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「ご予約のロロノア・ゾロ様ですね、どうぞこちらへ」
受付嬢に案内されて、応接間に通される。
小さいが座り心地のいいソファに腰掛けると途端に眠くなるのは、悪癖というものか。
半眼のまま腕を組んでしばし待てば、ノックの音と共に調査員が姿を現した。
「この度はポートガス・リサーチにご依頼いただき、ありがとうございます」
仕立てのいいスーツに身を包み、営業スマイルを湛えながら軽く会釈してから向かいに座る。
「ご用件は、お電話で承った内容から変更ございませんか」
ゾロが頷くと同時にノックの音がして、事務の女性が入ってきた。
テーブルにお茶を置いている間、お互いに黙って座っている。
女性が部屋を出て行ってしまってからもたっぷり1分間は沈黙を守り、ゾロは湯飲みに手を伸ばした。

「“仕事”の後にこうして顔を合わせるのは反則だとか、言わないのか」
「言いたいところだけど、これもビジネスだからね」
急に砕けた口調になって、大きく足を組みソファに凭れた。
「仕事辞めたんだって?この不景気に大変だなあ」
「そう思うなら、お前から執り成してくれ」
「ご冗談を」
エースも一口茶を飲んで、ふふと含み笑いをした。
「婚約直前に別れ話になったからって、逆上して手を回した訳じゃねえだろ」
「ああ、辞めたのは一身上の都合だ」
「どちらにしろ、取引先の社長令嬢を振った男を部署に留まらせる訳にはいかなかっただろうな」
「他に当てはある。心配には及ばん」
「誰も心配なんかしてねえよ」
急にぞんざいな口調になって、乱暴に茶托に戻した。
「まさか、全部おシャカにするのがゾロだとは思ってなかった」
ゾロは黙って、片方の眉だけを上げる。
「お前は知らなかったろうが、配布したDVDには映像に全部シリアルナンバーが隠してあったんだよ。
 万が一流出しても犯人がわかるようにな」
「なるほど」
ふっと口端が笑いの形に歪む。
「用意周到なこった」
「ネットに画像流したの、お前だなゾロ」
黙ったまま答えず、ずずっと茶を啜る。

「お陰で第4弾の配布がパアだ。折角の傑作がお蔵入りで・・・」
「配当金はあったじゃねえか」
「前払いだったもんよ」
それは詐欺じゃないのか?とは、お互いに突っ込まない。
「その後始末が大変だったんだぜ、俺んとこまで依頼が来るからな。『ローズ・カンパニーって会社を
 突き止めて、発行予定だった第4弾をなんとしてでも探してください』って、そりゃあもう皆さん必死。
 うちの調査能力にも限界がありますんでって、その度丁重にお断りしてっけど」
「よく刑事事件にならないな」
ゾロは他人事のように感心している。
「幸い、誰も警察には訴えないんだよ。支払った代金を取り戻したいつうより、幻になった第4弾DVDを
 手に入れたいってのが本音らしくって。その分切実だよな」
エースもしれっと答えてから、いやそうじゃなくてと話を戻す。
「放っといてもあれでてめえの仕事終了だったのに、なんでその先の計画までぶっ潰して、その勢いで
 別れ話にまで発展したかなあ」
「てめえにとっちゃ、結果オーライだろう」
少し低い声音に、エースは顔を上げてまじまじとゾロを見た。
「なに?」
「駅であいつが迷ってんのを、背中を押すつもりで携帯で足止め掛けやがったのはてめえだろうが」
「―――」
口元に手を当てて、思案気に宙を睨む。
ゾロは茶を飲み干して、湯飲みを置いた。
「じゃあな、依頼の件は任した」
「誠心誠意、努めさせていただきます」
急にしおらしく頭を下げて、二人同じタイミングで立ち上がる。


「また俺達が何かしでかすとしても、金輪際お前には声掛けねえよ」
「そうしてくれ」
戸口まで送りながら、エースはふっと声に出して笑った。
「なんだ?」
「いやあ」
黒い瞳が悪戯っぽくきらめく。
「義弟(おとうと)に、なり損ねたなあってさ」
ゾロは真顔のままパチクリと瞬きした。
「・・・なりたかったのか?」
「全然」
エースも真顔で答え、すぐに破顔してくっくと喉の奥で笑った。












同じ空なのに、日本で目にする青と違って見えるのはなぜだろう。
サンジは広い空に向かって煙草を吹かしながら、ぼんやりとそんなことを思った。
乾いた風が肌に心地よく、のどかな風景は否が応でも気持ちをのんびりとさせて、日本であくせく
働いていたのが嘘のような穏やかさだ。
けれど、仕事は忙しい。
時間に余裕がない訳ではないが、常に気を配りアンテナを研ぎ澄まして、先輩達の技術を盗むのに大忙しだ。
まさに日々修行。
余所事を考えている暇もないほど充実した毎日。

「サンジ」
同僚に呼び止められ、携帯灰皿に煙草を揉み消した。
「手紙が届いてるぞ」
「ありがとう」
差出人はウソップだ。
今住んでいるアパルトメントはいつ引っ越すかわからないから、店の住所を知らせていた。
まだ休憩時間が過ぎるのには間があると、その場で封を切る。
ウソップらしい賑やかな筆致で、近況が綴られていた。
カヤの容態が安定したら退院できると、踊るような文字で書かれている。
「よかった」
サンジは一人呟いて、その手紙を大切に胸に抱いた。

