帰らずの森と言う
一度足を踏み入れた者は、二度と帰って来ないと言われる魔の森




「そんなとこに好んで足を踏み入れるのは、力自慢の馬鹿かトラブル好きの愚か者よ、
 お宝がある訳じゃあるまいし・・・」
そうばっさり切って除けたナミの隣で船長はグルグル巻きにされていた。
「冒険―、冒険がオレを呼んでる―――っ」
「馬鹿言ってんじゃないの!どうせこの島のログは半日で溜まるんだから、ちょっと大人しく
 してなさい!もう面倒ごとを持ち込まないで!」
「ナミさ〜んv買い出し終わったよ」
「ご苦労様、町が近いから楽に行けたみたいね」
「こじんまりしててあんまり選択の余地がなかったからなあ。町まで一本道だし、辺鄙な田舎
 だから海軍の姿も手配書もねえし・・・」
「おどろおどろしい伝説の森があっても、滞在時間が半日じゃあ、旅人が森に呑まれるって話も
 あまりないみたいね」
「んじゃ、そろそろ出発しましょうか」

運び終えた荷物を収納し、出航の準備を始めたところでナミはふと手を止めた。
「・・・ところで、ゾロは?」
「さっき町ん中ぶらついてみるって、言ってたぞ」
「町では見かけなかったぞ」
「・・・」

まーた迷ってんじゃないの?なんて軽口は誰も叩かなかった。
それが真実だと気付いているから。

「ったくもー!!しょうがないわね。じゃんけ〜ん」
ポン!っといきなりの掛け声にもルフィ以外全員反応して、迷子捕獲係が決定した。








「ったく・・・手間掛けさせやがって―――」

昼なお暗い森の中をサンジはぼやきながらブラブラと歩いた。
途中立ち止まり、煙草に火を点ける。
マッチの灯りで一瞬周りが照らし出されるほど、暗い森だ。
「マリモじゃなくても、迷い込んだら出られなくなりそうな森だよな」
暗いし静かだし、同じような木が鬱蒼と生い茂って、獣道が縦横無尽についている。
遭難者があちこち歩き回った果てについたシロモノか、それともケモノがたくさん住んでいるのか。
「それにしちゃあ、動物の気配がないんだよな」
独り言でも呟かなければやってられない不気味さだ。
別に怖いとは思わないが、賑やかな場所で育って来たサンジにとって暗闇と静寂にはあまり
いい思い出がない。

「おーい、迷子腹巻。怒らないから出ておいで〜」
ほーほーと鳥でも呼ぶみたいに声を上げた。
「泣きべそかいて寝てんじゃねえだろうなあ。お家はこっちだぞー」
茶化した声も木々の合間に吸い込まれるみたいに消えて行く。
しん、と音までしそうでサンジは舌打ちした。
「ったく、ガキじゃねえんだから、遅れりゃ泳いで追っ掛けてくんだろう。馬鹿馬鹿しい」
探索を早々に諦めて、くるりと踵を返した。
が、目の前に広がる光景はさっきまで目にしていたものとまったく同じだ。
「?」
くるんと振り返り、左右も見比べる。
うわあ、全部同じ風景に見える。
―――もしかして、俺も迷子?

状況としては最悪だ。
まだ日は高いはずなのに、足元は影ばかりで方向も確認できない。
風が吹かないから木々もざわめかず、匂いも淀んでいるようだ。
「まいったな」
目印にとポキポキ折って来た小枝が、ぐるりと一周していた。
踏み込む時点でどうやら方向を誤ったようだ。

「くそー、みっともねえ」
同じ場所を通っていたと気付かなかったのは失態だった。
それにしても、森の入り口からこれほど遠ざかるくらい歩いてきただろうか。
ナミから借りた磁石を懐から出して眺める。
針が上を向いたきりクルクルと回っている。
「磁場が狂ってやがる」
サンジは諦めてまたタバコを取り出した。

