-2-

ちょっと待て、絶対変だこれ。
買い出しが進まない・・・
じゃなくて、何かがおかしい。



結局ゾロを引き止めるのに相当の時間を費やして、仕方なく昼食を食べに店に入った。
適当にメニューを見て注文するサンジの横で、ゾロは頬杖をついてあちこちに視線を送っている。
ウェイトレスがぽっと頬を染め、意味ありげな目線を返して奥に引っ込んだ。
なんとなく面白くなくて、サンジは乱暴に灰皿をテーブルに置くと、タバコに火をつけた。

さっきから見ているとゾロは決して自分から積極的に声を掛けている訳ではない。
だが、隙があるというか、話しかけられやすい雰囲気になっているようだ。
しかもアイコンタクトは積極的に取っている。
そのため、女の方からやたらと声がかかる。

「お待たせしました。」
繁盛している店らしく、出来上がるのも早い。
湯気の立つ皿を置こうとすると、ゾロがさりげなく場所を空けた。
「ありがとうございます。」
「熱そうだな、火傷すんなよ。」
言いながら女の手を包むように、そっと皿を受け取る。
「大丈夫、こう見えても力持ちなのよ。」
「へえ、とてもそうは見えねえ。」
「あなたもとっても力持ちそうね。」
「まあな。」
フォークを持ったゾロの二の腕が、ぴくっと小さく動いた。
「きゃ、凄い筋肉。」
「あんだ、触ってみっか?」
「ええっいいの〜?」

ごほん!とサンジはわざとらしく咳払いをする。
「さっさと食え。まだ買い出しが残ってる。」
不機嫌丸出しのサンジの様子にウェイトレスは肩を竦めて、それでもウィンクを残して去っていった。
ゾロは首を振ってグラスを持ち上げる。

「なんだってんだクソコック。ったく無粋な野郎だぜ。」
「クソはどっちだ。女と見れば鼻の下伸ばしやがって、てめえどっかおかしいぞ。」
「おかしいのはてめえだろうが。いつも女のケツ追っ掛けまわしてんのは、てめえの方だろうがよ。」
やっぱりかよ、とサンジは顔を上げた。
「なんだ、てめえもおかしいとわかってんのか?」
「ああ、おかしいのはわかる。いつもならてめえが女と喋り倒して俺がそれをいちいち引っ張ってたんだ。」
ゾロが真面目な顔で頷いたので、サンジはちょっとほっとした。
やはり覚えていることは同じなのだ。

「そう、だよな。俺なんであんなに女にばっか声掛けてたんだろう・・・」
「女に声掛けねえで何が楽しいんだ。女はこの世の潤いだぞ。」
会話を交わしながらも、二人とも強烈な違和感に襲われて黙り込んだ。
確かにおかしい。
記憶を失くしている訳ではないから、お互い素の自分のことを自覚している。
それでも、今の感情とそれが合致しない。

魔女の仕業だな。
ゾロは薄々気付いていた。
あの赤い実を見せた辺りから、ナミの様子がおかしかった。
何かおかしな術でも掛けられたんだろう。
しかし・・・

「まあ、体勢に影響なければ構わねえだろ。」
「ああ?何がだ?」
最後は口に出して呟いていて、ゾロはサンジの問いには答えず黙々と食事を始めた。
サンジも渋々皿に手をつける。
仕方ない、さっさと食事を済ませて買い出しを急いでしちまおう。
そう思っているのに、顔を上げればゾロはもう、他のウェイトレスと合図を交わしていた。
何故だか無性に苛々する。






女の前でいちいち足を止めるゾロを、その度蹴り倒しながら、サンジは漸く買い物を済ませることができた。
荷物を倉庫とラウンジに運び込ませて、ほっと一息つく。
ゾロは甲板に出て鍛錬を始めたようだ。
これで暫くは安心だと胸を撫で下ろし、すぐに何が安心なんだと一人で突っ込んだ。
別に、ゾロがナンパに勤しむのなら放っといて自分だけで買い物を済ませればよかった。
それなのに、どう言う訳かゾロが女と話すたびにムカついて、蹴りを入れずにはいられなくて。
―――無駄な体力使っちまったぜ。
なんだか異常に疲れた気がして、サンジはとりあえずお茶を入れた。

