100回好きだと言うよりも


ガラにもなく緊張して、告白に望んだ。
自慢じゃないが、ゾロはこと恋愛に関しては自分からアクションを起こしたことがない。
両手で足りないほどの女性遍歴もすべて相手からの告白もしくは誘惑がスタートで、円満にEndマークが付けられるのもまた相手からだった。
基本、来るもの拒まず去るもの追わずなゾロは、勝手に言い寄って勝手に傷付き勝手に去っていく女達をさして感慨もなく見送ってきた。
故に、女という生き物はこんなものだと解釈している。

が、今回はまったくケースが違う。
なにせ、ゾロが惚れてしまったのだから。
しかも相手は女ではなく男。
「こんなものだ」と推察できる女でないが故に、最初はどうすればいいのかわからず戸惑った。
そもそも同性たる男に自分が惚れる事体がありえないことと信じ難かったが、いつしか自覚せねばならないほどに想いは募った。
姿を見れば胸が高鳴るし、声を聞きたくて自然と耳を澄ませてしまう。
会いたくて何度も足を運ぶし、言葉を交わせればその日一日幸せな気分で過ごせる。
別れ際には寂しくなって、いっそこのままずっと傍にいたいとさえ思えるのだ。
自分は一介の客でしかないのに。
そう、まだ店員と客の間柄でしかないのに、ゾロの気持ちは一方的に高まってしまった。
故に、思い切って告白しようと決めたのだ。
男同士だとか友人でさえないとか、そもそもまだお互い名前も知らないのにとかそういう事情は蔑ろにして。



注文以外にも世間話を交わす程度には親しくなったから、その日は閉店まで粘って会計時にわざと忘れ物をして外に出た。
慌てて追い掛けて来たのを真剣な面持ちで待ち構え、単刀直入に切り出す。
「好きだ」
ぽかんと、目を瞠り口を開けた表情が可愛いなと思った。
「あんたが好きだ。俺と付き合ってくれないか」
こんな台詞、誰を相手にだって口に出して伝える日が来るとは思わなかった。
しかもこんな、鼓動が早まって体温も上がって手に汗が握れるくらい、どきどきしながら。
けれど、ゾロの一世一代の大告白は、次の台詞で一蹴された。

「ふざけんじゃねえよこのクソ野郎」
射殺すみたいに剣呑で凶悪な目付きと共に。



   * * *



何度目かのため息に、隣のデスクのナミがあからさまに眉を顰める。
「いい加減鬱陶しいんだけど、デスクワークが捗らないのなら外回り行ってきたら?」
「そのための資料を作ってんだが、進まねえ」
「まるでダメな子になっちゃったわねえ」
同期入社のナミは、ゾロが知る“女”の中では異質だった。
恋愛感情が湧かないのはお互い様らしく、寧ろ同性の友人とはまた違った形で親友と呼べる間柄になっている。
「あんたが振られたなんて話を聞いた時はざまあみろなんて思ったけど、こうも重症化すると却って厄介ね」
「別に、重症化してる訳じゃねえ。つか、最初から変わってねえ」
「普通は、大なり小なり振られたら変わるものよ」

告白をするのが初めてだったゾロは、当然ながら振られたのも初めてだ。
思いの外大きかった衝撃に打ちのめされつつ、それでゾロの中の恋心が霧散することもなかった。
そもそも、断られたら諦めるなんてそんなやわな想いではない。
故に、その後もあの手この手で相手にアプローチを試みるも悉く袖にされた。
モテるばかりだったゾロは恋の駆け引きを知らないし、楽しみも限度も知らない。
あまりにも様子がおかしいので有料で相談に乗ったナミが、ゾロの行為を聞いてストーカーに認定されるんじゃないかと心配するほどだった。