火を点けようとして、ふと気配を感じて顔を上げる。
木立の向こうに、ひっそりと女が立っていた。




白い肌に黒く長い髪。
無地の布を身体に巻きつけるような服を着ている。
切れ長の目がどきりとするほど艶っぽく、かえって寒気を感じるほどの美貌だ。

「お、嬢さん!こんなところにお一人で!」
実際にはお嬢さんと呼べるほど幼い年齢には見えない。
かといって老けているわけでもない、年齢不詳の美女。
女は目元だけで笑った。
「私、この森に迷い込んでしまいましたの」
落ち着いた声だ。
状況と声音と仕種の伴わない、ちぐはぐな雰囲気の中にあってサンジは自分のペースを
取り戻せないまま女の元に駆け寄る。

「大丈夫、僕が側にいればもう安心です。この森にも感謝しなければ、こうして貴女と運命的な
 出会いができたーっ」
それでも目をハートにしてくるくる舞うサンジに、女は嬉しげに目を細める。
「私も貴方とお会い出来てよかった。頼もしいわ」
そう言ってサンジにしな垂れかかってくる。
むはーと鼻息を荒くついて、サンジはおずおずとか細い背中に手を回した。
「大丈夫、僕が必ず貴女を家に連れ帰ってあげます」
女の肌はひんやりと冷たく、透き通るように白い。






迷子のマリモのことなどすっかり忘れて、サンジは女と連れ立って森の中を歩いた。
迷ったと言っておきながら、女の足はまるで目的があるかのように早い。
「いけませんよレディ、迷った時に無闇に歩いては」
「ええ、でもこちらで水音を聞いた気がしたものですから」
などと言ってサンジの手を繋いだままぐいぐい引っ張るように森の奥深くへと進む。

さすがのサンジも、目の前の女が常人ではないことは気付いていた。
がしかし、ここがサンジの弱いところで、いくら得体の知れない相手と思っても、女の形をしていると
無下にできない。

―――まあいざとなったら当て身をして逃げればいい。
他に仲間がいる気配はないし、女性の細腕で自分に何ができるかと言う油断もあった。


「水音は、聞こえませんよレディ・・・」
そう言って立ち止まりかけた時、不意に自分の手首に何かが絡み付く感触があって前を向いた。
女の姿がない。
驚く間もなく身体が引っ張られた。
まるで他人のもののように、手足が意図せぬ方向へとたぐり寄せられる。

「なにっ」
肌にねとっとした感触が残る。
よく見れば透明に近い細い糸が、無数に手首やスーツの袖に絡み付いている。
「うわっ」
気色悪くて振り払おうともがくのに、がっちり絡まって動かすことさえできない。
しゅるしゅると音がなり、気付けば両脚にもそれぞれ糸が伸ばされ、まるで大の字のように
中空に貼り付けられた。

「レ、レディ?!」
いつの間に現れたか、先程消えたと思った場所に女が立っている。
至極満足そうに笑みを浮かべて。



「ふふふ、嬉しい。綺麗な蝶がかかったわ」
「へ?」
「綺麗なきんいろ。私、綺麗なもの大好き」
レディの美しさには敵いませんよう〜と言いかけて気を引き締める。
そんな戯れを言っている場合じゃない。
明らかに自分は捕まってしまった。
「レディ、冗談はやめて助けてください。一緒に森を出ましょう」
「いやよ、せっかく捕まえたのに」
しゅるりと、女の長い服の袖から透明な糸が新たに伸び出た。
「レディ、もしかして―――」
「ふふ、私の獲物v ゆっくり味わって食べたいとこだけど・・・」
くすりと口元を抑えて忍び笑いを漏らす。

「駄目なの、貴方を最初に望んだのはこの人だから、約束は守らないと・・・」
女がすっと滑るように身を引いた。
その後ろに、最初の目的であったはずの迷子のマリモ剣士がいた。







「なにしてやがんだ、この迷子マリモ!」
サンジは両手を投げ出した状態で叫んだ。
思わぬ美女に出会って当初の目的を失念してはいたが、確かこいつを探すために森に入ったはずだ。
「この野郎、迷子にかこつけて、こーんな薄暗い森でレディにコナかけようとしてやがったな?
 ったく、とんでもねえ!っつうか、何そんなとこでぼさっとしてやがる。さっさと降ろせ!」
サンジが顔を真っ赤にして怒鳴っても、ゾロは涼しい顔で腕組みをしたままだ。
身動きできない姿を面白そうに眺めているようにも見える。
「てめ、ざけんな!なんか言え!」
焦れて足を振り上げようとしたがそれもできなかった。
まさに雁字搦め。
手も足も出ない。

