山が完全に雪に閉ざされる前に、サンジは人買いに連れられて里を出た。
いつの間にか山裾に住み着いた異形の子どもを疎んじた村人が、口減らしのため売られる娘のついでに
人買いを引き入れたのだ。
毛色の違う半端な年かさの子どもに最初は戸惑ったようだが、どこかの武士が口添えして結局連れて
行かれることとなった。
なぜその場に見知らぬ武士がいたのかはわからない。
ただその男は、この村にサンジがいない方が都合がよかろうと、そんな風なことを言ったような気がする。

もはやどこに行くあてもなく、抵抗する理由さえなくしていたサンジは大人しく人買いに従った。
せめてもう一度ゾロに会って別れを告げたいと思ったが、それがゾロのためになるとは思えず黙って
消えることを撰んだのだ。

峠の途中から白に煙る里を見下ろし、サンジは誰にともなく祈った。
あの強く優しい少年の、これから歩むべき道が清く真っ直ぐなものでありますように。

サンジを救いに現れたあの瞬間、垣間見えた狂気に似た修羅の顔が、再び彼の心を覆い尽くして
しまわぬように。
自分が知らぬ、ゾロ本人も気付かない鬼神のごとき本能を呼び覚まされることのないように。
たとえわが身に代えてもゾロをお救いくださいと、サンジはいるはずのない神に祈った。





寂れた宿場町の木賃宿で、サンジは初めて風呂に入った。
今まで夏も冬も水浴びしかしたことがなくて、熱い湯になど触れたこともなかったから相当恐ろしかったが、
人買いはなかなか面倒見がよく結局全部洗われてしまった。
火照った顔をそのままに水気を拭われたサンジの姿を見て、人買いは腕を組んで相当長い間唸っていた。
最初は見世物小屋に売りつけるつもりでいたが、それよりも陰間茶屋の方がいいか…
少しでも身入りのいい方にと考えあぐねて、先に娘の方を置屋に任せようと暖簾を潜った口入屋で、
サンジの方が見初められたのだ。

「こいつあ男ですぜ。」
「ああ、だがこんな瑠璃やら玉やら黄金やら、お宝そのまま写し取ったような人間は初めてだ。
 気に入った。天下一の花魁にしてみせるぜ。」
粋な亡八、夷屋の楼主は、サンジを一目見るなりいたく気に入り、法外な値段でもって買い取った。
そうして男の身でありながら引き込み禿となったのである。






「あねさまたちも、よくしてくれてな。男なのにそう意識しなくても、うまくやってこれた。」
「そらあ、夷屋の主人がそもそも大した男だったんじゃねえか。」
「まあな、酔狂なおっさんだ。」
そう笑って、ゾロに酒を注ぐ。
ゾロもサンジに注ぎ返して低く笑った。
「てめえも大したもんだ。男の身で太夫たあ、そうそうあることじゃねえ。」
「当たり前だろ。俺の美貌に今更気付いた訳でもねえだろうし。」
揶揄する言葉に、思いのほか真剣な眼差しでゾロが応える。
「おうよ、誰よりも先に、俺が知ってた。」
え、と杯を掲げる手を止めて見返すサンジに、ゾロは勢いよく杯を呷って口端を拭う。

「てめえの目ん玉が空より青いって、その髪がお天道様照り返した麦の穂より輝いてるって、俺は
 ずっと前から知ってた。」
眩しそうに目を細め、今腕の中にいるのを確かめるかのように抱いた手に力を込める。
「知っていて、忘れられなかった。ずっとずっと、大事な連れだ。」
思いもかけないゾロの言葉に、サンジは瞬間顔を歪める。
異形に生れ落ちてこれまで、気味悪がられるか尋常ならざる飾り物として崇められるかのどちらかだった。
こんな風に真っ直ぐに、サンジそのものを捉えてくれる瞳についぞ慣れていない。

「てめえは、どうなんだ。あれからどうしてた?」
話をそれとなくゾロに振って、酒を注ぎ足した。
裾を肌蹴て胡坐を掻いた長い脛にも、深々と彫り物が広がっている。
紅蓮の業火に身を焼いた人斬りだと、人づてに聞いたことがある。
どういう経緯があるのか、尋ねるのは正直怖い。
それでも、こうしてゾロと過ごす夜があるなら、避けては通れないとサンジは思った。
例え今宵限りでも、ゾロのすべてを受け入れたいと願い、その覚悟もできている。

格子戸の外を、雨を呼ぶ風が通り抜けていった。
















育花雨1に続く

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