ゾロはおやつを喜んだりしないから特別に用意する必要はないんだけれど、それでもちょっと摘まめる
程度に即席のピザを焼く。
アイスティーと合わせて甲板に足を運べば、いつもなら見苦しく汗を飛び散らせて振り回している姿がない。
耳を澄ませば、華やかな笑い声。

「ええ〜、今日はもう降りてこないの?」
「ああ、また明日会えっといいな。」
「つれないわね〜」

ぶちぶちっと血管が2、3本切れた気がした。
この野郎、鍛錬放り出して、なに女といちゃついてやがんだ!
サンジはトレイをそっと水樽の上に置くと、船縁に凭れて嬉しそうに話しているゾロの背中に
思い切り飛び蹴りをくらわした。














「ハッピーバースディゾロ!!」
「ハッピーバースディ〜!!」

皆が高らかに唱えてグラスを合わせる。
美しい夕暮れをバックに、甲板には急拵えのテーブルもどきがあちこちに設置され、
ところ狭しとご馳走が並べられていた。

「めでてえなあ、俺誕生日大好き。」
「宴会が好きなんでしょ。」
「ゾロ、おめでとうな!」
「ああ、ありがとう。」
皆に囲まれる位置に雛壇を作られて、ゾロはそこに胡坐を組んで座っている。
ぐるりを囲むように酒瓶が立てられているから、非常に機嫌がいい。

「今日だけは特別よ、1回3千ベリーでお酌してあげるv」
「へえ、安いじゃねえか。」
ゾロの応えに、ナミとロビンは黙って肩を震わせた。
ウソップもチョッパーも前もってナミから話を聴いてはいたが、やはり目を丸くして成り行きを見守っていた。
「てめえこそ、飲んでばっかじゃなくて飯も食え。ロビン、甲板に直に座ると冷えっぞ。俺の上着敷け。」
「ありがとう。どうぞお構いなく。」
うひゃひゃと笑いの止まらなくなったウソップを、チョッパーが必死に宥める。

「あんだゾロ、なんかおめえおかしいな。」
「ルフィもそう思うか?まあ、仕方ねえ気にすんな。」
飄々と言葉を交わし、酒を酌み交わす。
その間をすり抜けるように、サンジが大皿にケーキを乗せて運んできた。
「うまほ〜〜〜」
「あああ、ゴムを押さえとけ!くんなっ」
「ルフィ、ダメだぞ。我慢しろ〜」
わいわいと騒ぎながらケーキを取り囲む。

サンジは美しくデコレートされたケーキに頓着せず、ささっと切り分けて最初にゾロに渡した。
ゾロがそれをロビンに手渡す。
「あら、私がお先でいいの?」
「当たり前だろうが。」
サンジはどことなくむっとして、2皿目をゾロに渡した。
ゾロはそれをナミに渡す。
「うふふ、とっても美味しそうね。」
「たらふく食えよ。どうせお前らは食ったって太らねえ体質なんだ。」
ゾロは目を細めてロビンとナミを交互に見比べている。
その様子に、ウソップはとうとう耐え切れなくて笑い転げた。
チョッパーも口を半開きにしてへらへらするしかなく、ルフィは既に3皿目をゲットして食べ始めている。

「美味い!おかわり!」
「ちょっと待て、まだ俺食ってねえっ」
「つうか、俺らまだ貰ってねえよ!」
「うっせえな、食わねえとなくなっぞ、モタモタすんな。」
サンジは何故だかカリカリしていて、乱暴にケーキを切り分けると空いた皿とナイフを持ってさっさと
ラウンジに引っ込んでしまった。
ナミとロビンがそっと顔を見合わせる。

「コックさん、何か様子が変ね。」
「メロリンしないからヘンって訳でも、なさそうよね。」
「おい。」
急に声を潜めて話しかけられて、びくんと振り返る。
酒を片手に、ゾロが半眼でこっちを見ていた。
「お前らには、ちょっと聞きたいことがある。」
「・・・」
二人再び顔を見合わせ、どうぞとゾロに向き直った。







