はるか前方に海軍の船影が見えた。
数が多い。
後方からも灯りが迫る。
「このままじゃ、囲まれるわね」
起きてきたナミは、直ぐに状況を把握した。
まだ眠た目のウソップとチョッパーにてきぱきと指示する。
「撃って来たぞ!」
ルフィの声にゾロが舵を握る。
「この近くで嵐が発生してるわ!それに乗じて逃げるわよ!!」
ナミの声とともに戦いの火蓋が切って落とされた。
ゾロはバンダナを頭に巻いて、刀を咥えた。
GM号に乗り移られる前に先に、敵船に乗り込んで襲い来る敵をなぎ倒す。
「なんか今日のゾロ、荒れてんなあ」
どこか呑気なウソップの声を背に、サンジは肩をすくめてひらりと飛び移った。
わざと人の多いところに飛び込んで蹴り倒す。
――やる前でよかった。
あんなもん入った後だったら、絶対うまく動けねえ。
海軍が攻めて来てくれたことに、ほっとしたような残念なような、複雑な感情が交差した。
とりあえず集中だ、集中。
いつの間にか風が強くなってきた。
相変わらず、ナミの読みは外れない。
突然、風上から女の声が響いた。
振り返ると、暗闇にも見目麗しい長い髪の女性の立ち姿がある。
「ロロノア・ゾロ!覚悟なさい!」
澄んだ声が響いたと思ったら、女はゾロに向かって突進してきた。
「うおお、なんて美しいお姉さま!!」
条件反射でサンジがハート目になる。
ゾロから庇うように、そのしなやかな体躯に縋りつく・・・と思ったらすり抜けた。
がっちりとサンジの身体を鋼鉄の鎖が拘束している。
「あ?あ?あ?あれ――――???」
間抜けた声を上げて転倒するサンジを見下ろし、女は側にしゃがみこんだ。。
「この足が、おいたのようね」
するりと撫でられて、足首にも枷がはめられる。
「―――お姉さま、何を?」
なんとか身体を起こしたサンジの目前を、GM号が全速力で横切った。
「撤収よ!ゾロ、サンジ君!!」
愛しいナミの声が、非情にも通り過ぎて行く。
撤収と言われましても―――
いつの間に飛び移ったのか、目を剥いたゾロがGM号の船縁から身を乗り出している。
何か大声で叫んでいるが、風に呑まれて聞こえない。
「心配すんなー!!」
届くかどうかわからないが、サンジは大声で叫んだ。
「ロロノア・ゾロの確保は失敗したわね。ヒナ残念」
パールピンクの髪をかきあげて、煙草に火をつける。
ふわりといい香りが漂って、サンジはくらくらした。
「この坊やも賞金は付いてないけど厄介らしいし、悪の芽は早めに摘んでおいた方が賢明でしょう」
細い指で顎を撫でられて、これ以上ないくらい鼻の下を伸ばす。
「麦藁の一味を捕らえたそうだな」
突然、無骨な声が割り込んできた。
小山のような大柄な男が、ずかずかと近づく。
「お手柄ですな、ヒナ大佐。よかったら私の船でそいつを本部まで送りましょう」
ヒナの秀麗な眉が潜められる。
「確か、そちらは海賊狩りの帰り・・・ですよね」
「ええ、今回も大漁ですよ。奴らの重みで船が沈みそうなくらいね」
「それでは―――」
「犯罪者に、待遇差別をしてはなりませんぞ」
言葉は丁寧だが横柄な感じだ。
「私は真っ直ぐ本部に戻りますから、一番良い方法でしょう」
有無を言わせぬ口調で、部下に合図する。
サンジは両脇から抱えられた。
「ちょ・・・ちょっと待て!お姉さま?」
ヒナの表情は氷のように冷たく固まっている。
「お姉さまーって、離せこらァ!」
サンジの声が隣の船に消えていった。
離れ去る船を見送りながら、ヒナは煙草を揉み消した。
「相変わらず陰湿な奴ね。ヒナ嫌い」
夜明けが近いのに、空の色は暗く渦巻いている。
「出せおらぁ!!」
「いつまでこんなとこ閉じ込めとく気だ、畜生ー!!」
怒号と奇声が飛び交う、船底の簡易牢獄。
腐った空気とすえた匂いが鼻につく。
闇に慣れた目に、一筋の光が射し込んだ。
「新入りだぜ」
「気の毒になあ」
「黒猫か?白兎か?」
「バカ言ってろ」
嘲笑と好奇と、期待が入り混じった視線が戸口に注がれる。
男達に担がれて、両手両足を拘束された細い身体が現れた。
「なんで俺だけ繋がれてんだよ。どうせぶち込むんなら、外せよおらぁ!」
若い男の声が叫ぶ!
