「おやじが死んだ」

深夜の突然の電話を切った後、ゾロが一言、そう言った。

えっ、と慌てるサンジに向かって、いつもと変わらぬ口調で語られた内容にさらに驚かされる

「葬式はいつになるかわからない」
もともと心臓が悪かったのは悪かったんだが・・・
と言うゾロの言葉は歯切れが悪い
(珍しい。だいたい、ゾロの家族の話を聞く事なんて、あんまり無いんだけど)
ゾロ自身があまり悲しんでいる様子を見せないので変に口先で慰める言葉を言うのも憚られて、
言葉を挟まずに 黙って話を聞く

浴室で、溺れたらしい
心臓が止まってから溺れたのか、溺れてから心臓が止まったのか、
はっきりしないから、解剖する――そうだ。

「うちの家系は心臓が弱い人間が多くて、浴室で溺れた人間も結構居るんだ。」
だから、余計に疑問視されているのだろう、とゾロが淡々と説明する
「それじゃ、家の人も 大変だね。今からでも帰る用意を、しよう。手伝うよ」
却って事務的な内容の方がいいかと、まず、しなきゃならない事を提案する。
「あぁ、帰らなきゃいけないんだ。 家族はもう俺しか残っていないから」
何気なく話された言葉に目を瞠る
「え・・・?・・と・・」
どう言葉を掛ければいいんだろう、と迷うサンジを見てゾロがふっと笑った
「母親も、数年前に、浴室で溺れたんだ」
だから、うちの家族は俺しか居ない。あぁ、勿論、親戚は居るぜ?

あまりにも普通に話す様子は、ゾロがすでに母親のいない生活に慣れている事を示していた
「兄弟は、居ないの?」
せめて、兄弟でも居ればよかったのに、と思わず言った言葉は、駄目押しをしてしまった、らしい
「姉が居たんだが・・・・俺が子供の頃に死んだ」
「・・っ、」
言った自分の馬鹿さ加減に舌打ちしたい気持ちで、それでも、サンジはどこか決められた台本を
なぞるように感じながら、与えられた台詞に逆らえずに言葉を続ける
「どうして亡くなったか、聞いていい?」
その言葉で サンジの顔を見つめながら、ゾロが唇を開く
彼は、効果的なタイミングを計るように 一呼吸置いてから 予想された解答を観客に与えた


―――溺死、だ








どうにもこうにも、嫌な予感がして 実家に戻るゾロに付いてきてしまった
集まってくる親戚に一体どう紹介するつもりなのか、とかいろいろと頭を悩ませる問題はあるはずだけど、
別段文句を言うこともなく、ゾロはサンジを伴って帰途に着いた
父親が死んだことで少しは気落ちしているのだろうか
だとすれば、一緒についていてやりたい
人目を憚らねばいけない関係とはいえ、自分は、ゾロの 恋人、なのだから。
そんな事を考えて、駅から家に向かうタクシーの後部座席に腰を落ち着かせていたサンジの耳に
ゾロの声が聞こえる
「あれだ」
示された家を見て、サンジは窓にへばりついた
「あれ?!」
驚き顔で振り返るサンジに向かって、ゾロが そうだ、と頷く
(豪邸じゃないか)
え・・・じゃぁ、もしかしてゾロって、跡継ぎ・・とかいうやつ?
こくん、と小さく唾を呑んで隣の男を観察する
早朝に出てきたからまだ眠い、と あくびをするゾロからは意図するものは感じられない
――俺・・・こいつの恋人、やってていいんだろうか
大学で知り合った、普通の学生だと思っていた男。
ゾロが何も言わないから、これでいいんだと思っていた、けど・・
(後継者問題とか、出てくるんじゃないの)
サンジの落ち着かない心中を余所に、タクシーは音もなくスムーズに門の前に停まった