「暴れても無駄よ、余計ひっついちゃうわ」
女の白い指がつい、とサンジの頬を撫でた。
途端、吊り上がっていた眦がだらんと垂れる。
「ああ〜、放してくださいよレディ。俺は貴女から逃げたりしませんから〜」
「ふふ、可愛い」
女はちらりと後方のゾロに視線を流した。
「ね、ちょっと舐めてもいい?」
ゾロは無言のまま、僅かに顎を縦に振る。
これにはサンジがカチンと切れた。
「なーにえらそうに許可してやがんだ!てめえ、何様だあ?」
激昂するサンジを宥めるように、女がその髪を梳く。
殆ど条件反射でサンジはまたふにゃふにゃと相好を崩した。
「そんなあ、な、舐めるだなんて〜vどうせなら、こんな汗臭い筋肉ダルマの見てる前じゃなくて、
 どこか二人で・・・」
サンジの口元が、笑いの形のまま固まり引き攣る。
目の前のたおやかな美女の口がぱかりと裂けた。
涼やかな目元も不自然に縮んだと思ったら、分裂して8つに増える。

「ん、わ――――っ!」
あんまり驚いて、辺り憚らぬ悲鳴を揚げてしまった。
その合間にも、かつて美女だったはずの顔は変形し、巨大な牙がサンジの眼前へと迫る。
「何が舐めるだ、溶かしてんじゃねーぞ。止めろ」
ゾロの声に近付く動きはぴたりと止まった。
するすると造作が元に戻り数秒も立たない内に、目の覚めるような美女が目の前で微笑んでいる。

「あら残念、美味しそうなのに」
サンジは溜め込んでいた息を、思い出したように吐き出した。
絡め取られていなければこの場で崩れ落ちてしまいそうなほどダメージがでかい。
「ごめんなさいね。私みたいな化け物、怖いわよね。嫌よね」
女は辛そうに顔を歪め、鼻を鳴らした。
サンジがはっと我に返る。
「と、とんでもない!何か事情がおありなんでしょう。嫌うなんて、そんなことありえません!」
先程のビビりもなんのその。
すぐさま復活したサンジに、女一瞬ぽかんとした顔をした。
それから口元を袂で隠してけらけらと笑い出す。

「まああ、聞きしに勝るね。なんて凄い人。私こういう人、嫌いじゃないわ」
そう言ってゾロを振り返る。
「美味しそうだけど絶対食べない。けどずっと手元に置いておきたいかも」
「ごたくはいいから、さっさと去れ」
「うふん、残念」
女はくるりと踵を返すと、木立の中へ真っ直ぐに歩いた。
ゾロも当たり前のようにそれについていく。
「ちょ、ちょっと待てコラ!てめえ俺を放しやがれ、つうか、置いていくなよ!二人で何シケ込む気なんだ
 あああっ!」
サンジが喚く声を無視して、ほどなく二人の姿は森に消えた。



「・・・嘘、だろ?」
一人取り残されて、馬鹿みたいに中空で万歳して立ち竦んでいる。
あのレディが只者でないことは確かだが、ゾロは取り込まれてしまったのだろうか。
態度も目付きも普段と変わりなく見えたし、操られているとは考えにくい。
がしかし、仮にも同じ船に乗る仲間が窮地に陥っていると言うのに、それを見捨てるとはどういうことか。
しかもあの二人の雰囲気から察するに、こうなることを予め示し合わせていたような印象を受ける。