「絶対外すなと命令だ」
「特に足は用心と伝えられている」
なんで正確に情報が伝えられてるんだろう。
「よし、こっち来い」
「こっち寄越せ!!」
檻の中のギャラリーが喧しい。
「なんだこいつら」
担がれたままきょろきょろするサンジの金髪が揺れる度に、歓声が上がる。
歓迎されてんのか?俺。
繋がれてなければ、手を振ってしまうところだ。
一部屋の鍵が外され、乱暴に放り込まれた。
「いって・・・」
ひゅうと口笛が吹かれる。
身を起こして、周りを見渡した。
狭い檻の中に、10人ほどのむさくるしい男が閉じ込められている。
血走った目が一斉にサンジに注がれた。
「ラッキー」
「上物だぜ、おい」
「海軍も粋なことしやがる」
下卑た笑いが、闇に響く。
「悪く思うなよ」
海軍兵は逃げるように足早に立ち去った。
―――なんだ・・・この異様な雰囲気は。
さすがにサンジも、尋常でない事態を察した。
不自由な身体を動かして、後ずさりする。
「抑える必要はねえな」
「その枷は邪魔じゃねえか」
ギラついた男達の目の色に、剥き出しの欲望が見えた。
ゾロの目もかなり獣じみていたが、これほどの嫌悪は感じなかった。
見られるだけで厭わしい―――背筋に悪寒が走る。
サンジの顔に怯えの表情が浮かんだのを男達は見逃さなかった。
「乱暴はしねえよ。優しくしてやる」
喉の奥で笑って、男はサンジの肩に手をかけた。
突然襲ってきた嵐に、乗組員は右往左往していた。
こんな時甲板に出るのは危険だが、ヒナは何か感じるものがあって外に出た。
暗い海の中に気配を感じて振り向こうとして、首筋に冷たい感触を覚える。
「こんな嵐の中でぴったり船を着けるなんて、すごいテクニックね。ヒナ吃驚」
「エロコックはどこだ?」
男の声は怒気を孕んで、低い。
「金髪の坊やのこと?生憎この船には居ないわ。別の鑑で運ばれてるわ」
言いながら、ヒナは黙って東南を指刺した。
ナミが不信気に眉を潜める。
「やけに素直に教えてくれるのね」
「そうね、迂闊だったわ。ヒナ反省」
ナミの疑惑にも肩をすくめて見せた。
「一週間前から捕獲した海賊を収容した船なの。あの坊や、長い間閉じ込められて気が立った荒くれ男達の
中に一緒に収容されたでしょうから・・・」
ヒナの白い顔に陰が落ちる。
「飢えた狼の群れの中に、羊を放り込むよなモノね」
ひええ・・・
顔を赤らめるナミの横で、ゾロが唸った。
ぶちぶちと音を立てそうなほど、額に青筋が走る。
「・・・んだとおらぁ!俺でさえ、まだ先っぽしか入れてねえんだぞ!!」
ゾロの雄叫びにその場にいた全員が凍りついた。
「あ、やっぱまだ先っぽだったか。わりいな」
「いや、てめえのせいじゃねえ。ルフィ」
「――っていうか、何の話をしてるかあんたたちー!!!」
クリマタクトでぶん殴られて、船に蹴りこまれる。
「急ぐわよ!まだ間に合うかもしれないわ」
こんなとき、女の方が決断が早い。
状況が飲み込めていないウソップとチョッパーを追い立てて、GM号は一路東南へと走り去った。
「健闘を祈るわ。ヒナ応援」
軽いエールが嵐の海に消えていく。
・・・うっげ―――――っ!!!!