「おかえりなさいませ」
家族の居ないゾロを出迎えたのは、所謂 執事と呼ばれる人間だった
(うっわぁー、俺 場違い!)
目を丸くして見つめる自分を絶対不審に思ったに違いない執事は できた執事なのか表情を変えずに
「お客様ですか?」 とゾロに尋ねた
対するゾロも、サンジの戸惑いなど気にも掛けずに 連れだから自分の部屋でいい、と
客室の用意を断っている
(ちょっと待て!変だろう?それ変じゃねぇ?おまえの部屋にはベッドが二つあるのかよ!)
執事とゾロの顔を見比べて あわあわするサンジを蚊帳の外に話が先へと進んでいく
口を挟む隙もなく話がまとまり、連れて行かれたゾロの部屋はやっぱり予想通り、広くて豪華だけれども
ベッドは一つしか置いてなくて
「っどういうつもりだよ、どう考えたって変じゃないか!」 とサンジはそれまでの困惑を爆発させた


「何が」
着ていた上着を無造作に椅子へと放り投げ、すたすたとベッドに向かいながらゾロが言う
「こんなに沢山部屋がある家で いくらダチだからって同じベッドで寝るのは変じゃないか」
その後をついて歩きながらゾロの背中に文句をぶつける
「そこのソファーで寝たとか言う?それ変じゃねぇ?だって、他に部屋はたくさんあるのに、うわっ!?」
どさり、とベッドに寝ころぶゾロがサンジの腕を掴んだものだから、
勢いのついた体重を支えきれずに一緒にベッドへと沈む
ゾロの腕の中へ飛び込む形になったサンジが慌てて起き上がろうと腕をつく前に、
ぐい、と背に腕を回されてしまった
「っちょ、何す・・・」
こういう事すんの、まずいって!と慌てるサンジを尻目にゾロの腕がシャツを引き抜こうとしている
「やめろって!・・ちょ、待てよ。話を、聞け・・って・・・ゾ、ろ・・・」
話をしようと逆らった事でゾロの欲望に火を付けてしまったらしい
(あぁ、ダメだ・・、流されちまう)
強引なゾロに甘いのは、惚れた弱みってやつだろうか
とりあえず、ここは、ゾロの家。 さっき、部屋に入った時に鍵だって掛けた。
(優秀な執事なら そんな部屋には入ってこないだろ)
咄嗟にそこまで考えたのだから、自分でも動揺してた割には頭が働いてたと思う
結局、サンジは流されるまま、ゾロの意志に従う事に なった―――




「それで。 話、聞く気になった?」
まだ汗も引かないうちに、呼吸を整えながら 改めてサンジが話を切り出す
無言で横たわるゾロの手がくるくると肩を撫でているから、機嫌は悪くないはずなんだけど、と思いながら。
(終わった後も、肌くっつけてるの 好きだよな、コイツ)
2人並ぶと自分の方が甘えたがりだと思われがちだけど、案外ゾロの方が甘えん坊なんじゃないだろうか。
――ゾロは サンジの肌の手触りが好きなのだ、という事実には、サンジはまだ気付いていない
「なぁ・・・こういうの、ヤバイって」
ちょい、と腕をつつきながら、重ねて言うと、視線がちろりとこちらを向いた
「ダチじゃねぇ」
「・・え?」
ぼそりと聞こえた返事は 思ったよりも機嫌がいいわけじゃなさそうだ
「"連れ"だって言ったろ。だから、問題ない」
え・・・えぇー?!
あれって、そういう意味?
目を見開いてあんぐりと口を開けたサンジは驚きのあまり まだ声が出ない
「・・んだよ。違うってのか」
よくないどころか、悪いんじゃないだろうか、と思い当たったのが今頃だというのはサンジにしては鈍かったかもしれない。
というか、機嫌、損ねた原因は俺の"ダチ"発言!?
「え、いやっ、違わないけど!だっておまえ、アレだろ。いいとこのお嬢さんと結婚したりして、跡継ぎとか・・」
ぼすっ、と音がして、言葉を切る
ゾロが足元に転がっていた羽根枕を蹴飛ばした音だ
「おまえ、それ、マジで言ってる?」
「え、」
サンジを見下ろすゾロの目が据わっている。据わりきっている。
「ちょ、まっ・・・」
慌てて腕を突っ張って避けようとするサンジを押さえつけ、低い怒りを滲ませた声でゾロが囁いた
「言ってもわかんないようだから、たっぷり、身体に教えてやるよ」
うそ―――――っ!!!?
サンジがぶんぶんと首を横に振りながら声にならない悲鳴を上げる
だけど、そんなものは、怒りで頭に血が上ったゾロには関係なかった――――






