Albireo

−4−

扉の前でしばし躊躇って、サンジはラウンジに入った。
さっと見渡すとゾロの姿はない。
ほっとして、それでも緊張は解けないまま後ろ手にドアを閉めた。

「おはようサンジ君、具合はどう?」
「はい、大丈夫です」
具合、だなんて言われて顔が赤くならないように無駄に深呼吸を繰り返しながら、サンジはへへ、と笑って見せた。
「朝ご飯、ちゃんとルフィから死守しといたんだけど」
テーブルにはかぶり付くように居座ったルフィとロビンの手の中にある食パン。
サラダとスープ。
「朝ご飯、作ってくれてありがとうございます」
小さく礼を言って、ポットから残りのコーヒーを注いだ。
「でも俺食べられそうにないんで、ルフィ良かったら食ってくれ」
「いいのか!」
ぱっと顔を輝かせたルフィは、すぐに表情を曇らせた。
「でもよサンジ。それでお前がコーヒーだけで済ましちゃいけねえぞ。いつも言ってるじゃねえか。
 朝ご飯はちゃんと食べろって」
唇を少し尖らせた、拗ねた子供のような言い様が癇に障った。
「いつもって、そんなの言ったの俺じゃねえよ。何もかも、ここのサンジみたいにできっかよ!」
つい声を荒げてしまって、はっとして口を噤む。
ルフィはん?と首を捻ってからにぱっと笑った。
「そういやそうだな。俺が間違えた。悪い!」
あんまりあっけらかんと謝られて却って戸惑ってしまう。
「いや、俺の方こそ・・・」
「んじゃあ、これ貰うぞ!いっただっきま〜す!」
嬉々として食事を再開したルフィの隣でサンジはしばし呆然としていたが、その内仕方なくコーヒーを啜った。





上陸は偵察に向かったウソップが帰ってからにするらしい。
朝食の後片付けを済ませて、すぐ昼食のメニューを考える。
残っている食材を点検し、レシピノートとにらめっこするのは案外と楽しくて、気が紛れた。
ゾロはまだ一度も姿を見せない。
後甲板で鍛錬しているのか寝ているのか、サンジもラウンジから一歩も出ないから確かめることもしなかった。

外がにわかに騒がしくなったと思ったら、ロビンがラウンジに顔を出した。
「長鼻君が帰ってきたわよ」
とりあえず全員分の飲み物を用意して甲板へと出る。


「ウソップ!どうだった?」
ウソップの帰りを待ちかねていたルフィは文字通り飛び跳ねて迎えている。
上陸したくて仕方がないらしい。
「まあ待て、ちょっと作戦会議だ」


よく晴れた空の下で、車座になって座った。
皆より一歩下がった場所に腰を下ろしたゾロの前にも飲み物を置く。
動作がぎこちなくならないように、人一倍気を遣った。
トナカイのチョッパーまで一緒になって座っているから思わず微笑みながら水を用意してやる。


「で、どうだったの。街の様子は」
「ああ、島の大きさ自体は中くらいなんだがえらい賑やかだ。街ん中歩いてみて驚いたぜ。いたる所に
 手配書がべたべた貼ってある」
げ、とナミが顔を歪める。
「探してみるとすぐに見つかったぜ、ルフィもロビンも。だがゾロのは無かった」
「どういうこと?」
「貼ってある手配書をよく読むと皆が皆、能力者ばかりだ。やっぱり能力者の力が無くなってることを
 知ってて賞金稼ぎが集まる島だったぜ」
ナミの口からため息ともつかぬ声が漏れた。
「厄介ね」
「この島の半径何キロかの海域から作用してるのかしら」
「そうらしい。なんせ賞金稼ぎの間じゃ有名な島らしくて、そりゃあ活気付いてたぜ。ならず者だらけだ」
まともに港に着けるのは危険そうだ。
「北側に回ると漁業用の小さな港があるらしい。海賊旗は仕舞ってそっちに着けた方が安全だぞ。
 あとログが溜まるのに2週間かかる。その間ルフィとロビンはあまりうろつかない方がいい」
ええ〜、とあからさまに不満の声を上げるルフィをばしっとはたいて、ナミはウソップが持ち帰った島の
観光マップを広げた。

