
「そうそう、背筋を伸ばして腰を引いて。そう、スタイルがいいんだから姿勢を正さなきゃ勿体無いわ」
Pのアドバイスを素直に聞き入れ、サンジはポーズをつけることに徐々に慣れてきた。
「ようし、じゃあ最後にこの衣装ね」
Pが掲げたのは、白い襟が目立つ緋色の襦袢だった。
「え?着物」
「そうよ、色々やってみなきゃ」
さすがに引いたサンジを急かして、ほとんど追い剥ぎのようにスーツを脱がしていく。
「あ、あのPさん、俺自分で脱ぎますから」
「なに照れてんの。ほらこれ肩から引っ掛けて」
申し訳程度に帯を結ばれてはいるが、胸元は広く開いてだらしない格好だ。
これでどうしろというのかと戸惑いつつ、襟元を手で合わせながらセットに乗る。
大きな布地を掛けたステージに、そのまま横になるよう指示された。
「仰向きになって、そう。片手を曲げて上げて」
Pに促されるまま、寝そべって片手を上げた。
着物をあれこれと肌蹴させて、周囲に白い花を巻いていく。
「これも薔薇ですか?」
「そうよ、白の木香薔薇。素朴で可愛いでしょ」
Pは真面目な顔付きでサンジの着物を触っているが、どうも片乳がちら見えしているようで落ち着かない。
しかも片足を上げろと指示され、着物の裾を割ってにょきりと膝頭が覗いた。
太股まで丸見えではないだろうか。
なのにPは、そんなサンジの姿を上から見下ろして満足気に頷いている。
「やっぱり、その白い肌に緋襦袢がよく映えるわあ」
「エロっぽいねえ」
横からAが顔を出すと、途端にサンジの表情がむっとする。
「ああダメよA、顔出さないでちょうだい。サンジ君、私の指を見て」
Pの言うことは素直に聞くから、サンジは視線だけ動かした。
「想像してみてちょうだい。ちょうどこの辺りに、男が一人立ってるの」
「男?」
途端にまた眉間に皺が寄った。
あからさま過ぎて失笑が漏れる。
「そうよ、背が高くてがっちりとして、肌は浅黒くゴツゴツした指をしているわ」
不意に、サンジの脳裏に誰かが映った。
「その人は酷く冷たい目で、貴方を見下ろしているの。まるで道端に捨てられたゴミを見ているみたいに」
感情のこもらない、ただモノを見るだけのような冷たい視線で。
あの指は、あの手は、あまりにも優しく穏やかだったのに。
「はい、OK!」
Aの声で、はっと我に返った。
Pがパンパンと手を叩いている。
「すっごくよかったわ、お疲れ様」
「お疲れ様じゃったのう」
サンジはがばりと身を起こし、取り囲む皆を見渡した。
「え、終わったの?」
「うん、いいのが撮れたよ。今回俺の出る幕ないじゃん」
「さすがPじゃの」
これで撮影終了なのだろうか。
綺麗なPさんと楽しく喋ってただけで、終わっちゃっていいのか。
「この調子で、次回もお願いするよ」
「いいわよ」
AとPの会話の間に、サンジが割って入った。
「ちょっと待って、次回って?」
「ああ、今度からPもDVDの撮影に立ち会うから」
こともなげに言われ、サンジはええええっと奇声を上げた。
「ちょっと待ってなんで?なんで女の人が立ち会うの?」
「元々次回からスタジオで撮影の予定だったし、Pは専属のつもりだったから」
「えー!ちょっと待って、えー」
もはやサンジはパニックだ。
あれは、男に見られているだけだから耐えられたのに、まさかそんな。
あんな痴態を女性に見られるだなんて!
「恥ずかしがらなくてもいいのよ、私だってこんな仕事毎回受けてるわけじゃないけど、フィルム見て
すっごくやる気になっちゃったの」
「フィ・・・ルム?」
青褪めたまま引き攣ったサンジに、Pがにっこりと笑いかける。
「試写会、私も当然見たわよ。すっごくよかったわ〜」
「ひええええええええっ」
サンジはその場で転げまわりそうになって、着物の裾を掴んだままへたりこんだ。
こんな綺麗なお姉さまに、男に掘られている場面を見られたなんて、切腹ものだ!
「あのーもしもし?」
Aがサンジの側にしゃがみこみ、申し訳なさそうにその肩を軽く叩く。
「ごめん、言ってなかったんだけど、今度のDVDの予約者の約8割は、女性だから」
「―――は・・・」
ギギギと音がしそうなほどぎこちない動きで首を巡らしたサンジの瞳孔は、開いていた。
聞いてないよう聞いてない。
だってエロDVDじゃねえか。
男が男にヤラレルDVDなんて、変態男しか見ないんじゃないだろうか。
なんで世の麗しいレディがそんなの見たがるんだよう。
「ごめんねえ、時代のニーズって言うか、ねえ。ほら、需要と供給があってこそ成り立つて言うかあ」
「買ってくださるお客様がいてこそよ、サンジ君」
「そうじゃ、プロというのはそういうものじゃ」
よってたかって言い聞かされたって、はいそうですかと納得できない。
今度から、そのカメラの向こうにレディがいると意識しちゃったら、それこそ恥ずかしさで死んでしまう。
「そんな・・・そん・・・」
「誰に売れようが、あんたには関係ないはずだ。そうだろうヤラレ屋」
ずっと黙っていたLが口を開いて、止めを刺してくれた。
ヤラレ屋ってあんまりじゃんと、A達の総突っ込みが入る。
でも問題はそこじゃない。
襦袢の肩を肌蹴させたままがっくりと打ちひしがれたサンジの背中を、Aは元気付けるように叩いた。
「まあ、そういうことで。そんだけ人気になったデモテープだけ見てみなよ、ね」
サンジは俯いたまま、ゆるゆると首を振る。
デモテープだって、きっとあられもない姿が映っているのだ。
しかもそんな姿をレディが見て、注文してくれたのだ。
ああ、穴があったら入りたい・・・
「大丈夫だって、デモは最初にインタビューした模様を納めただけだから、ホラ」
ノートパソコンの向きを変えて、画面を映した。
唐突にそれは始まる。
―――名前は?