気を失うようにして眠ってしまった恋人を置いて、一人浴室に向かう
当分、馬鹿な事を考える余力も残らないくらいに抱き倒してやった
(余計な事にばっか気を回しすぎなんだ)
遠慮が先に立つのか、サンジはどうも腰がひけがちでムカっ腹が立つ
(常識とか、そんなもんで諦めがつくくらい安い関係なのかよ!)
もっと齧り付いてまで離さねぇってくらいの執着見せてみろってんだ
頭は悪かないし、空気を読むのは上手いくせに、いつまで経っても理解しない
(いや・・・空気を読みすぎる、だけか?)
馬鹿なんだ。
周りの空気を読む前に俺を読め
どっちを優先させるべきか、しっかり叩き込んでやらなきゃな
ゾロが、あまりにも周りを気にせず我が道を進むから、フォローの為にサンジが周りに合わせる術に
長けたのは分かる。でも、それを優先しすぎて自分達の仲を壊すようじゃ、本末転倒だろ。
(そこいらの兼ね合いを 見つけるには、まだ付き合いが短かすぎるか)
知り合って、まだ1年にも満たないのだから、そこまで要求するのは酷かも知れない
これから、じっくり教え込まないとな
手放すつもりなんかない
時間はまだまだ、たっぷりあるんだ

部屋に残してきたサンジの事で頭がいっぱいだったゾロは、その異変に気付くのに遅れた
バスタブに背を向けてシャワーを浴びるゾロの背後で、ぽとり、と水滴が落ちる
天井から滴るように流れて落ちるそれはバスタブに張られた湯の中に溶けるように混ざり込む

こぷ、と音を立てて水面が波打った
だが シャワーを浴びるゾロの耳には水音が邪魔して届かない
浴槽から滑り出た湯がじわじわと傾斜に逆らってゾロの足元へと忍び寄る
ぴちゃ
と かかとに触れた液体の感触に違和感を感じたゾロが、足元に目をやった瞬間、
浴槽に溜められていた液体が ぐわりと壁のように盛り上がった
「な・・っ!」
振り返ったゾロの視界いっぱいに水の壁が広がる
思わず出した腕は、水を突き抜け 壁を阻む役割を果たさない
咄嗟に、ゾロの取れた行動は、それ以外役に立ちそうにない腕で口を塞ぐ事だけだった


塞いでいるおかげで 口への侵入は免れているとはいえ、それは微々たる抵抗でしかない
全身を覆う水がゾロの身体を湯船の中に引き込もうとする
その動きに逆らって足が液体を蹴っても、水壁に穴があくだけで少しも手応えがなかった
浴槽を蹴飛ばす足が湯で包まれる
もう ゾロの身体を支えるものは何も無かった

がぼっ、とゾロの口から酸素の塊が漏れた
口元を離れた手が湯から逃れようと藻掻く
その隙を縫って全身を覆う液体が口腔から体内への侵入を計る
首を振っても纏い付く液体を払うには 少々の抵抗では及びも付かず――
(あぁ、おやじ達は、こうやって、死んだ、のか)
遠ざかる意識の中、妙に納得する
――あいつ、部屋に一人、残して来ちまった・・・
まだベッドで眠っているだろうサンジの事を思ったのを最後に、ゾロの意識は途絶えた






