空が乾いていた。

すこーんと晴れ渡りどこまでも続く青は一点の曇りもなく、そのまま水平線へと続いている。
日差しはそれほど強くはないが、なんせまったく雨が降らない。
「妙な海域よねえ」
ナミは海図を描く手を止めて、誰とはなしに話しかけた。
「まったくだ」
「ほんとだよ」
「そうだよねえ、困るよねえ」
「いいえ、別に困ることはないけどね」
「そうだねえ」
ばっさり切られても傷付いた風でもなく、サンジは虚ろな視線のままかしゃかしゃと
生クリームを掻き混ぜている。
「サニー号になってから飲み水の心配だけはなくなって助かるわ」
「いたって平和だよな。雨が降らないだけで」
この海域に入ってから、適度な風が吹き天候の荒れない、まさに順風満帆な毎日が続いている。
不気味なほどに、アクシデントが起こらない。
最初の内は洗濯物がよく渇くとか、晴れ渡った空が気持ちいいねなんて暢気に喜んでいたが、
あまりに平穏な日々が続きだすと、みな暇を持て余すようになってきた。
暇に任せて釣り糸を垂れればよく釣れるし、水槽は満杯でサンジにとっては腕の揮いどころだ。
平和で長閑で退屈で、食糧は充分余裕がある。サンジにとって言うことない恵まれた日々なのに、
何故か表情は憂鬱だった。
人間、考える暇がありすぎるのは罪だ。

「・・・ねーって、聞いてる?サンジ君」
ナミの声がようやく鼓膜に響いて、サンジはああと顔を上げた。
「うわあ、ぼんやりして愛しいナミさんの天使の声を聞きそびれたよ。なんだって?」
ボールを抱えたままくるーりと振り返る。
ナミは頬杖をついたまま、半眼で呆れたようにこっちを見ていた。
「でね、サンジ君がさっきから一生懸命掻き混ぜてるそれは、なんなのかなーって」
「いやあこれは勿論・・・」
だらしなく顔をふやけさせて視線を落としたサンジは、そのまま「げ」と固まってしまった。
抱きしめられ、ひたすら攪拌され続けた生クリームは分離し、なんだかよくわからないゲル状と化していた。

「最近サンジ君、やたらと物思いに耽ってるわよねー」
なんてストレートに問い掛けられて、冷や汗を掻いた昼間の失態を思い出して、
サンジは一人ブンブンと首を振った。
深夜のラウンジ、後片付けも仕込みも済ませ、一番ほっとできるプライベートな時間帯だ。
航海が平穏になってから、クルー達には規則正しい生活リズムがついてしまった。
太陽とともに目覚め、夜の帳が下りる頃眠りに就く。
各々がきちっと見張りの役目だけ果たして、後は安らかな眠りへと旅立つ。
元々ワーカーホリック気味だったサンジとしては、どこか持て余す毎日だ。
暇だとろくなことを考えない。それから、ろくなことをしでかさない。
サンジはふーっと長く息を吐いて、紫煙をくゆらせた。
今夜の見張りは奴だ。
ろくでもないことしか、しでかさない穀潰し。
奴だけは、暇だろうが多忙だろうが独自の生活リズムを崩さす、人を勝手に自分のペースに
巻き込んだりする厄介者。
ああ、まさしく災厄だ―――
サンジは今更ながら己の迂闊さを悔やみ呪った。


汗臭い筋肉ダルマと罵りつつ、そんな親父腹巻きとうっかり寝てしまったのは、
ほぼひと月ほど前のこと。
酒に酔った勢いで犯した過ちだと信じたいが、その辺の経緯は当事者であるはずの
サンジの記憶の中であやふやになってしまっている。
ともかく、モノの弾みで男と寝てしまった。
それだけは潔く認めよう。
人恋しかったのか世を儚んだのか・・・きっかけはさておいて、問題はその後だ。
ゾロが、こともあろうに味をしめた。
以来、なんのかんのと理由をつけて、もしくは力尽くでコトに及んで来る。
一度許しちまったものは、出し惜しみしても値打ちないかななんて、打算が
あった訳では決してない。
そもそも始まりはサンジが「許した」ような状態じゃなくて、行き当たりばったりの
事故、もしくはスポーツの延長みたいなものだった。
勿論、初めての行為は普通使用しえない器官を酷使して、身体にも心にも少々の
痛みを残したが、その時後悔はなかった。
それどころか、悪くないな、とも思った。
何より、あの朴念仁で唐変木のダサダサ苔マリモが、ガチガチになっている自分を
なんとか解そうと、必死になって奉仕するサマはよかったと思う。
そう、あれはまさしく「奉仕」だ。
そうでなければ、誰が好きこのんで固い野郎の身体を弄くり回したり、キスしたり
撫でたり噛んだりするだろうか。
自分がもし逆の立場なら、いくら大金を積まれようともお断りだ。
それなのに、ゾロはどういうわけかえらくしつこくサンジの身体を弄り倒して、
自分でも触れるのを憚られるような場所まで執拗に嬲っていた。
それはもう、じっくりと丹念に。

