蘖







それほど日を置かずゾロが顔を見せてくれたのは幸いだった。
たしぎが悪戯っぽそうに顔を輝かせて中継ぎをしてくれて、茅も自分のことのように喜んでくれている。
サンジはそれがどうにも気恥ずかしくて、わざとつっけんどんな態度でゾロを迎えてしまった。
「ようこそ、おいでやんした。」
「・・・なんで口が尖ってんだ。家鴨みてえだぞ。」
ゾロの言葉に慌てて茅が袂で口を押さえる。
サンジは仏頂面を隠そうともせず乱暴に裾を払ってゾロの横にひたりと座った。
「なんでありんすかね、それは。あちきは籠の鳥でありんすよ。」
「似合わねえな。」
ぼそりと呟いたゾロの言葉に、サンジより周りのものがぎょっとする。
ゾロは酒で口を湿らせると用意した花代を茅に手渡した。
「まあ、こいつとゆっくり飲ませてくれ。」
茅は黙って手をついて頭を下げる。
たしぎや他の新造たちもしずしずと席を立った。
二人きりの座敷で、サンジは改めてゾロの杯に酒を満たす。
それを飲み干して、ゾロはサンジにも杯を手渡した。

「なんだ、怒ったのか?」
「別に。」
紅に彩られた唇で、すいっと酒を吸い取るとまた杯をゾロに返した。
「俺はこういうナリで商売をしてるんだ。着飾って男と寝てなんぼの世界だよ。わかってんだろ。」
自棄気味にそう吐き捨てて、猪口ではなく空いた茶碗に酒を注ぐ。
ゾロは黙ってそれも飲み干した。
「まあな、金ぴかしたモンをちゃらちゃらつけて、色とりどり布団見てえなモン巻きつけてご苦労なこった。」
ゾロの言葉に、サンジは何故だか哀しくなった。
ゾロの言うとおりなのだ。
けれど、誰に言われても平気なはずのそんな言葉が、今はやけに胸に痛い。
「確かにてめえにはよく似合う。見ただけで観音さんか天女かと疑うくらい、目が眩みそうな出で立ちだ。
 だが、俺が知ってるほんとに綺麗なてめえは、こんなんじゃなくていい。」
一瞬間を置いて、サンジはゾロを振り返った。
「言っただろ。俺はてめえが綺麗なことを最初から知ってるんだって。さぞかし高い道具なんだろうが、
 そんなモン頭につけてなくたっててめえの髪はお日さん見てえに綺麗なんだ。どんだけ手の込んだ刺繍と
 やらがしてあろうと、着物なんか着てない方が、よっぽど綺麗なんだよてめえは。」
ゾロの言葉に、かあっと頬が熱くなった。
これではまるで、口説かれているようだ。
「ば、か言ってろ。俺は男だぞ。確かに花魁なんてやってっけど・・・」
徳利を置いて指の先で畳の目を辿る。
「綺麗っつわれて、嬉しかねえや。」
「・・・お前、そんなんでよく花魁なんてやってんな。」
心底呆れたと言う風なゾロの物言いに、サンジはきっと顔を上げた。
「てめえ相手だと調子狂うんだよ。俺だって、その気になりゃあ男を手玉に取る夷屋一の看板太夫だぞ。」
「いやその言い方がすでに、可愛い過ぎるぞてめえ。」
くしゃりと皺が寄るように笑って、ゾロはサンジの背中に手を当てた。
ぐいと力を入れて強引に抱き寄せる。
「・・・いや、あのな・・・」
「嫌か?」
「・・・そう言うんじゃなくてだな」
何か言いかけたサンジの唇をゾロはそっと塞いだ。
軽く食むように唇で誘って舌を差し入れる。
サンジは目を開いたまま視線を彷徨わせて、ゾロの襟元を縋るように掴んだ。
「んふ・・・」
つい鼻から漏れた息が艶めいた響きを残す。

本来ならばこれも花魁の技であるべきなのに、なんとも気恥ずかしく居たたまれない。
ゾロはねっとりと舌を絡めたまま口を開けた。
まだ見開いたままのサンジに見せ付けるように笑って見せる。
恥ずかしいのを通り越して腹立たしくなって、サンジは目を瞑ってゾロの舌に噛み付いた。
「・・・ほんとに、そんなんでよく太夫なんてやれてるな。」
音を立てて唇を離して、ゾロがからかう。
「いつもの俺は、違うんだっての。」
自分でもおかしいのはわかるから、サンジは開き直って言い放った。
もういいや。ゾロの前でかっこつけても長続きなんて、しやしない。
サンジは襟元を掻き合わせるように胸に手を当てて、ゾロの肩に凭れかかった。

「なあてめえ、俺と・・・してえ?」
おずおずと、それでも真っ直ぐな問いに苦笑する。
「ああ、してえ。」
そのために来てるんだと、付け足す。
サンジは悔やむように目を伏せた。
「ごめんな。高い金出して来てくれてんのに、こないだはあんなことで・・・」
「いや、あれはあれで楽しかった。」
ゾロは思い出したように目を細めて、それから不意に真顔になった。
「お前が嫌だってんなら、今夜も語り合うだけでいい。けど、俺は本当はやりてえんだ。」
台詞に似合わぬ真剣な面持ちに気圧される。
「てめえがやらせてくれるまで、何度だって通うぞ。焦らすのもてめえの仕事なんだろ。」
あまりにあけすけで率直過ぎて、また胸が痛んだ。
ゾロの言うとおりなのが、哀しい。
「そうだ、俺は客に気を持たせて、金使わせんのが商売だ。けど、てめえにだけは・・・」
そんなことをしたくないと、口に出してしまっていいのだろうか。
黙って哀しげに俯くサンジに、ゾロはそっと手を添えた。
「悪い、そういう意味じゃなかったんだ。てめえの仕事のことはわかってる。俺がただの客だってのも承知してんだ。
 だけどよ。」
ゾロらしくも無く言いよどみ、サンジの白い指に手を絡めて握り締めた。
「太夫と客って割り切るんじゃなくて、てめえを抱きてえ。」
つくんと胸の奥が疼く。
これは痛みに似た甘い痺れ。

「幼馴染ってえのとも違うんだ。確かにてめえのことは友達だと思ってたけどよ。なんつーんだ?その・・・
 あの雨の日にてめえと逢って・・・」
ガシガシと空いた手で頭を乱暴に掻く。
「一目見ててめえだとわかったがよ。それでも、なんつうか・・・逢いてえと、思ったよ。」
思い出の幼い日々に恋情などない。
けれど、サンジもあの雨の夜、まるで雷に打たれたかのようにゾロに見入った。

「こうして座敷で着飾ったてめえを見て、綺麗だと目を瞠ったよ。けどほんとに綺麗なのはとっくの昔から知ってる。
 だからって、裸のてめえが一番綺麗だとか、そう言って剥きたい訳じゃないんだぞ。・・・なんつうか・・・」
上手く言えない唐変木の手を引いて、サンジは自分からその首に腕を回した。
「俺もだよ。大事な幼馴染で美味しい鴨である前に、俺はてめえに惹かれてた。」
自分からその唇に口付ける。
「花魁でも幼馴染でもねえ、俺はてめえに抱かれてえよ。」
ゾロはそれ以上何も言わず、サンジを緋色の布団の上に横たえた。
















花明に続く
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