「賑やかなのはこっちの街ね」
「ああ、反対側はのどかな田舎って感じだったぞ」
ともかくログが溜まらないことには次の島には行けない。
なんとか2週間をやり過ごすことでルフィにも良く言って聞かせた。

「じゃあサンジ君も本調子じゃないことだし、とりあえず上陸して昼食にしましょう」
「あ」
ウソップが思い出して声を上げた。
「そう言えば、港でおかしな光景を見たぞ」
「なに?」
ウソップはサンジをちらりと見て、それから首を傾げた。

「入港管理局が何人かいて上陸してくる奴らをチェックしてるんだが、別に海賊でも商船でも同じように
 通してた。だが金髪の男がいるといちいち呼び止めて確かめてるんだ」
「確かめるって、何を?」

ウソップは少し言い淀み

「――――左目」
前髪を掻き上げる仕草をして見せた。









少し北側に回れば、寂れた漁港があった。
ウミネコが飛び交うばかりで人影もまばらだ。
管理者らしき制服姿の人の姿もない。

「船番は、とりあえずルフィとロビンでお願いね。後チョッパーも。私達は先に上陸してもう少し詳しく調べてくるわ」
「ええ、お願い」
「飯の差し入れを忘れんなよな!」
少々不満そうな船長を置いて4人連れ立って船を下りる。
サンジにとってははじめての上陸だ。

「ログってのを溜めなきゃならねえんだよ。このログポースが指し示す方角をだな…」
ウソップはひっきりなしに話しかけて、色んなことを教えてくれる。
久しぶりの地面の感触も、知らない街も、山の緑もサンジには心地よかった。

「おもしれーなあ。んで、この島もやっぱ不思議島なのか」
「不思議島なんてルフィみたいな言い方だな」
笑い話しながらゆっくりと小高い丘を登る。
ふとナミが空を見上げて眉を顰めた。
「通り雨ね、降ってくるわ」
さっきまで晴天だったはずなのに、いつの間にか雨雲が一つ近付いていた。
サンジは丘の上を見上げ、それから振り向いて漁港を見下ろした。

「―――――?」
その視界にゾロが入る。
慌ててまた前を向いた。

なんだろう、この感じ。
なぜだか胸がどきどきしてくる。
この島は、一体―――

「あちゃ、降って来た」
坂道が急で丘に登っても雨宿りできる場所があるかどうかはわからない。
それでもともかく急ごうと足を速めるウソップに、サンジが声をかけた。
「ウソップ、上に上がってすぐでかい楠があるはずだ。そこで雨宿りしようぜ」
え?
驚いて振り向くウソップを追い越してサンジは駆けた。

丘を登りきると、だがそこに木はなくて草原が広がるばかりだ。
「…あれ?」
「はあ…、あーら残念。楠は、ないわね…」
ぜいはあ息を切らしながらナミも追いつく。
「ああ、走ってる間に雲も通り抜けちゃったわ。いいお湿りね」
サンジはゆっくりと景色を見渡し、首を傾げた。
「…俺、なんで木があるって思ったんだろ」
「もしかしたら、サンジ君の住んでたところに似てたんじゃないの?」
ゆっくりと歩きながら、サンジは何度も首を傾げた。
「こんなとこ、初めて来る筈なのに…なんかでかい楠があった気がしたんだ」
それから一人、くすっと笑った。
「こういうの、デジャヴュってんですか」
「そうかもね。」

先を行くナミたちを置いて、ウソップは丘の真ん中辺りで立ち止まった。
「どうした?」
気付いて止まるゾロを手招く。

「これじゃねえのかな。サンジの言ってた楠」
ウソップが指し示す足元には、草むらの中に隠れるように残された巨大な切り株があった。












「降りたはいいけど、お昼ご飯食べるところなんて、あるのかしら」

丘の上は、案外広い平野が広がっていた。
「右の方に、行ってみましょう」
サンジは常になく積極的に先頭を立って歩く。
ナミは訝しく思いながらもその後について行った。

