A Heart of Thanks  -2-



19時になる少し前、ノックとともにホテルスタッフが顔を出し、銀色のワゴンが運ばれてきた。
なるほどルームサービスディナーか。
大盤振る舞いだなと、この時点ではまだくすぐったく思える程度の余裕があった。
がしかし、ワゴンの後ろに連なる楽器を持った男数人を目にして、サンジはその場で立ち竦んだ。
「・・・なにごと?」
広い室内の真ん中に簡易テーブルを作り、ぱりっと糊の利いたテーブルクロスを掛けて手際よく食卓の準備をしている後ろで、
簡易雛壇を作りぱりっとしたタキシードに身を包んだ男達が手早く楽器を取り出してチューニングしている。
――― 一体、なにごと?

あれよあれよと言う間に設えられたテーブルに、ゾロは抵抗なく座っている。
ウェイターに椅子を引かれて着席を促され、サンジは恐る恐るテーブルに着いた。
「それでは、生演奏と共にごゆっくりお食事をお楽しみください」
一体、なにごと――――――!!!

静かな室内にゆったりとクラシックが流れ始め、その音楽と合わせるようにフルコースディナーが供された。
なんというお洒落なロマンティックナイト!
つか、完璧なバースデープレゼント。
極上のシャンパンがグラスに注がれ、いつもラッパ飲みのゾロがこの日だけは行儀よく小さなグラスを掲げたりして。
しかも目を合わせながら軽く乾杯なんかしたりして。
「誕生日、おめでとう」
――――ひいいいいいいい・・・

サンジは身も世もなく悶えそうになって、必死に奥歯を噛み締め堪えた。
ここで逃げ出しちゃ負けだ。
つかダメだ。
堪えろ俺。

だがしかし、眼前に街の夜景が見下ろせる大きな窓には鏡のようにくっきりと、向かい合う二人の姿が映っている。
誰がどこから見ても男同士。
見つめ合って乾杯、二人だけのディナー(つきっきりの給仕&生演奏付)

―――寒すぎるだろ!!!

サンジのそんな懊悩も知らず、ゾロはサンジ仕込のテーブルマナーでもって行儀よく食事を始めた。
「どうした、食わないのか」
「え、あ、い、や・・・いただきます」
ぎこちない動きで持ってナイフを握るも、叶うことならこれで目の前のゾロをぶっ刺し、闇雲に振り回しながらこの部屋から
逃げ出したいくらいだ。
けどダメだ、だってこれはゾロから俺への心尽くしのプレゼントなのだから。
いつもは贈り物とかなんてこれっぽっちも考えやしない男が、賞金首を狩って得た金じゃなく、真っ当に働いて稼いだ金で
こんな豪勢な夜をプレゼントしてくれたのだから。
だからだから、ありがたく受け取らなければ。

サンジは精神統一して、ゾロ以外の人物をすべて野菜に変えた。
給仕してくれるのはきゅうり君とジャガイモ君。
バイオリンを演奏するのはナスビ君で、フルートはトマト君、コントラバスはカボチャ君だ。

「美味いな」
純粋に食事を楽しむつもりでフォークを動かせば、ゾロは正面でしかめっ面を返した。
「いいや、お前が作るモンのが数百倍美味え」
―――ちょっと止めてええええええええ
恥ずかしさのあまり憤死しそうになって、思わずテーブルに肘を着き額を押さえる。
なんかもう眩暈起こしちゃった。
このまま床にまで崩れ折れて気を失ってしまいたい。
「でもまあ、お前と一緒に食うならなんだって美味いけどな」
―――だからもう、勘弁してえええええ
俯いた顔を上げられないまま、サンジは黙々と拷問のようなディナータイムを堪能した。






「ご馳走さん」
たらふく食って、何杯も酒をお代わりしたゾロは大満足だ。
対してサンジは、予想外のダメージに襲われほぼ瀕死状態。
残すような勿体無い真似はしまいと、それだけを心に決めてなんとか食事を終え、息も絶え絶えに食後のコーヒーをがぶ飲みした。

