サンジが野菜相手に格闘していると、ピロピロと携帯が鳴った。
この着信音はゾロだ。
素早く手を拭いて携帯を取り出す。
「もしもし」
「おう、今電車ん中か?」
時計を見て、ずいぶん時間が経っていたことに気付く。
「悪い、連絡するの忘れてた。1時間早く着いたんで、もう家にいる」
「え、そうなのか?暑い中歩いて来たのか」
「いんや、実はお隣さんに送ってもらってさ」
ゾロの背後がガヤガヤと騒がしい。
人の多いところで話しているようだ。
「そうか、んじゃ迎えはいらないんだな。ちょうど良かった、ちょっと遅れそうだから連絡入れようと
思ってたところだ。今、研修生仲間が一緒にいて、お前を迎えに行きがてら駅前で一緒に飯を食おうと
言ってたんだ」
「それなら、うちに来いよ。食うもんはいっぱいあるぜ」
これでは誰のうちだかわからない。
「そうか、んじゃ俺以外に4人連れて行く。なんか作ってやってくれると助かる」
「了解、いつ頃帰れるんだ?」
「後片付けしてからだから1時間後には帰る。遅くなってすまん」
「いいよ、んじゃ気をつけて帰って来いよ」
通話を切ってから、サンジはなんだか落ち着かなくて携帯をゴシゴシとエプロンで擦った。
サンジがいる時に、ゾロ以外の人間がこの家にやってくるなんて初めてだ。(ナミは除外)
なんか緊張する。
「シモツキ村の人たちかあ」
第一村人発見から立て続けかよ!と心中で突っ込みつつ、メニューは何がいいかと頭を捻る。
田舎の人には自分が作るものは舌が合わないだろうかとも思ったが、ゾロは研修仲間と言っていた。
ということはある程度若いだろうし、もしかすると地元民じゃなくて都会出身のが多いかもしれない。
だとすると、いつも自分やゾロが食べているようなものでも大丈夫だろうか。
あれこれ思案しつつ、ついでにこの山のような野菜を処分してやれとサンジは再び作業に没頭した。
表に車が停まる音がして、サンジは顔を上げた。
時刻は1時を少し過ぎたところ。
予定通りだ。
朝が早かった上に遅昼で腹が減っただろうと、ある程度テーブルに並べてゾロが入ってくるのを待つ。
ほどなく、ドヤドヤと乱雑な数人の足音が近付いてきた。
「ただいま」
「おかえり」
なんのてらいもなくそう言ってくるから、サンジも自然に言葉を返して振り返った。
―――マッチョ・チンピラ・キュート・純朴
ゾロの隣に立つ人物像を瞬時にそう表現して、主にキュートちゃんにのみ焦点を当てて笑顔を作る。
「初めまして、サンジといいます」
「はじめまして」
キュートちゃんの代わりに純朴が一歩進み出て、人懐っこい童顔をキラキラ輝かせるように笑う。
「ゾロさんのお友達が来られるということで、みんなで歓迎会しようって言ってたんです。結果的に
お家に押しかける形になってしまってすみません」
やはり訛りがない、この辺の出身ではないのだろう。
「迎えに行きがてら駅前食堂で昼飯にしようって言ってたんだ、だがお前の飯が食えるならそっちのが
いいから」
そう言いながら、ゾロが先に立って洗面所へと皆を案内する。
「まず帰ったら手を洗わねえと叱られんだよ」
マッチョとチンピラが笑い、その後をキュートちゃんも黒眼鏡越しに軽く微笑みながら会釈をして
通り過ぎた。
可愛いな〜vと目をハートにして見送ってから、すぐに我に返って飲み物などを用意する。
ゾロの研修仲間と言えば、むさくるしい野郎ばかりだと思い込んでいたから、うら若き乙女がいた
ことは嬉しい誤算だ。
「わあ、美味しそう」
台所に集まって、開口一番キュートちゃんが叫んだ。
野郎共もどれどれと集まってきて、へーとかほーとか唸っている。
「入ってみたらすげえ野菜の山でさ、それでなんとかしたから基本野菜ばっかだよ。時間もなかったから
即席で申し訳ない」