すごい奉仕精神だと、少なからず感服してしまったサンジは、その熱心さに
絆されて結局ゾロを受け入れてしまった。
まあ、そのことに後悔は無い。
それほど悪くなかった、と言うより、相当・・・いや、かなり・・・
自分が今までの経験上知り得た快感のはるか上を行く衝撃的な快楽だったし、長い人生
こんな経験も貴重かもしれないと己を納得させることはできた。
我に返った時、なぜかちらりと養い親の顔が脳裡にチラついてほんの少し胸が痛んだが、
それを凌ぐほどの実質的気持ち良さと、何故かゾロに対する優越感があった。
あのゾロが、魔獣が、大剣豪を目指す孤高の剣士が。
自分の身体にむしゃぶりついて、鼻息も荒くあれこれ仕掛けては嬉しそうに顔を歪めて
汗を滴らせているサマは、実によかった。なんとなく、ザマアミロだ。
俺みたいな野郎の身体に溺れやがって、この変態め。

よほど溜まっていたのか、それとも元々そういう性癖があったのか。
自分の固い身体に一生懸命愛撫を施す仕種が、いっそ哀れに思えた。
ああ、こいつはもしかしたら、ホモだったのかもしれねえなあ。
こんな立派なモノ持ってて、レディの役に立てねえんだろう。
かと言って、こんな化け物を受け容れる度量のでかい野郎ってのもそうそういねえだろうし・・・
やっぱ俺が相手してやるしか、ねえかなあ。
なんて同情まで沸いてしまって、ゾロに対して甘くなったのは事実だ。
だから、一度寝て味をしめた後、ほぼ毎日のようにゾロが伸ばしてくる手を邪険に
払うことは殆どなかった。
ちょっとでも拒む気配をみせると、まるで捨てられた子犬のように目を萎ませる。
なぜかサンジにはそう見えてしまうから不思議だ。
いつもは敵を射殺しそうなほどに剣呑な光を放つ三白眼がつぶらな瞳に見えてしまうの
だから、そんな自分の方が実は危険区域に入っていたとなぜ気付かなかったのだろう。

そうしてなし崩しにズルズルとゾロの戯れに付き合う内に、サンジの方が変わってしまった。
仕込まれるとは、こういうことか。
殆ど毎日、他人の手で快楽を与えられる行為を続けている内に、なんというか・・・「溶ける」の
が早くなってしまった。
例えて言うなら、ゾロにキスされるだけでくたんと身体の力が抜けてしまう。
口付けられながら髪を梳かれるとうっとり目を閉じてしまうし、触れられもしない内から
足の間がムズムズしてしまう。
ゾロの、前戯に掛ける時間が短くなるほど、いわゆる本番時間が長引くのも気恥ずかしかった。
最初は指一本でぎゃあぎゃあと喚いていた筈なのに、今じゃ信じ難いほどのあのデカブツを
難なく咥え込んで、しかもキュウキュウ締め付けているらしい。
らしいと言うのは、ゾロが行為の真っ最中に実況中継するからだ。
半ば意識を失って殆ど記憶がないのだが、それでも断片的に耳に残る台詞がふとした拍子に甦って
、まったく無関係の場面でもって、サンジをあたふたさせるのだ。
「畜生、美味そうに咥え込みやがって」
とか
「んなエロい面すんじゃねえ、メチャクチャにすんぞ」
とか
そんなエロい面を曝しているわけでも、悦んで受け入れてる訳でもまったくないはずなのに、
ゾロに指摘されても反論できない程度にぶっ飛んでいる。
反論どころか、言われたことを思い出すのがワンテンポ・・・いや数時間遅れてのことだから、
まったくタイミングが合わない。
それでいつも悔しい思いをするのだ。
ゾロの声を聞いたり、なんてことない鍛錬の合間にふと見せる表情だったり、通り過ぎた後に残る
汗の匂いだったり、それこそなんでもない、ただ運動を繰り返す背中の筋肉の単純な盛り上がりだったり、
そんな日常に溢れかえっている「普通」の場面で唐突に思い出したりするから、厄介なのだ。
その時の自分はきっと、頬を上気させているだろう。
目が潤んでいるかも知れない。
息が上がっているかもしれない。
身体のどこか奥深くがじゅんと痺れて、喉が渇いてしまうのだ。