「入れ替わり、だと?」
ゾロは胡散臭そうな顔で、ぐいと杯を煽った。
すかさずロビンが酒を注ぎ足す。
「そうよ、なんだか一部分が入れ替わる実ってのを食べさせてみただけなの。ほんの悪戯心じゃないv」
ぺろりと舌を出して笑うナミに、ゾロは思い切り顔を顰めて見せた。
「ったく、ろくなことしやがらねえ。道理で、なんかおかしいとは思ったけどよ。」
「自覚症状はあるの?」
「ああ、別に前のことを忘れてる訳じゃねえから、お互いおかしいとは思ってる。」
けれど、これはやはり感情の問題なのだ。
現に、今こうしてナミやロビンと話していること自体が、ゾロにとってはひどく楽しい。
なんてことしてくれたんだと、怒りに似たものも湧いてこない。
「効果のほどは24時間らしいから、明日の出発の時にはもう元に戻っているはずよ。」
「そう願いてえな、なんかしっくり来ねえ。」
あーあと腕を組んで伸びをするゾロの隣で、ナミはぼそりと呟いた。

「私、このままの方がいいわ。」
言ってからあ、と口元を抑えた。
「ああ、なんでだ?」
「聞かないでよバカ」
「そうね、私もちょっぴりそう思うわ。」
ロビンが穏やかに笑っている。

「でもこのままでは、なんだかコックさんが可哀想。やっぱり早く元に戻るといいわね。」
静かにそう言い置いて、ロビンは空いた皿を持って立ち上がった。










静かなラウンジで、サンジは一人皿を洗っている。
ロビンはシンクの横に汚れた皿を置くと、手伝いましょうかと声を掛けた。

「あ、ありがとうロビンちゃん。すぐに片付けてしまうから、甲板でゆっくりしてて。」
そう言って笑みを返すサンジの姿に、これといった変化はない。
けれどこれは、きっとサンジにとって当たり前の範疇なのだ。

「剣士さんが、なんだかとっても穏やかになっていて驚いたわ。」
ロビンの言葉にサンジはええ、と振り向いた。
「ロビンちゃんもそう思う?っつか、なんか気付いた?あの腹巻マンのこと・・・」
「ええ、なんとなくだけど・・・」
「やっぱり、気のせいじゃねえんだな。なんかあいつ・・・妙に女に馴れ馴れしくなっててさあ。
 どうしたってんだろう。」
そう言う貴方も変わったのよ。
言えなくて、そっと小首を傾げて返した。

「脳みそ緑な上になんか湧いたのかなあ。とにかく市場ででもちょっと目を離すとどっかの女と話してて、
 参ったよ。使えねえどころかとんだお荷物だ。」
「けれど、なんかいい感じよ、彼。」
つるっと泡だらけのサンジの手から皿が滑り落ちた。
軽く跳ねて水飛沫を上げる。
「あ、ぶねえ・・・」
「割れなくてよかったわね。」
「ああ・・・じゃなくて、何?ロビンちゃん。」
「え?いい感じになったって、それ?」
ぶんぶんと、サンジが頷く。

「だって、とても穏やかな目で見つめてくるんですもの。なんだかどきりとするじゃない。」
「ど、どどどどどどきりとするの?ロビンちゃんでも?」
吃驚して声が裏返ってしまった。
まさか、ロビンからそんな台詞を聞くなんて。
「だってあいつ、女と見りゃあ鼻の下伸ばして、あちこちで目合わせては喋るんだぜ。あんな節操なし、
 男の風上にも置けねえよ。」
その口が言うかと、ロビンは笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
「まあ確かに普段の剣士さんからは想像できない姿でしょうけど、今ああしている限りでは、そう悪くはないわ。」
風に乗って、甲板からの賑やかな声が響いてくる。
「私や航海士さんにあれこれ気を配ってくれて、でも全然わざとらしくないの。さりげなく、
 それでも剣士さんにしては饒舌に、てらいもなく褒めてくれるから、女としては嬉しいわね。」
「・・・ふうん、そう・・・そんなもんなんだ。」

サンジはシンクに凭れてタバコを取り出し、火をつけた。
軽く吸い込んでふうんともう一度頷く。
「まあ、珍しいんだよな。だから新鮮に写るんだ。男の俺から見たら、みっともねえとしか思えねえけど。」
「そうかもしれないわね。」
ロビンはそう軽く流すと、ラウンジを出て行った。