「とんでもないです、お昼前に着かれただけでしょう?それでこんなに作れるなんて・・・信じられない」
半ば呆然と目を瞠るキュートちゃんを、マッチョがからかった。
「たしぎは、料理ってやつが元から苦手だからな」
「苦手じゃありません、ちゃんと作れば結構美味しいのができるんです」
「たしぎさんの場合、落ち着いてちゃんと作ればって部分が問題なんですよね」
チンピラの軽口にキュートちゃん・・・もとい、どうやらたしぎちゃんが軽く睨む。
「まあまあ、すごく美味しそうですからまずはみんな座りましょうよ」
なぜか純朴が場を取り仕切って着席を促した。
とはいえ、ゾロの台所は椅子が2脚だけだ。急遽居間に場所を移し、小さな卓袱台を皆で囲んで雑誌の束の
上に料理を並べた。
「改めて、ご挨拶が遅れました。たしぎと言います、よろしくお願いします」
深々と頭を下げられ、サンジも正座したままこちらこそとお辞儀をする。
サラリとした黒髪に、眼鏡越しにもキラリと光る知的な瞳が魅力的だ。
「それにしても驚いたな、たしぎちゃんみたいな可愛らしい女性がゾロと一緒に農業やってるなんて」
素直なサンジの感想に、たしぎは表情を一変させて口元をへの字にした。
「もうそれ聞き飽きました」
「え?」
なにか、まずいことでも言ったか?
うろたえるサンジの隣で、マッチョが葉巻を咥えてせせら笑う。
「たしぎは女だって言われるだけでヘソ曲げる男勝りだ。おっと、これも気に食わねえんだったかな。
ともかく、可愛いとか女だからとかは禁句だぜ」
「可愛いものを可愛いと言って何が悪い」
むっとして言い返すと、ゾロが冷えた麦茶を入れながら割って入った。
「たしぎにとって、可愛いは褒め言葉じゃねえってことだよ。とはいえ、お前は別に褒めてるつもり
じゃねえんだよな」
「あ・・・ああ」
そう言われればそうだ。
可愛いと思ったからそう言っただけで、別にお世辞やおべんちゃらじゃない。
「たしぎ、こいつは一見軽そうに見えるが根が素直で思ったことしか口にしねえ正直者だ。お前のことを
可愛いと言ったのも、そう思ったから言っただけで、お前のご機嫌取りじゃねえよ」
あれ?こんな台詞どこかで前にも聞いたことがあるような・・・
「そうですか、それじゃしょうがないですね」
不承不承という風に、たしぎがぺこりと頭を下げる。
けれど心なしか、眼鏡の縁から覗く頬が仄かに赤い。
「たしぎちゃんも、ゾロと同じ研修生?」
「そうです、大学を卒業した後2年ほど研究所に勤めていたんですけど、“食”に対して疑問を持ちまして、
現場の農業を知るために色々探してこちらの研修施設に来ました」
マッチョが横から手を振った。
「こいつに“食”を語らせ始めたら長くなる」
「なんですかスモーカーさん、大切なことなんですよ」
このマッチョはスモーカーと言うのか。
なんだかやたらたしぎちゃんに突っかかって来る奴だな。
「俺はヘルメッポ。親父の後を継いでスーパーの経営やってたんだが、なんとなく縁でこっちに来ちまった」
チンピラがサングラスを外して言った。
真面目なんだか不真面目なんだかわからないタレ目具合だ。
「僕はコビーと言います。大学を卒業してすぐここに来ました。何年か経験を積んだ後、海外協力隊に
参加するのが夢です」
純朴は爽やかにそう言って、頭を下げた。
まさに絵に描いたような好青年だ。
「俺はスモーカー。気ままに全国を旅して回ってたが、ここの水が合ったのか勝手に定着しちまった」
「スモーカーさんは、唯一試験も受けずに研修生になった人ですよ。って言うか、いつの間にか研修
施設に住み込んでて・・・」
「勇者だよな」
「どんな伝説だよ」
一通り自己紹介が終わったので、サンジも改めて居住まいを正す。
「改めて、サンジです。フレンチレストランのコックでゾロとは共通の友人を介して知り合いました。