連鎖的に夜の情交を思い出したりなんかしたら、もう駄目だ。
その場で蹲りたいのを必死に耐えて、トイレに駆け込むことになる。
なんでこうなったのか。
ゾロの存在そのものと、蕩けるような快楽が直結してしまっている。
まるでパブロフの犬のように、ゾロを見れば身体が溶ける。
その手が触れたら力が抜けて、その内真っ昼間でも、自分から足を広げて誘ってしまう
ようになるかもしれない。そんなの嫌だ。
っつうか、すでにこの状態が嫌だ。
だから、サンジはやばいと自覚してすぐ、ゾロに絶交を宣言した。

「もうてめえとは寝ないから、必要以上に話しかけるな。それから触るな」
その瞬間、ゾロはまさしく鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。
目が丸くなって口が半開きのまま止まっている。

―――間抜けだ
その間抜け面がかーいいんだ、なんて一瞬でも思いそうになって、慌てて訂正する。
可愛いってなんだ。
そもそも、そういう趣味が俺にはないんだから、やっぱりおかしな方向に染められてしまっている。
何か言いたそうなゾロを制して、サンジは一方的に捲くし立てた。
「最初にお前と寝たことが過ちだった」
「金輪際、俺に手を出すな」
「今までのこともなかったことにする」
「もし無理矢理にでも手を出そうとしやがったら、てめえを軽蔑して二度と許さねえ」
ゾロは黙って聞いていたが、その表情が段々険しくなって行く。
それでも口を挟むことなく黙って聞いているのは、自分が「何も言うな」と命じたからだと思うと
また情が沸きそうになって、慌てて己を叱咤した。
サンジの言い分を根気よく聞いた後、ゾロは一言「勝手にしろ」と呟いてその場を立ち去った。

え?そんだけ?
あまりにあっさりしたゾロの態度に一瞬ぽかんとして、それからサンジは我に返った。
もう、ゾロの姿は見えない。
一人ラウンジに取り残されて、何故か非常に居心地の悪い思いがする。
ゾロに一方的に別れを告げたのは自分なのに、捨てられた感が残るのは何故だろう。

ゾロがあまりにも潔く自分の提案を受け入れたからだ。
正直、もうすこし粘るかと思ったのに。
勝手なこと言うんじゃねえとか怒って、てめえの言うことなんざ聞かねえとか反論したりして、
せめて後一回やらせろとか言って押し倒したりしてくるかと思ったのに―――
終わりですか、ああそうですか。
自分で別れを切り出しておいてなぜか非常に傷付いたサンジは、逆ギレて一人夜中の
ラウンジで自棄酒を飲んだ。
それがつい、三日程前のこと。



ゾロに別れを宣言して、まだたった三日だと言うのに、サンジは絶不調だった。
ちょっとはゾロとの関係も微妙なものになるのかな、なんて心配も杞憂に終わった。
ゾロの態度はなんら変わりない。
そういえば寝るようになってからも、昼間のサンジに対する態度に変化は無かった。
すぐに人をからかうし逆らうし、何かと言うと喧嘩に雪崩れ込む犬猿の仲そのままの
スタンスで接して来た。
その視線に夜の行為を催させるような情欲はまったく含まれなくて、その態度の完璧さに
サンジは内心舌を巻いたのだ。
野暮な馬鹿だと思っていたが、中々の演技力。

だが、今ならわかる。
あれは演技でもなんでもない、素のゾロだった。
自分の欲望が解消されれば、それ以外サンジはどうでもよかったのだ。
自分がしたい時にだけ手を伸ばせる都合の良い入れ物。
いや、それなりに反応はあったから、玩具だろうか。

だが、ただそれだけのモノだったのだ。余計な執着なんてなにもない。
だからこそ、昼間は普通に接して来たし、態度にも変化なんてなかったのだろう。
ゾロの姿を見る度に頬を染めて、身体を熱くしていたサンジとはまったく違う。
逆上せ上がっていたのは、俺の方か。
性欲処理のためだけに行われたゾロの行為を、執心と取り違えた自分が馬鹿だったのだ。
やけに丁寧に施された愛撫だって、サンジの反応があまりに顕著だから純粋に面白がっていた
だけに違いない。
溜まったら抜くのと同じ感覚で、手を伸ばしていただけのことだ。
それを面倒とか思わない気質だっただけなのだろう。
ゾロにとっては、それだけのこと。

ならば早い段階で切った自分の選択は正しかった。
このままでは、後戻りできないほどに自分の方からゾロに溺れていっただろう。
今だって、元通りに戻ったとは言い難い。
ゾロの姿を見ただけで、どうしたって胸の奥が騒ぐ。
腹の底も疼く。
忙しさに感けて無駄なことなど考える暇もないほど過酷な航海だったらよかったのに。
幸か不幸か、ここのところ平和すぎるほどに順調な毎日だ。
だからつい、余計なことを考えてしまう。
昼間から、生クリームが分離するほどぼうっとしてみたり、ナミさんに勘付かれるほど
挙動不審になってるようじゃ、オシマイだ。
しっかりしなきゃ―――

