かすかに鼻腔を擽る、煙草の残り香のように。
温かなスープの湯気のように。
金色の髪に弾く、光の残像のように。
あいつが立ち去った後に、ごく稀に舞っている白い羽根。

それを目にする度、ゾロの脳裏には冬の日の風景が蘇る。
故郷に一つだけあった、異国の教会。
いつものように道場に稽古に出掛けて、何故か一度だけその場所に迷い込んだ。
誰もいない、がらんとした礼拝堂は静謐な静けさに満ちていた。
高い天井にまで、長く彩られたステンドグラス。
その上方、見上げる程に高い場所に背中に白い羽根が生えた人がいた。
男なのか女なのかわからない、優しげでいて力強い眼差しの横顔。
片手に差し出した百合の花より白い肌に金色の髪、青い瞳。
宗教的なことはなにもわからなかったゾロだが、その光景は目に焼き付いた。
美しいと、素直に思った。
また再び見たいと思ってもいたが、同じ場所にたどり着くことはできなかった。

今も胸に残るあの面影を、なぜか暴力コックの横顔に見てしまうのだ。
確かに肌は白く、金髪で青い瞳だ。
だが中身が違いすぎる。
粗暴で女好きで口やかましい。
真逆の存在だと思うのに、なぜか目が離せない。

時に生命を断ち、ほふる手でありながら、やはりコックの手は与える手だ。
温かく活力に満ちた、生命を分け与える手だ。
あの日、白百合を捧げた人の横顔がやはりコックとダブってしまう。
同じではないかと、我ながら滑稽なほどにそう思う。




拾い上げた小さな羽根を指先で回しながら物思いに耽っていると、足音も高くナミがラウンジに入ってきた。
ゾロの手元を目ざとく見つけ、さっと手を出す。
「それちょうだい、集めてるの」
ゾロは少し驚いた。
サンジの羽根は、ナミにも気付かれていたのか。
なんの根拠もないのに、気付いているのは自分だけだと思い込んでいた。
渋々手渡すと、ナミは目の前に掲げてくるくる回して見せる。
「しょっちゅう落としてるのよね、大丈夫かしらサンジ君」
「ナミ、お前…」
「ゾロも、薄々気付いてるんでしょう?サンジ君の正体」
では、やはり―――
「集めたら、ダウンできるんじゃないかなあって。セコいかしら」
そう言って、声を潜めた。

「サンジ君って、実はアヒルなのね」



―――クワッ?!



END




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