以来ここが気に入って、毎月くらいのペースで遊びに来てます」
軽く頭を下げてから、なんだか照れて「な」とゾロの方を向いた。
ゾロは無言で頷き返したりするから、余計照れる。
「んじゃ、自己紹介も終わったことだし飯にするか」
何故かスモーカーが場を取り仕切って、みんなして麦茶の入ったグラスを乾杯させた。
「うまい!」
「美味しい〜v」
「こんな料理久しぶりだ」
さすが食べ盛りの若者ばかり、ものすごい勢いで料理が平らげられていく。
「米と野菜だけはたっぷりあるから、いくらでもお代わりしてね」
「すごく美味しいです、このチャーハンなんかもシンプルなのに」
「これはキュウリと卵のチャーハンだよ」
なんせキュウリも卵も腐るほどあるのだ。
「このズッキーニは」
「ベーコンとチーズで簡単グラタンにしてある」
「トマトスープかこれは」
「ガスパチョだ」
「このサラダのドレッシング、さっぱりしてますね。青じそ?」
「酢の中に青じそを漬けてあるんだよ、和風ドレッシングさ」
「ナスのパスタ、うま〜」
「ソースを飛ばすな!」
欠食児童を前にした保育士みたいになってきた。
自分が食べるどころでなく、あれこれと世話を焼くサンジの空っぽの取り皿と自分の皿を、ゾロが
さりげなく取り替える。
「いいからお前も食え、旨いぞ」
「・・・知ってるよ」
思わぬ行為に一瞬硬直し、サンジは不機嫌を装ってそっぽを向いた。
照れているのは耳の色でわかる。
「私、感動しました」
いきなりたしぎがそう宣言して、皆は口の動きを止めず「はあ?」と鼻から息を吐くように言った。
「だって、なんの変哲もないどこにでもあるようなしかも形も歪で商品にもならない野菜が、こんなに
美味しい料理になるなんて」
「・・・たしぎ」
ヘルメッポが黙ってゾロの肩をポンと叩く。
「お料理の腕一つでってことじゃなくて、やぱり工夫と愛情なんですね。サンジさんが作られたお料理は
どれも美味しくてびっくりしましたけど、ちゃんと野菜の味が生きるように食感も残して、味付けも
薄くしてある。このお野菜を使うからこの料理って、そう思われたんですか?」
たしぎの勢いに圧倒されつつ、うんうんと頷く。
「あの、前にゾロがお中元で野菜を送ってくれたんだけどさ。うちのオーナーとかスタッフとかにも、
賄いで使って食べたんだよ。したら、なんというか味が濃くてさ。濃いって言うか臭いって言うか・・・
あの、苦味とか臭みとかがそのまま残ってんの」
こんな言い方をしたら気を悪くするかなとチラっと思ったが、たしぎの表情は真剣だ。
「ニンジンとかピーマンとか、今の野菜って全然食べにくくないんだよ。でもゾロのは違う。包丁
入れたときふわっとニンジン臭さが立ち昇ったもの。ああ、こんな匂いだったよなってそう思って。
そしたらそれが嬉しくてさ、なるべく風味を逃がしたくないなと思ったりして」
だから、これらの料理は子ども向けではないのだ。
酸いも甘いも噛み分けた、大人への味。
「そうです、そうですよね!」
たしぎはいきなり叫んで、サンジの両手をがしっと握った。
「私もその通りだと思います、今みんなが食べている野菜は、本来の味を失くしていると思うんです」
「は、うん」
熱い眼差しに射抜かれて、サンジは両手を取られたまま固まった。
「私、バイオ研究所で無農薬野菜の栽培をずっと続けてたんです。太陽光を使わなくても必要な光
だけで水耕栽培できる野菜。しかもものすごく栄養価が高いんです。臭みも苦味もなくて、とても
食べやすいまさに理想的な野菜。でも―――」
たしぎはサンジの手を取ったまま、それを胸に当てた。
柔らかな感触に、一人でどぎまぎしてしまう。
「ある日ふと気付いたんです。お日様の下で、大地に育まれていない野菜。虫も食べないような野菜