灰皿から立ち上る紫煙をぼんやり目で追っていると、不意にがちゃりと後方で戸の開く音がした。
人の気配や足音にさえ、鈍感になってしまっている。
現れたのは、今最も会いたくない男だ。
そういえばこいつが見張りだったと、今更ながら思い出し血の気が引く。
毎夜不寝番に夜食を差し入れるのが常だったのに、今夜は何も用意していない。
動転して固まったサンジの横をすり抜けて、ゾロはぐるりとラウンジを見渡した。
少し首を傾げて、声を掛ける。
「クソコック、食いモンねえのか?」
「ねえっ!」
速攻言い返した。あんまり早すぎる反応だったろうが、もはや取り繕う余裕すらない。
ゾロは少々面食らったようだが、気にした風でもなくワインラックに向かった。
一本に抜いて「いいか?」と再び問う。
夜食も無い上に酒もなしとまでは言えなくて、サンジは曖昧に頷いた。
とにかく早く、立ち去って欲しい。

酒瓶を一本だけ持って見張りに戻るゾロの後ろ姿を目の端で見送って、サンジははあと肩の力を抜いた。
なんかもう、色々駄目だ俺。
なのになんであいつはああも変わらず平気なんだ。
なんで俺だけオタオタしてんだよ。
畜生、口惜しい、ムカつく、腹立つ!
心の中で言い聞かせるほど、頭の中は熱くならなかった。
ただ、胸の中が鉛でも飲み込んだように重く冷たい。
サンジは項垂れて立ち上がり、吸殻を山と積んだ灰皿をシンクに置いた。
ああ、今夜も身体が夜啼きする。





「ナミさ〜ん、次の島に着くまで、あと何日かなあ」
「・・・サンジ君?」
ナミはばさりと新聞を置いて、腕組みと同時に足も組み直した。
すらりと伸びた足は程よく日焼けして、小鹿のようだ。
「その質問、今日でもう3回目なんだけど、他に何かあたしに言いたいことでもあるの?」
「え?そうだった?いや、なんでもないよ。聞いてみただけ」
明らかに苛々しているナミに慌てて手を振り取り繕う。
「ごめん、さっきも聞いたっけか。なんかぼんやりしてて・・・」
「食料に問題があるわけじゃないんでしょ?私が見ても冷蔵庫の中は充実してるし、水槽の中も
 いっぱいお魚泳いでるし・・・穀物か、調味料か何か?」
「いや、そういうんじゃないんだよ。なんつーか陸恋しくて・・・はは、ごめん」
雨は降らずとも適度な風は吹いている。
この調子で行けば、一週間ほどで島に着くだろうと聞いていたのだ。
一週間。
たった一週間、されど一週間。
それまで俺は正常に過ごせるのだろうか。

「あーいいお湯でした」
その時、ブルックが頭から湯気を立てながらラウンジに入ってきた。
「波に揺られて大浴場・・・いいモンですねえ。長生きはするものです。と言っても、
 私もう死んでるんですけどー」

バスローブを羽織り、タオルで頭を巻いてはいるが、どう見ても中身は骸骨だ。
「風呂上りなら、アイスティーでも飲むか?」
「ありがとうございます、ホットで結構ですよ。年寄りに冷や水と申しまから〜」
「一番風呂は身体に毒なのよね」
ナミが新聞を畳みながら茶々を入れた。
「はい、やはりお若い方々の後風呂が一番!特にお嬢様方のエキスが沁み込んだお風呂の水が、
 私のお肌を若返らせてくれるのです!もう見て艶々ーって、わたし、皮膚ないんですけどホホホ!」
「黙って飲んでろ」
ブルック愛用のカップに紅茶を入れて、テーブルに出してやった。
「サンジさんが淹れてくださる紅茶の味は、また格別です」
ぽっかり明いた眼窩をそのままに、ない鼻で芳香を楽しんでいるブルックをサンジは
しみじみと眺めた。
―――ほんとに、飲んだモンはこいつの骨の中でどうなってんだろう。
つか、消化されんのか?
ウンチ出るっつったよな。 
風呂もどうしてんだ。
骨の間まで洗ってんのか。
そういうことを考えていると、案外と気が紛れる。

「じゃあ私は寝るわね、お休みなさい」
「お休みナミさん、いい夢を」
「おやすみなさいませ」

サンジは、ブルックの前にお代わり用のポットを置いて立ち上がった。
「んじゃ、俺風呂入ってくるわ」
「はい、ご馳走様です。多分サンジさんが最後でしょうから、ごゆっくりどうぞ」
まだまだブルックについて考えてみたかったが、そのネタで後一週間もたせなきゃ
いけないから今は保留にしておこう。