サンジの口から声にならない悲鳴が漏れる。
目の前には、いきり立つおぞましくもグロテスクな一物。
気の早い男が、鉄格子に追いつめられたサンジに向かって、股間を突き出してきた。
つい先刻、見ていたゾロのモノとは大きさこそ劣るが、てらてらと赤黒くテカって、なんとも汚らしい。
ほとんどパニックを起こしかけたサンジの脳裏をゾロとの思い出が走馬灯のように甦る。
見たくねーっつうか、俺もしかして絶体絶命?!
こんなモノ誰のでも一緒だろうが、さっきのゾロのが数倍マシだ。
って言うか、俺の目にそう映るのか?
って言うか、やっぱゾロのだとよく見えるのか?
って言うか、それは愛の力?
って言うか、俺ってやっぱりゾロ愛してたわけ?
って言うか、やっぱ俺ゾロがいい!
ゾロのがいい!!
さっき、ちゃんとやっときゃよかった畜生―――!!!
突然、後ろから恐ろしい唸り声が聞こえた。
更に、何かを壊す音が響き始める。
驚いて振り向くと、向かいの檻の中で誰かが人を使って檻を破ろうとしていた。
正確には、人の体を振り上げて、鉄格子をひしゃげさせているのである。
獣のごとき咆哮を上げて、他人を血まみれにしつつ無茶な行動を起すその姿はまさに鬼そのもので・・・
――――鬼?
サンジも男達もその光景にしばし、呆気に取られた。
血まみれの大男の身体が崩れ落ち、無残に曲がった鉄格子の間から、案外細身の男がゆらりと抜け出した。
薄暗い中で目だけがぎろぎろと光っている。
その男は、部屋の隅に無造作に積んである武器を手に取った。
海賊から没収した武器を檻の横に積んでおくあたり、かなりずさんな管理体制だな。
この期に及んで、サンジはそんなことを考えていた。
黒い鉄球に棒のついたそれが、闇に鈍い光を放つ。
「・・・てめえら、サンジさんに触るんじゃねえ!」
呆然と見取れていた男達の頭上に、それは唐突に振り下ろされた。
「あれじゃねえのか。」
叩きつけるような雨の中、巨大な船体が赤々と明かりをつけて航行している。
「海軍の旗印だ、間違いねえ。―――え?」
望遠鏡を覗くウソップの口が大きく開いた。
「なんだありゃ、煙出てるぞ」
近づくと、水兵達が甲板を走り回っているのが見えた。
時折刃がきらめき、発砲する音がする。
「暴動か」
檻から放たれた海賊達が大暴れしているようだ。
「どういう訳かわからないけど、今の状態じゃ近づくのは却って危険なんじゃ・・・」
「どさくさに紛れてサンジ助けられるんじゃねえのか?」
「サンジ君が騒ぎの中心にいる可能性の方が高いのよ」
ナミの言い分に、みな一様に頷く。
その時、チョッパーが叫んだ。
「あれ、サンジの頭だ」
目は海軍船と違う方向に向けられている。
視線の先に、小さな救命ボートが一つ。
暗い海の中で、サンジの金髪とシャツの白さが浮いて見える。
そしてもう一人の男の影。
ルフィは目を眇めてんーと唸った。
「ありゃあ・・・」
「何ぼやっとしてんだ、追いかけるぞ!!」
ゾロの叫びをかき消すかのように、鳴り響く大砲の音。
「きゃー!撃って来た!」
「誰だこの取り込んでるときに、攻撃してくる奴は!」
海賊どもがGM号を狙って押し寄せてきた。
止むを得ず応戦する。
ゾロが振り向いたとき、ボートは嵐の中に消えていった。
「大丈夫ですか、サンジさん」
「ああ、助かったぜギン。ありがとな」
雨に濡れ張り付いた髪をそっとぬぐって、サンジはうっすらと笑った。