なのに、栄養価が高くて安全で美味しく食べられる。でもそれって、もしかして野菜じゃなんじゃない
のかなって。単なるサプリメントじゃないかなとか思ったら、いろんなことが疑問に思えてきて・・・」
「それで、持つものを試験管から鍬に取り替えたんですよね」
ヘルメッポが茶々を入れて、たしぎはぷうと頬を膨らませた。
「んもう!でも結局そうなんです、原点を求めるつもりで私は農の道に入りました」
「そうかあ」
熱く語るたしぎの言葉は、仲間内では何度も聞かされる話なのだろう。
それでも、キラキラと目を輝かせ熱弁を奮うたしぎの姿は美しい。
経緯は違えど、同じ道を歩む仲間同士で夢を語れるなんて、なんて幸せなことなんだろうか。
「短時間でこんなに美味しいお料理を作れるなんて、まるで魔法だわ」
「たしぎも料理を習えばいい、そうすりゃ自分とこの野菜ももっと活かせる」
スモーカーの言葉に、たしぎはきっと目を吊り上げた。
「料理は女の仕事じゃありません。習う時はみんなも一緒にです」
「うわ、おっかねえ」
スモーカーが大きな身体を竦ませるようにしてオーバーに未を縮めて見せるから、みな笑い声を立てた。
怒ったはずのたしぎも、コロコロと笑っている。
本当にいい仲間だなと、サンジも今だけとはいえ同じ場所で笑っていられるのが楽しかった。
「さてと、腹いっぱい食ったな。ご馳走様でした」
ゾロが言い、それに倣うように全員で手を合わせる。
後片付けをしようとするゾロを、サンジは手で制した。
「今回は俺が片付ける。俺のが早いし、お前ら午後からまた仕事なんじゃないのか」
「ああ、今はお盆だからな。スモーカーははこれから昼寝して夕方にさぶろさんちの手伝いに入るが、
俺とたしぎは休みだ。ヘルメッポとコビーもこのまま里帰りだろ?」
「けど、俺もひと眠りしてえ」
「寝ていけばいい、たしぎも」
「そうですね、お言葉に甘えて」
結局全員でお昼寝タイムとなった。
「風鈴とよしずなんて、涼しげでいいですねえ」
座敷から縁側を眺め、改めて声を上げるたしぎの隣で、ゾロはぼそっと呟いた。
「俺は知らん」
サンジが急遽、縁側に吊ったものだ。
「ここは、窓を開け放つといい風が入りますね」
「お前も片付いたら一緒に寝転がれ、気持ちいいぞ」
畳に直にゴロンと横になりながら、ゾロがもう半眼になってサンジに向かいぼそぼそとそんなことを言う。
「そうするよ。あ、冷蔵庫の中のスイカは?」
「後で食う。丸ごと冷やして手刀で割るから、そのままにしておいてくれ」
最後の方は欠伸と一緒に呟かれ、ゾロは目を閉じると即効寝息を立てた。
たしぎも適当に手足を丸めて横たわる。
座布団とか毛布とかいらないかいと声を掛けかけて止めた。
たしぎだけ特別扱いされるのを嫌がるのだ。
サンジはゴロゴロと思い思いに転がる若者たちを座敷に置いて、静かに洗い物を始める。
綺麗に食べ尽くしてくれたお陰でさほどの手間もなく、後片付けは手早く終わった。
庭先で一服してから、静かに座敷へと戻ってみる。
かすかな風鈴の音色の下で、日に焼けた若者たちが穏やかな顔つきで眠っていた。
大胆に両手足を伸ばし伸び伸びと眠るもの。
自らを抱くように背を丸め、静かに寝息を立てるもの。
それぞれの寝姿が、まるで保育所で集団昼寝している園児のようにも見えて、サンジはくすりと一人
笑いを漏らす。
座敷の端に一畳分のスペースを見つけ、そろそろと腰を下ろした。
それから皆を見習うようにぺたりと身体を寝かせて頬をつける。
人の合間を縫うように、どこからか風が流れてくる。
縁側から覗く中庭は夏草が生い茂り、置き石が隠れるくらい草ぼうぼうだ。
また少しずつ引っこ抜こうか、土が乾いているから抜けにくいだろうか。
そんなことを考えているうちに、サンジもいつしか眠りに落ちた。