簡単に着替えとタオルだけ持って風呂場に入る。
もう深夜といっていい時間帯だから、風呂の中は真っ暗で脱衣所も静かだ。
「電気つけなくてもいいか、勿体無いし」
晴れた空からは仄かに月明かりが差して、真の闇ではなかった。
一人で風呂に入る分には、薄暗くても支障はない。
サンジは手早く衣服を脱ぐと、風呂場に足を踏み入れた。
波の音がかすかに響き、タイルが青白い光を弾いて濡れている。
まっすぐ洗い場に向かってシャワーを捻り、イスに湯を掛けてから腰掛けた。
まず髪を洗う。
シャンプーは男女共通だが、男はワンプッシュまでとナミにきつく言い渡されているため、
貴重なそれで丁寧に洗う。
きっとルフィやゾロはシャンプーなんて使わないだろうし、けどその分チョッパーが全身
使ってるかもしれないし・・・そもそもフランキーとロビンちゃんが同じ髪の香りを漂わせて
いるなんて、嫌だなあ・・・などとめまぐるしく思考を巡らせながら、顔も洗った。
リンスの使用はウソップとサンジにのみ許されている。
ナミさんと同じ香りだあと自然に顔をにやけさせながら、丁寧に髪に擦り込んで行く。
さっと軽く洗い流し、タオルで頭を巻いた。
スポンジを泡立てて、手早く首筋から腕背中へと洗っていく。

―――あー・・・やべえなあ・・・
最近はいつもピョコンと心持ち頭を擡げている息子が、今は何もしていないのに半勃ちに
なってしまっている。
さっきのあれだ。
ゾロの髪からは石鹸の匂いがするとか思い出したりしたせいだ。
何かにつけて、ゾロに結びつくモノを思い出すと脳と下半身が直結してるみたいに反応してしまう。
これはあれだ。
ぶっちゃけ溜まっているからだ。

ゾロとエッチしなくなってそろそろ5日とは言え、エッチどころか一人エッチもしていない。
別に、自分で済ますのは男の日常習慣みたいなものなんだからすればいいと思うのだけれど、
どうにもサンジには抵抗があった。
可愛い女の子を思い浮かべてするならいい。
妖艶なレディとか、ぼんきゅぼーんとか、そう言うのを想像しながらできればいいのに。
恐れ多くて申し訳ないけれど、ナミさんやロビンちゃんのパーツ(全体像はさすがに憚られる)を
思い出しながらでも、慰められればそれでよかった。
なのに、どういう訳か、盛り上がってくると脳裏に浮かぶのは暑苦しくも鬱陶しい筋肉だるまだ。
あのぶっとい腕とか汗に濡れた肌とか、情欲でギラついた白目だとかが思い出されて、うっかり
それでイきそうになる。
そんなんダメだ、つか、人としてどうよ。

危うく盛り上がりかける脳内を必死で押し留めて、サンジは自分を慰める手の動きを止める。
だって、ゾロでイクなんて惨め過ぎる。
好きなだけ弄ばれて、自分から別れを切り出したのに言ったらそれっきりなんて薄情な男のことを
思い出しながら一人でイクなんて、あんまり情けないじゃないか。
だからサンジは自慰すらも止めていた。
どうしたって思い出すのはゾロの手のことばかりだからだ。
あの優しい愛撫だ。
激しい息遣いだ。
力強い律動だ。
そのすべてに今もとらわれ続けていることを、思い知らされるのは辛い。
もう二度とあの眼差しが自分に向けられないなんて、認めるのが怖い。

「情けねえ・・・」
サンジは一人ごちて、曇った鏡に掌を当て俯いた。
勃ち上がりかけていた息子が、サンジと一緒にシュンとうな垂れてしまっている。
こんなことで落ち込んでいること自体が問題だが、きっと島に着いて、綺麗なお姉さまや
可愛いレディと出会えたなら、その時こそ俺は不死鳥のごとく蘇るだろう。
それを夢想して、今はしばし我慢の一途と律している。腹の底のモヤモヤは溜まる一方なのだけれども。
サンジはキュッキュと鏡を拭いた。
しょぼくれた自分の顔を睨みつけて、叱咤するためだ。
掌で拭われた鏡の向こうに、暗い湯船が浮かび上がる。
その中に、黒背景に白い双眸が浮いているのに気付いて、サンジは思わず大声を出しかけた。

