Birthday (ナミ)


どんなに楽しい時間も、過ぎてしまえばあっという間。
でも、名残りを惜しんで余韻に浸り、想い出として大切に胸にしまって置けることもまた、なんて幸せなんだろう。
柄にもなく感傷的な気分で、ナミは宴会の後片付けをするサンジの背中を眺めながら温かな紅茶を口に含んだ。

サンジ君が淹れてくれるお茶は、やっぱり最高。
美味しいだけじゃなく、作ってくれた彼の愛情がたっぷりと感じられて温く、胸の中にまで染み通るみたい。

サンジ君はいつだって優しい。
さり気なく、時には謙りすぎるくらいに傅いて私が望むことを叶えようとしてくれるけれど、それが当たり前のことだなんて錯覚したことすら、本当は一度もない。
勿論、私は可愛いし頭もいいしスタイルだって抜群だから、世の男共が私の気を引くためにあれやこれやと心を砕きお金を払うのは当然のこととして、この船の仲間であるサンジ君が私一人のものになるなんて、そんな読み違えをしたりはしない。

サンジ君は誰にでも等しく優しい。
私やロビンが女だからというだけでなく、自分を取り巻く人間や過去に関わった人たちにも、彼はわかりやすい優しさを示して愛されてきた。
だから彼が愛されるのは当然だと思う。
彼自身にその自覚があるかどうかは別として。



「どうしたのナミさん、おかわり?」
ナミの視線に気付いたか、サンジは満面の笑顔を湛えて振り返った。
ややオーバーアクション気味に、布巾を持ったまま片手を掲げてくる〜り回転。
「もういいわご馳走様。とてもよく眠れそう」
「そう、それはよかった」

宴が終わって、仲間達は泥酔・・・もとい、安らかな眠りに就いている。
二人だけでこうして過ごす時、サンジはナミに対して昼間ほど過剰な反応を見せることはない。
勿論、何を言われても幸せそうに受け止めて従ってくれるのだけれど、思わず突っ込みを入れたくなるほど滑稽なアクションは伴わない。
その落差があるから余計、あの女性賛美は単なるポーズなのかしらと勘繰りたくもなるのだけれども。

「ねえサンジ君、最近ちょっと悩んでる?」
「え?ナミさんが?」
なにをすっとぼけたことを言っているのか。
「サンジ君が、よ」
「え、俺?やだな〜わかっちゃう?いつもナミさんのことで俺が悩みっぱなしなの」
こういう部分がちょっとムカいて、ナミはあからさまに不機嫌な顔付きになった。
「茶化さないで。サンジ君、時々ため息ついたりぼーっとしてたり、余計なこと考えて鍋の底焦がしたりとか、してたじゃない」
「え?ははは;そうだね、お恥ずかしい」
煙草を咥えたまま器用に大口開けて笑って、後ろ頭を掻く。
「この前、梅雨島を出た辺りからよね。なにかあった?」
途端に、サンジの笑顔がぴきんと固まった。
あら、ビンゴ?

「島で何かあったかしら・・・まあ、あったと言えばあったわね」
ナミは思い出して、あーあと額を押さえた。
たった一晩の宿泊だったのに、ゾロとサンジはボロい宿で大喧嘩して床を踏み抜き、多大な請求をされた上で真夜中に追い出されたのだ。
「・・・たく、あなたたち二人を同室にするとろくなことがないってよくわかったわ。なにも上陸してまで喧嘩しなくったってよかったのに」
「―――面目ない」
ナミの小言を前に、サンジはしおらしく項垂れた。
がしかし、心なしか項が赤い。
宿での失態を思い出して、羞じているのだろうか。

「まあそれはいいわ。でもあの後くらいから、なーんかサンジ君の様子が変なのよねえ」
「そんなことないですよ。むしろ、余計な出費をさせたことが申し訳なくて俺はもう・・・」
手にした布巾を絞る勢いで揉み手をしながら、サンジが詫びる。
「まあそれは、借金上乗せしたからもういわ」
ぴしゃんと遮って、ナミは頬杖をついたままふふんと含み笑いをした。
「案外、素直になれない自分を持て余してたりするんじゃないの?」
どき!っと音がしたかと思った。
そう錯覚するくらい、サンジの顔色が俄かに色めいて火照っている。
―――あらやだ、図星?
こんな素直な反応を返されると、つい悪戯心がむくむくと顔を出してくるのが自分でもわかる。

