Birthday (ニコ・ロビン)


「好きなものは、甘くないケーキ」
そう言えるようになったのは、この船に乗ってからのこと。







見渡す限り海また海の大海原で、何回目かの誕生日を迎えることになった。
3日前に島を出たときから、皆がなんとなくソワソワしているのは雰囲気でわかっていたけれど、それがこの日のためなのか確信は持てない。
いえ、確信なんて持たなくてもいいのにね。
隠された部分を解き明かすことばかりに情熱を傾けていたせいで、なんにでも白黒はっきりつけたがる癖がついてしまっていたのかしら。

曖昧で密かな、ひけらかさない優しさがあることを、ずっと長い間忘れていた気がする。
本当は、日向だけでなく陰にだって、ひっそりと花は開くのに。




私以外の誰かが時折そっと目配せしたり、小さな声で会話をしたり、けれどそれはちっとも嫌な雰囲気ではなくて。
むしろ心がトクンとときめくような、ささやかで幸せな予感を誘うもの。

考え過ぎかしら。
自意識過剰なのかしら。
私は期待を、してしまっているのかしら。

思わぬ類の迷いが、私の心の中に湧いた。
こんなことで胸を騒がせる日が来るなんて、思いもしていなかった。
誰かが、私のために心を砕いてくれるなんて、あの幼い日から思い描いたことさえなかったのに。






1日、1日と日が迫るごとに、私の中の確信が戸惑いへと変化していく。
ナミちゃんとウソップは、何をそんなに楽しそうにヒソヒソ話しているのかしら。
ルフィが何か言おうとして、チョッパーが慌てて止めたわ。
サンジ君はいつにも増して忙しそうだし、フランキーはギター片手に何処かに行ってしまった。
いつもと変わらないのはゾロだけ。
だからなんとなく、ゾロが鍛錬している傍が、一番落ち着く。







夕焼けに彩られた甲板。
長く伸びる影が闇に薄まる頃―――
あちこちに灯りが点されて、船は、昼間とはまた違う暖かな光に包まれる。

いつものようにデッキチェアに寝そべって本のページを繰りながら、私は上の空だった。
飽きずに没頭できる筈の本の世界に、今日の私は入っていけない。
こんな読み方はとても勿体ないのだけれど、ページでも捲っていなければ、なんだか間が持たないんですもの。


ラウンジが密やかに騒がしい。
いい匂いが甲板にまで漂ってきて、ルフィはさっきフランキーに全身丸結びされて倉庫に放り込まれてしまった。
ナミちゃんとウソップとチョッパーは姿を見せないし、丸窓の向こうでサンジ君の髪がキラキラ光るばかり。

ゾロは、相変わらず息一つ乱さずに巨大な錘を振っている。
本を読むふりも諦めて、いっそその流麗な筋肉の動きでもじっくり眺めていたい誘惑に駆られるけど、それはきっと彼の邪魔ね。



ゾロがゆっくりと錘を下ろした。
私が気付くより先に、ラウンジの扉を開けてこちらに向かうサンジ君の気配を感じたのかしら。

「ロビンちゃん、ご飯だよ」
殊更にさり気なく、サンジ君が声を掛けてくれた。
「ありがとう」
私もいつも通りに
いいえ、いつもよりちょっと澄まして返事して、ページに栞を挟んだ。



立ち上がる私の隣を、ゾロがゆっくりと通り過ぎる。
私が歩き出すペースと、彼の歩みはほぼ一緒。
もしかして、エスコートしてくれているのかしら。
サンジ君はラウンジの扉を開けたまま、恭しく片手を挙げて待っている。

一足一足、近付くにつれて、私の鼓動が早まった。
ねえ、その扉の向こう。
明るい光が漏れているラウンジの中では、一体何が待っているのかしら。
私が期待している通りの光景?

私のために、皆が飾り付けてくれたテーブル
サンジ君が腕によりを掛けた、心尽くしのご馳走の数々
甘過ぎない、けれどとても美味しく美しいケーキ
にこにこしながら背中に隠し持っている、私へのプレゼント
そして声を揃えて高らかに、告げられるのは生誕への祝福





私はなんて自惚れているんだろう。
独り善がりで期待して、あれこれと想像して
それだけで胸を高鳴らせて―――

その光景を目にしたとき、私はどんな顔をしたらいいのかなんて。
今から考えて心臓が破裂しそうだなんて。

やっぱりビックリしてみせるべきなのかしら。
こんなこと、想像もしていなかったって。
誕生日なんて、すっかり忘れてしまっていただなんて。
そんな風に驚いて、感激して見せなければいけないのかしら。

ああ、私がそんな風に思う日が来るなんて!
誰かに対する自分のリアクションまでも、先んじて考えることがあるなんて。
そうしなければいけないかしらなんて、この私が気を遣うなんて、そんなことが・・・






ふと、足が止まってしまった。
暖かな空気が、扉から溢れて来ている気がする。
早くおいでと、皆が待ってるドキドキが、波のように押し寄せて流れ込んでくるみたい。

どうしよう、とても怖い。
私は、どうしたらいいの。


先を歩くゾロが、歩みを止めた。
サンジ君は少し首を傾けて、けれどふわりと笑ってくれた。

私は
私は
今、どんな顔をしているのかしら。
いつものように、ほんの少しの微笑みを湛えて、静かな表情で前を見詰めているのではないのかしら。


立ち竦んだ私の方に、ゾロは一歩下がって腕を伸ばした。
肩を抱くようにして、背中を押してくれる。

前へと。
皆が待つ、暖かい場所へと。


でも、どうしたらいいの。
私はどんなリアクションを取ればいいの。
わからないのよ。
どうしていいのか、わからない。

私が今、場違いなほどに恐れて怖気づいて、戸惑っていることがわからないの。
どうしてこんなに心が震えるのか。
この3日間は落ち着かなくて困っていたとか。
今この瞬間も、どうしていいのかわからないの。


こんなにも
こんなにも

嬉しいということを、楽しみだったということを、ずっとドキドキしていたことを

みんなにどう伝えればいいのか、私にはわからないの。
わからないのに―――




ゾロの手が優しく、けれど力強く促してくれた。
サンジ君が笑って手を差し伸べてくれた。



そうして、私はやっとのことで
仲間が待つ暖かな場所に、足を一歩踏み入れた。





END


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