「普通のセックスがしてえ」

真顔でそう言われた。
言われたゾロは固まるしかない。
普通の・・・
普通ってことはつまり、俺らは異常なセックスをしてるってのか?



「別に、てめえとすんのは嫌いじゃねえよ。ってえかはっきり言ってすげえ好きだよ。 でもよお、毎回毎回毎回
 もうぜってーこのまま死ぬって覚悟して、マジぶっ飛ぶような セックスばかりってのもどうかと思うんだ。
 なんつーかこう、お互いの思いやりとか 労わりとか、そういったもんも含めてよ。気持ちいいばかりでがっついて、
 がしがしダラダラどんどこどんどこ突っ込みゃいいってもんじゃねえだろ。俺絶対死の淵見てるよ、毎回。
 終わったら喉カラカラで声も出ねえし、あちこち泥々のぐしゃぐしゃで気持ち 悪いし、終わったらとっととシャワーって
 のも色気ねえし、心臓止まりそうにバクバク言ってるし、あちこち噛まれて血が出てるしよ。あまりといえばあまりに
 獣だ。別にこれから改めろって言ってんじゃねえぞ。そうじゃねえけど、一遍くらい人間らしいセックスをお前と
 してみてえんだよ。」

彼にして珍しく、この長台詞を途中で激昂することなく、ただ淡々と語りつづけた。
それが一層切羽詰った彼の状況を偲ばせて、ゾロは不覚にもほろりと来た。
思わず抱きしめよう伸ばした手をするりとかわして、サンジは恥じ入るように顔を赤らめたまま足早にキッチンへ
戻っていってしまう。
一人甲板に残されたゾロは、時折足元を洗う荒波の飛沫を受けながら、しばし呆然と佇んでいた。





ところで普通のセックスって、なんだよ。
サンジの長い台詞の一言一句をいちいち思い出して反芻する。
確か喉が嗄れるとか死にそうだとか泥々だとか言ってやがった。
大体喉が嗄れるってなんだ。
やり始めるとてめえが勝手にあんあん泣き出すんだろうが。
それにイク回数も断然奴のが多いから、泥々だのぐしゃぐしゃだの八割方奴のせいだ。
突きゃあ突いたでもっともっとって締め付けやがるからいけねえんだよ。
なんだよ。
全然俺のせいじゃねえじゃねえか。


思ってはみても、サンジの望みを聞いたからには叶えてやらなければならない。
何故ならもうすぐ、奴の誕生日なのだ。
生まれてこの方、他人の生まれた日など全くどうでもよかった筈なのに、この船に乗って以来1年に1度の最大級の
イベントとして各々盛大に祝われている。
自分のときもそうだったから、妙に義理固いゾロはサンジにだけはお返しをしなければならないと単純な頭で思っていた。

好きだと自覚した拍子に手篭めにしたら、案外あっさりその関係は続いている。
向こうも憎からず思っているようだし、何せ自分はもしも先に死ぬようなことがあればあいつも一緒に殺して連れて
行こうかと思っているほど惚れているのだ。
男たるもの、特別な1日くらい、特別な相手に費やしてやってもいい。
などとゾロにしては殊勝なことを考えていた。
但し、解決策が見つからない。
コックの望む普通のセックスってのは何なのだろう。
ゾロの経験から辿っても、答えなど見つからない。





半ば上の空でキッチンの扉を開けた。
コックは見張りに行ったらしい。
魔女が二人海図を広げてクッキーを摘まみながらなにやら相談している。
ゾロはその横を通り過ぎて酒を一本取り出し、イスにどかりと腰を下ろした。

ワインに口を付けながら考える。
ナミの借金がこれ以上増えようが別に痛くも痒くもない。
ロビンは無気味に笑ってるだけで、どうせ感づいてやがるから今更隠す必要もねえだろう。
これといって深く考えず、ただ単純に世間話のように口を開いた。