「そりゃあ、仲がいいとは言えないけどよ・・・」
同じ船に乗り合わせているというだけで、実際は顔を付き合わせればケンカばかりだ。
本気の殴り合い、蹴り合いだってしょっちゅう仕掛ける。
お互い身体が頑丈なものだから、手加減なしでやりあえるのは結構楽しかったりするのだが・・・
いや待て、楽しいってなんだよ。
内心一人突っ込みでサンジは項垂れた。
何かってえと憎まれ口ばっか叩いてっけど、案外あいつとの付き合いは楽しかったんだがなあ。
そう思っていたのは自分だけだったんだろう。
口うるさく疎ましい奴だと嫌われていたに違いない。
そうでなければ、こんな得体の知れない森の中で、自由を失くし拘束されたままの仲間を見捨てたりなど
するものいか。
厄介払いができたと思っているのかもしれない。
「・・・そんなに、嫌われたかな、俺」
例えば、これがルフィだったら、一も二もなく助けるはずだ。
いやルフィだけじゃない、ウソップだってチョッパーだって、誰だってなんの躊躇いもなくすぐに助け出す。
多分、自分だけが特別で―――
そこまで考えて、ぶんぶんと頭を振った。
助け出すってなんだよ。
別に俺あ、あんな緑カビに助けて欲しいなんて思っちゃいねえぞ。

ただ、こんな状態で置いてけぼりはあんまりだと思っただけだ。
そう、何と言うか常識に反する。
「クソ天然マリモめ、覚えてろよ。帰って来たら飯抜きだ!」
んでもってしばらく口も利いてやらない。
徹底無視を決め込んで、腹が減ろうが喉が乾こうが放っとくのだ。
無論キッチンの酒は一滴たりとも飲ませねえ。
「餓えて渇いて俺の積年の恨みを知れえええ」
別に積年の恨みなどないが、こうなったら憎しみ倍増だ。
元より、性格の合わないいけすかない奴だったから、大嫌い人間bPとしてばっさりと人生から切り捨ててやる。
よくわからない決意を胸に、サンジは吊られた格好で思う限りの呪詛を呟いていた。
闘うしか能のない役立たずめ。
お前なんか酒の変わりに海の水飲んで干乾びてみればいいんだ。
緑ハゲ、筋肉脳ミソ、寝くたれネギ坊主、酒漬け腐乱マリモ・・・
言ってる内に虚しさが込み上げて来た。
どんなに悪態を吐いたって、ゾロがここに再び帰ってくる保証なんてない。
ゾロなんてあてにしないで自力で脱出すべきだろうが、いかんせんまったく身動きが取れなくて完全に
お手上げ状態だ。

「―――助けを待つしか、ねえか」
サンジは力を抜いて自分を縛る糸に寄りかかった。
相当強いのだろう、程よい弾力を持って、受け止められて案外気持ちいい。
ここらで一服したい所だが、なんせ手が自由に動かせないから胸ポケットを探ることすらできない。

あ〜・・・間抜けだ・・・
こんな姿をクルーに発見されるのも嫌だが、仕方ないだろう。
それにしても、腹が立つのは見捨てたゾロだ。



また沸々と腹の底から怒りが湧いてくるのに、ふと空気が変わった気がして顔を上げた。
森がざわめいている。
ざあっと風が吹き上がり、それに釣られるように空を見上げた。
揺れる木々の間から、青い空が垣間見える。
午後の日差しを浴びて、何か小さなものがいくつも、キラキラと輝きながら放射状に跳んでいくのが見えた。

「なんだ?」
やがて風は止み、もとの静寂が訪れた。
しんと静まり返る森の奥から、枯葉や小枝を踏み締める音が聞こえる。
「クソ剣士・・・」
いくらそりが合わなくとも、誰の足音かくらい判別はつく。
どう詰ってやろうかと頭を巡らせてはみたが、正直ほっとしたのも否めない。
ゾロはさっきと同じように無表情な顔付きで近付いて来た。







一人なのを訝しんで、文句より先に疑問が口をついて出る。
「おい、あのレディはどうしたんだ?」
一戦交えたにしては時間が早い。
この早漏野郎とからかうべきか?

「あの女はもういねえ。死んだ」
「―――!んだとお?!」
サンジは目を剥いて怒鳴った。
さっきまでここで、妖艶に笑っていたあの美女が死んだだと?
まさか―――
「てめえ・・・」
ゾロに向けた疑いをすぐに頭の中で払拭する。
いくら化け物でもゾロは女を殺さないだろうと思い込むのは甘いだろうが、あながち間違いではないはずだ。
先程のやりとりもどこか親しげだったし、第一ゾロからは血の匂いがしない。
しかし、ならなぜ?