「あら、村があるわ」
草原の獣道のような小道から、唐突にレンガ敷きの道へと繋がっていた。
その先に平屋作りの家が立ち並んでいる。
「ほら、中央の煙の出てる、2階建ての建物、あれ多分レストランですよ」
「そう」
足早になるサンジの後ろでナミは振り向いた。
後から来るウソップに軽く頷いてみせる。
ゾロも黙ってついて行った。

「あれー?宿屋になってる」
「あら、でも食堂もあるわよ。入ってみましょう」
そう促してから、あ、と気付いてサンジを押し留めた。
「その髪、どうにかした方がいいのかしら。帽子とか・・・」
物凄く今更だが、サンジも指摘されて頭を押さえる。
「でも人っ子一人いねえしな」
丘からゆっくりと歩いてきたのに誰とも出会わない。
寂れた村らしい。
だが建物や道は綺麗に整備されていて貧しい雰囲気はなかった。

「例え帽子を被ったとしても、髪を隠そうとすっと前髪も上げなきゃならねえだろ」
ウソップは自分のバンダナをサンジの頭にあてた。
「そうすっと、左眼が丸見えになるぜ」
「・・・そうね」
どちらにしても変装は無理なようだ。
そもそも、食堂が開いているかどうかも怪しいところだったが、幸いOpenのプレートが掛けられていた。

「いらっしゃいませ」
扉を開けると快活な声が掛かる。
どうやら若夫婦らしい、愛嬌のある笑顔で小太りの女性の方が迎えてくれた。

「食事、いいかしら」
「どうぞどうぞ。4名様ですね」
席数は少ないが小奇麗な店だ。
メニューにざっと目を通して値段も手頃ねとナミは一人頷いた。
「旅のお客さんがこんなところまで来るなんて、珍しいですね」
若いグループと見て取ったか、気軽に声を掛けてくる。
「ええ、ちょっと足を伸ばしてみたんだけど、あまり人がいないから、開いてて良かったわ」
「そうでしょう。昼間は皆、街まで働きに出かけるから殆ど無人なんです。家に残ったお年寄りのために
 店を開けているようなものなの」
言われて店内を見渡せば、なるほど確かに店の隅っこに老人が二人ほど食事をしている。
「そう言えば、街はとっても賑やかだったわね」
「ただしならず者とか多いから物騒なんです。夜は皆うちに帰ってくるんですよ」
確かにこの辺りは平和そうだ。
「ここの二階、部屋空いてるかしら」
「はい。よかったら是非どうぞ」
「二週間ほど連泊するから、安くしてくれないかしら」
「はい、ログが溜まるまでですね。勉強させてもらいます」

基本的に、のどかで大らかな気質らしい。
和やかに会話している間に主人が料理を運んで来た。

「それにしてもお客さん、見事な金髪だねえ。入港管理局に引っ掛かったでしょ」
そう話し掛けられて、サンジは曖昧に笑みを返した。
「そうなのよ、なによあれ。失礼よね」
サンジの左眼が隠れていることを悟られないように、ナミは身を乗り出して大げさに言ってみる。
「来た人は皆、面食らうみたいだね。まあ、この辺じゃ金髪自体が珍しいし、左眼のない人なんてそうそう
 いないから、確認するのはちょっとの時間だけどね」
どきん、と心臓が鳴った。
やっぱり、金髪で左眼のない男を探している?
「それって、そんな人を探してるってこと?」
「そうみたいですよ。私達もあんまり詳しくは知らないの。子供の頃からそうだったし・・・」
「子供の頃からって、ずっとそうやって探してるってこと?」
弾む会話を聞きながら、サンジは俯いて食事した。
やはりこの髪と目をどうにか隠さないといけないのかもしれない。
そもそも、俺降りちゃいけなかったんじゃないだろうか。
左側を避けるように顔を傾けると、隣に座ったゾロと目が合ってしまった。
慌てて視線を逸らす。
今朝からまともにゾロの顔が見られない。
あんな酷いことをされて、本当なら起き抜けに殴るなり罵るなり、何かすればよかったんだろうが、
ショックの方が強くて言い出すことすらできなかった。
今だって逃げてばかりだ。

