Apfel In Schlafrock -30-



街中にジングルベルが流れ出すと、一気に年の瀬も押し詰まった忙しない気分だ。
次はクリスマスツリーだなと言ったら「気が早えな」とパティに笑われた。
けどあっという間に季節は巡る。
それに、何がしか季節感のある飾り付けがあった方が賑やかで楽しい。
ちと早いがツリーを飾ろうと提案したら、なんのかんの言いながらスタッフ達がノって来た。
結局、総出でツリーを飾る。
むくつけきオッサン達が妙に懲りながら飾り付けるのは見ていておかしいが、サンジもすっかりその光景に馴染んでいた。

「クリスマス前には、また緑の兄ちゃんが花飾ってくれるといいのにな」
カルネが言うと、他のスタッフが慌てたようにしいっとその口を押さえに掛かった。
「あの兄ちゃんの話題は禁句だって」
「絶対モメてんだってあいつら」
「えー、そういや最近見ねえなあ」
本人達は小声で話しているつもりなのだろうが、地声が大きいから丸聞こえだ。
サンジは苦笑して振り返った。
「別に構わねえよ、またゾロに花飾ってもらえるといいなあ」
ホワイトデーは、お客さんの評判がよかった。
見てる人は気付いてくれるもんだ。
「じゃあお前から頼めよ、たまには店にも顔出せって」
「だからカルネ、しーって」
「頼みてえんだけど・・・」
一旦言葉を切って、寂しげに目を伏せる。
「あいつの連絡先、俺全部消しちまったし」
最後の方は口の中に消え入るようで。
俯いて黙々と片付けを再開させるサンジの背中に何かを感じ取って、さすがのカルネも押し黙った。

「なんでえなんでえ、辛気臭え」
重い沈黙に耐え切れず、パティが乱暴に飾りの入った箱を積み上げる。
「グダグダ言ってねえで、オレンジの姉ちゃんにでも言って連絡してみろ。経費はバラティエでちゃんと出すから、正式依頼だ」
「姉ちゃんって、ナミさんに向かって失礼な」
「どうでもいいからとっとと動け、てめえらしくねえ」
そこで玄関が開く音がした。
「すんません、まだ開店・・・」
言いかけて、カルネがはっと動きを止める。
「ちびなす!」
「ちびなす言うな」
条件反射で怒鳴り返して、はたと気付く。
戸口に、ゾロが立っていた。

「あ―――」
「ちょうどいいところへ来た、兄ちゃん実は・・・」
「てめえ黙れカルネ」
「引っ込んでろっ」
ごつい男達が縺れるように奥に引っ込み、ゾロとサンジだけが残される。
「なんだ?」
「いや、えっと、どうした」
この期に及んでなんでこんな口しか利けないのかと、我ながら嫌になる。
サンジは両手を手持ち無沙汰に太ももに擦り付けながら立ち上がった。
「なんか、用か?」
「ああ、土産持ってきた」
改めてゾロのいでたちを見れば、ロングコートにぐるぐる巻きマフラー、背後にはサムソナイト。
「今帰りか、随分長く行ってたんじゃね?」
「ああ、知ってたのか」
「ん・・・ナミさんに聞いて」
そうかと呟き、手にしていた包みを突き出す。
「なんたらってジャムだ」
「あ、ありがとう」
コンフィチュール、覚えていてくれたんだ。
「それから蚤の市で色々、買ってみた」
「いつもすまねえな」
別室から見守っているのだろうスタッフ達の視線を、痛いほど感じる。
一体なにやってんだと苛々しているんだろう。
サンジ自身、自分に苛立った。
なんでこう、上手く言えないんだろうか。

「じゃあ」
「え、ちょっ・・・」
土産を渡したらあっさりと行き掛けたゾロのコートを、思わずと言った風に掴む。
「なんだ?」
「え、や、その・・・」
はっきり言えと、スタッフ達の目力が痛い。
「あの、よ。もうすぐクリスマスだからよ、またホワイトデーん時みたいに店の飾り付けとか、お願いできねえか?」
「ああ」
「勿論、バラティエとしての正式の依頼だ。ちゃんと報酬も支払う。俺が頼んでんじゃなくて、店からの依頼なんだから」
「ああ」
「引き受けて、くれるか?」
「ああ」
こいつは「ああ」以外の語彙がないのか!

「じゃあ、さ」
サンジはポケットから携帯を取り出した。
「連絡できるようにしたいから、お前の連絡先教えてくれよ」
携帯を掲げまっすぐにゾロを見つめれば、ゾロは無表情だった顔をふっと緩めた。
「いいぜ」
自分もポケットから携帯を取り出し、通信できるよう掲げる。
「お前送信するか?」
「ん」
向かい合って、額をつき合わせるようにお互いに俯いた。
何故だか心臓がバカバカ鳴って、口から飛び出そうなほどに緊張している。
なんだろう、好きな子と初めて話した中学校の時のことを思い出したりして。

「送信、と」
「うし来た」
ピピッとボタンを押して携帯を畳む。
「じゃあな」
「あ、あのよっ」
慌てて再びコートの裾を掴めば、ゾロがぷっと吹き出した。
なんだよこいつ、わざとかよ。
「てめえなあ」
「や、おもしれえなあお前」
くっくと笑うゾロは、嗅ぎ慣れない匂いを纏っていた。
どこか優雅な花を思わせる香り。
異国の匂いだろうか、それとも―――