「・・・は?げ?!」
「誰がハゲだ」
間髪いれず突っ込まれて、サンジは弾かれたみたいに振り返った。
湯船の中にゾロがいる。
真っ暗な風呂の中で、ゾロは首まで浸かって闇に浮かぶ三白眼でこちらを睨んでいた。
「て、てててててめえなんでここにいるんだよ!」
「風呂に入ってんだよ、見てわからねえか」
「だって、真っ暗だったじゃねえか!なんで電気つけねえんだ」
「その台詞もそっくり返す。てめえも電気つけてねえだろ」
言い返されてぐうの音も出ない。
サンジは驚きと羞恥で顔まで真っ赤に染めて怒り狂った。
全然気付かないうちに、自分の動きをすべて見られていたかと思うとものすごく恥ずかしい。
別に顔を髪を洗っただけだったけれど、鏡に向かって吐いたため息は聞かれただろう。
しかも、腹部を洗う途中で前をごしごし扱いてしまった。
その動きも全部見られていたわけだ。

「このクソ野郎、とっとと上がれよ!」
「俺も今入ったとこだ、風呂くらいゆっくり浸からせろ」
ちゃぽんと水音を立てて、ゾロはタオルを頭の上に乗せた。
くそう、こいつ絶対わざとだ。俺が入ってきた時、気配を殺してやがったな。
悔しかったが、ここで自分が先に上がるのも癪だった。
こうなったら、ゾロの存在など気にしないで風呂に入ってやる。

そう決心してシャワーで洗い流そうとしたが、別の事実に愕然とした。
ゾロに見られていたと気付いた羞恥からか、ゾロの気配そのもののせいかわからないが、
さっきまでしょんぼりしていた息子さんがいつの間にか復活してしまっている。
これでは、普通に立てない。
つかもう、すでにズキズキと疼くほどだ。
己の不甲斐なさに、髪を掻き毟りたい衝動に駆られた。
なんだってこんな場面で、これほどまでに素直に反応してくれるのか俺の下半身。
つか、治まれ。
何事もなくおとなしくうな垂れてくれ息子。
サンジの願いも虚しく、ピンと雄々しく反り立ったそれは、嘆きの息を受けて先端から露を
滲ませるほどにさらに屹立してくれた。
一体どうしたらいいというのだろう。

「・・・畜生」
漏れるため息を押し殺し、ゴシゴシと乱暴に身体を洗う。
首筋から肩、腕、胸元をスポンジで擦れば、半端でなく熱い視線が肌に感じられた。
―――見てやがる
なんの遠慮もなく、ゾロの双眸が全身を舐めていく。
視線に呷られて、肌がふつふつと粟立った。
腹の底からマグマのように情欲が湧き出て、つるりと向けたピンク色の先端からはじわりと露が滲み出た。
・・・くそう・・・
怒りと羞恥のあまりぷつんと何かが切れたのか、サンジは気だるげに首を傾けると、ゆっくりと
泡を撫で付けるようにして身体を洗い出した。
ささやかながら勃ち上がり、熟れた果実のように色付いた乳首が、泡の間から覗いている。
そこがチリッと火でも炙られたかのようにピンポイントで熱く感じられた。
・・・ビームでも出てんのかよ

見事なガン見だ。
ゾロの視線の一転集中。虫眼鏡で太陽光線を集められでもしたかのように、熱い。
じんじんと疼く己の中心を、太股でゾロの視線から庇うようにして足を上げる。
身体を傾け洗いイスから少し腰を浮かして、スポンジを差し込んだ。
ことさら丁寧に洗ってやる。
今度は太股の内側に熱視線だ。
どこ見てるか一目瞭然、つか体感ばっちりってのは凄いもんだな。
ゾロの眼力の凄さに軽い感動さえ覚えて、サンジは片手で胸元を撫でながらもう片方の手で尻を洗った。
それはもう、忙しなくも隈なくゾロの視線が動き回る。
全身が熱い吐息で嬲られているようで、サンジの中心はますます硬く張り詰めてしまった。
・・・ああもう、どうにでもなれ
いっそこのまま自分で解すかとか、目的を見失って欲望に流されそうになっていたら、
おもむろにゾロが立ち上がった。
ざばりと派手な音を立てて湯を撒き散らし、湯船から上がってくる。
―――来た!
来た。
とうとう我慢できずに出てきやがった。
んで、俺はどうするといいんだ。

押し倒してくるか、突っ込んでくるか?どっちにしたって、まずは急所めがけて蹴り入れてやる。
固い決意をそのままに身構えて気を張り詰めたのに、ゾロはそのままスタスタとサンジの背後を通り過ぎた。
―――なんだと?
思わぬ展開に驚愕して、それから急激な怒りに襲われた。こいつ、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ!
「おいてめえ!」
つい声を張り上げて、ゾロを呼び止める。
湯気の立ちこめた暗い風呂場に声が響いて、濡れたタイルの上でゾロの足が止まった。
「ああ?」
こちらも不機嫌を露わにしたドス声で応え、ゾロが振り向いた。途端、何かに頬を張られて、サンジは目を見開いた。
ビタンって・・・今、ビタンって・・・
目を向ければ、顔の数センチ横でゾロの凶器が完勃状態。
これが・・・今、ゾロが振り向いた拍子でビタンって。俺の俺の俺の・・・俺のほっぺたを・・・
ビンタ!?
「ぶっ」
サンジが状況を把握する前に、ゾロが吹き出した。見事に割れた腹筋が目の前で苦しそうに痙攣している。
「す、すまんっ・・・くっ・・・」
耐え切れず勃起したまま笑い出したゾロと、目の前でぶるぶる震えている立派な息子さん。
サンジはその場でうがああああと叫び、怒りに任せてそれに噛み付いた。