その後ろ姿を見送って、サンジの眉間に皺が寄る。
「悪くねえって、なんだよそれ。」
あーんな女たらしの口だけ男の、どこがいいって言うんだろう。
しかも、それがいいってなんだよそれ。
女にへらへらしてなくても、気が利かなくてもゾロは充分魅力的だったはずだ。
「女にとっては、だけどな。」
いきなり湧いたゾロへの評価に自分でも吃驚して、サンジは慌てて付け足した。
決して、俺がゾロを魅力的だなんて思っていた訳ではない。
絶対に。
ただ一般論として、ああいうタイプは無愛想でもモテてんだろうなと思うだけだ。

実際、一緒に街を歩いていても、ゾロは女達からの視線を集めていた。
強面の外見に腰に挿した刀で近寄り難い雰囲気はあるが、見た目はそう悪くない。
じじシャツに腹巻という最大のウィークポイントさえなければ、女が放っとかないルックスだろう。
それが悔しくて、差をつけられるのが嫌で、ゾロと一緒のときは殊更丁寧に女に接していたし、
言葉巧みに誉めそやしたりもしたもんだが・・・
俺は何やってたんだろうなあ。

今思い返せばなんとも情けない行為だった。
女の気を引くと見せかけて、常に意識していたのはゾロの方だ。
ゾロに負けたくなくて、無視されたくなくて足掻いていた気がする。
けど今ゾロは女にばかり興味がいってる。
甲板でもきっとナミとロビンに囲まれて、ご満悦で酒を飲んでいるんだろう。
それを想像するだけでムカムカした。
そんな姿、見たくない。




粗方後片付けが終わっても甲板に戻る気になれなくて、サンジは一人ラウンジでタバコを吹かしていた。
「何してんだ、お前。」
灰皿に吸殻が積み上げられた頃、ゾロがひょこりと顔を覗かせた。
「あ?なんだ?」
サンジが我に返ったように顔を上げる。
「皆は?」
「ナミとロビンは部屋に戻った。ウソップとチョッパーは男部屋に放り込んだし、ルフィは見張り台にいる。」
「そうか・・・」
どうやらお開きになったらしい。
折角のゾロの誕生祝だったのに、結局自分はろくに顔も出さなかった。
なんとなく気まずくて、サンジは立ち上がると灰皿を片付ける。

「んじゃ、ルフィに夜食持ってってやんなきゃな。」
「ああ、俺はちょっと出掛けてくる。」
え?とあからさまに振り返ってしまった。
「出掛けるって、こんな時間にか?」
「夜はこれからだろうが。飲み直してくんだよ。」
「あれじゃ足らなかったのかよ!」
サンジは怒りを顕わにして怒鳴った。
今日の日のために、米の酒をたんまり準備したのだ。
ゾロが酒屋の娘と楽しげに話している時だって、どれがいいか一生懸命吟味してた。

「ああ、あの酒は美味かった。けどてめえあんまり飲んでねえだろ。一緒に行かねえか?」
ガリガリと、ゾロが頭を掻きながらそう言ってくる。
「一緒にって・・・」
「誕生日なんだから、ちゃんと付き合えよ。」
そう言われれば、断れない。
サンジは顔がにやけそうになるのを必死で抑えて、仕方ねえなと呟いた。







―――やっぱ、来るんじゃなかった。

賑やかな酒場の片隅で、サンジは水割りを片手に激しく後悔していた。
さんざめく女達の嬌声がぐるりを取り囲んでいる。
「きゃー素敵vこれで24人抜きようv」
「すっごいわ、全然酔っ払わないの?」
「さすがねえ。」

最初は確かに二人で飲んでいたはずなのに、気付けば酒場中の女達が集まったかと思うくらい囲まれていた。
ぴーちくぱーちく囀る鳥よりうるさい女達の笑い声にも、ゾロはいちいち頷いては笑みを返している。
「あんまり飲むと、この店が潰れっだろ。」
「大丈夫、飲み代は全部負けた人が払うんだから。」
「誰か、もう挑戦する人はいないの?」
きゃあきゃあと囃し立てて、ドサクサに紛れるようにゾロにしな垂れかかる。
「ああん、見てるだけで酔っ払っちゃったあ。」
「やーだ、あんたわざとらしいわよ。」
「だって、すっごく逞しいのvこの胸・・・」
「腕だって、こんなに太い〜v」
胸元から零れ落ちそうなほど膨らんだ胸を、ゾロの二の腕にむにっと押し当てている。
サンジは思わずその盛り上がりを凝視して、慌てて目を逸らして杯を呷った。