「ところで、街はどうしてならず者だらけなのかしら?」
白々しくナミが尋ねた。
いかにも、私何にも知らない旅行者ですのよって感じだ。
「ああ、お客さんたちには関係ないかもねえ。この島は不思議な作用があってね。大体島の中心から
 半径30キロ以内に入ると、悪魔の実の能力者は能力がなくなるって言われてるんですよ」
働き者らしい、若い主人はてきぱきと給仕しながら気安く話してくれる。
「へえ、悪魔の実の・・・」
「と言っても俺らは能力者なんて実際見たことないし、もしいたとしてもこの島じゃただの人間だから仕方ないんですけど。
 高い賞金が掛けられたそんな人たちを狙って、あちこちから賞金稼ぎが集まるようになったんです」
「お陰で治安は悪くなったけど、この島は賑やかになって豊かになったのよね」

なるほど、島自体にそんな作用があるなら島の住人は能力者そのものを見たことがないことになる。
そして生身の賞金稼ぎにとっては格好の狩りの場なのだ。

「どうして、そんなことになってるのかしら」
問い詰めないように、しつこく感じられないように、さり気なくでも根気よく、ナミは質問を続ける。
気の良い宿の夫婦は、久しぶりの旅行者のせいか喜んで応えてくれている。
「それがねえ、私も詳しくは知らないの。そんなに昔からでもないみたいなんだけど・・・親も教えてくれないのよね」
「北の魔女の呪いって聞いたことあるけど、ねえお婆さん」
いきなり話を振られた老婆は、ナプキンで口元を拭くとゆっくりと立ち上がった。
「ご馳走様。もう帰るよ」
しわがれた声でそう言うと、代金を置いて振り向きもせずに店を出てしまった。
もう一人の老人も、それじゃあわしもそろそろ…と席を立つ。
「ほらね、こんな感じで誰もまともに理由を教えちゃくれないのさ」
そんな態度を特段気にした風でもなく、宿の夫婦は肩を竦めて見せた。





「お部屋は2部屋でよろしいんですか?」
「ええ、私が1部屋と、あんたたち3人で1部屋でいいでしょ」
有無を言わさぬナミの命令にいち早く賛成したのはウソップだ。
「俺は構わねえぞ。3人雑魚寝だ、な」
「いや雑魚寝じゃなくても、ちゃんとエキストラベッド入れますよ」

サンジにはウソップの気遣いが嬉しかった。
確かにこの状態で二人部屋でもあてがわれては溜まらない。
それでも宿の主人に顔を見られないように、つい無意識にゾロの背中に隠れるように立ってしまう。
「お客さんが探してる人だったら良かったのにねえ」
呑気な奥さんの言葉にナミがえ?と聞き返した。
「探してる人って、金髪の片目の人?」
「ええ。もうずっと探してるらしいから」
「もし、その人が見つかったら・・・どうなるのかしら」
どうも話口調からしてそう深刻な話ではなさそうだ。
「なんでも島の恩人らしいよ。島一番の高級ホテルに泊まって貰って、島を挙げて歓待してくれるんだとさ」

その言葉に、ナミの目がきらん、と光った。












「ねー、行ってみましょうよう」
「ダメだ。もし罠だったらどーすんだよ」
「あら、こーんな呑気な島よ。宿の人だって純朴で正直だわ」
「だからって、こんなウマイ話があるかよ。のこのこ行ったらぜってーどんでん返しがあるんだ」

