■ゾロの誕生日



サンジ作製擬似辞書を本棚から抜き取り、中身を出した。
辞書の大きさぴったりに差し込まれていたのは空箱で、中には封筒が入っている。
店の手伝いでコツコツ貯めた小遣いの、紙幣だけをそこに仕舞ってあるのだ。
ぶっちゃけサンジのへそくりだった。
「予算は3千円・・・かな」
放課後の教室で、黄昏の雰囲気に呑まれてうっかりゾロとキスしてしまった。
それからなんとなく、付き合ってる感じになってる。
当初、サンジは一人で浮かれて「これで恋人同士になっちまった」と思ったけれど、冷静に考えたらその根拠はどこにもなかった。
ゾロに告られてもいないし、サンジだって了解した覚えはない。
ただ、ゾロの方から口付けてきたのと、サンジが拒まなかっただけのことだ。
それでも、以来二人の間には暗黙の了解的「分かり合えてる」空気が流れているし、お互い示し合わせなくとも学校の行き帰りは一緒だ。
休日も二人でべったりと過ごし、部屋で寛いでいる時なんか戯れにキスを交わしたりしている。
ぶっちゃけ甘い。
雰囲気が甘い。
だからやっぱり、自分達は付き合っているんだろう。

と言う訳で、晴れて恋人同士になって初めて迎えるゾロの誕生日だ。
去年とは一味違う何かが必要だろうと、サンジは勝手に意気込んでいた。
小遣いをはたいて・・・とまでは行かなくても、そこそこの値段でなにかいいプレゼントを渡したい。
ゾロは何を喜ぶだろうか。
恋人に、何を貰ったら嬉しいだろうか。
そんなことをつらつらと考えている内に、いつの間にか誕生日は目前に迫っていた。

「んーどうするかなあ」
いまだ迷いながら、サンジは行きつけの雑貨屋に足を運んだ。
ファンシーな小物から革製品まで取り扱う、対象年齢が幅広い雑貨屋だ。
「よ、いらっしゃいサンちゃん」
迎えてくれたのは、小さい頃から見知っている2歳年上のエースだった。
大学に入ってからずっとここでバイトしている。
「サンちゃんに似合いそうなシルバーアクセ、入ってるよ」
「あ、うん。今日は自分のじゃないから」
サンジは迷いながら、それとなくケースの中に視線を走らせる。
「プレゼント?」
「んー、まあそんなとこ」
「なんだろ、誕生日かな?」
「んー、まあそんなとこ」
どうせ買ったらラッピングして貰うのだから、最初から「誕生日プレゼント」だと言っておいた方がいいだろう。
「アクセサリーにする?それとも小物とか」
「なんにも考えてないんだ」
サンジは指先でこめかみを掻いた。
「何が欲しいとか、具体的な希望は?」
「そんなん全然ねえよ」
「誕生日近いのに?おねだりとかしない子なんだ」
「そうだなあ」
元々物欲が薄そうな男だ。
何が欲しいと尋ねても、「飯」とかそういうものしか返ってこない気がする。
さりとて、剣道の何々が欲しい・・・と専門的なことを言われても困ってしまうし、やはり勝手にこちらでスタンダードなものを選んだ方がいいよなと自分の中で言い訳をした。
「相手の子のファッションは、どんな感じ?」
「ファッション・・・やーなんも考えてねえな。量販店のもの、適当に着てる感じで」
「色味は?ピンク系が多いとか、黒系が多いとか」
「割と色んな色、着てる。それもこだわりがないんだろうな、たまに変なTシャツ着てるし」
あれは誰の趣味なんだろう。
常々疑問だ。
「パワーストーンのブレスとかどう?可愛い感じだし」
「あー手首になんか付けるの、邪魔臭がると思う。オニキスとかいいとは思うけど」
「誕生石で、タイガーアイのペンダント」
「首に付けるのも面倒臭そうだなあ」
「財布とか、定期入れとか」
「それなりに持ってるし」
「チェーンベルトは?」
「それに見合う服がねえ」
エースはサンジと一緒になって、うーんと首を捻った。
「じゃあさ、やっぱりサンちゃん自分用にこのアクセ買いなよ」
そう言ってエースが差し出したのは、青い石が嵌め込まれた少し無骨なデザインのチョーカーだった。
なにやら背徳的な匂いがする。
「ダメだって、俺今日はプレゼント買いに来たのに」
「だから、これ付けてこう・・・鎖の先を手渡して言うんだよ『プレゼントは俺』って」
「――――・・・」

サンジはようやく、自分の過ちに気が付いた。


(ゾロ誕なのにゾロが出てこない。でもおめでとう!)


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