「ともかく、俺をこっから放せ」
助けろよ、とは口惜しくて言えなかった。
これで懇願しろとか意地の悪いことを言うなら、また自分は反発しててめえになんか助けて欲しくないと
喚くだろう。
だがなぜこんなことになったのか。
およそゾロらしくないことだ。
何かがおかしい。
ゾロは腕組みをしたままサンジを値踏みするように見詰めている。
ひどく不気味で、不愉快だ。

「お前、何考えてんだ」
言葉くらい通じてるはずだ。
ケンカばかりの間柄でも、こんな陰険な雰囲気になるはずはなかった。
「何とか言えよ。てめえ、ほんとにどうしたんだよ」
情けなくなってきた。
ゾロが見知らぬ他人に思える。
「なんか、悪いものでも食ったのか?」
サンジの言葉に、ゾロは一旦目を伏せて盛大に息を吐いた。
もの凄く深いため息だ。
「俺は・・・」
ゾロが俯いたまま唸るように声を出す。
肩が細かく震えていて、まるで嘆いているかのようだ。
いやまさか、ゾロが泣くなんてことはあり得ないんだろうけど・・・
怪訝な顔で不自由に首を傾けて覗き込もうとするサンジに、ゾロは不意に顔を上げ鬼のような形相で
睨み付けた。
「てめえにとことん呆れかえった。この、ド!阿呆がっ!」
何故かは知らないが、ゾロは猛烈に怒っている。



「なんだよ、何怒ってんだよ」
「何がだあ?てめえ、この状況でよくそんなことが言えるな。そのなりはなんだ。蜘蛛の巣に絡まって、
 身動き一つ取れねえじゃねえか」
「そんなの、てめえが助けねえからじゃねえか!」
言ってしまって、はっと言葉を切る。
断じて、自分はゾロに助けを求めている訳ではない。
「いや、別にお前に助けてくれとか、んなことは言って・・・」
「俺もんなこと言ってんじゃねえ」
ゾロは鼻息も荒く捲くし立てる。
「大体てめえ、なんでそう女と見ると誰にでも鼻の下伸ばしてホイホイついてくんだよ。どう考えたって
 おかしーじゃねえか。こんな暗い森ん中、一人でいたような女だぞ。怪しいだろうが、只者じゃねえに
 決まってっだろうが。てめえの軽いおつむでも、それくらいわかるだろーが!」
えらい言われようである。
だが正論だ。
「ばっか野郎、こんな暗い森だからこそレディが一人で迷ってんのを捨て置けねえだろうが。それとも何か?
 てめえは出会うもんが女であろうが子どもであろうが、全部疑ってかかるのか?」
「それが常識だ!てめえは甘えなんてもんじゃねえ。ただの馬鹿だ!病気だ!」
言い切られてしまった。
しかも多分、正論だ。

「うっせえな。俺はてめえほど枯れてねえんだよ。第一、元々なんで俺がこの森に入ったと思ってんだ!」
「何しに来たんだ?」
「てめーを探しに来たんだろーが、このクソ迷子―!」
ここで豪快に蹴りの一つも入れたいところだが、いかんせん足が動かせない。
ゾロはほんの少し神妙な顔付きになったが、すぐに腕を組み直してふんと鼻で笑った。
「それでてめーも迷ってたら世話ないな」
「なんで俺が迷子なんだよっ、寝言は寝て言え!」
サンジは唾を飛ばして怒鳴り散らした。
とにかく、こんなところで言い合いをしている場合ではないのだ。