ナミとウソップの言い争いをサンジは困った顔で見守っていた。
ともかく部屋に入って、4人で作戦会議をしている。


「第一、島の恩人なんて昔の話だろうからもっと年行ってんだろ。のこのこ管理局に出向いてお尋ね者が
 同行してるって気付かれたらどうすんだよ」
「あら、ゾロの手配書はないんでしょ。この島は能力者ばかり標的にしてるみたいだし」
「第一、サンジが困るだろうが」
いきなり注目されて、サンジはサンジは黙ったまま目を泳がせた。
実際、困ると言うより話しについていけないのだ。




初めて来たはずの島に見覚えがあったり、自分が探されてるような状況になっていたりいて混乱している。
今もしナミに行けと言われたら、素直に名乗り出てしまうだろう。

「ただでさえ、こいつはパーな状態なんだ。うかうか乗り込んで行って俺らと引き離されたら、どうなるかわからんぞ」
それまで黙って見ていたゾロが唐突に口を利いた。
ナミがうっと詰まる。

「さっき上陸したばかりで情報量も少ない、名乗り出るのはいつでもできるんだからもうちょっと下調べした方がいい」
ウソップの真っ当な説にナミも渋々納得した。
「しょうがないわね。まあログが溜まるまで2週間もあるんだし、今夜は大人しくしてましょうか」


サンジはそっとゾロの横顔を伺い見た。
さっきゾロは『こいつは』と言った。
はじめて、こっちのサンジじゃない今の自分を指されて、しかもちょっと庇われたみたいで嬉しかった。

―――――嬉しいって、なんだよ
嬉しがってる場合じゃない。
なんせこのゾロはゾロの顔をしているけど、人殺しで男の俺を強姦するような最低最悪野郎だ。

暗示をかけるように何度も自分に言い聞かせるが、いまいち激しい感情はついてこなかった。
傷つけられたことはショックだけど、それでゾロ自身を嫌悪する感情が沸いて来ない。

あんな酷いことを言われたのに、もしかしたらこっちのサンジはゾロのことを―――
だから、自分の感情もマイナスの方向に向かないのだろうか。
自分のことなのに、何一つ理解できない心と身体だ。





ノックの音がして女将さんの声がした。
「お客さん、お持ち帰りの分できましたよ」
「あ、ありがとう」
船番しているルフィ達の分も夕食を頼んだのだ。
「じゃウソップ。ひとっ走り行って届けてきて頂戴」
なんで俺が、とウソップは言いかけて黙った。
ナミは最初から行くつもりはない。
サンジを一人歩きさせる訳にはいかないし、ゾロは論外だ。

「はいはい、わかりましたよ」
まだ日暮れまで時間がある。
陽の高いうちに行って戻ろう。
ウソップはサンジを残すことを気にかけつつ宿を出た。






「じゃあ、あたしはこれから街に行って様子を見てくるわ」
「ナミさん一人じゃ危ないですよ」
言って、サンジはゾロを見た。
「こいつが危ないってガラかよ」
「何言ってんのゾロ、あんたも来るのよ。」
頭一つ高いゾロの首根っこを捕まえて、ナミはくるりとサンジに向き直る。
「サンジ君は、この部屋で休んでて頂戴。いい、絶対に外に出ちゃダメよ」
「はい」
年下の女の子のはずなのに、ナミには有無を言わせぬ迫力があってサンジは大人しく従うしかなかった。





不承不承ナミの後を付いて歩くゾロの後ろ姿を見送って、サンジはベッドに腰を降ろした。
誰もいなくなってがらんとした部屋の中で、サンジはしばしぼうっとタバコを吹かす。
あっちでは吸う習慣がなかったが、こちらでは無意識に手が動いて気が付けば吸っていることが多い。
確かに、かなりのヘビースモーカーだ。

