律儀にサンジの分まで食事代を支払うゾロにご馳走様でしたと頭を下げて、先に表に出た。
「折角の休みだし、これからどっか行くか?」
「特に希望はないが、どっか連れてってくれ」
「了解」
歩きながら煙草を咥え、何処に行くかな〜と呟く。

まだ3時過ぎで晴れた空は明るい。
今から映画という手もあるが、2時間を並んで黙って座って過ごすのは勿体ない気もするし、買い物に
出かけるというのも目的がないし―――
「とりあえず、街行くか?」
「おう、俺にとっては久しぶりの街だな」
並んで歩きながら、駅へ向かう。

「半年ぶりくらいになるのか、秋にお前がここ来て以来か?」
「あれも夜の街をぶらついた程度だったしな。後はファーマーズフェアの会場とホテルの往復だけ」
「買い物とかするか?見るだけでも、好きなブランドとか」
「そういうの、俺にあると思うか?」
真顔で聞き返されて、サンジはへらりと笑った。
「ないデスね」
モッズコートの下に黒のタートルを着たゾロは、いつもの作業着とも前のスーツ姿とも違ってやけに
若々しく見える。
けれどきっとこの下には「○○マラソン」のロゴが入ったTシャツを着てるんだろうと読めてしまって、
サンジはくっくと喉を鳴らした。
「なに一人で笑ってんだ。どこまで買えばいい?」
「あー電車代くらい俺が出す」
火をつけないで咥えたままだった煙草を仕舞って、サンジは切符を買った。




できたばかりのショッピングモールをぶらつき、インテリア雑貨のフロアでサンジは動かなくなってしまった。
「やっぱ皿ってえと、陶器のがそれっぽいよな」
「駅前の茶屋のイメージか?」
ゾロはサンジの手元越しに、やや分厚い角皿を覗き込んだ。
「田舎って、どうしても和風のイメージになるよな」
「あーそうかも」
自分自身がどちらかと言うと洋風の職人なのに、何故かシモツキ=和風という固定観念がついてしまっていた。
「店先に暖簾掛けて、並べた床机に緋毛氈とか」
「いや、そこまで仰々しくなくてさあ」
でも春はなんとなく和風だよなと呟きながら、サンジは横歩きで狭い店内を移動する。
「んじゃ、南仏プロヴァンス風に爽やかに、それかイタリアっぽくビビッドに・・・」
「とりあえずイメージから入るのか」
「その方がやりやすいもんよ」
ああでもないこうでもないとぐるりと回って、また最初の陶器の場所に戻った。
「シモツキにも、焼き物してるとこあるぞ」
「そうなのか?」
「いい土が取れるんだよ、ただ作ってんのは主に干支の置物とかで、えらいじいさんだからセンスとかは
 古いかもしれねえ」
「でも大皿とか、使えそうなもんあるんじゃねえかな」
「若いのが弟子入りしてっけど、そいつの作るの突拍子もねえしなあ」
「どんなだよ」
クスクスと笑いながら、サンジは皿をひっくり返したりランチョンマットと合わせたりしてみる。
「とは言え、重さがあって嵩張るのが難点だよな。家で使うにはいいけど店では扱いづらい」
「小さい店だからな、収納にも限界があるぞ」
「オーバル皿のが無難かも。何人分くらい椅子が並ぶだろう」
「ああ、こんなことなら図面持ってくりゃよかった」
いつの間にかサンジに乗せられて、ゾロまで店の構想を本気で思い描くようになっていた。
「カウンターをあっちに持ってくるとして・・・」
口に手を当てて真剣に考え込むゾロに、サンジの方が呆れた声を出す。
「まだその場所、押さえてもいねえんだろ、気が早すぎる」
「早いもんか、今スモーカーに電話して仮押さえしといて貰う」
そう言って携帯を取り出し、早足で店の隅に向かう。
そんなゾロの姿が可笑しいような、それでいて頼もしいような気がして、サンジは手にしていた陶器をそっと
元の位置にもどした。



これからこうして、色んな細かいことを二人で決めていくんだなと思うと、なんだかくすぐったい。
でも心浮き立つのが抑えられないから、やっぱり何より嬉しいんだろう。
バラティエから離れて暮らすのは初めてなのに、不安より喜びの方が先に立つ。
だって、一人じゃない。
ゾロがいるから。

早足で戻ってくるゾロに、どうだったと声を掛けた。
「確認して折り返し連絡くれるらしい。まあ、あそこがダメでも他にいくらでも場所あるから」
「俺が返事した途端、急に話が動き出したな」
「それだけ返事が遅かったってことだが?」
「・・・すみませんデシタ」
急に畏まって神妙な顔付きになるサンジを笑いながら、またインテリアの店へと戻る。
小一時間を過ごした後、今度はCD売り場へ。
「やっぱBGMいるだろ」
「それこそイメージ決めてからでいいんじゃないか?」
ヒーリングミュージックを手にしながら、サンジはふむと中空を睨んだ。
「思いっきりベタに郷土色を出して、シモツキ音頭とかねえの?」
「あるぞ」
「え、うそ」
冗談で言ったのに。
「だがあまりお勧めはできない」
「そうですね、スミマセン」
「川のせせらぎとか」
「小鳥のさえずりは・・・つか、四万十川のせせらぎと尾瀬の渓流はどう違うんだ」
「クラシックもあるぞ」
「オルゴールミュージックでもいいな」
「俺の好みで言うと、ジャズだ」
「あ、俺もー」
やはりそこでも立ち話に花が咲き、いつの間にか時間が経ってしまっている。
ゾロの携帯が振動して、スモーカーから連絡が入った。
駅前の店舗仮押さえはできたらしい。
「よかったー、やっぱイメージが大事だから」
「あそこで開くって頭の中にある方がイメージ湧きやすいか」
サンジはうんうんと頷きつつ、歩みを止めた。
「まてまて、そもそも茶屋はオマケでお前の産直事務所の方がメインじゃねえか。そっちの準備はできてんのか」
「まったく」
「威張るな!」
年間メニューとか考えてないのかよーと話しながら、また場所を移動する。