「なあ、普通のセックスってなんだ?」

二人は一斉にこちらを向いた。
表情を変えないでしばらくじっとみつめて、先に口を開いたのはナミだった。

「そうねえ、多分あんたのセックスは激しすぎるんじゃないかしら」
カップを手にとって温かい紅茶を一口含む。
「察するに獣そのものってセックスするでしょうあんた。がんがん突きまくったり最中に噛み付いたり、してない?」
ゾロは驚いて声も出なかった。
後を追うようにロビンが続ける。
「確かに、お相手が人並みはずれた体力の持ち主のコックさんだからこそ、務まってるのね。 今まで陸でプロの女性を
 相手でもそうだったでしょうけど、それはせいぜい一夜限りのこと。こう毎晩毎回それでは身が保たないのも無理はないわ」
「まあ、男同士なんだから甘い言葉のひとつも・・・なんて寒いことは言わないけど、やっぱりセックスは愛がないと満足
 できないわよ。ぶつかるだけじゃなくて、包み込むような暖かいもの。抱き合うだけで満たされるって気持ちも、あるんじゃない?」
「コックさんが求めているのは恐らくそういったメンタルな部分ね。するたびにただ求められるだけじゃ身体だけが目的だと
 思われても仕方ないでしょう。相手が誰でもいいわけじゃなくて、気持ちいいだけじゃない、深いところのつながりを表して
 欲しいんじゃないかしら」

ゾロは震撼した。
自分はただ「普通のセックスってなんだ?」と聞いただけだ。
さっきのコックとの会話を聞いていた訳でもないだろうに、この二人の魔女は的確に、それも何の打ち合わせもなく交互に
アドバイスをしている。

怖え・・・
ゾロは初めて人を怖いと感じた。

「通常なら犬も食わないって奴だけど、まあもうすぐサンジ君の誕生日だし、ここらで私たちも一肌脱ぎますか」
「そうね。コックさんには幸せになってもらいたいから」
珍しくロビンまでにっこりと笑った。









サンジの誕生日当日に大きな島に着いた。
船番のロビンを置いて、全員で昼食を摂りに降りる。
人口が多く街も規模が大きいが治安がいいらしい。
海軍の姿は少なくて、自治警察が取り仕切っているようだ。

「お尋ね者の張り紙が見えねえなあ」
「油断大敵よ。あんた達有名人なんだから。くれぐれも騒ぎは起さないでよね」
昼食後、宿だけ決めて自主解散となった。

「お前はちょっと待ってろ」
ゾロにしては小声で、サンジの横でぼそりと呟く。
「なんだよ」
口を尖らせてみてもサンジにしたら満更でもなく、どこか初々しい様子でもじもじしている。
やってらんないわね。
ナミは横目でちらりと一瞥して、意気揚揚とカジノに消えて行った。




宿のロビーでぼうっと煙草を吹かす。
ちょっと待ってろって、なんだよ。
何考えてんだマリモヘッドは。
しかめっ面を作って見せるのに、口元が自然に緩んでくるのは仕方がない。
にやけそうになって慌てて表情を引き締めると、緑頭が階段から降りてきた。

「着替えたのか」
いつもの三本刀は腰になく、じじシャツに腹巻でもない。
ジーンズにシャツというラフな格好だが却って新鮮に映る。
「この方が目立たねえだろ。ちょっと落ちつかねえけどよ」
治安がいいから帯刀する必要もないだろう。
普通の格好のゾロに見蕩れてしまって、慌ててサンジは目を逸らした。
無意味にすぱすぱと煙草を吸う。

「それからこれだ」
目の前に紙切れを差し出された。
街の地図らしきものと、そこここに数字が打ってある。
「この順番に歩けってよ」
「オリエンテーリングか?」
「まあ、そんなもんだろ」
ナミが作ったのだろうか。
上陸して間もないのに、よくここまで情報を把握したものだ。
「まず1番からだ。俺を連れて行け」
「って、結局俺かよ。全く使えねえ迷子だな」
悪態をつきながら、弾む足取りで宿を出た。
澄んだ青空に余計気分が高揚する。




1番は動物園だった。
狐や狸からクマや狼まで、猛獣系も結構いる。
海育ちのサンジは知らない動物がかなりいて、子どものように目を輝かせていた。
ゾロはゾロで檻毎に睨みを効かせ、動物相手に無言の勝負を仕掛けていたようだ。
親子連れやカップルに混じって動物園を堪能した後、向かった2番はオープンカフェ。
一体ナミはどうやってこんな情報を手に入れるのだろう。

「このシャーベットについてるハーブ、なんて奴?」
「ああ、それはこの島特産のハーブでして・・・」
ウエイターに気軽に話し掛けながらサンジはそっとゾロを盗み見る。
ゾロはコーヒーを前に、サンジのタバコを勝手に拝借していた。
最近知ったことだが、ゾロは苦いコーヒーを飲むと煙草を吸いたくなるらしい。
足を組んで煙草をくゆらす姿は結構様になっていて、つい見入ってしまう。
どうしよう。
俺、ときめいてるかも。
見慣れた人間の意外な一面は結構クル。
サンジは闇雲にシャーベットを掻き込んで、のぼせそうな頭を必死に冷ましていた。