怯んで、何も言えずに掴んだ手を離したサンジに、ゾロは笑いを引っ込めて向き直る。
「年末のパリな、結局こっちで勝手に宿押さえちまったぞ」
「え」
「なんせ年末だからな、押さえるだけ押さえといたし後で文句言うなよ」
いいのか、一緒にパリに行っていいのか。
「来年からあっちに住む下見とかも兼ねてるし、結構忙しない旅行になるかもしんねえけど」
「―――え」
サンジは驚いて声を出した。
「あっちに住むって、転職するんじゃねえの?」
「知ってんのか?」
軽く目を瞠り、ナミか・・・と呟いた。
「なんだ、お前と連絡取れねえ間も、こっちのことは筒抜けかよ」
「いや別に、そんな詳しく教えて貰ったわけじゃねえし、第一お前がパリに行くなんて・・・」
知らなかった。
「住むっつっても年の半分くらいだ、あっち行ったりこっち行ったり」
「忙しいんだな」
「まあな、新会社の立ち上げだから何かと慌しい」
「?ヒナさんの会社じゃないのか」
ゾロはぽかんと口を開けた。
「お前、どこまで知ってんだ?」
「いや、どっちかってえと非常に中途半端に」
ゾロはガリガリと頭を掻いて、首をこきりと鳴らした。

「エースが南米行っただろ。当然知ってるよな」
「おう」
すこし頬が赤くなったのを、ゾロはどう受け止めただろう。
「んで、エースのすぐ下の弟が家出したらしい」
「あ、うん。聞いてる」
「残ったのは不肖の末っ子だ」
「ルフィだろ、んなモン数の内に入ってねえだろうが」
「ところが、そうでもなかった」
へ?と目を丸くする。
「ゴール家は俺が継ぐっつってな、新会社立ち上げやがった」
「へえええ?」
「エースのためにとお膳立てされてた見合い話とか白紙に戻して、心機一転とか言いながら親父の土台まるっと受け継ぐ気でいるぜ」
サンジは顔を顰めて首を振る。
「んな簡単に行くもんかよ」
「その前にひと悶着はあったらしいが、結局あいつの『俺が継ぐ!』の一言で治まったらしい、まあゴチャゴチャ揉めてた奴らは痛み分けって形になったらしいが」
ルフィにそんな甲斐性があったとは驚きだが、確かに総合的に考えるとできないこともないかもしれない。
と言うか、案外やれるかも。
「でも、ルフィ一人じゃものすごく心配なんだが」
「んなもん当人が一番よくわかってる、だから俺らを引っ張ったんだ」
まるで手柄のように、ゾロは胸を張った。
「俺とナミ、それにウソップか。あと数人強引に勧誘しかけて来て悉くモノにしやがった」
「て、え?」
何度目かの口ポカンを繰り返しながら、サンジは阿呆みたいに中空を指差す。
「ってことは、お前が転職する先はルフィの会社?」
「おう」
「ナミさんも、ウソップも?」
「おう、元々ルフィは気に入ったモンで身の周り固めてたからな、そらもう勢いよくごっそりと」
一網打尽、されちゃったんですか。
「じゃあ、てめえがヒナさんと通じてたのは・・・」
「ルフィの親父さんからの正式な申し出だった。それがなくても、俺は最初からルフィとつるむ気でいたがな、おもしろそうだから」
そりゃあ、面白いだろう。
聞いてるだけでワクワクする。

「えーそっかあ・・・」
別にエースと対立する組織に抱き込まれたとかじゃなかったんだ。
そもそもがD家の内紛だっただけで、ゾロにはゾロの岐路があった。
「なんだあ・・・」
ガクンと力が抜けて、サンジは椅子に腰掛けた。
うっかり話し込んでいたら、いつの間にか随分と時間が経ってしまっている。
スタッフ達は別室にうずくまり、ヤキモキしていることだろう。
「長居して悪かったな、じゃあパスポートちゃんとしとけよ」
「うん」
戸口まで送るつもりで再度立ち上がり、再びそっとコートを掴んだ。
足を止めたゾロが振り返る前に、小さな声で囁く。
「俺、お前に嘘吐いてたことがある」
「・・・?」
声に出さず、ゾロは訝しげに振り返った。
「ここじゃあなんだから、また後で話すよ」
「後っていつだ」
サンジはくるりと視線を巡らした。
中空を睨み付け、ふっと口元を綻ばせる。
「二人で、パリに行った時」
「・・・わかった」
これからクリスマスシーズンを迎え、サンジは仕事に忙しいしゾロもなにかと慌しいだろう。
どうせならゆっくりと、色んなことを話したい。

「じゃあな、また連絡する」
「おう、土産ありがとうな」
ゾロは半開きにしたドアの隙間にするりと身体を忍び込ませ、静かに閉めた。


「やれやれ、やっと行ったか」
「随分しっぽり話してたよなあ」
「仲直りできてよかったな」
身を潜めていて肩が凝ったとでも言う風に、腕をグルグル回しながら出てくるスタッフにも振り返らず、ゾロの背中が見えなくなるまでサンジはずっと外を見ていた。

結局、エースと別れたことも。
嘘を吐いていたことも、何ひとつ伝えてはいないのだけれど。
ゾロは変わらずに待っていてくれるだろうという、漠然とした予感があった。
もう焦らなくても、弁解しなくても、取り繕わなくてもいいんだと。


「うっし、がんばるか」
「モタモタしてんじゃねえよ」
「とっとと片付けちまえ、野郎ども!」
厨房内はまるで戦争みたいなクリスマスシーズンを終えたら、バラティエは長い正月休みに入る。
そうしたらゾロと一緒にパリに行って、色んなところに連れてってもらおう。
ゾロが好きな店を訪れ、ゾロが好きな景色を眺めて、ゾロと一緒に食事をして、色んなことを話したい。
それを想像するだけで胸が高鳴り、ワクワクする。

誤魔化しようのないときめきに我知らず苦笑して、サンジはツリーの後片付けをすべく意気揚々と踵を返した。


END



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