「やっぱりそうかー」
「や、やややややっぱりって?何?何が?何言ってんの、ナミさん」
サンジは余裕そうに見せて煙草を取り出したりしているけれど、もう口に一本咥えてるんだから。
しかも声が微妙に裏返ったりしてるから。
「別に慌てなくてもいいじゃない今更。サンジ君が素直になれない気持ちってのも、私にはわかるし」
「わ、わかるの?ってか、ナミさん何がどこまでわかってんのー」
もはやパニックと言っても過言ではないくらい、サンジの顔は真っ赤になっていた。
それはもう、いっそ可哀想なほどに。

「今日のケーキ、すごく美味しかった」
唐突に話題を変えられて、サンジは茹だった顔付きのままきょとんとした。
「みかんをたっぷり使ってくれてたでしょ。私がみかん大好きって知ってて」
言われて、ぶんぶんと首を振るようにして頷くが、警戒の色が濃い。
これで話題が逸れたとは、サンジも思っていないだろう。
「確かに私、みかんが大好きよ。しかもベルメールさんのみかんはとっても特別。みかんも、そしてベルメールさんのことも大好き」
そう言ってから、ナミは寂しげに目を伏せた。
「でもね、そう言ってるのは今だけなの」
サンジは火の点いていない煙草を弄ぶ手を止めた。
「ベルメールさん大好きって、結局私はちゃんと伝えられなかった。今更大好き大切だなんて、何度言ったって手遅れなの」
「・・・ナミさん・・・」

いくら子どもでも、ちゃんと素直に伝えられれば良かった。
亡くしてしまってから気付いても遅いのに。

「だからね、サンジ君には私と同じような後悔はして欲しくないの」
―――だって、本当に大切な人は今も生きていて、サンジ君の言葉がちゃんと伝わるはずだから。

「明日をも知れない海賊暮らしだけど、だからこそ。・・・お互いにって・・・」
そこまで言って、ナミはぺろりとバツが悪そうに舌を出した。
「なーんてね、ごめん。なんだかお説教臭くなっちゃった。サンジ君は私と違って、ちゃんと伝わる部分があるだろうし、本当は素直に心が通じてるかもしれないのに」
「そ、そんなことないよ」
言ってから、サンジは遠目にわかるほどうろたえて目を泳がせた。
「・・・つか、その・・・まあ、自分でも・・・素直じゃねえなあってのは、よくわかってっから」
「その気持ち、私もよーくわかるから」
だから、ちょっと歯痒くて羨ましいの。

「ね、サンジ君。時には素直になって、気持ちを伝えることも大切なんじゃないかなあ。感謝や愛情を表現することは、決して恥ずかしいことじゃないと思うし」
「・・・そう・・・かなあ」
ナミの言葉を受けて、サンジはまたしても布巾を振り絞る勢いで揉みしだいている。
本当に照れ屋というか、こと大切な人に関しては極端にシャイになるタイプだ。
「私が言うのもなんだけど、後悔しても遅いことってあるわ。私今日、誕生日を迎えてつくづく思うの。本当に大好きな人に想いを伝えることはもうできないけど、でも私はこれからだってたくさんの大切な人に出会うわ。だからその時、一瞬一瞬を大事にして、変な意地張らないで素直に生きて行こうって」
そう言って少し照れたように笑うナミの表情に、サンジは素で蕩けそうな顔を見せた。
「うん・・・そうだね。うん・・・」
ぼうっと見蕩れてから、また我に返ったように焦って頭を掻いている。
「でも参った・・・まさか、ナミさんに気付かれてるとは思わなかった」
「えー、割とわかりやすいわよサンジ君」
「えっ、ってことはまさか・・・他にも・・・」
茹蛸から一転、蒼白になるサンジの顔色の変化を面白がりながら、ナミはふふんと笑った。
「さあてね、まあ最近様子がおかしいなーってのはみんなも薄々気付いてるでしょうけど。理由まではわかってないと思うわよ。同じような立場にいる私だからわかったんじゃないかな」
サンジはしばし小首を傾けてから、またじわじわと耳元を染めて頷いた。
「・・・かもね、うん・・・まあ、色々ね・・・」
またしても一人挙動不審に落ち着きをなくしたサンジを置いて、ナミは静かに立ち上がる。
「私はもう寝るわね。今日はとても美味しくて楽しかった、最高の誕生日だったわ。ありがとう」
「ああ、うん。こっちこそ、ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみ」







