Birthday (ルフィ)


さぶりと両耳から圧迫されて、聴覚が麻痺した。
渦巻く水流の中に吸い込まれるように、ひたすらに落ちていく。

―――悪魔の実の能力者は海に嫌われている。
そう言われているけれど、本当は海に愛されているんじゃないのか。
だってこんなにも、海は優しく柔らかい。
身体中の力が抜けて、指先から溶けて流れていくようだ。

沈みながらうっすらと目を開けて、揺れる波紋を水底から見上げる。
陽光を照り返し、煌めく海面。
波間から幾筋もの光が差し込み、濁る蒼がもう一つの空を照らし出している。
海に落ちて、空に沈む。
死の間際にあって、最も美しい景色。


白い水柱が降りて、しなやかな身体が目の前を舞った。
本物の人魚を見たことはあるけれど、人間として一番人魚を思わせる姿。
長い手足を無駄なく使って、まるで海の申し子のように、力強く軽やかに潜ってくる。

細かいあぶくを纏う金髪は、空の下とはまた違う色を弾いて。
蒼褪めた顔を覆い隠しながら、たゆたい揺れる。
険しい表情をそのままに、乱暴に腕を掴んで抱き寄せた。
辛うじて触れた肌は水よりも冷たくて、もうすぐ止まりそうな自分の鼓動より確かな響きが伝わってくる。


ぐんぐんと近付く海面。
きんと鳴る耳。
鼻から最後の息が漏れた。
―――― 光が 弾ける








「ぶっはあっ」
「がはっ、がはっ・・・」

塩辛い水と一緒に空気が入って、咳き込み咽る。
吸ってるのか飲み込んでいるのかわからない喉の動き。
息をするよりモノを喰う方がよほどシンプルだなんて、見当違いなことを考えた。


「こんの、馬鹿!」
ナミの声が、まだ籠もっている鼓膜を殴る。
「誕生日に食べ過ぎて海に落ちるなんて、どこの大馬鹿船長よ!」
「・・・ったくもう、手間かけさせやがって・・・」
鬼のような形相で仁王立ちするナミ。
その隣に座り込んで荒い息をつきながら、サンジは濡れた身体をそのままに早速煙草に火を点ける。

「馬鹿だなー酔っ払ったんだろ。いや喰いすぎか」
ウソップが濡れた服を脱がせてくれて
「そんだけ喰ってりゃ余計に沈む」
フランキーはバスタオルで包んでくれた。
「水、飲んでないか?」
チョッパーが聴診器片手に駆け寄って
「昼間とは言え、身体が冷えるわ」
ロビンは暖かい飲み物を差し出してくれる。

「ししし、すまね」
まだ力の入らない腕を伸ばして、本当はカップだけじゃなくて今ここにいるみんな全部を抱き締めたい。
強く、大きく、想いの限り。

「宴の続きだ――――っ」
抱き締める代わりに高らかに叫ぶ。
誰よりも愛しい、大切な仲間。

「張本人が言うなっての」
すかさず受ける、ナミの拳骨すら心地良くて。
ようやく動き出した腕で頭を擦れば、仲間達はさきほどと同じように芝生の上で飲み食いを再開させた。







まだ暖かい、夕暮れ前の陽射し。
シャツだけ脱いで、潮風に身体を曝して。
裸足の足裏を引っ付けて空を仰げば、欄干に胡坐を掻いて杯を傾けるゾロと目が合った。
額に、うっすらと青筋。


「今日ぐらいは、大目に見てやる」

あ、バレてたかあ?




「ししししし」
悪びれず笑う声に背を向けて、ゾロは酒を飲み干した。




まっすぐに
自分だけを目指して泳ぐ人魚を独り占めできるのは、今年で最後なのかもしれない。




END


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