し、買い物袋を頭に翳すようにしてナミは小走りに走り去ってしまった。



仕方なく、サンジは雨の合間を縫って酒場を中心にウロつくことにした。
小さな町だから、軒数もそう多くない。
食事時にはチョッパーやウソップを見かけたし、フランキーがコーラで火を吹いてる現場にも遭遇した。
ルフィが食い散らかしている店は入らずとも音だけでわかった。
これだけ他のメンバーには出会うというのに、なぜゾロとだけ顔を合わせないんだろうか。

―――避けられてんのか
そんな器用な真似をできる男とは思わないが、初日に会った時の口ぶりでは、一緒に過ごすことが不服そうだった。
どこかの宿にずっとしけ込んで、寝くたれているのかもしれない。
―――この雨だしな
サニー号は海賊でも分け隔てない港湾局に預けてあるし、一人で船に帰ったりはしないはずだ。
町の反対側には森が広がっているが、島の外周から見てもそれほど広いものでもない。
「でかい花街がある訳でもねえのになあ・・・」
つい声に出して呟いて、顔を顰める。
別に、島に降りたときくらいゾロが何をしようが構わないことなのに、つい気にするようなことを考える自分が嫌だ。
船で時折寝るとは言え、基本的にゾロとは気の合わない天敵同士で、手軽な処理相手でしかないのに・・・

―――手軽って思ってんの、あいつだけだよな
正直なところ、サンジにしたら手軽どころか相当な負担だ。
身体面は勿論のことだが、精神的にもかなりキツイ。
何がきついって、いつの間にかゾロの一挙一動が気になって、無意識に目で追ったり聞き耳を立てたりしている自分が嫌で気が滅入る。
まるで、ゾロに気があるみたいに―――
思い当たって、バリバリと髪を掻き毟った。
冗談じゃない、つか冗談でも言語道断だ!
なんで俺があんな野郎なんかに気を持ってかれなきゃなんねえんだ!

しとしとと雨がそぼ降る街角で、雨店の軒先に佇んで、落ち着くために煙草を取り出す。
情が移ったことは否めねえ。
けど、俺は野郎になんか、しかもゾロになんか惚れたり腫れたりなんか絶対にありえねーから・・・
無言のまま心中だけで力の限り叫べば叫ぶほど、それを空々しく聞き流す自分が、いる。
俺だけこんな風に、あれこれ思い悩むなんて不公平だ。

せめて、この場にゾロがいれば・・・
間抜けた顔して悪態ついても、目の届くところにゾロがいれば、これほど心乱されることはないのに―――
口端に煙草を噛んで、どんよりと曇る空を見上げる。
雨が止む気配はない。







腰まで伸びた雑草の波を泳ぐように、ゾロは草原を進んでいた。
森から出たと思ったら、何故草原?
この島は不思議島か?
ルフィばりのボケ思考でためらいなく「町」と目指す方向に歩いていったら、眼前から波の音が聞こえてきた。
風上だったため気付くのが遅れたが、どうやら海の近くにまで来たらしい。
―――町はどこだ?
月どころか星明りの一つもない真の闇の中で、ゾロはさざ波の音だけを聞きながら、仕方なく草の上で寝た。










2回寝たから今日は3日目だ。
さすがのゾロもそれくらいはわかる。
今日中に町までたどり着かなければ、コックの祝いができない。
そう思うと寝ていられないと思ったのか、珍しく夜明けと共に目が覚めた。
遠く輝く水平線から白い光が広がっていく。
朝日が出るのは西だったっけか?
どちらにしても、町の方向がわからないのだから、西でも北でも問題ないだろう。
ゾロは、今度は太陽に背を向けて歩き始めた。
海から遠ざかれば、町に戻れるに違いない。

昨日は赤い実が食べられるかどうか、コックに聞くために町に行こうと思ったのにそれは叶わなかった。
どちらにしろ、また赤い実の場所に戻れる自信もないし、いっそ今度はナミを見つけて金を借りようと思いついた。
今更借金が増えたところで痛くも痒くもないし、また魔女的な含み笑いをされるだろうが、背に腹は代えられない。
昨日より空腹感は随分と納まったが、腹が減っていることにかわりはないのだ。