まだ手足が拘束されたままなので、動きにくい。
「てめえ、グランドラインに入ってたんだな」
サンジの言葉に、はにかんだように笑う。
「俺、ログポース持ってますんで・・・すぐ近くに島ありますから着けます。もうちょっとの辛抱ですから」
その顔には先刻までの鬼人の影はかけらも無かった。
程なく、船は小さな島に着いた。
ギンは手早くボートを繋ぎ、まるで壊れ物でも扱うかのように、慎重にサンジを抱き上げた。
無論、お姫様抱っこである。
吹き荒れる雨風から庇いながら、木の下に駆け込んで、なんとか雨の当たらない個所にサンジを下ろした。
周囲を見回すと、林の影にコテージが見える。
「待っててください」
言い置いて雨の中を走る。
誰かの別荘らしい。
人気のない屋敷の窓を割って中に入り、適当に家具を壊して暖炉に火をつけた。
救命ボートから毛布を運び、再びサンジを抱き上げて屋敷に入る。
長く使われていないらしい埃っぽい部屋の中の、くたびれたソファにサンジを降ろす。
―――甲斐甲斐しい奴・・・。
ぼーっと見守りながら、サンジが一つくしゃみをした。
「あ、大丈夫ですか?風邪引かないでください」
慌てて毛布を広げて駆け寄るギンの姿は、尻尾を振った子犬のようだ。
「いや、俺は大丈夫だけどよ。お前また顔色悪いぞ。ろくなもん喰ってねえんだろ」
会う度に、どこかで掴まっている男である。
頬は痩せこけて無精ひげが生え、目の下にクマが出来ている。
それでもその瞳は純朴な少年のように輝いて、サンジを見つめるまなざしは優しい。
「船に戻ったら、お前に美味いもん食わせてやれるのに」
じっとサンジに見つめられて、ギンは慌てて目を伏せた。
「サンジさんこんなに冷え切って、服が濡れちまったから・・・」
そう言って、はたと手を止める。
両手が拘束されているから、服を脱ぐことが出来ない。
「なあ、さっきの馬鹿力で、俺のこれも外せねえ?」
ちゃり、と音を立てて引き上げられる枷を目の前にして、ギンは泣きそうな顔になった。
「す、すみません・・・。なんか俺、力が入んなくて」
当たり前である。
さっきは頭に血が上って鬼人モードに入っていたが、今はサンジのしどけない姿の前で腰砕け状態だ。
「そうだよな、すまねえ。腹減ってんのになあ・・・」
サンジの論点はその辺にあるらしい。
ともかく濡れた服を乾かそうと、シャツのボタンに手を掛けた。
襟元から白い鎖骨が浮かび、濡れて張り付いたシャツ越しに乳首が透けて見える。
「――――・・・」
思わず天を仰ぐ。
鼻血が出そうだ。
なるべくサンジの方を見ないようにしてボタンを外し、背中からシャツをたくし上げた。
頭を越して、腕まで引き抜いたシャツの水気を絞る。
ギンもシャツを脱いで、サンジの冷えた背中を抱くように後ろから抱えて、毛布を被った。
「うは・・・あったけえ。」
緊張しているギンに構わず、サンジは凭れ掛かるようにして、身を委ねる。
人肌が心地よい。
暖炉の火が赤々と燃え、時折ぱちりとはぜる。
昨夜ろくに寝ていないせいか、炎を見つめながらサンジはまどろみ始めた。
時折こくりと舟を漕ぐサンジの首筋の白さに、ギンは目をしばたかせる。
生乾きの髪が揺れて、ギンの鼻腔をくすぐった。
抱きしめる手に力を込めて、おずおずと鼻先をうずめる。
不意に目の先に、痣のような朱が目に止まった。
首を少し伸ばしてその個所に唇を落とすと、ぴくりとサンジの身体が揺れる。
ギンは、こわばった掌を僅かにずらした。
