「それでは指輪の交換を」
スモーカーとたしぎは厳粛な面持ちで向かい合い、お互いの手を取った。
小さな女の子が、おずおずとリングピローを捧げ持つ。
最初にたしぎが遠目にもごつい銀の指輪を持ち上げて、スモーカーの指に嵌めた。
次にスモーカーが、華奢な指輪を太い指で摘む。
その間にたしぎは手袋を脱ぎ、左手を差し出した。
しばらく向かい合って、ゴソゴソしている。
「・・・嵌まらねえ」
「は?」
固唾を呑んで見守っていた参列者の目が、一斉にたしぎの左手に注がれた。
白い手袋を脱いだほっそりとした指は絆創膏だらけで・・・
「入らねえぞ」
「きゃあぁ」
たしぎは恥ずかしがって顔を両手で覆ってしまった。
なるほど、左手は絆創膏だらけだ。
針を持つ手のはずの右にも絆創膏が巻いてあるとは、一体どういうことか?
なんにしても、花嫁の努力が仇になってしまった感は否めない。
「しょうがねえな」
スモーカーは苦笑して、自分の指輪を一旦抜いてたしぎの薬指に嵌めてみた。
今度はブカブカで、たやすく外れそうだ。
というか、絶対たしぎなら失くす。
「・・・しょうがねえ」
スモーカーはみんなに見えるように、指輪を自分の左手の小指に嵌めた。
指輪が壊れるんじゃないかとハラハラしたが、なんとか入る。
「しばらく俺が預かっててやる」
「すみません」
しゅんと項垂れるたしぎがあんまり可哀想で可愛くて、参列者は励ましの意味も兼ねて割れんばかりの
拍手を送った。
「さあいよいよ新郎新婦初めての共同作業、ウェディングケーキ入刀です」
俺の出番だと、サンジは乱暴に顔を拭って立ち上がった。
入刀する二人の補佐をし、後で来場者の数だけケーキを切り分ける。
ざっと見ても60人以上いそうで、予備にケーキを準備しておいてよかったと胸を撫で下ろした。
「今日のこの日のために、ご友人のニコニコ王子ことサンジさんがウェディングケーキを作ってきてくださいました」
とんでもない紹介に転びそうになったら、あちこちから「王子―!」「プリンス〜v」と声が掛かった。
場内が爆笑に包まれる。
サンジは愛想を振りまきながら前に進み出て、スモーカーの影に隠れるように回り込んでケーキナイフを渡した。
たしぎのリードは、スモーカーに任せよう。
ちょうどいい具合に解凍したらしく、ナイフはさっくりとケーキに入った。
一斉にカメラのフラッシュが焚かれ、たしぎの幸せそうな笑顔がいっそう輝く。
昇りきった太陽の日差しを受け、フルーツに塗られたジュレが光を弾いて宝石箱みたいに煌いていた。
乾杯の音頭の後、立食パーティが始まった。
サンジが切り分けたケーキをみんな口に頬張りながら、持ち寄られた惣菜をそれぞれ食べるのに忙しい。
スピーチと余興をBGMにして、自由に飲んで食べて勝手に歌ってと賑やかだ。
雛壇にはお祝いを述べに来る人が列をなしていて、ゾロとサンジは遠慮しようと先に料理をつついた。
「こんにちは、いつも弟がお世話になっております」
長身の超絶美女が、わざわざ挨拶に来てくれた。
もはやサンジは酔いが回ったのも手伝ってグナグナで、普段より3割り増しに鼻の下が伸びている。
「この度はおめでとうございます、スモーカーの妹さんですか?」
「弟、と申し上げましたが」
「ああ、聞き間違いじゃなかったんですか。もう信じられない」
額に手を当ててよろめく仕種は演技ではなく、本当に立ち眩みを起しているのだろう。
「こんな若く美しいお姉さまがいたなんて・・・遺伝子の神秘!」
「すみません、酔っ払ってまして」
ゾロのグラスにビールを注いで、美女はにっこりとサンジにも微笑みかけた。
「ゾロさんとサンジさんね、たしぎちゃんからお話は伺っています。素晴らしいお式を本当にありがとう。
ケーキもとても美味しかった、ヒナ感激」
「こちらこそ感激です、貴女のような美しい方と巡り会えた〜」
「本当に、酔っ払っているのね」
「いつもこんなですが」
真っ赤な顔をしてぐびーっとグラスを空けたサンジの背後で、司会者が祝電を披露していた。
「皆様のご多幸をお祈り申し上げます。・・・続きまして、東京のルフィ様とナミ様から」
「あ、ナミひゃんだ」
ぱかっと顔を輝かせたサンジの横で、ゾロは「は?」と口を開けた。
「なんでルフィとナミなんだ?あいつらなんか、関係あったか」
「俺が〜ナミひゃんに〜天気予報聞いたから〜」
「お友達ですの?」
「俺達のね、気象予報士です」
司会者は動きを止めて、手元の祝電をじっと見詰めた。
しばし間が開いたが、にっこりと笑顔で頷いて顔を上げる。
「ご結婚おめでとうございます。お二人で見つけた愛を、これから、ふっくらした愛情にお育てください。
爽やかなご家庭をお手本にさせていただきます。お幸せに」
スモーカーは誰だ?とたしぎに小声で聞いた。
「確か、サンジさんのお友達の気象予報士さんです、お天気の相談をしたことがあるからくださったんでしょう」
「丁寧な方だな」