元来た道を戻っているはずなのに、見覚えのない崖に出た。
見下ろせば、はるか遠くに町並みが見える。
「真っ直ぐ行けば、迷わねえだろ」
ゾロはそのまま、ためらいなく飛び降りた。











レストランの予約の時刻は午後7時だが、なんとなく皆そわそわとして、示し合わせたわけでもないのに中央の広場に集まって来ていた。
ここ3日ほど過ごしただけで、大体この町のどこに何があるかもわかるし、お互いの宿も把握している。
だからはぐれたりする人間はいないはずなのだ。
ただ一人を除いて。

「ゾロ、見つからなかったの?」
責める口調でない、やや弱い勢いでナミが呟いた。
「ごめんナミさん。・・・見つからなくて」
対するサンジも、心なしか元気がない。
どこかで迷っているならともかく、避けられているのではと言う疑念が晴れなくて、自然と気分が落ち込んでしまうのだ。

―――俺、そんなに嫌われたんだろうか
船に乗っている間は普通だった。
昼寝しているゾロの腹を踏みつけたり、脱ぎ散らかしたシャツを汚いものでも摘まむようにしたり(実際汚いが)、ルフィと楽しそうに釣りをしているのが癪で海に蹴り落としたりしたが、それのどれかを怒っているのだろうか。
それとも、町でいい人を見つけて、自分の誕生日なんかどうでもよくなってしまったんだろうか。

―――お前とは一緒に過ごせねえ
ゾロの言葉が何度も胸を過ぎる。
もう、俺と過ごすのはごめんだってことだ。
船での処理はともかく、陸でまで野郎と過ごそうなんて思わねえよな、普通。
誕生日パーティなんてガキみてえな真似も、うざいだけなんだろう。

「見つからねえもんは仕方ねえよな。ゾロの分までたくさん食べよう、ナミさん」
無理に明るい顔をしてそう笑いかけたら、ナミは目を見張ってサンジの後ろを指差した。
「あ、ゾロ」
「えっ?」
反射的に振り向く。

「おうゾロ!」
「どうしたんだあ、お前」
「見事だなあ」
クルーが口々に呆れた声を出す。
サンジは何も言えず、ゾロの有様をまじまじと見つめていた。
着ているシャツもズボンも、腹巻までもがくしゃくしゃだ。
薄汚れ破れて、葉っぱや枝が引っ付いている。
髪もぼさぼさでなぜか濡れていて、腕には小さな傷がいっぱいついていた。
なにより―――

「怪我はないか?」
慌てて駆け寄るチョッパーを見る、ゾロの顔がなんか違う。
精悍さを増しているというか、頬がこけているというか・・・
サンジが何か言う前に、ゾロはチョッパーも無視して真っ直ぐナミに近付いた。
「おいナミ、話がある」
「何よ藪から棒に、しかもなんか臭いわよ」
「いいから来い」

他のメンバーには脇目も振らず、ゾロはナミの腕を掴んで街角にまで引っ張っていった。
最初は文句を捲くし立てていたナミも、その内黙って何やら話を聞いている。
しばらくしてから、ナミは手を振ってロビンを呼んだ。
「ロビン!悪いけど先に行っててくれる?私後からゾロと行くから」
「わかったわ」
「迷子のお守りは頼むぞ〜ナミ」
「迷子言うな」

そのまま二人連れ立ってどこかに行ってしまった。
その様子を呆然と見送るサンジに、ウソップが声を掛ける。
「さあ、主役がいなけりゃ始まらないぜ」
うきうきとした仲間に囲まれて、サンジは強張った顔のまま口元にだけ笑みを浮かべて歩き出した。

―――なんで、なんでナミさんなんだ?
明らかに無視されたことに、ショックを隠せない。





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