「いーからとっととこれを斬れよ、てめえのナマクラ刀でもこれくらい斬れんだろ」
「斬るのは容易いが、てめえ全然懲りてねえしな」
「何に懲りんだよ、大体てめえどういうつもりで・・・」
ゾロはサンジの襟首を掴んで、ぐいと引っ張った。
「もしも、あの女が腹空かしてっ時に出くわしたら、てめえは今頃あのでかい牙で噛み付かれて毒で
 溶かされてずるずるにされて吸われて皮だけになってんだぞ」
「うわあ、やな言い方」
「ふざけんな!事実だろうが!」
今度はゾロが唾を飛ばして怒鳴り返す。
サンジは嫌そうに顔を顰め、ふてくされて横を向いた。
「今回はたまたま、だ。たまたーまこうしてうっかり引っ掛かったが、俺だって一人で出歩くときはちゃんと
 用心するし、いくら美女が相手だからって考えなしについていったりなんか・・・」
「してっじゃねーか」
ゾロの突っ込みにサンジはぐわっと牙を剥いた。

「大体てめえ、なんでこんな状態で俺をほったらかしにしておいて、クドクドクドクドいちゃもんつけやがんだよ。
 何か?てめえは相手を身動きできねえ状態にして、ネチネチ嫌味で甚振るのが好きなのかよ。そういう趣味?
 めっちゃ性格悪くね?しかもセコくね?未来の大剣豪様は!」
「そうさなあ、身動き取れねえもんなあ」
ゾロはむっとするどころか、我が意を得たりとばかりに、にやりと笑った。
「何言われたっててめえは今手も足も出せねえ状態なんだ。このまま生きながらバリバリ食われる危険
 だってあるし、てめえが言うように甚振られる可能性だってあんだぞ。わかってんのか?」
「現に今てめえがしてるじゃねえかよ」
憮然と言い返すサンジに、ゾロはまた怒気を強めた。
「アホか!あの女が美人局で、てめえが誘われてホイホイついてって海軍やタチの悪い野郎共に捕まったら
 どうする気だ?嫌味言われるどころじゃ済まねえんだぞ!」
「お前こそアホか!賞金もついてねえ、男の俺なんてさらって何が得になんだよ。そういう心配はナミさんや
 ロビンちゃんみたいなレディにしろ!」
「こんの、脳足りん・・・」
ゾロの広い額にビシビシ青筋が浮いて、短い毛が逆立っている。
なんで、本気モードで怒ってるんだろう。
「いいかてめえ、今てめえは身動き取れねえんだ。それをいいことにあちこち弄られたり乱暴されたりしたら、
 どうすんだ!」
「乱暴?」
思わずぷっと笑ってしまった。
ゾロには不似合いな可愛い表現の単語だ。
「まあ確かに世の中にゃ変わり者がいるからな。男で痛めつけて楽しいって奴もいるだろうけど、そんなん極
 稀だろうし・・・」
「なにが稀だ、てめえはそういうのに出くわす確率が高えんだよっ」
「はあ?」
ますます訳がわからない。
どういうわけか、ゾロに説教される形になっている。

「大体てめえは隙があり過ぎる。街に入っても女の尻ばっかり眼で追いやがって、てめえの後ろを怪しい男が
 つけてたり、ジロジロそのケツ眺めてたりしてんの、気付いてねーんだろ」
「何言い出すんだ、気色悪いこと言うな!」
思いがけない話の展開に、サンジは心底嫌そうに首を振った。
上陸する楽しみはまだ見ぬレディとの心ときめく出会いだけだ。
野郎などまったく眼中にない。

「んなこと、あるわけねえだろうが」
「ああ?ある訳ねえって、気付いてねえってことか?野郎が後ろつけてんのも、値踏みされてんのも」
「知らねーよ、お前、どこをどう取ったらそういうモノの見方ができるんだ?おかしーんじゃねえの?」
ゾロは額に手を当てて深い深ーい溜息をついた。
そういうことをされると、真正面から怒鳴られるより一層馬鹿にされた気がして不愉快だ。
「あのなあ、お前なあ・・・」
「うるさい、もう黙れ。てめえみてえな馬鹿は口で言ったってわからねーんだ。ちったあ痛い目見りゃわかるか
 と思ったのに、全然懲りてねえ・・・女絡みで死に掛けたって、多分死んだって気付かねえんだ。きっとそうだ。
 掛け値なしの馬鹿だ・・・」
ゾロが、あらぬ方向に視線を漂わせながらブツブツと独り言を言っている。
不気味だ。
ある意味どんなおぞましい怪物を見るより恐ろしい光景だ。