滑らかな肌の感触に指が震える。
ついと鎖骨をなでると、サンジは目を閉じたまま、薄く口を開けた。
「――――ゾロ・・・」
知らぬ名を聞いて、ギンの全身の血が逆流する。
開いた指に力を込めて、爪をたてた。
痛みに気づいてサンジが覚醒した。
「え・・・あれ、俺―――寝てた?」
慌てて振り向けば、背に張り付いて恐ろしい目で睨みつけるギンがいる。
「ギン・・・なんで」
サンジの顔から血の気が引く。
ギンの目は、鬼人そのものだった。
―――やべえ、何でか知らねえけどこいつ、イっちゃってる。
鬼人と化したギンの強さは半端ではない。
ましてやまだ手足を拘束された身だ。
抵抗など出来るすべもない。
―――殺られるのか、でもなんで・・・
身を竦ませるサンジの首筋、赤い印がついた箇所をギンが強く抓った。
「ゾロってのは、誰だ?」
声が低い。
なぜその名を知っているのか。
「あんたに、この跡をつけた奴か」
「え!なんかついてんのか?」
ギンを押し退けるように、慌てて自分の身体を見回す。
離すまいと、ギンは力を込めてサンジの身体を抱きしめた。
「サンジさん、このままあんたを連れて逃げたい。誰も知らないところへ連れ去っちまいたい・・・」
ギンの瞳が狂気を孕んで歪む。
顔を寄せられて、限界まで首を傾けて背けた。
擦りつけられる頬に、髭が痛い。
「あんたを俺だけのモノにしたい、サンジさん・・・」
息が詰まるほど抱きしめられた。
耳朶を甘噛みされて、鳥肌が立つ。
逃げを打つ身体ごと押し倒されて、のしかかられた。
「あんたが好きだ。忘れられない」
サンジの顔を両手で挟んで、すがりつくように頬擦りする。
「止めろギン!」
サンジは仰向いて、息を大きく吐き、おもむろに身体を起して力一杯頭突きをかました。
「つ!」
ギンが怯んだ隙に身体を反転させてずり上がる。
その肩を押さえつけて、ギンはサンジの頬を張り飛ばし、横腹に蹴りを入れた。
「逃げんじゃねえ、おらぁ!!」
「ぐはっ・・・」
したたかに蹴られて、身を折り曲げて咳き込むサンジを見下ろして、ギンは突然自らの頭を掻き毟り、膝をついた。
「ああ・・・ごめん、サンジさん。あんたを傷つけてえわけじゃねえんだ」
ぽろぽろと子供のように涙を流ししゃくりあげる。
「ごめん、サンジさん。俺ひでえことした。こんな・・・」
ごめんごめんと魘されるように顔を擦り付けてくる。
―――こいつ、マジでやべえ。
許しを乞いながら、ギンはその身体を抱きしめる。
サンジに対する従順性と奥に潜む残虐性。
守ろうとする気持ちと支配したい欲望。
相反する感情がギンの中でない交ぜになっている。
サンジはこれ以上ギンを刺激しないように、宥めながらその背を擦った。
「ギン、怒ってねえから。お前助けてくれたから。ありがとうな」
ギンがサンジの目を見つめる。
涙を湛えて縋るような必死なまなざし。
「サンジさん・・・俺あんたに礼を言われるような価値はねえんだ。だって俺・・・俺―――」
その双眸の色が、微妙に変わる。
「―――俺は、あんたが欲しい」
低く搾り出された声と共に、強い力で引き倒された。
「あー・・・ひでえ目に遭った」
カンカンとリズミカルな音を立てながら、ウソップが船大工よろしく修理している。
砲弾を受けてあちこち穴だらけだ。
見張り台ではチョッパーが望遠鏡を片手に、ぐるりと周囲を見回していた。
「なんとか、撒いたみたいだな」