あらゆる店が建ち並ぶ大通り。
景色のいい小高い丘。
島の観光名所をぐるりと巡り、三ツ星のレストランで食事をした。
ゾロはいつもの習慣で腹に手をやったが、腹巻がないことに気づいてジーンズの後ろポケットからくしゃくしゃの紙幣を取り出した。
又ナミへの借金を増やしたらしい。
慣れないテーブルマナーに四苦八苦するゾロを肴に食事を堪能して、次に移動したバーで軽く飲んで、後は宿に帰るだけ
なのに、まだ番号が残っている。

向かった先はこ綺麗なホテル。
「・・・って、お泊りかよ!」
完璧だ。
完璧なデートコースだがこれはまずい。
「いいじゃねえか。ナミが仕組んだことなんだし」
「だからまずいんだよ。俺ら二人だけで泊まって明日どんな顔してみんなに会えばいいんだよ。いかにも昨夜やって
 ましたってモロばれじゃねえか!」
何を今更と、ゾロが呆れた顔をする。
「てめえ、船の上でも昨夜やってましたって顔してるじゃねえか」
「えええええ――――!!」
結局有無を言わさず連れ込まれた。







通された部屋を見て、サンジは眩暈を起こした。
そう広くはないがシックな色合いで統一された室内の中央に、どんとダブルベッドが鎮座している。
サイドテーブルにはテーブルフラワーと小さなバースディケーキ。
男同士でダブルルームって、どうよ。

「お部屋のご説明はいかがいたしましょうか」
案内のベルボーイが他意なく声をかける。
「いえ、もう・・・結構ですから」
消え入りそうな声で精一杯拒否すると、それではごゆっくり、とこれまた何の含みもなくさわやかに一礼して部屋を出て行った。
ここの社員教育はなかなかのものだ。

「わりかしいい部屋じゃねえか」
恥も外聞もない男は呑気に冷蔵庫を開けて酒をあさっている。
「お前、先風呂入って来い。俺は暫く呑んでる」
横を向いたままサンジの顔を見もしないで、ソファに長い足を投げ出した。
「んじゃ、一風呂浴びるか」
努めて軽く答えて、いそいそと風呂場に入る。
こう何もかもセッティングされるとなんとも気恥ずかしいものだ。

清潔な脱衣所も、たっぷりお湯のはるバスルームもめったに使えないのに、どこか落ち着かなくて困ってしまった。
なんかもう、のぼせそうだぞ俺。
念入りに洗っていると思われるのも癪で、意識して手早く入浴したサンジは普段の倍以上早く風呂から上がった。
泊まるつもりなどなかったから着替えなどない。
仕方なく素肌にバスローブをまとう。
もう後はやるだけですーって感じが見え見えで抵抗はあったが、今更という気もする。

「お先」
ソファに深く沈みこんで、眠っているのかと思われた身体ががばりと起きた。
風呂上りのサンジをじっと凝視して、それからふいと目をそらして風呂場へ引っ込む。
なんなんだ?
ゾロとよそよそしくすれ違い、ベッドに腰掛けた。

タオルで軽く髪を叩きながら水分を取る。
テーブルの花に目を細めて、小さなケーキを手に取った。
どうせあいつは喰いやしねえな。
風呂から上がったら二人でお祝い、なんて雰囲気にもならないだろう。
サンジは、今日一日の至極まっとうで正統派過ぎた正真正銘のデートの余韻を噛み締めながら、
ケーキを食べ始めた。




―――遅え
食べ終えてもゾロが上がってこない。
普段烏の行水のように大雑把な入浴なのに、この遅さは尋常じゃない。
まさかのぼせてるってわけ、ねえよなあ。
室内温度は快適に設定されている為、自分が湯冷めする心配はないがこう遅いと気に掛かる。
かといって、様子を見に行くのもせかしてるみたいで嫌だしなあ・・・。

何気なく窓の外に目をやると街の灯りが路地ごとに連なって光って綺麗だった。
賑やかな街は夜景も綺麗だよな。
治安のいい島だが深夜のせいか通りを歩く人影はない。
だがあちこちに設けられた街灯が人気のない街を明るく照らし出していた。
その時、すうと音もなく街が闇に包まれた。

―――あれ?
部屋の中も外も、一気に真っ暗になる。

停電か。

かちゃりと音がして、ゾロが顔を出した気配がした。
目が慣れるまで時間が掛かりそうだ。
「あんだ、外も真っ暗かよ。」
昼間はよく晴れていたが新月のようで月の光すらなかった。
「まずいな、いくら治安がいい街とは言え俺らみたいな海賊も立寄る島だ。」
ゾロは停電を確認してまた脱衣所に引っ込んだ。
サンジもとりあえず靴を履いてクローゼットを開ける、と、慌しくノックの音がした。