「サンジ」
―――いくつ?
「今?19」
「うわわわわわわ」
気恥ずかしさに喚きだしたサンジを、Bが後ろから羽交い絞めて口を押さえた。
―――こういうの、初めて?
「まあね」
なんてこった!
画面の中の自分は、余裕こいて受け答えしてるように見せて、その実まったく落ち着きがなかった。
表情は硬いし目は泳いでるし、足先はぶらついて指だって不必要に動いている。
なんでもないよってかっこつけて虚勢を張っているのが見え見えで、痛々しいくらいだ。
―――カメラって、怖え
モノを言わなくても、何もかもを見透かすみたいに映しこんでいる。
誰が見たって、ここにいるのは未経験の初心な素人だ。
これからどんなことをされるのかわからなくて怯えて、それでも見栄を張ってる哀れな子羊だ。
サンジは観念して首をうな垂れた。
Bが後ろからの拘束を解く。
「ね、たいしたことないでしょ。エロい場面は映ってないし」
Aが慰めるように言っても、頷くことすらできやしない。
「だから演技しなくっていいって言ったんだ。君はそのままで充分魅力的なんだから、俺らを、そして
P達女性をも魅了する小悪魔さ」
Aの言葉が、更にサンジの傷口に潮を塗りこめる。
「まあ、そういう訳だから。日曜日よろしく」
「・・・はい・・・」
サンジは消沈したままモソモソと着替えを済ませた。
Pは手早く衣装を片付け、次の撮影があるからと颯爽とスタジオを出て行った。
「仕事に男も女もないからね、Pは一流の職人だし俺らも最高の素材としてサンちゃんを選んだんだ。
同情はするけど妥協はしないよ」
「―――はい」
サンジは進められたイスに座って、しょんぼりと頭を垂れた。
勿論、反論することはできない。
これは仕事として、サンジ自身が引き受けたことだ。
サンジに選択の余地はない。
「あ、そうだ。DVDねえ、昨日発売だったから」
「え!」
またまた吃驚して、弾かれたように顔を上げた。
完成したんだから発売はするだろうが、それでも本当に売れたことが信じられない。
「予約数目処にしたからでもあるけど、即日完売。配当金を今日振り込んでおいたから確認しておいて。
アンケートもつけてるし、ニーズによって今後の傾向も変わってくるかも」
「ア・・・アンケートぉ?」
あんなDVDにどんな感想が寄せられるというのか!
「これがそうだよ、サンちゃんの分」
差し出されて、条件反射で受け取った。
一面青色のみのパッケージ。
よく見れば、同色の曲線のようなものが入っているが、全体的にフィーリングミュージックのCDの
ような印象を受ける。
まさかこれが、男同士のDVDだとは思うまい。
「女性もユーザーだから、こんなデザインなんですか?」
「それもあるけど、元々俺らは普通のアダルトAVを目指して作ってるんじゃないから。あくまで
芸術性を重視しててね」
男同士で芸術もクソもあるか!
内心で悪態をつきつつ、嫌そうにDVDを摘んだ。
「これ、貰わなきゃダメですか」
「そりゃあそうだろ、まあいらなかったらオークションに出したら、高く売れるかもね」
「嫌です」
きっぱり言い切ったら、また低い声で笑われた。
どう転んでも恥を掻くのはサンジばかりだ。
でも仕方ない、こんな楽な仕事で金を貰ってるんだから不満を言えば罰が当たる。
「俺らは後片付けしてから帰るから、一人で帰れるかな。エレベーターで1階まで降りて、玄関出て左に
向かって歩くと地下鉄の駅がある」
「わかりました」
「どこかの誰かさんと違って、物分りがよくていいのう」
Kの言葉に、どっと笑いが漏れる。
どうやらZのことらしい。
「日曜日の撮影は、ここで行うから。10時までに来てくれ」
さすがに硬い表情になって、それでも殊勝に頷いた。
仕事仕事、金かねカネと脳内で唱える。
「お疲れ様でした」
「お疲れ」
きっちりと挨拶をして、スタジオを後にした。
帰り際、ATMで振込みの確認をする。
思った以上の額が振り込まれていて、驚きながらもありがたく貰うことにした。
早速、前金の分も含めて一括で別の口座へと振り込む。
たちまち残額が5桁になったが、もうすぐバイトの収入が入るからしのげるだろう。
サンジはため息をつきつつも気を引き締めて、次のバイト先へと足早で向かった。