「ふっ、はあ・・・はっ・・・」
真っ暗な風呂場で、淫らな喘ぎ声が響いている。
冷たいタイルの上に押し倒され、跨られる形でペニスを喉の奥まで突っ込まれた。
ゾロはといえば逆の姿勢になって、サンジの股座に顔を突っ込んでいる。
「ふぐっ、ぐ」
勢いよく噛み付いてやったはずなのに、ゾロの息子さんはサンジの歯などものともせず、むしろ強い
刺激に大喜びしてそのままイラマチオの体勢に入ってしまったのだ。
後は軽く体位を逆さまにされてのシックスナイン。
だが勃起方向と口の向きとが違うから、どうしたって口から外れてしまう。
そうでなくとも全部を飲み込むには無理な太さと長さがあるし、下半身に施される痛いくらいの
乱暴な愛撫に意識が集中して、ゾロのそれを舐めることすら満足にできない。
「も、や―――」
先に泣きを入れるのは癪だったが、そんな意地も張っていられなくなった。
ゾロの指が余りにももどかしく動いて、射精寸前にまで呷られながらイくことができない。
「クソ野郎、早く・・・突っ込めっつってんだろ!」
馬のように躍動感溢れる太股を引っ掻いて、尻っぺたを叩いた。

声を出そうにも、口の中のモノが出張って舌が上手く動かない。
「は・・・言いやがる」
ようやく身体を起こして、ゾロが指を抜き去った。
「金輪際、てめえに触れるなっつったのは、どこのどいつだ。
ちょっと弄られただけでヒイヒイ啼きやがって」
「誰がっ」
ようやくペニスを抜かれて、サンジは涎にまみれた口元を手で拭いながら睨みつけた。
「てめえがだよ」
足の間から伸ばされた指で、乳首をきつく抓まれた。
同時にペニスも握られて情けない声が漏れる。
「触らなくても完勃ちだったな。見られてっだけで感じんのか」
胸元に吸い付かれて、チュウチュウ音を立てられる。
覆い被さるように抱き締められると、条件反射的に身体の力が抜けてつい寄りかかってしまった。
「うあ・・・だっ・・・て、てめえの視線、が・・・」
「やっぱ、感じんだな」
顎の下を舐められた。風呂の中なのに、やっぱりゾロの匂いがする。
ゾロの体温と力強さが身に染み入るようで、どれだけモノ欲しがってたのか思い知られた。
「てめえが、悪いんだ」
「ああ」
ゾロは耳朶に優しく歯を立てて、襟足を撫でた。
「そうだな。俺が悪い」

「・・・え?」
あまりに素直に認められて、サンジの方が動転した。
なにがどう悪いのか、こいつはわかってるのか?
つか、俺自身わかってるのか?
正面で見詰め合うようにして、身体を重ねられた。
広げた足の間から、ゆっくりとゾロが入ってくる。
内部を侵す熱にぞくぞくと身体を震わせて、あられもない声を出すサンジを、ゾロはすべて見ながら挿入してきた。
「あ、やだっ・・・なんでっ・・・」
「入ってんだろ」
ゾロの声は快感で掠れている。
それがまたサンジの熱を煽り、まだ途中なのにきゅうと軽く締め付けてしまった。
「気が早えよ」
ぺちんと尻を叩かれて、余計に力が入ってしまった。
このタイミングで叩かれちゃ、尚更感じてしまうじゃないか。
「しょうがねえ奴だ」
尊大な物言いにさえときめいて、きゅんきゅんと尻と一緒に胸まで疼く。
ああもう末期だ。
ゾロが何を言おうがどうしようが、すべて感じてしまうほどに末期だ。
「もう俺のこれがねえと、我慢できねえんだよな。物足りねえんだよな」
ずぶずぶと揺らしながら突き入れてきた。
最初の優しげな動きとは違う、荒々しさを伴った律動。
これがまた、堪らない。
「あっ、や・・・違うっ・・・違・・・」
 何がどう違うのかも、よくわからなくなってきた。