「ねえ、金髪のお兄さんももっと飲んでようv」
「大丈夫よ、お代は全部負けた人につけてあげるから。」
きゃいきゃいとマニキュアに彩られた指で髪を梳かれて、サンジはうるさそうに首を振った。
「触んな。俺に構わなくていい。」
「いやん、お兄さん拗ねてる?」
「ああ、そいつは女嫌いなんだ。気にすんな。」
ゾロに言われてカッと来た。
「何が女嫌いだ。お前が女にだらしなさ過ぎるんだよ。」
「んまー、もしかしてヤキモチ焼いてたの?ごめんなさい。」
他の女達がきゃあと歓声を上げた。
「それならそれと言ってくれないと、ねえ・・・」
「ええ、でもこっちのお兄さんは女でも大丈夫なのよね。」
「ねえ、今夜は私とv付き合ってくださらない。」
「あーら何抜け駆けしてんのよ!」
またぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。

サンジはダンっと乱暴にグラスを置くと、勢いよく立ち上がる。
「俺あ、帰る!」
「ああ、今から帰ってどうすんだ。泊まろうぜ。」
「んな・・・」
目を剥いて見下ろせば、女の白い肌と香水に取り囲まれたゾロが、にやりと笑って見せた。
「お前も誰か選べよ。ここの2階は宿になってんだとよ。」
いやーん私ようvと女の声が鳴り響いた。
サンジは、どこか信じられない思いでその喧騒に包まれていた。









まあ、誕生日の過ごし方としては至極真っ当でいい展開だ、とは思う。
仲間達に祝福され、宴会もして、たらふく飲んで綺麗な女と夜を過ごすんだ。
上等じゃねえか。
羨ましいくらいだ。
なのに―――

「なんでこうなるよ。」
サンジは一人ごちて白いシーツに突っ伏した。
久しぶりの柔らかなベッド。
眠りに就くには丁度いい酔い具合だが、今は一人じゃない。
シャワー室から女の鼻歌が聞こえてきてサンジはげんなりと肩を落とした。

結局、あの女たちの1人と部屋に入ってしまったのだ。
ゾロはまだ揉めていたから、恐らくは数人と隣の部屋に入ったんだろう。
そう思うと胃が冷たくなるような不快感があって、サンジは更に深く項垂れる。

今頃ゾロは、女達をその手に抱いているんだろうか。
柔らかな肌に触れ、乳房を揉みしだいて弾力のある肉に顔を埋めているんだろうか。
胸糞悪くて吐き気がする。
飲みすぎたんだきっと、そのせいで、こんなにも気分が悪い。



「おまたせ」
湯気をまとって女がシャワー室から出てきた。
タオル1枚を巻いて、腰をくねらせサンジの前まで歩いてくる。
白く華奢な足。
むっちりとした太股。
腕は細くしなやかで鎖骨の浮いた痩せた肩の割りに、胸は高々と盛り上がっている。

「大丈夫?お水持って来ましょうか?」
優しく掛けてくれ声さえ耳障りで、サンジは緩く首を振った。
「悪いけど、出てってくれないか?」
ここまで来ておいて、あんまりな話だろう。
けれどサンジには、女のプライドまで思いやってやる余裕などなかった。
そのたおやかな姿を、妖艶な乳房や腰のくびれを目にしてしまったら、きっと胸が張り裂けそうなほど辛くなる。
ゾロが、隣の部屋で同じように他の誰かと抱き合っているのかと思うと、それだけでもう―――

今更ながら、気付いて愕然とした。
何でそんな風に、ゾロのことばかり気にかけるのか。
本来ならこのシチュエーションは大歓迎の筈なのに、今の自分には女は鬱陶しいだけで、
しかも嫉妬の対象になっている。

「そんなこと言わないで。」
女がサンジの肩に手をかけた。
とっさにその手を払い、声を荒げる。
「出てけっつってんだろ、犯されてえか!」
言ってからはっとした。
口元を押さえ、ベッドの上で後ずさる。
「ごめん・・・」