「お客様、灯りをお持ちしました」
先ほどのベルボーイの声。
サンジがドアを開けると、いくつかのランプを手した青年が立っている。
バスローブ姿のサンジを認めて、心持ち目を逸らした。
「お休み中申し訳ございません。こちらをお使いください」
「この島はしょっちゅう停電したりすんの?」
照れ隠しに世間話を振ってみる。
「ごく稀にですが、電力の供給が不安定なのでこういったことがございます。備えは万全ですが、 昨夜名の知れた海賊が
 上陸したという話も聞いておりますので、くれぐれもお気をつけくださ・・・」
いい終わらぬうちに、階下から甲高い悲鳴が響いた。
どやどやと荒々しい靴音とともに、手に武器を携えた男達が廊下の角を曲がって姿を表す。
青年は慌てながらもサンジを庇うよう手を広げた。
たいした社員教育だ、見上げたもんだぜ。

青年に向かって長刀が振り下ろされるより早く、サンジの足が武器を弾き飛ばしエポールをかました。
「うわ!」
ランプを落としてへたり込んだ青年を引っ張り上げて怒鳴る。
「こっちは俺に任せろ。あんたは他の客を避難させろ!」
「わかりました!」
サンジの迫力に押されてか、素直に指示に従って青年が走り出す。
それを追いかけようとする男達をサンジは片っ端から蹴り倒した。
骨が砕ける音がするが、手加減している場合ではない。
狭い廊下ながらも思わぬ反撃にあって怯む夜盗を追う形で、サンジは階段を駆け下りた。



エントランスでは何人かの女性を担ぎ上げた男が目に入る。
「野郎、レディに何しやがる!」
踊り場から飛び降り様、女を抱く男の脳天めがけて足を振り下ろした。
カウンターの隅で血を流して蹲る従業員の元に女達を固まらせて、サンジはロビーの中央に出た。
夜盗達がぐるりを取り囲む。

充分引き付けて、カジ・クーを繰り出そうとした瞬間、後頭部をぽかりとはたかれた。
何時の間に来たのか、上半身裸のゾロが鬼のような形相で真後ろに立っている。
「何すんだ。クソ腹巻!」
「アホかてめえ、アレしようとしやがったろ!」
それがなんだ?
「自分の格好をちったあ考えやがれ!!」

言われてはたと気が付いた。
そういや俺、バスローブの下は素っ裸だ。
これでカジ・クーをした日には・・・
そら恐ろしい事態を引き起こしただろう。

慌ててしゃがみ込んだサンジの横で、ゾロが腰を落として構える。
「無刀流・・・」
いきなり漫才を始めたふたりに気が抜けたように夜盗どもが近づいた。
刹那

「竜・・・巻!!」

思わぬ風圧と切り裂く空気に男達は何が起こったかわからぬまま巻き上げられ、壁に叩き付けられた。
―――こいつ、ぜってえ人間じゃねえ
サンジは床に臥したまま、バスローブがはだけないように抑えて蹲る。



「大丈夫ですか!」
粗方片付いた頃、ガラスの割られた玄関から、自警団と思しき集団が灯りを手になだれ込んできた。
うめきながら床に横たわる夜盗の数にギョッとしながらも、宿泊客らの無事を確認している。
「怪我人とレディはあっちだ」
サンジに言われてカウンターの隅で応急処置を始めた。
今の間に着替えをと上を見れば、上層部は黒煙に包まれて近づくことができない。
「うお、火事か!」
「ああ上はもうだめだ。客達は裏口から避難させてたけど、俺らの部屋の前から出火したからな」
あのランプかよ。
「ずらかるぜ」
自警団の注意が他の客達に向いている間に、そっと玄関から飛び出す。
客であり被害者には違いないのだが、何せ自分達も海賊でお尋ね者だ。
ゾロは刀を持っていないとは言え、片耳のピアスと胸の傷が目立ちすぎる。
服と煙草を諦めて、闇の街に飛び出した。



あちこちで火の手が上がっているが、消防団がいち早く出動しているせいか思ったほどパニックにはなっていなかった。
それでも多くの人が表に出て、自主的に明かりを灯している。
暗闇でもサンジの金髪と白いバスローブが目立つ為、何度も親切な街の人に保護されかけた。
(ちなみにゾロは暴徒と間違えられた)