ラウンジから出ると、少し強めの潮風が頬を撫でた。
夜ともなるとさすがに冷えるけれど、今は心地よいくらいだ。
甲板の芝生の上で、眠りから覚めたルフィがサンドイッチをパクついている。
さっき目覚めて腹減ったと叫んでいたから、サンジが急遽作って届けてやったのだろう。
本当に、この船長がいる船じゃサンジは休む暇もない。

「おうナミ、サンジとの話は終わったのか?」
「やだ、聞いてたの」
ちょっと鼻の頭を顰めて見せたら、ルフィは口はしにパンくずをつけてしししと笑った。
「珍しい、ナミが発破かけるようなこと言ってから、おもしれーかった」
「なによ。私は私で素直になってみただけよ」
だってほんとに、今日は少し感傷的な気分なのだ。
大好きなみかんをたっぷり食べて、たいせつなみかんの木を毎日眺めていられるけれど、本当に大好きだった人にはもうこの気持ちは届かない。

「サンジ君って、自分で思ってる以上に意地っ張りなところがあるから、なんか他人事とは思えないのよね」
「けど、お前が応援するとは思わなかったなー」
そう言いながら、ルフィが食うか?とハムサンドを差し出した。
ナミは丁重に辞退する。
「あら、応援するの当たり前じゃない。なんせ養い親との微妙な親子関係を一番よくわかってるのは私なんだから」
「・・・・・・」
突然黙ったルフィに気付かず、ナミは手すりに凭れて空を見上げた。

「何があったかわからないけど、あんなふうにサンジ君が落ち着かなくなるって、絶対ゼフが絡んでると思うのよね。最近カモメ便でも着いたかなあ。新聞にでも何か載ってたかしら。あれこれ気を揉んでないで、伝電虫でも掛ければいいのに」
そう言って髪を掻き上げてふと視線を戻す。
「・・・?なに、私の顔に何かついてる?」
ルフィはもぐもぐ口を動かしながらも、じっとナミの顔を見ていた。
「いや・・・なんでゼフとなんかあった、とか思ったんだ」
「え、だってそうでしょ?ゼフ以外、サンジ君が大好きなのに素直になれない相手なんて、いないんじゃないの。私やロビンはいつも大好きで素直にデレデレしてるじゃない」
「・・・・・・」
またしてもルフィは黙って、もぐもぐとサンドイッチを食べてしまった。

「やだ、なによ。なんか私、おかしなこと言った?」
ごくんと飲み込んでから、ししししと白い歯を見せて全開の笑顔になる。
「俺あナミのそういうところが、大好きだ!」
「え、やだ、なに」
いきなり大好き発言されて、今度はナミの方が半端でなく赤面した。
「好きだー好きだぞナミー」
「もうやだ、止めてよ。いきなり夜中に何言い出すのよ」
「ナミー好きだぞー」
「やめなさいっての!」
勢い余ってクリマタクトを取り出したナミと、慌てて逃げ出すルフィ。









ラウンジから甲板に出たサンジは、騒ぐ二人を横目で見ながらこそこそと見張台に向かった。

片手には夜食が入ったトレイとワイン。
ちょっと奮発した感じだけれど、まだナミの誕生日圏内だからおかしくはないだろう。
宴会途中で見張りのために中座したゾロに、夜食を届けるのはおかしいことじゃないはずだ。
ついでにちょっと酒もサービスして、ついでにちょっと一服でもして。
この間の梅雨島での一件のことも、ちょっとだけ詫びてしまおうか。

「間に合ってる」だなんて、あの一言で切れた自分も大人気なかった。
けどよー間に合ってるってなんだよー俺は間に合せじゃねえんだぞー
ムカつき半分、テレ半分。
せっかくキスまでいけたのに、勝手に向こう脛を蹴った俺の足が悪い。
いやいやいや、せっかくってなんだよ俺。


様々な懊悩を抱えつつ、サンジは渋々&ドキドキしながら見張台へと昇る。
ナミの言葉に背中を押されて。




END


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