失ったものは多かったけれど、得たものも少なくない。
今になって思えば、まるで現実感を伴わない数ヶ月だった。
Aから謎めいたメールを受け取って以降、ピタリと連絡が途絶えた。
口座には今までで一番高い配当金が振り込まれていたが、それきりサンジから連絡を取ろうにも繋がらない。
携帯からでしかAへの連絡方法を知らず、次の仕事の断ろうと決意しても動きが取れなくて、意を
決してZの勤務先らしかった会社へと出向いた。
受付嬢に「ロロノア」の名前を出して尋ねてみたところ、ソツのない笑みを浮かべて「現在、当社には
在籍しておりません」と答えられ、頭が真っ白になった。
スタジオに問い合わせてもお答えできませんの一点張りだし、貰ったDVDの連絡先も不通になっていて
その会社自体の存在すら確認できなかった。
まるで狐につままれたかのようだ。
口座に残った高額の現金だけが、すべては夢じゃなかったことを証明してくれている。

そこまでして初めて、もしかしたら自分はもう自由なんじゃないかと気付いた。
そうして、後ろ髪が引かれる想いを残したまま、住まいを引き払って身一つで飛行機に飛び乗り日本を
後にしたのは数ヶ月前。
ゼフが教えてくれた住所を頼りにいくつかの店を巡り、ようやくフランスの片田舎で働く場所を見つけた。
今は一心不乱に、料理のことだけを考えて暮らしている。

こんな風に、忙しくも心穏やかな日々をもう一度過ごせるとは思ってもいなかった。
自分が出演したDVDは未だに誰かの手元にあるだろうし、他人の記憶に残った痴態は消しようもない。
思い出す度に羞恥に苛まされて眠れない夜もあるけれど、自分が引き起こしたことの責任は自覚して
いるつもりだ。
後悔に押し潰されるほど弱くはない。
サンジ自身が何らかの変化を帯びたのか、こちらに来てから頻繁に男からの誘いが増えた。
そういう国柄かとも思うが、すべて丁重にお断りして上手にはぐらかす術も身に付けた。
Zを思い出しては自分を慰めるのも、日常になりつつある。
この先もずっとそうかもしれない。
それでもいいと、もはや諦めの境地だ。


なだらかな丘陵を、一台のタクシーがこちらに向かって走ってきた。
遠方からわざわざ車を飛ばして食事しに来る客も多いが、ディナータイムにはまだ早い。
サンジはポケットに手紙を仕舞い、到着の早い予約客かと目を凝らした。
「あ・・・」
降り立った男のシルエットに目を疑い、呆然と口を開けたままその場に立ち竦んだ。
毎夜想い出し夢見るほど焦がれ、二度と会えないと諦めた男が、すぐ目の前にいる。

「なんで」
走り去るタクシーを背に、相変わらず取り澄ました表情でZが立っていた。
「腕利きの調査会社に、居場所を調べさせた」
「いや、どうやってって意味じゃなく・・・」
なんで来たんだと、聞きたいのにうまく言葉が出て来ない。
「なんでだろうな」
どこまでも他人事みたいに淡々と、けれどどこか嬉しそうにZは呟く。
「なんで会いたいと思ったのかはわからんが、それもお前が言う“不思議”って奴じゃないのか」
「会いたい?」
「お前に、会いたかった」
真っ直ぐな瞳で見詰められ、これこそが夢だと確信しそうになる。
「・・・ゼッ」
「ゾロだ」
ゾロ、と声に出して呟き、サンジは躊躇いなくその腕に飛び込んだ。
もしも夢なら覚めないで欲しいし、夢でないなら捕まえたい。
サンジのそんな想いを受け止めるかのように、ゾロはしっかりと抱き締める。
「俺の方が聞きてえよ、なんでお前に会いたかったのか」
まだ自分の感情を理解できないのかゾロは不満そうに口を尖らせ、サンジの額にキスを施した。
「会っただけじゃ足りそうにねえ、これからは仕事抜きでやらせろ」
「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎」

背後でスタッフの冷やかしが飛んだが、サンジの耳にはもう届かなかった。
過去も経緯も真実も関係なく、ただゾロの温もりと力強さと、今ここに居ることがすべて。
「会いたかった」
想いを込めてそう告げれば、ゾロはようやく柔らかな微笑を浮かべた。













“Rose”Project member

■ポートガス・D・エース
 グランドライン財閥の御曹司。ポートガス・リサーチ社を経営。

■ポーラ
 フラワーデザイナー。現在、ニューヨークを拠点に活動。

■トラファルガー・ロー
 動物写真家。路地裏の猫からサバンナの野生動物まで、世界を股に駆けて活躍中。

■カク
 建築家。大学で建築学の講義も行っている。

■ブルーノ
 ショットバーのマスター。

■ロブ・ルッチ
 縄師。どこでも出張可能。
 
■ロロノア・ゾロ
 化粧品会社に転職。そのまま南仏に転勤。

■サンジ
 南仏の、とあるレストランにて修行中。



END (2010.3.2)