いつしか優雅な音楽は終わり、撤収の侘しさを感じさせないきびきびとした動作で夢の名残が片付けられていく。
「それでは失礼いたします」
何事もなかったように綺麗に片付けられた部屋を残し、ディナースタッフ&小さな楽団は来た時と同じように颯爽と帰っていった。
まるで食事を楽しんでいたカップル(※ゾロとサンジ)の方こそが、ただのブロッコリーと玉ねぎだったように淡々と。
この無関心さに救われる思いで、サンジは二人きりで残された部屋の中でようやく安堵の息を吐いた。
・・・と思ったら、再びのノックが、誰かの到来を告げる。

「次はなんだ?」
思わずひっくり返った声を出し、怯えた表情を見せるサンジを宥めるように、ゾロは笑いながら立ち上がった。
「飯食ったら、次は風呂だろ」
「風呂?」
―――風呂ってなに?!

「失礼いたします」
またしても現れたのは、黒いベスト姿のスタッフだ。
爽やかな笑顔と共に、これまた銀色のワゴンに乗せた色とりどりの花形の何かを恭しく運んでくる。
「ソープバトラーでございます。お好みの香りをお選びください」
―――はい?
すでに棒立ちで放心状態のサンジを置いて、ゾロはクンクンと動物のように鼻を動かした。
「なんでもいいぞ」
「では、お任せでよろしいでしょうか」
ソープバトラーとやらは気軽に引き受けると、勝手知ったるとばかりにテキパキとした動作で大理石の風呂場に入った。
薫り高いバブルバスで湯を泡立て、艶やかな真紅の薔薇をそこここに飾り、その花びらを湯に浮かべる。
「こちらにシャンパンとフルーツをご用意しております」
「おう」
広いバスルームの中央には、よく冷えたシャンパンと山盛りのフルーツ。
辺りは甘い薔薇の香りに満たされ、贅沢に投げ入れられた花びらが湯煙の中で優雅に揺れている。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
満面の笑みのまま一礼して部屋を出て行くソープバトラー。
最後までソツのない動きに、年は若いながらもなかなかのキャリアを感じてサンジは感心しながら見送った。
気配がなくなるまで数秒待ち、糸が切れたみたいに力なくぽすんとベッドに腰掛けて、さらに数分。

「それじゃあ、一緒に風呂に入るか」
ゾロが威勢よく上着を脱ぎ、堂々とした上半身を露わにしたのを期に、サンジもゆっくりと立ち上がった。

なんかもう完璧じゃね?
豪勢なディナー、優雅な生演奏。
ロマンティック・バスは薔薇の香りで満たされて、絹のようにまろやかな泡風呂の中で二人きり。
よく冷えたシャンパンで再びの乾杯を。
「・・・って、誰が入るかクソ野郎―っ」
怒号と共に繰り出された渾身の一蹴で、ゾロの身体は開け放した浴槽の扉を突っ切りそのまま豪快に浴槽に沈んだ。

「恥ずかしいんじゃボケえええええ!!」
サンジの心の底からの叫びなど、ゾロには到底理解できない。









「うまくいったかしら」
同じく高台のプチホテルにロビンと二人で逗留しながら、ナミは夜の海を眺めつつカクテルを傾けた。
「日頃の感謝をこめて、スペシャル・プランを利用したのね。ぬかりはないと思うのだけれど」
「お金さえ出せばホテルがちゃんと段取りしてくれるんだから、大丈夫・・・よねえ」
ゾロが一生懸命日銭を稼いで、ナミに借金上乗せまでして計画したのだ。
「サンジ君たら、今頃大感激して泣いちゃってたりして」
「どちらにしろ、啼かされてるでしょうね」
にっこりと微笑むロビンに、ナミはあははと乾いた声で応えた。









サンジにとってゾロからの思いがけないプレゼントは、夢のような一夜であったか思い出したくもないほどの悪夢となったか。
それはサンジだけが知っている。




END


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