観月


最近、おかしな遊びに嵌ってしまった。
冷静に考えるとひどくこっ恥ずかしい話なのだが、一度味を占めてしまったらなかなか止められないものだ。

最初はゾロの、虚を突かれたような間抜け顔がおかしかった。
その内、ゾロが待ち受けるような素振りを見せたり、仕掛けたつもりがかわされたり、いきなり仕返されたりなんかしてどんどんとゲーム性を帯びて来て。
だから所謂、他愛無い“遊び”な訳なのだけれども。
案外楽しくて癖になる、不意打ちのキスというものは―――


なんでまたそんなことにと我ながら呆れてしまうのだけれど、切っ掛けはやっぱり、酔った勢いという奴だったんだろう。
それと、ゾロの顔の輪郭にそもそもの発端がある。
ゾロの顔は・・・というか頬は、他の仲間達とも比べてこう、つるんとしている。
ルフィみたいに丸みを帯びていないし、柔らかそうでもない。
素っ気無いほど直線で引き締まっている。
それに案外肌理が細かいもんだから、全体にすとんとしてすべすべな感じ。
そこに揉み上げがあったりして、俺じゃなくったってつい触りたくなるのが人情ってもんだろう。

故に、酔っ払ったついでに触ってみた。
ピタピタと頬を叩いて短い髪を引っ張ってみて。
それでも知らん顔して酒を飲んでいるから、こっちも酒臭い息を吹きかけながらぶっちゅーと頬っぺに唇をつけてやった。
その時のゾロの顔といったら―――
それこそ、鳩が豆鉄砲でも食らったみたいに、切れ長の目を丸く見開いてぽかんと口を開けてやがった。
や、それおかしいぞ。物凄く間抜けだぞ。そんな隙見せたら、敵にだって狙い撃ちされちゃうぞこら。
そうか、俺がちゅーしたらてめえの首は簡単に取れるんだな。
酔っ払いの思考回路かそんな馬鹿なことをゲラゲラとほざきながら、俺はゾロの首根っこに
齧り付いて思う存分ちゅうちゅうしていたんだそうだ。後からゾロに聞いたところによると。
幸いにも、その現場は誰にも目撃されていなかった。
宴会の最中に抜け出して、見張りのゾロのところに料理を運んだついでにした、悪戯だったからだ。


けどまあそんなことが発端となって、以来、隙さえあれば俺はゾロの頬にちゅっとかしちゃう癖がついてしまった。
寝惚け眼で洗面所へ向かう途中だったり、クソ馬鹿でかいバーベルを持ち上げてる途中だったり、着替える為にシャツに両腕を突っ込んでる時だったり、ベルトを合わせながらトイレから出てきたとこだったり。
ありとあらゆる場所で、しかも誰も見ていない場面でそっと近寄り唇でゾロに触れる。
その時のゾロの、してやられた!ってな表情が実に爽快だったから。

だがしかし。
いくら藻類でも数をこなせば、いい加減学習能力がついてしまう。
最近は、気配を消して近付いている筈なのに絶妙のタイミングで反撃されることがしばしば・・・
いや、ほぼ8割の確率で迎え撃ちにあっている。
ゾロが、いきなり顔の角度を変えるのだ。
あのつるんとした頬に軽くキスするだけのつもりが、頑なそうな渇いた唇にモロにぶちゅってな事故が多発して、その度俺は地団太踏んで口惜しがる。
この悪趣味野郎め。男とちゅうしてなにが楽しいってんだこの腐れホモ。
そう言って罵ると、ゾロは実に愉快そうにくっくと笑う。
それがむかつく。でも、ちょっと楽しい。








中空に煌々と月が照っている。
まるで昼間かと見紛うくらい、海面が明るい。
真ん丸の月から放たれる光は柔らかくも力強く、夜なのに場違いなほどの安心感さえ与えてくれている。

「いい月夜だなあ」
昨夜、船は港に着いた。
仲間達は街に散り、お宝の見張りを兼ねて船に残ったサンジはともかく、ゾロも何故か上陸せずに今は甲板で一人酒盛りをしている。
海上から絶景を眺めての、最高の月見酒と言えるだろう。
二人分の料理を用意して酒の追加も持って、サンジもいそいそとラウンジを出た。

「おおー、すげえ月だな」
サンジは思わず片手を翳して空を見上げた。
月の模様どころかクレーターまでくっきり見えそうな大きさだ。
残念ながら晴天とはいえず所々分厚い雲が流れていて、下手をすれば通り雨でも来そうだが、それにしてもでかくて明るい。
「なんつーか、いっそ恥ずかしいくらい明るいよな。まだお日様の方が影が濃くて奥ゆかしい気がするぜ」
「何言ってんだお前」
ゾロは呆れたような口調だが、顔が笑っている。
ごきげんな様子でワインを差し出し、注いでくれた。

「さっきからよく魚が跳ねんだよ。落ち着いて寝てられねーのかね」
「血が騒ぐんだろ。お前みたいな夜行性は特に」
「誰がだ」

くだらないことを話し合いながら、よく食べよく飲む。
誰もいない、二人きりの甲板でこんな風に穏やかに時を過ごすなんてのは初めてだから、もっと緊張するかと思ったけれど結構いい感じだ。
・・・つか、緊張ってなんだよ。

ふと手を止めてゾロの顔をじっと見た。
ゾロはゾロで動きを止めて海を眺めている。
さっきからずっと。
ずーっと。
「お前、何してんだ?」
海に坊主でも出たかと同じ方向を眺めたが何もいない。
業を煮やしてサンジから話し掛ければ、ゾロはちっと小さく舌打ちした。
「・・・たく、なんで仕掛けてこねえ」
「は?」
素っ頓狂な声を出してから、サンジは胡座を掻いたままゲラゲラと笑い出した。

「お前、さては俺がちゅうしに行くの待ち構えてやがったな。誰がするかこんなときに」
「なんでだよ」
口元を尖らせて眉を寄せるゾロの顔は、まるで拗ねたガキみたいだ。
「誰もいねーし見てねーし、絶好のチャンスだろうが」
「アホか!てめえが隙見せてる時にすんのが面白いだけで、こーんないかにも、さあどうぞ的シチュエーションで誰がするかボケ!」
「隙見せてたろうが」
「どこが隙だ、見え見えなんだよ」
ゾロはくいと酒を呷ると、注ごうとしていたサンジからワインを奪い返し、とんと傍らに置いてしまった。

「誰も見てねーから、俺からすんぞ」
言いながら顔を近づけてくるから、サンジは仰け反って距離を取ろうとする。
「ちょっと待て、なんでそうなるんだ。誰も見てねーから意味がねえ・・・いやいやそうじゃなくて、あっとだな・・・その」
ゴツンと音がして後頭部に痛みが走った。
ブリッジ態勢のまま甲板に転がったらしい。
イテテと頭を擦りながら前を見れば、眼前には煌々と輝く月。
そしてゾロの顔のアップ。

「誰も見てねーことねえ、お月さんが見てる」
ゾロはふんと鼻で笑うと、サンジの上に覆い被さって来た。

ゾロの影に隠れてお月さんが見えなくなった。
ついでに言うと、グッドタイミングで月にも分厚い雲が被さって、明るかった甲板は急に闇に包まれた。
故に、その後なにが起こったのかは誰も知らない。





END


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