太股でゾロの身体を挟み込むようにして、もっと奥へと腰を浮かした。
「違わねえだろ。欲しかったろ、これ。もっと突いて欲しいか」
「あ、ん―――もっと、あ・・・や・・・」
「なら足開けよ」
足首を持たれてさらに大きく開かされた。
腹につくまでに反り返った己のペニスがぶるぶる揺れる。
全部見られて曝け出されて羞恥でますます感じてしまった。
「見んなっ・・・ああ、深え、深えよっ・・・奥―――」
ずんずんと円を描くように大きく抉られ、抜き差しされた。
脳髄にまでビンビンと響いて、何が何だかわからなくなってしまう。
「ああ、腹の、腹のそこにっ、あ・・・あた・・・」
ううんと短く呻いて、サンジの膝頭がきゅっと曲がった。
小さな痙攣を繰り返しながら、腹の上に射精する。
ゾロも大きく胴震いして、中に放っているのがわかった。
「・・・うあ、な・・・かに・・・」
「ああ、出た。たっぷりな・・・」
さすがに大きく息を切らして、ゾロは名残を惜しむように下半身を擦り付けた。
「中って・・・ばかや、ろ」
悪態をつきながらも、サンジは真っ赤に染まった頬を隠すようにして両腕を顔の上で交差させた。
荒い息を吐く唇は濡れて光っている。
誘われるようにぺろりとそこを舐めて、ゾロは己を沈めたまま両腕を外させた。
「俺から手は、出してないよなあ」
この期に及んでそんなことをダメ押ししてくるから、サンジは本気で蹴り上げてやりたくなった。
けれどいかんせん下半身は繋がったままだし、身の内に燻る炎はまだ燃え尽きてもいない。
「ざけんな、悪いと思うなら責任取れ」
「おう、そのつもりだ」
頬を撫でながら親指で唇を抉じ開け、歯の間に滑り込ませた。
「いつだって身体で応えてやるよ」
途端、サンジの潤んだ瞳が乾いた光を放って伏せられる。
その表情の変化に気付き、ゾロは口の中に突っ込んだ指で舌を抓んだ。
「どうした?身体だけじゃ、不服か?」
そう問われて、サンジは初めて気付く。
ゾロに慣らされるのは癪だった。
身体から仕込まれて、ずるずるとSEXの快楽に溺れるなんて、男の沽券に関わるとも思っていた。
けれどそれだけじゃなくて。本当に悲しかったのは、身体だけの繋がりでしかなかったからだ。
自分の身体に夢中になるゾロを嘲笑いながら、身体でしか繋ぎ止められないことが悲しかったからだ。
思い当たって、でも応えられないサンジの強情な口に顔を寄せた。指で引き出した舌を舐める。
「言っておくが、俺はてめえと寝なくなったからって元の仲間に戻れるたあ、思わねえぞ。てめえとの
 付き合いは、いつもSEX込みだ。てめえと俺がこの世に存在する限り、その関係は変わらねえ」
尊大で身勝手な宣告だ。一体お前はどれだけ俺様なんだと言う代わりに、ゾロの舌を食む。
「俺とてめえが、この世に存在する限り?随分と大げさな話だな」
長いキスの合間のため息代わりに、サンジは一人呟いた。
口に出して初めて、その意味に気付く。
「・・・って、え?」
改めてゾロを見れば、先ほどまでの薄ら笑いは消えてやけに生真面目な顔をしていた。
冗談だろと笑いかけて、唇が震える。
「不服か?」
額をくっつけて、ゾロが更に聞いて来る。
さっきとは別の種類の強い視線に捕らわれて、顔を反らすこともできない。
「・・・しょうがねえな・・・」
身体の関係がなくなったから、元の仲間に戻りましょう。
そんな中途半端な関係じゃあ、許してくれないのだ。
少なくとも、互いがここに在る限り、身体も心も両方互いのモノとなるらしい。
ゾロのでかブツを咥え込む度に感度がよくなっていく身体は本当に癪なのだけれど、ゾロだって
きっと自分無くしてはダメなのだろう。
そういう意味ではイーブンイーブンかもしれない。
「だから、俺を捨てるなよ」
柄でもない台詞を吐いて、ゾロはにやりと笑っている。

「しょうがねえなあ」
サンジは隠し切れない嬉しさを滲ませて、そっぽを向いたままゾロの身体を抱き締めた。
身の内でムクムクと、正直な息子さんが膨張している。
それを愛を持って締め付けて、サンジはリベンジを込めて自ら腰を動かし始めた。
――――その時


ド―――――ン

大きく船が傾いで、湯船の湯が繋がった二人の全身に掛かる。
「なんだ?」
「海軍だ――――っ」
見張りのウソップの声が、船内に響き渡った。
しばし顔を見合わせてから、慌てて立ち上がる。
「ったく、いいところで・・・」
「これでなきゃな、海賊だからよ」
手早く服を着て、意気揚々と甲板に飛び出した。


またその内、平穏な航海が続く日も来るかもしれない。
けれどもう、退屈と思える時はないだろう。






END





閑中忙あり