「この速度で北に進むと、あと30分ほどで小さな島に着くと思うわ」
闇雲に逃げたように見えて、ナミは正確に進路を取っていた。
「サンジ君たち、そこにいるといいけど」
「ったく、手間かけさせやがって」
ゾロが濡れたシャツを乱暴に脱ぐ。
船縁から水を絞る姿を横から見て、ナミは頬を赤らめた。
――――なんつー・・・恥ずかしい奴。
その肩には、くっきり赤い歯形がついている。
いつの間に、このアホ共はそういうことになってたのだろう。
「ゾロ、新しいシャツ着なさいよ」
恥ずかしい跡、曝してんじゃないわよ。
しかめっ面を見せて、無言で自分の肩を指し示してやる。
ゾロは気がついて、悪びれる風もなく片眉をあげてみせた。
いとおしげにその跡を指でなぞっている。
――――だめだこりゃ。
「なあ、サンジと一緒にいたの、誰かなあ」
ウソップが顔を上げて誰にともなく聞いてきた。
「そう言えば、もう1人乗ってたわね」
「ありゃあ、ギンだ」
ルフィの言葉に、全員が振り向いた。
「ギン?」
聞き覚えのあるような・・・ないような―――
「バラティエを襲ってきたクリークって奴いたろ?」
その辺の経緯は、実は皆知らない。
ナミは船を奪って逃げていたし、ゾロは鷹の目に切り倒されていたし、ウソップは瀕死の
ゾロとともにナミを追いかけていた。
「ああ、そう言えばレストランで食糧をくれって土下座してた人、いたわね」
「飯食った途端、態度を豹変させてた奴だな」
「あのでかいのがクリークだよな。そいで支えてた男が・・・ギンか?」
なんとか記憶の糸を打繰り寄せる皆に、ルフィは珍しくまじめな顔で頷いた。
「なら、心配ねえじゃねえか。確かサンジのこと命の恩人だっつってた奴だろ」
ルフィの顔つきが気になって、ウソップはわざと明るく言ってみる。
「確かにギンはサンジが餌付けして、そりゃあ懐いてたぞ。ああ見えて滅茶苦茶強くてな。
クリーク海賊団の総隊長だったんだ。相手が泣いて命乞いしても情け容赦なく殴り殺すんだと。
たしか別名『鬼人』て呼ばれてるらしい」
そう言われても、今いちピンと来ない。
「そんなギンが、生まれて初めて優しくしてくれたとか言って、サンジを庇って泣いたんだ。
クリークに逆らって毒ガス吸って死にかけて、それこそ命張ってサンジを助けた」
ゾロの眉間の皺が深くなって行く。
「もしそん時のギンの気持ちが、まだ続いてんなら―――」
ルフィはゾロの目を見返すように顔を上げた。
「マジでやばいぞ、ゾロ」
拘束された両手を床に押し付けられて、無理な体勢のままのしかかられた。
精一杯首を傾けて顔を背ける。
固く閉ざされた唇の上を舌が這い、首筋を強く吸った。
鳥肌が立つ。
「サンジさん・・・」
ギンの吐息が耳に伝わる。
ぴちゃりと音が立って、耳穴を舐められた。
―――気色わりい・・・
サンジは身を固くして、ギンの愛撫に耐える。
浅黒い手が胸の突起を捉えて、指の腹で押しつぶすように撫でた。
耳元から吸い付きながら下りた唇が、もう片方の乳首を舐め取る。
軽く歯を立てて、舌で転がされた。
「ギン・・・てめえ―――」
抗う声が上擦っている。
サンジは唇をかみ締めた。
ざまあみろだ。
脳裏に緑頭が浮かぶ。
額に青筋立てて、歯噛みして怒る姿が見えるようだ。
ざまあみろ。
サンジの口元に笑みが形作られる。
元々ゾロが自分に興味を持ったのは、サンジが処女で童貞だったからだ。
どこの誰ともわからない男に犯られたサンジなど、もはや目もくれないだろう。