「あー、やっと着いた・・・」
路地をいくつか間違えて、同じような道をくるくる廻りながらようやく皆が泊まっている安宿に辿り着く。
古ぼけた扉の前で一息ついて、肝心なことを思い出した。
「やべえ、俺鍵がねえ」
部屋の鍵はスーツの内ポケットの中だ。
「そういや俺もだ」
金はジーンズのポケットに入れてあるが、鍵はシャツのポケットに入れっぱなしだった。
どちらにしても今ごろは灰まみれで歪んでいるだろう。

「はー・・・どうするよ」
思わぬ締め出しにあって途方にくれる。
フロントに申告すればいいのだろうが、停電による暴動が起こっている中で、上半身裸の男とバスローブ姿のままでは
怪しいことこの上ない。

「俺の部屋、窓が開けてあるから登るかぁ。」
「何階だっけ?」
「3階」
「・・・」
背に腹は代えられぬ。
お互いに化け物じみた体力と身軽さを生かして、ひたすらに壁を登った。
これで見つかったら明らかに不審人物で言い訳できねえぞ。
どうかこれ以上恥を晒しませんように。
祈りながら3階まで到達して、部屋を求めてぐるりと移動する。
ようやくゾロの部屋を探し当てて転がり込んだ。

「つ・・・疲れた・・・」
ベッドに倒れ込んで続くゾロごしに空を見上げれば、東の方角は白み始めている。

「とんだ夜になったな」
やれやれといった具合にゾロも隣に腰を下ろす。
無性に可笑しくなって、サンジは笑い出した。
「あーすっげえ、もう最高の1日だったな」
「最低だろうがよ」
薄暗い中でもゾロの苦々しい表情が見える。

「ったく、せっかく抜いてきたのに水の泡だ」
何?
「何を抜いたって」
サンジはだるそうに身を起して横を向いたままのゾロに顔を寄せた。
「今日はてめえに無理させねえように、風呂で3発抜いてきたんだ」
「はあ?」
それでか。
それであんなに遅かったのか。
「なのにてめえは人の目の前で足やらケツやらちらちら見せやがって、てめえがあいつら蹴り飛ばす度にとんでもねえ
 ことになってたんだぞ」
「く、暗かったからわかんねえだろ?」
「いーや、あいつらもそっちに気い取られてた」
きっぱりと断言する。
ゾロの不機嫌な理由はそこにあるらしい。
「ちょいと運動したのと、てめえのあられもねえ姿見せ付けられたせいで又やべえことになってる。ちょっと待ってろ」
実に男らしく言い切って、立ち上がろうとするゾロをサンジは腕を掴んで引き止めた。
「また無駄弾打つ気かよ」
手を絡めて、肉厚の肩にこつんと額を当てる。
「抑えが、きかねえぞ」
切羽詰った状態を如実に表す、ゾロの低い声が好きだ。
サンジは胸に走る傷跡をちろりと舐めた。
「今日1日、すげえ楽しかった。めちゃくちゃ珍しい、普通のデートができた。けど、俺らにとって普通のセックスってのは、これだろ」

ゾロの首に腕を廻してサンジから口付けるより先に、ゾロはその唇に噛み付いた。










「停電で一部暴徒化、海賊の襲撃ねえ・・・」
ロビーに放り込まれた号外に目を通しながら、ナミはコーヒーに口をつけた。
「この宿は表通りから離れてるし、海賊に狙われるほどいい宿でもなかったから無事だったって訳ね」
「俺全然気がつかなかった。すっかり寝てたもんなあ」
「俺も」
「俺もだ」
お子ちゃま3人を前に、ナミはちらりとフロントに視線を走らせる。
ゾロがなにやら小声でフロントマンと交渉しているようだ。

「だから、11号室と12号室の鍵を無くしたから、弁償するって言ってんだよ」
「ですがお客様、12号室にお泊りの方に直接申告していただかないと・・・」
「あいつは今起きれねえ・・・じゃなくて、ちょっと具合が悪くて出られねえんだよ」
「そもそも鍵を無くされたのに、どうやって部屋に入られたのです。もしや鍵を開けたままにして外出されたのでは・・・」
「そうじゃねえよ。窓から入って・・・」
「窓?3階ですよ」
「ごちゃごちゃ細けえ野郎だな!」

小競り合いを続けるフロントに背を向けて、ナミは他人の振りをした。
昨日のデートは果たして成功したのか失敗したのか。
肝心のサンジ君が起き上がれない状態だとすると、見事に失敗ってことになるんだけど・・・
今回の出費にしっかり手間賃をプラスしてゾロの借金を上乗せしながら、ナミはくすりと笑いを漏らした。





答えは、サンジだけが知っている。


                             END




 






Special night