最後に両親への手紙が朗読され、サンジはもう立っていられないほど号泣した。
涙脆いのか泣き上戸なのか判別つかなかったが、周りもほぼ同じような状況だ。
「それではお二人の前途を祝して・・・かんぱ〜い!」
最後に施設長が、万歳三唱だと言っているのに何故か乾杯を三唱してお開きとなった。
「おい、大丈夫か」
ぐなんとテーブルに突っ伏しているサンジにペットボトルを渡すと、サンジは火照った頬を引っ付けて
ふにゃんと呻いた。
「やべー調子に乗って、飲みすぎた〜」
「みんな似たようなもんだ、そっちで転がってろ」
見れば、テントの一角はへべれけになって役に立たない男達が山積みされている。
あの上に乗せられるのもイヤだなあとぼんやり考えていたら、先ほど司会を務めていた女性がそっと
近寄ってきた。
「あの、ゾロさんとサンジさんですか」
「「はい」」
声を合わせて同時に振り向く。
その息の合い方に気圧されたか、女性は軽く仰け反ってからくすっと笑った。
「先ほどの電報の中に、お二人宛のがありましたのでお渡しいたします」
「・・・は?」
手渡されたのは押し花電報。
差出人は、ルフィとナミだ。
「ゾロ、サンジ君、結婚おめでとう!」
確かに、最初の一行には確かにそう書いてある。
サンジは一気に酔いが覚めて、はわわ〜とその場で立ち上がった。
「な、なななななナミさん?!」
「間際で気付いたものですから、そこだけ読まずに飛ばしました」
そう言って、女性は丁寧にお辞儀した。
「おめでとうございます」
「あ・・・」
「ありがとうございます」
先にゾロが生真面目な顔で礼をして、サンジも即座にそれに続く。
それじゃと立ち去る女性の背中に再び礼をして、サンジはその場でへなへなと崩れた。
「・・・ナミひゃん・・・」
「一体どこでどうして、こうなったんだ?」
二人とも狐につままれたような顔をして、ともかくゾロはその電報を大切に胸ポケットに仕舞った。
「いい式だったなあ」
サンジはまだ、興奮冷めやらぬ口調でうっとりと呟いた。
光に満ちた賑やかな披露宴の後は施設の中に入ってドンちゃん騒ぎ。
その日の内に新婚旅行に旅立つ二人を駅で見送ってからは、主役抜きのまま3次会まで盛り上がった。
シモツキの住人にしては恐ろしく夜更かしをした午後10時、自宅でお茶漬けを食べた後ようやくひと心地
ついている。
夜になってから降り出した雨は、今はしとしととすべての音を消し去るように静かに降り続いている。
昼間の天気のよさが、今となっては奇跡のようだ。
「ヒナお姉様達、もう家に着いたかな」
「道が混んでなきゃいいが」
サンジは携帯をピッピと弄っている。
「なんだ」
「ん、ナミさん。今日のお礼言っとこうと思って」
「・・・ナミか」
ゾロは思い出して、あーあと頭に手をやった。
「あいつも、何考えてんだか」
「なんかね、今日の写真見たいとか言ってたから、とりあえずたしぎちゃんの写メ送るよ。うわー、めっちゃ可愛いなあ」
送信、と口に出して言って、卓袱台に携帯を置く。
ゾロは胸ポケットに入れっぱなしだった電報を取り出し、なんとも複雑そうな顔で眺めた。
「今日のゾロ、かっこよかったぞ」
「あ?」
「朗読」
「ああ」
3人が交替で話すのに、ヘルメッポだけ妙に照れくさかったのか砕けた調子だった。
「あれ、覚えてんの」
「おう、暗誦できる」
「もっかい、言ってみて」
ゾロは卓袱台に肘を着いて、サンジの顔を見た。
二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派過ぎないほうがいい
立派過ぎることは 長持ちしないことだと 気づいているほうがいい―――
ゾロの声が、静かな部屋の中に響く。
サンジは目を閉じてじっとその声に耳を傾けていた。
もう今日は散々泣いて涙なんか枯れたかと思ったのに、閉じた左の目尻から、つうと一筋涙が零れ落ちた。
―――そしてなぜ 胸が熱くなるのか 黙っていてもふたりには わかるのであってほしい
あの時と同じように、ゾロは手を伸ばして卓袱台の上で軽く拳を作っていたサンジの手に掌を重ねた。
今度は誰に憚ることもなく、しっかりと手を握り合う。
「ええとなんだっけ、お互いの家族を大切にして・・・」
「思いやりの心を忘れず、どこよりも安らげる家庭を作り」
「喧嘩してもその日の内に仲直り、な」
「結婚記念日には、美味しいものを食わせろ」
「当たり前だろ」
サンジはくすくすと笑って、握り合わせた手を口元に持っていった。
「今日の誓いを心に刻み、力を合わせていくことをここに誓います」
二人声に出して唱和すれば、声の響きが手の甲を震わせた。
どちらからともなく顔を寄せ、お互いの唇を握り合う相手の甲に押し付けてから、おずおずと顔を上げる。
しめやかな雨が降り続く夜に。
二人は初めてキスを交わした。
翌朝、何故かゾロの携帯にナミから「この甲斐性なし!」と怒りメールが入っていたのは謎のままだ。
END