嫌だ。
こんな自分は嫌だ。
こんなの、俺じゃない。

女は白けたような顔をして、ふんと溜め息をついた。
「仕方ないわね。お邪魔なようだから、私はこれで失礼するわ。」
脱いだドレスを抱えて、タオルを巻いたなりつんと澄まして出て行った。

扉の閉まる音を聞きながら、サンジは改めてベッドに突っ伏す。
一人でいたって、眠れそうにはない。
それでも今は目を閉じてじっと夜が明けるのを待つしかないのだと、そう思って目を閉じた。





かちゃりと、ドアの開く音がする。
女が忘れ物でもしたかと思って、サンジはそのままの格好で寝転がっていた。
床を踏む音が、女のそれより重い。
聞き慣れた靴音に思い当たって、サンジは弾かれたように飛び起きた。

「お前、なんで?」
そこにゾロが立っていた。
俄かには状況が掴めなくて、サンジは口を開けたままぽかんとゾロを見上げた。
ゾロはずんずんと大股で近付くと、サンジのベッドに腰を下ろす。

「なんで・・・女達は?」
ようやく口にした問いに、ゾロはああと低く応えた。
「女は帰した。別に寝てえ訳じゃなかったからな。」
「あんだとお?」
サンジはカッと来てゾロの襟首を捕まえる。
「何ほざいてんだてめえ、俺に女当てがっといて何が別に寝たくねえだ。すかしてんじゃねえぞクソ野郎。」
「てめえが愉しみてえかと思っただけじゃねえか。」
「余計なお世話だ!」
怒りながらも、サンジはどこかほっとしている自分に気付いて、泣きたくなった。
どうにもこうにも、妙な調子で居心地が悪い。

「大体寝たくねえってどういうこった?あんなに鼻の下伸ばしておいて・・・」
「女は見てっだけで充分じゃねえか。話してもいい、触れるのもいい。だが、だからって手当たり次第
 やりてえ訳でもねえ。」
サンジは握り締めた拳を震わせた。
「それで、てめえはその気がなくても俺には気遣ったって訳か。生憎だが、俺はてめえのお零れ頂戴するほど
 落ちぶれちゃいねえよ。」
怒りに任せてシーツごとゾロをひっくり返そうとしたが、うまく腕に力が入らない。
顔を赤くして寝転がったままジタジタ暴れるサンジの肩を、ゾロが抑えた。

「おかしな奴だ。これはてめえだろ。」
「はあっ?」
剣呑に眉を顰めるサンジに、ゾロは込み上げる笑いを収めて見つめ返す。
「手当たり次第に女を口説いてあちこちふらつき回ってたのは、てめえ自身だろう。なら、わかるはずだ。」
ゾロらしからぬ諭すような口調に、目を白黒させる。
「少なくとも俺あわかったぜ。てめえがこうすんのは病気みてえなもんだ。確かに女が好きで見てて楽しくて
 話すと嬉しくなるのはよっくわかった。だが、これとそれとはやっぱり違うぜ。」
どこのこれとそれとなんだ?
っつうか、ゾロは何を言ってる?
サンジは問い質そうとして、言葉を飲み込んだ。

ゾロが言うとおりならば、今の俺はなんなんだ。
レディを見たって心ときめくわけでもねえ。
むしろ、ゾロがレディと仲良くしてるとなんとも言えないほど胸がむかついて嫌な気分になるこれは・・・

「俺がどんだけ女のことを好きでも、てめえに対する気持ちは変わらねえよ。」
さらっと掛けられた言葉に、サンジの方が仰天して目を泳がせる。
ゾロは今、なんつった?
大体なんでこんな状態に・・・

「俺の言ってる言葉の意味がわかるか?」
ドキドキと、うるさいくらい心臓が踊りだした。
いやこれは、この感情は違うはずだ。
こんな風に、野郎相手にときめくみたいに胸が高鳴るはずがない。

「なんだ、なんだよこれ。」
サンジは当惑して縋るようにゾロに詰め寄った。
ゾロが愛しげに目を細める。
「その気持ちは、多分俺のもんだ。」
「え?ええええ?!」
意味がわからない。

「俺あ、てめえが女にデレデレする度に腹立ててた。・・・まあ、嫉妬だ。」
嫉妬?ゾロが?俺に?
「いや、俺にじゃなくて・・・女達に?」
声に出して呟けば静かに頷く。
なら、今自分を支配しているこの感情は紛れもなくヤキモチ・・・