「そんなに好きなの」
相手がどういう人物か、殊更聞き出しはしないが興味がないといえば嘘になる。
「ああ」
「どんなところが好き?」
ゾロは肘を着いて手を顎に当て、遠くを見るような目付きをした。
その表情が柔らかく笑む。
「どんなってえと、睨み付ける目とか乱暴な口とか、愛想のない態度とかな。髪の色も、ほっそりした身体つきもいいな。歩き方がガラが悪くて、ちとガニ股なんだがな」
「ふーん・・・」
やっぱりナミには理解しがたい。
けれど―――
「理屈じゃなく、好きなのね」
「ああ?」
なんでわかると言いたげに目を向けたゾロに、ふふんと鼻で笑った。
「相手のことを語る、あんたの表情を見れば一目瞭然よ」
ストーカー紛いの執着かもしれないけど、ゾロにとっては本気の恋なのだ。
できれば成就して欲しいなと、ナミは素直に思った。



書類はいいから外を回っておいでと半ば追い出され、ゾロはお使い状態で取引先の会社を巡り始めた。
確かに、机に向かって仕事以外のことに悶々と頭を悩ませているより、こうして身体を動かした方が少しは気が紛れる。
いつまでも恋愛ごとに感けている場合ではないのもわかってはいるが、理性でどうこうできるものでもないのがまた恋というものだ。
行き慣れた会社ばかりなのに何度か道を間違え、ようやくすべての“お使い”を終えた頃には日も暮れかけていた。

ナミに一報入れてこのまま直帰してしまおうかなんて、無気力なことを考えながら何気なくショウウィンドウを眺めた。
ガラス越しに映る人影の中に、きらりと光る髪を見つける。
まさかと思って振り向いたら、向かいの建物の中に佇む男に目が行った。
こんな人ごみの中でも、一目で見分けられるくらいに惚れているのだ。
改めて、自分の感情に感心してしまう。

今ではゾロの思考のほぼ大半を占める男・・・サンジが、窓に背を向けるようにして煙草を吸っていた。
ポケットを弄って、紙切れをゴミ箱に捨てている。
映画の半券だ。
シネコンの中だから、どうやら映画を観終わったところらしい。

おかしいな、とゾロは首を捻った。
今日は金曜日。
店は営業日で、特に書き入れ時の金曜日は滅多に休めないといっていた筈なのに。

はっとして顔を上げた。
そう言えば、以前珍しく話し込んだ時に、この店では誕生日休暇なるものがあるとか言っていたような気がする。
「誕生日には、ほぼ強制的に休みを取らされるんだ」
そう言ったから、誕生日はいつなんだ?と聞いたら曖昧に笑ってはぐらかされてしまった。
けれど、もしかしたら今日がそうなのかもしれない。


ゾロはいても立ってもいられなくなって、ガラス越しに近付いた。
サンジは煙草を灰皿に押し付けて踵を返しかけ、近付く人影に気付いて顔を上げる。
ゾロの顔を見るなりぎょっとして、反射的に走り出した。
その動きに釣られ、ゾロもガラス越しに併走する。
なにごとかと振り返る人ごみを掻き分け、一歩先に建物の外へ出て歩道を駆け出した背中をゾロは必死で追い掛けた。

思いの外足が速い。
しかもスマートな身体でひらりと人波をかわし、軽快な走りを見せた。
このままでは撒かれてしまいそうだが、ゾロだって足に自信はあった。
しかもゾロは追うのが得意だ。
目の前に標的があれば、どこまででも追跡できるスタミナもある。
そうしてゾロはただまっすぐに、痩せた背中を追い掛け続けた。



「し、つけー・・・」
ぜえぜえと息を切らしながら、人気のない公園の繁みの手前でサンジはとうとう足を止めた。
ゾロも荒い息を吐きながら、ゆっくりとその背中に歩み寄る。
ここまで追い詰めてはいっそ犯罪かもしれないが、なにせゾロは限度ってモノがわからない。
どうしても話をしたいと思ったら、こんな風にするしか他に手立てはないじゃないか。