ゾロは携帯の時間表示を見て「ところで」と口を開いた。
「晩飯どうする?」
「ああ、もうそんな時間か」
茶屋構想で殆ど時間を費やしてしまっていたらしい。
そういえば一服もしなかったと、今頃気付いた。
「なんか食って行こうぜ。つうか俺、行きたいトコあんだけど」
らしくなく言いよどむから、ゾロは催促するように頷いた。
「いいぜどこでも」
高級レストランか、隠れ家的なスポットか。
「ここから遠いのか?」
「いや、こん中にも入ってると思う・・・」
言いながら、ちょっと照れたような顔をした。
「居酒屋なら、どこでもいいんだ」
「居酒屋?」
どうやらサンジは、居酒屋なる場所に入ったことがないらしい。
安くて早くてそこそこ美味い、チェーン店的な居酒屋ならゾロは飽くほど行ったものだ。
学生時代のコンパや新入社員の歓迎会など、手近な宴会の場所として重宝した場所なのに、そこに行った
ことがないとはどういうことか。
最初は驚いたが、よくよく考えたらそれもありかもしれない。
深くは知らないが、どうやらサンジは中学以降学校に行ってないようだ。
当然、同級生同士の付き合いや学校でのサークル活動なども経験してないだろう。
ずっとあの店で働いていたのなら、店の懇親会などはそれこそ勉強も兼ねて“美味い店”を利用するだろうし、
対オトナの付き合いが前提になるからチープな店には足を運ぶ機会もない。
ナミと何度かデートしただろうが、こいつが行き先に居酒屋を選ぶ訳も無いだろう。
結果、「20代も後半にもなって居酒屋に行ったことがない男」ができてしまったと言う訳だ。

ゾロはレストラン街の看板を見上げて、一番オーソドックスなチェーン店を選んだ。
「んじゃ、地下1階に行こうぜ」
「おう」
心なしか足取りも軽く、先に立って歩く。
「抜群に美味いとか、ねえからな」
「わかってるって、どんな感じか雰囲気を味わいてえんだよ」
いくつかの店舗の前を過ぎて、目的の居酒屋に入った。

その場所だけ木造りの店構えで大きく掛けられた暖簾を潜ると、威勢のいい掛け声が飛んできた。
「っらっしゃいやせーっ」
「・・・バラティエみてえ」
サンジの呟きに、ゾロが噴き出す。
「言われてみれば、お前んとこはおおよそフレンチレストランらしくねえ」
「まあな」
元気のいい店員に促され、喫煙可能な奥の個室に陣取った。
注文が通る度に「よろこんでー」と返されるのが面白いのか、サンジはまるでアトラクションの中にでも入った
かのように楽しんでいる。
多彩なメニューに目を輝かせ、片っ端からチューハイを頼みたいと駄々を捏ねた。
飲み切れなければお前が飲めと命令する暴君ぶりだ。

「まあいいや、乾杯」
「かんぱーい」
重いジョッキを合わせて、まずはビールと勢いよく飲み干した。
店の中は早い時間ながらそこそこ客が入っていて、雑然と賑わっている。
「なんかいいな、こういうの」
煙草を吸いながらビールで喉を潤し、これがいいんだよと噛み締めるように呟く。
「もう今どこも禁煙だから、辛くて」
「そう言うバラティエだって、全面禁煙だろ」
「俺以外吸う奴いないもんよ」
口を尖らせつつも、紫煙がゾロの元へと流れないよう煙草を挟んだ手をさり気なく風下に置いている。
「そういうのは、止められねえもんか?」
「そうだなあ、単なる癖だとわかっちゃいるんだが・・・」
サンジは空いた手で頭を掻いて、興味深そうにくるりと視線をめぐらした。
「ゾロは、吸ったことねえの」
「ない」
「それのが逆に、珍しくね?」
誰もが一度は興味本位で試してみるもんじゃなかろうか。
「大体ダチは吸ってみてたりしたもんだが、俺はガキん時からあんまり好奇心ってもんがなかったからな。
 美味そうなもんでもねえし、結局確かめないままだ」
「なるほど」
変にかっこつけたり大人ぶったりする必要もなかったのだろう。
ゾロならそう納得できて、ちょっと悔しいとか思ってしまう。
「俺みたいになっちゃうともうダメだな、完全なニコ中だ。特に電車や飛行機で移動するとか辛え」
「飛行機にも乗るのか?」
ああ、フランスへのバカンスかという前に、サンジは煙草を揉み消しながら返事した。
「こないだも乗ったよ、アメリカ行ってたんだ」
「アメリカあ?」
突拍子もない土地が出て、ゾロはつい大きな声を出してしまった。
とは言え、賑やかな店内では喧騒に紛れて目立たない。

「そ、アメリカ」
「もしかして先月留守だったのは、それか」
「うん」
そこへ料理が運ばれてきた。
一つの皿を二人で取り分けようと、食器の位置を整える。
「急にドタキャンしたの悪かったよ、ごめん」
「仕事関係なら仕方ねえよ」
「いや、仕事じゃないんだ」
サンジは料理を箸で摘みながら、少し肩を落として項垂れた。
「父親が死んで、葬式だったから」
「―――」
絶句したゾロの前で、サンジは「いただきます」と手を合わせた。








花信風

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