蔑まれて、馬鹿にされて、それで終わりだ。
ギンの手が下着の中に差し入れられ、やんわりとサンジのモノを揉みしだく。
サンジは頭を振って、閉じていた目を開いた。
ギンの、奇妙な色をたたえた目がサンジを見つめている。
「なんで笑ってる?サンジさん」
切なげに歪められた顔が、ゾロのそれと重なった。
――――てめえが、好きだからだろう。
それは錯覚だ。
俺が導き出した答えだ。
てめえのじゃない。
サンジは再び目を閉じる。
身体の力を抜いて、ギンに身を委ねた。
「サンジさん・・・」
刺激されて、生理的に勃ちあがったそれをギンは丁寧に扱く。
声が上がりそうになって、サンジはギンの肩に口を押し当てた。
目を閉じても、浮かんでくるのはゾロだ。
サンジに蹴られても踏まれても諦めなかった。
―――錯覚にしちゃあ、根性あったよな。
ギンの指が後孔に差し込まれる。
何度かなぞられてサンジは身を捩った。
固く閉ざされたそこは、無意識にギンを拒む。
あの時、ルフィの声でゾロは身を起こした。
あの状況では仕方がない。
すぐさま応戦できる体勢にならなければ、死活問題だ。
それでも、ゾロはサンジを引き寄せて口付けた。
苦しげに眉を寄せて、噛み付くように口付けた。
あの時のゾロの目が、忘れられない―――
―――ダメだ
サンジの目が見開かれる。
ゾロがダメなんじゃない。
俺がダメなんだ。
投げ出されていた両手をギンに差し伸べる。
ズボンの上からでもわかる膨らみに、手をかけた。
「サンジさん!」
驚くギンに構わず前を寛げる。
「ギン、悪いがてめえに俺はやらねえ」
身体を起こして、赤黒く張り詰めたソレを握りこんだ。
「そんかわり・・・俺はどうしていいか分からねえから、てめえちゃんと言えよ」
とりあえずゾロにしたように手荒に扱いてみた。
「サ、サンジさ・・・」
少し躊躇いながら、顔を寄せる。
すえた匂いが鼻をつく、サンジは目を閉じて口に含んだ。
ゾロがしたように、口の中で舌を這わせる。
「―――う・・・」
ギンの手がサンジの髪を掴む。
「ギン、どうすりゃイイんだ―――言えよ」
昂ぶった己を咥えてピンク色の舌をのぞかせたサンジが問い掛けるのに、ギンは喘いだ。
「・・・あ、あの―――手で扱いて・・・舐めたり吸ったりしてください―――」
頷いて手で包み込むように扱き始めた。
口の中で適当に舐めたり吸ったりする。
ギンのモノがより怒張するのが分かった。
先端からぬるりとした液が出てきて、サンジは舌を尖らせて舐めとった。
「うあ・・・サンジさん!」
荒く息を吐いて、ギンはサンジの頭を掴んで上下に揺さぶり始めた。
喉にギンのものが当たって何度かえずきそうになる。
「・・・ん―――、ぐ・・・」
ガクガクと揺すられて、目尻から涙がこぼれた。
「あ・・・サンジさん・・・サンジ―――」
ギンの腰がびくびくと痙攣し、サンジの喉奥に熱いモノが迸った。
それでもギンはサンジの頭を離さず、なお腰を押し付ける。
放出は長かった。
「う・・・ゲホッ・・・ゲホ――・・・」
ようやく解放されて、サンジは咳き込みながら床に突っ伏した。
喉の奥がビリビリと痺れ、口中に苦い味が広がる。
とにかく不味い。
―――舌、やられるかもしれねえ。
飲み込みきれず零れた液を手でぬぐった。
ギンは放心したように座り込んでいる。
両の目からほろほろと涙が流れ落ち、痩せこけた頬を濡らした。
![]()
−3−