「今日、誕生日じゃ、ねえのか?」
「・・・は、はあ?」
サンジは息を継ぐのも苦しそうに顔を歪め、シャツのボタンを外して風通しを良くした。
ゾロもネクタイを緩めてボタンを外す。
「んなもん、関係ねーだろ・・・ああもう、信じらんねー」
観念したのか縁石の上に腰を下ろして、両手で髪を掻き混ぜながら俯いた。
「関係、ねーこと、ねー」
「ああ?」
いつもの、人相の悪い顔でねめつける。
「好きな奴の誕生日は、関係大有りだ」
「お前なあ」
サンジは嘆息すると、ポケットから煙草を取り出し乾いた唇に挟んだ。
俯いて火を点けてから、軽く噎せる。

「ふざけんのも、大概にしろって」
「ふざけてなんかねえ」
何回言えばわかるのか。
こんなにも真剣に、純粋に、直向に想っているのに。
「俺が男だから、迷惑か」
真っ当に考えれば一番の障壁であるはずの問題を、今さらに尋ねてきた。
けれどサンジは、それには即答しない。
むっつりと黙り込んで煙草を吹かし続ける横顔を、ゾロはじっと眺めた。

今までの拒否の言葉は、すべて「ふざけるな」とか「からかうな」とか「そんな冗談タチ悪い」とかだ。
ゾロの言葉を信じないということだけで、男同士だからとか気色悪いとかお前が嫌いだからとか、そんな理由は一度も出ない。



「今日、誕生日なのか?」
もう一度同じことを尋ねると、はあ・・・とこれ見よがしにため息が返って来た。
「だったらどうする」
言って、自嘲するように煙草を吹かす。
「自分の誕生日に一人寂しく映画観て過ごしてる野郎だ、慰め甲斐があるってもんだろ」
そんな挑発の言葉にも乗らないで、ゾロは真摯な面持ちのまま頷いた。
「俺が、あんたと出会ったのは偶然だった」
「はあ?」
同僚に教えてもらった安い定食屋に行くはずが、一本道を間違えてあのレストランに入った。
そこで惚れ込んで、以来通い続けている。
「あんたのことが気になりだして、俺の誕生日の夜に思い切って声を掛けたららあんたはちゃんと答えてくれた」
「それは・・・」
客商売だからと、返されたらそれはそれで納得できるだろう。
けれど、ゾロにとっては特別な誕生日になった。
「そして今日、あんたが誕生日だって言うんなら、俺は偶然、誕生日の日にあんたに会えた」
こうして。
「誕生日おめでとうと、あんたに言える日に」

ゾロの顔を見つめる目が、ふっと泣きそうに緩んだ。
けれど唇はまだ意固地に、真一文字に引き結ばれている。
「こんだけ続くともう、偶然とかじゃねえんじゃねえかと、思うんだ」
「・・・はあ?」
サンジは馬鹿にするような声を出そうとして、失敗した。
かすかに語尾が震えてしまう。
「どんだけ理由を付けてもあんたに惚れてるのに変わりねえし、こうして今日と言う日に出会えたし。こりゃもう偶然とか必然とかじゃなくて、運命じゃねえか」
「はあ?」
今度は本気で、呆れた声が出た。
ぽかんと口を開け、ゾロの顔を凝視している。
ああやっぱり、とても可愛い。

「だからもう、諦めろ」
なんて告白だと、むしろこれは強要もしくは脅迫じゃないのかと自分でも思うのだけれど。
それ以上うまく言葉も続けられなくて、ゾロは短くなった煙草を指で抓んで縁石に押し付けた。
そのまま肩を抱いて顔を近付ける。
見詰め合ったまま軽く唇を付けて、すぐに離れた。

サンジはさして抵抗することもなく、むしろ呆けたような表情でゾロを見つめ返している。
その瞳は綺麗な青で。
不意に、その輪郭が薄い膜が張ったようにじわりと滲んだ。

ゾロはもう一度体勢を整えると、今度は片手を背中に回し軽く抱くようにして顔を寄せる。
そうして初めて、サンジはようやく瞳を閉じて、ゾロの口付けを受け止めた。



END



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