「嘘―――」
何に対してかわからないまま、サンジは呆然と呟いた。
言われてみれば確かに、この感情は嫉妬のモヤモヤに似ている・・・かもしれない。
しかもなんか、凹んで拗ねてたような・・・気が、する。
拗ねるって・・・

「うがあっ、なんだよこりゃああっ」
サンジは頭を抱えて吼えた。
こんなこっ恥ずかしい感情を自分が持つなんて信じがたいが、それ以上にゾロがそうだったなんて大ショックだ。
「どういう訳だ。てめえ、てめえ俺にヤキモチ焼いてたんか?」
「てめえにじゃねえ、てめえが追っ掛ける女にだ。」
「ナミさんや、ロビンちゃんにも?!」
「ああ。そう言うってことは、てめえ今ナミやロビンにも嫉妬してんだな。」
「うっがああああああ!!!!」

認めがたい、認めがたいがその通りだ。
けれどこれが、そもそもゾロの感情だなんて。
「なんで、こんな・・・」
両手で顔を覆って俯くサンジに、ゾロは覆いかぶさるように耳元で囁いた。
「どうやら俺らは感情の一部が入れ替わる実を食っちまったらしい。まあそのうち元に戻るそうだが、
 お陰でわかったことがある。」
ベッドにうつ伏せたサンジの、金髪の間から覗く耳は真っ赤だ。
「俺ん中にてめえの感情が入っても、やっぱり俺はてめえが好きなまんまだ。これがどういう意味か、わかるか?」
「す、すすすすす好きって・・・」
感情が入れ替わった云々よりも、よほど重大で由々しきことをゾロがさらっと口にして、サンジはますます
シーツの中に潜り込んでいく。
それをゾロが力任せに引き上げて、改めて抱き締めた。

「女抱くよりてめえが欲しい。」
この饒舌さは俺のキャラじゃねえよと、サンジはどこか遠くで突っ込みを入れながら、そのままシーツに顔を埋めた。








あまりにらしくない丹念な愛撫に身を震わせながら、サンジは自分が置かれた状況にまだ戸惑っている。
あんなにもゾロの行動にやきもきして、こんなにもゾロの手が心地よいと思うなんて、これはやっぱり
自分の気持ちじゃないんだろうか。
こんなこと、露ほどにも望んじゃいなかったのに?
そう思い返してみても明確な答えは返ってこない。
以前の自分が女好きだったと信じられないのと同じくらい、ゾロに対する過去の想いは漠然としている。

じゃれ合いみたいな喧嘩は楽しかった。
ちょっとした折に、ゾロが素の表情を見せると嬉しかった。
そんな風に少しずつ、俺の中を満たして来ていた?
その記憶すらもう定かではなくて、それでも今こうしてゾロに触れられて高められる肉体の方が
よほど正直で―――

サンジはいつしか考えるのを止めて、ゾロの背中に腕を回し身体を開いて吐息を漏らした。
この気持ちが誰のものでも、こうしてここにゾロといる限り、誰よりも幸福だと。
喜びを素直に表わしてサンジは改めてゾロの名を呼んだ。


















眩い外の日差しがもう昼間近だと告げている。
サンジはもそりと布団から顔を出すと、目を瞬かせた。
瞼がうまく開かない。
身体がもの凄くだるい。
腰が痺れたように重くて、しかもなんか痛い。
言えないところはじんじんと疼いている。
身体の節々がギシギシと鳴るみたいに強張っていて、寝返りをつくのも億劫だ。

もぞもぞと身体を曲げると、目の前にぬっと現れた太い腕が抱え込んでくる。
戸惑うより早く胸の中に絡め取られて、サンジは改めて赤面した。
なんつー・・・こっ恥ずかしい体勢。
真昼間なのに、野郎二人が事後のベッドの中で絡み合ってまどろんでるなんて、寒いを通り越して氷点下だ。
なのに、あまりにも居心地がよくてサンジは抵抗すらできなかった。