休んでいろと言われたが、眠る気にはなれなかった。
手持ち無沙汰だけど携帯もないしテレビもない。
電話もないんじゃないのかな。

サンジは立ち上がり、窓を開けた。
小さな村全体が見渡せて、丘の下に街の端っこも見える。
そしてその先には青い海が広がっていた。
広い広い海の中の島。
海賊が珍しくなくて、お尋ね者がいて、手配書も回っていて賞金稼ぎがいる世界。
ナミやウソップやゾロや、多分自分も実際の年齢よりはるかに大人びているのは、こんな過酷な世界で
親の庇護なく生きてきたからだろう。
のほほんと暮らしてきた自分とはかけ離れた世界。
ゾロが、あのゾロがあんな風に躊躇いなく人を斬って、強さを求めて生きてきたのも、この環境なら
自然な成り行きなのかもしれない。
そして自分もまた、こっちに生まれていたならもしかしたら――――

ふと思いついて荷物を開けた。
着替えと一緒に持ってきたノートを広げる。
実際びっしりと書きとめられたこのノートは、何度読んでも見飽きなかった。
このノートから、こっちのサンジの人となりが少しは伺える気もする。
クルーの個人の名前が記される時、文字の羅列だけなのにどこかしらから愛情が感じられる。
きっと海賊船のコックは、仕事としてだけじゃなくクルーみんなを愛していて、精一杯の想いを込めて
料理を作っていたに違いない。
それはルフィでもナミでもウソップでも、ゾロでも分け隔てがなくて――――

サンジはそっと自分の肩に手を置いた。
細身だけれど、きちんと筋肉の付いた身体。
賞金稼ぎに襲われた時、無意識に動いた身体は数人の男を弾き飛ばすほど威力のあるものだった。
もしかしたら、自分も強いのかもしれない。
ゾロに組み敷かれて泣いてしまうような、こんな自分じゃないのかもしれない。
俺は一体、どんなだったんだ?

戻れるかどうか確証のない今、サンジは現実を受け入れるしかないと思った。











「待ちかねたぞ、飯だあv」
ルフィは腕が伸ばせないのがもどかしいらしい。
船縁から身を乗り出して足をバタつかせている。
「お疲れ様。陸はどんな感じなのかしら」
ロビンに誘われて、ウソップはラウンジで島の状況をかいつまんで話した。
ルフィは夕食を食べながらふんふん頷いて聞いているが、どこまで理解しているかは怪しいものだ。
チョッパーは足元でうとうとしている。

話しながら、ウソップも持ち帰った夕食に手を伸ばす。
実際ルフィがゴムの時くらい大量の食事だから、自分の分も含まれているらしい。
ウソップの話を黙って聞いていたロビンは、首を傾けたまま頬杖をついた。

「…なんとなく一つの仮定を想像したけれど、それにしても矛盾が生じるわ」
「どんな仮定だ?」
「そうね。例えばコックさんは昔この島に住んでいた。けれど何らかの事故で記憶を失い、島を離れ、
 遭難しレストランで育ってルフィと出会いこの船に乗った。けれど、この間の嵐で失っていた記憶を
 取り戻し、今までの自分を失ってしまった」
なるほど。
それではしかし―――
「あのコーコーセーとか、ニホンとか言う、今のサンジの記憶はなんなんだ」
「そうなの、それの説明が付かない」
ロビンはさして困った風でもなくふふ、と笑った。
「この島で起きていることは、能力者の能力が失われることと金髪で片目の男性を恩人として探していると
 言う、2つのこと。これは繋げて考えていいと思うわ」
「ってことは…」
ウソップはごくんと飯を飲みこんだ。
「サンジがもろ絡んでるってことか」
「おそらく。それならコックさんが意識を失った時と私達の能力が失われたタイミングが合った事の説明がつくわ」
ロビンの言うことは至極もっともだが、話が合いすぎている気もする。
「私は航海士さんに賛成よ。名乗り出て、接待を受けるべきだと思う」
「なんでそんなことを。」
「あら、それが真実を知る手立てとして一番手っ取り早いじゃない。この島ですべてを明らかにしておかないと、
 もしかしたら、本来のコックさんが戻ってこないのかもしれないのよ」
ウソップは、うう・・・と考え込んでしまった。
確かにロビンの言うことにも一理ある。
「心配なら、皆で一緒に行きましょう。私達も大丈夫よ」
ロビンの隣で、ルフィもおう!と嬉しそうに手を挙げた。