隙間なく積み上げられた石の牢屋で、ロロノア・ゾロは最期の時を迎えようとしていた。
10日間繋がれたままの鉄枷は、腫れた手首に食い込み、開いた傷口から膿を溢れさせている。
一度深く刺され、引き抜かれた腹の傷は肉が盛り上がって傷口は勝手に塞がってきたが、
内臓に至る奥の部分がじくじくと痛む。
胸や足に受けた刀傷も時折ぱくりと口を開いて新たな血が流れ出ていた。
捕らえられてから一度も食事を与えられていない。
いくら体力に自信があるとは言え、そろそろ限界を感じていた。
罪状は殺人。
判決は死刑。
我が身が犯した罪を悔いるために設けられた時間が、過ぎようとしている。
暗い廊下の向こうから規則正しい靴音が響いてきた。
どうやら迎えが来たらしい。
「死刑囚125号、出ろ」
事務的な声が響き、屈強な男二人が両脇から抱えるように立ち上がらせる。
繋いだ鎖と足枷を外されると、ゾロは自ら膝に力を込めて歩き出した。
護送する兵達に恐れに似た気配が伝わる。
だがゾロは何も言わず、背筋を伸ばして促されるまま牢を出た。
通された部屋には先客が二人いた。
一人は恐らく立派な体格だっただろう大男。
だがその愚鈍そうな目は濁り、頬は窶れ口はだらしなく開きっぱなしになっている。
もう一人、白髪の老人は貧相な身体を尚ちぢこませて一点を凝視したまま俯いている。
二人ともに死相が現れていた。
「そこに座れ。今から罪状を読み上げる」
粗末な木のイスに、ゾロは並んで腰掛けた。
「死刑囚123号、女5名を暴行、強姦し死に至らしめた罪、女13名を暴行、強姦した罪・・・」
朗々と罪状が読み上げられていく。
ゾロは耳から入るそれらを無視して鼻をひくつかせた。
ひどく美味そうな匂いがして、腹が鳴る。
「―――よってこの3名を本日死刑に処す。以上」
事務的な口上が終わり、係官は道を開けた。
何処か厳かな雰囲気で、トレイに載せられた食事が運ばれてくる。
「偉大なる王よりのお慈悲だ。最後の晩餐を楽しむがよい」
確かこの国の処刑方法は斬首だったはずだ。
ならば、この食事に毒が入っていることはないだろう。
大男は、獣のような声を上げて自由にされた手で皿を掴み、まだ湯気を立てているスープに口をつけた。
一口啜ってまた唸る。
肩を落とし丸めた巨体が小刻みに震えている。
やはり毒でも入っていたかとゾロが様子を見ると、大男は淀んだ目からはらはらと涙を落とした。
「おっかあ・・・」
何人もの女を殺したとは思えない、子供のような顔で男はスープを飲みながら泣き声をあげた。
見守る兵士も貰い泣きをしたのか目尻に涙を浮かべている者も居る。
なんだこりゃ。
ゾロはその芝居染みた光景に呆気に取られた。
同じくぽかんと様子を見ていた隣の老人が、おずおずと皿に手を伸ばす。
注意深くみれば、大男のそれと老人のそれ、そしてゾロの皿にはそれぞれ微妙に違うスープが入っている。
老人は一口スープを啜り、息を吐いた。
怯えて強張った頬が見る間に緩んでいく。
終いには微笑みさえ浮かべて、老人は夢中でスープを啜った。
「・・・ああもう、わしは満足じゃ」
満ち足りた表情を浮かべ、やすらかに目を閉じる。
それきり眠ったように穏やかな空気を纏い、動かなくなった。
子供のように泣く大男とうつらうつらと夢心地な老人。
その隣で用心深く皿に手をつけないゾロに、見守る兵士が声を掛けた。
「案ずることはない。この料理は王お抱えの宮廷料理人が特別に作ったものだ。お前達の咎・罪をすべて
許し、与えられる最上の食事だ。お前も味わうがよい」
ゾロは興味を覚えて皿を掴んで啜ってみた。
途端に、流れ込む生気。
―――これは・・・
悔恨でも郷愁でも安息でもない、命の源。
火傷しない程度にほどよく冷まされたスープは味はもとより、喉から流れ込むすべてに強いエネルギーが
宿っている。
呼び起される生きる力。
このスープを作った奴は、俺に生きろと言っている。
ゾロは一息に飲み干した。
腹の底にじわりと沁みとおり隅々まで行き渡る。
満足して顔を上げた。
見守る兵士達は、常とは違う死刑囚の反応を訝しく思ったようだ。
だがゾロはそれきり目を閉じ、大人しく時を待った。
厳重な警備
数百人の兵士
処刑を見届けようと集まった観衆達
熟練した死刑執行人
それらのすべてを見事かわして、ロロノア・ゾロは逃亡した。
慈悲深い王のお気に入りの、宮廷料理人が連れ去られたのも、その夜のことだった。
END