すぐ真横にゾロの顎がある。
規則正しい寝息が頬に触れて、密着した肌からとくんとくんと小気味よいリズムが伝わってくる。
ゾロと、こんな風に迎える朝が来るなんて、思わなかった。
いやそもそも、男の腕の中で幸福に酔いしれる瞬間が来るなんて・・・
冷静に考えたら悪夢としかいいようがない。
なのに敢えてこの状況に甘んじてるのも、きっとそのおかしな実のせいなんだろう。
サンジは改めてまじまじとゾロの寝顔を見つめた。

「てめえ、おかしな感情持ってたんだなあ。」
野郎に惚れて焦がれるなんて、大剣豪ともあろうモノが憐れな恋路に走ったもんだ。
なんだか切なくなってゾロの腕の中からするりと抜け出ると、ガウンを羽織ったまま窓の下を眺めた。



多くの人が街中を行きかい、日常が始まっている。
パンを入れた籠を片手に、キャラキャラと笑いさざめきながら通り過ぎる少女二人が目に飛び込んできた。
どちらも甲乙つけがたいくらい可愛らしい。
おおっv
やっぱこの島はレベルが高いなあ。

にやんと笑い、タバコを咥えながらその姿を目で追った。
今度は擦れ違うちょっと年上のレディが目に飛び込んでくる。
慎ましい服に身を包みながらも、見事なボディラインは隠されていない。
おおv
なんと言うスタイルv

まさしくハート目で今度はそっちを追い掛けていたら、背後でのそりと起き上がる気配がした。
「なに見てんだてめえ。」
「なあ?てめえ見てみろよ。あのレディ、いーいおっぱいしてるよなあ。あーんなに盛り上がって・・・」
と、言い掛けて恐る恐るゾロを振り返る。
ゾロは穏やかに笑みを返しながらも、その額にくっきり青筋が浮いていた。

「え、嘘・・・え?」
もう、元に戻ってんのか?
ならでもなんで、まだこんなにも幸せ気分なんだ?

「てめえは、全然、わかってねえ、みたいだ、な。」
一語一語区切りながら、ゾロは笑顔のままサンジの両肩を掴み、勢いでベッドに押し倒した。
助けてと、叫ぶ声をキスで塞がれて、力任せに撫で回されながらも、何故だかサンジは幸福だった。

















「有意義な夜は過ごせた?」
あからさまにニヤニヤしながら下世話な質問をするナミに、ゾロは片目だけ開けて鬱陶しそうに見上げる。
日差しの照りつける甲板で影を探すこともなく、ゾロはだらりと寝くたれていた。

「あたしの誕生日プレゼント、役に立ったでしょ?」
「まあな。」
珍しく素直に答えるゾロに、ナミは目を瞠る。
「なあにそれ。その素直さはサンジ君のじゃないわね。他にも誰か混ざってんのかしら。」
「混ざってたまるか。いつだって俺は俺だ。」
自分たちにやたらと優しかったゾロを思い出して、それもそうかと思い直す。
ちょっと嗜好が入れ替わっただけで、基本的には二人ともそのままだった。

「あんたはともかく、サンジ君にはいいクスリだったみたい・・・って、あら?サンジ君は?」
無言で腕を伸ばした先に、波止場でくるくる回るサンジの姿が見えた。



「いや〜v残念だなあ。キミ達みたいなレディと、上陸初日に出会ってたら・・・」
「もう一泊したらいいのにー。」
「そうよそうよぉ」

ナミはごほんと咳払いすると、腰に手を当てて腹から声を出した。

「サンジ君、早く出港しないと、貴方の恋人が睨んでるわよー!」
サンジはその場で飛び上がり、赤くなったり青くなったりしながらきょろきょろと振り返った。
笑うナミの背後で、ゾロが仁王立ちになってこっちを睨んでいる。

「わわわ、違うんだよ。あんなの恋人でもなんでもないんだからっ」
「ええ?あんな綺麗な人なのに?」
「あああ、ナミさんはほんっとーに美人!俺の女神〜v」
「ならあんなのって誰?」
「いやあのその・・・んじゃ、俺もう行かなきゃっ」

慌てふためき駆け出したサンジの姿を、ナミは軽く囃し立てて待っている。



「ゾロ、ひとつ貸しよ。」
「プレゼントだろ。今度はてめえとルフィの仲を取り持ってやるよ。」
「余計なお世話よ!」

真っ赤になって言い返したナミに、ゾロは声を上げて笑って錨を上げた。





Happy happy birthday! ZOROv




            END (2005.12.17)