気がついたら、まっぱのまま、浴室の床に寝かされていた
ゲホッ、と溜まった湯を、口から吐き出す
なんで、と思う前に、目にいっぱい涙を溜めたサンジの顔が視界に入る
「ばかっ!」
心配を口にする前に、頭ごなしに怒鳴りつけられる
いや、心配するあまり、と言ったほうが正解か
「気をつけてって言っただろう!?」
けほけほと、湯を吐き出しながら、掠れた声で反論する
「や・・・だって、俺 心臓悪くないし」
その言葉でいつもはゾロに甘いサンジが目をつり上げた
「だからっ!そういう問題じゃないって言ったじゃないか!また話半分にしか聞いてなかったんだろっ
こういうのが続くって事は絶対何かあるんだ、危ないからこの家の浴室は使うなって言ったじゃないか!」
そうだっけ、と霞んではっきりしない頭で思い返す
昨夜、そういえば下宿を出る前にサンジがなんだかしつこく何か言ってたような気がする
そのサンジの体を弄るのに夢中でよく聞かずに うんうんと頷いた・・・よう、な・・・
「あー、悪い。あんま聞いてなかった」
ようやく普通に出るようになった声で しれっとそう言ったゾロはガツンと頭を殴られて目を白黒させた
何すんだ!と文句を言おうとして絶句する
「し、心配っ、したんだ、からな!」
寝かされたゾロのすぐ隣で座り込むサンジが盛大にぼろぼろと涙を零している
「おい、」
思わず掛けた声は自分でも驚くほど動揺を表して慌てていた
「このまま、息が戻らなかったら、どうしよ、う・・って」
起き上がって肩を抱いてやろうとして、体にまだ力が入らない事に気付いて舌打ちする
しかたなく、腕を伸ばして座るサンジの体を引き寄せた
引かれるまま ゾロの上に倒れ込んだサンジが 覆い被さるような形で縋り付く
「俺の、目の 届かないとこで、勝手にっ 溺れるなっ」
むちゃくちゃを言うサンジの首の後ろへと手を伸ばして、髪を撫でながら顔を引き上げる
「悪かったって」
謝罪の言葉を述べながら、その額、頬、涙を零す瞼へといくつものキスを与える
「次から気をつける。なぁ、泣きやめよ」
キスなんかで、誤魔化されないからな!と文句を言おうと開いたサンジの唇に喰らい付く
「んんっ、んー!」
文句は くぐもった音にしかならない
藻掻く様子が ベッドで抵抗する時を思い出させて 喉の奥で笑ってサンジの腰へと手を伸ばした
「んんん―――っ!!」
あんまり必死で喚くから、少しだけ唇を解放してやる
ぷは、と不足した酸素を必死で取り込んだサンジが喚く
「溺れたとこだってのに、何考えてんだよっ」
「セックス」
「んなっ!!」
真っ赤な顔で 予想どおりの文句を叫ぶから、余計にからかってみたくなって、直球で言ってやる
怒りと羞恥で固まってしまったサンジと体の位置を入れ替えて組み敷く
「や、だって」
腕で体を押しのけようといつになく頑張って抵抗するから却ってその気になってしまった
(からかうだけのつもりだったけど・・・)
よく、死にかけた場所でそんな気になるな、俺 ヤだよ、と零すサンジの唇に顔を寄せながら

ばぁか、嫌な思い出からいい思い出に変えてやるから抵抗すんな

そう言って、小さく口づけると、真っ赤な顔で大人しくなった恋人の身体へと微笑みながら手を伸ばした




END




















このゾロ、心臓強え!!
いや、普通ここまで不幸が続いたら自分の神経のがもたないって!
すげえなゾロ!豪胆だな。んでもって、悪運強いゾロだ!!
よかった〜サンジがいてくれて(><)
何より、サンジをGETできたことが君の最大の幸運だよ。
悪運強いゾロ様に幸あれ!!
浴室の魔物は、これからもロロノア家を襲うかもしれないけど、サンジがいれば大丈夫。
さすがサンジェル!(話が違う方向に行っている)
サスペンス・ホラータッチな悪ゾロ様、ありがとうございますv


浴室