「あの、マリモ君?どうでもいいから、そろそろ・・・」
きっと、すさまじい殺気を込めて、ゾロが振り返った。
白目がギラギラして、血走る毛細血管まではっきりと見える見開き方。
暗闇でこんな顔を見たら、ウソップあたりは卒倒してしまうだろう。
「・・・な、なんですか?」
さすがのサンジも怯えて身を竦める。
怖いのではなく、気味が悪い。

怯えたサンジの顔面に鼻先をくっ付けそうなほど顔を寄せて、ゾロは口元だけ笑って見せた。
「いいだろう。とっ掴まったらどんな目に遭うか・・・俺が手本を見せてやる」
ゾロの手が、サンジのシャツに掛かった。









この森に迷い込んだのは、いつものアクシデントだ。
街をぶらつくはずが、森の中をぶらついていただけのこと。
よくある単なる間違いだが、その道中で人ならざる美女に会った。
薄暗い森の中で唐突に現れる艶めいた女など、怪しいことこの上ない。
疑うまでもなく刀に手を掛けたゾロだったが、その女にあまり生気がないのもすぐに悟った。
死に逝く者の匂いがする。
死に場所を求めているなら引導を渡してやらないこともないが、女にはまだ「望み」があるようだ。
そしてどうやら、自分はそれを叶えてやることができる。

女の容貌をざっと眺め、ゾロはふといいことを思いついた。
恐らく、自分で船に戻ろうとしても、経験上まともに帰り着く事ができるとは思えない。
集合時間に遅れれば、クルーの誰かが迎えに来るだろう。
それがもしも、あの男だったなら・・・
一種の賭けだったが、ゾロは女に話を持ち掛けた。
もしも、この森に自分を探しにやってくる人間が金髪の優男だったら、ちょっと引っ掛けて
やっちゃくれねえかと。
案の定、金髪の優男は鼻の下を伸ばして引っ掛かった。



襟元を掴んだ手に、軽く力を入れて引っ張る。
ビリビリと派手な音を立ててシャツが破れ、ボタンが飛んだ。
一際高く、悲壮な悲鳴を上げて、コックがなにか喚いている。
「てめえ、このやろっ、人のシャツを何してくれるんだあ!弁償うしろっつうか、やり過ぎだろうがっ」
「何がやり過ぎだ。敵にとっ捕まったら、こんなもんじゃ済まねえぞ」
言いながら前を全開にし、胸元に手を置く。
白い、白過ぎる―――
置いた自分の手の色との対比は、眩暈を起こしそうなほどに強烈だ。
白と黒のコントラストとまではいかないが、自分の浅黒さと無骨な筋張った手の甲に比べて、コックの
肌のなんときめ細かいことか。
女のようだと言いたくはないが、腺病質なほど青白く薄い皮膚は、女の柔らかさや丸みがない分、
余計際立って白さが映える。
実に、卑猥だ。
無意識にごくりと唾を飲み込んだゾロを、サンジは怒鳴るのを止めて怪訝そうに見ている。
「いいか、てめえはなあ、こんな生っちろい体してんだから、それだけで舐められんだぞ」
ゾロの物言いに明らかにむっとして、サンジは口元を尖らせた。
「んなことてめえに言われなくったって、わかってらあ。だから、油断したそいつらを蹴飛ばすのが
 また、楽しいんじゃねえか」
「蹴飛ばせたら、な」
なにをされるのかわからなくて、それなりに緊張しているのだろう。
呼吸に合わせて浅く上下する喉元を、親指の腹で強く押してやりたい衝動に駆られながら、ゾロは
そこを静かに撫でた。
こんな細い首、片手でへし折るのも簡単だ。
生意気な台詞を吐いて牽制する、うるさい口を塞いで、息の根を止めるのは容易いだろう。
だがそれよりも、健気に睨み付ける蒼い瞳に怯えと苦痛の涙を滲ませることの方が、下衆な男たちを
楽しませることになる。

「なんだよ、てめえ・・・何がしてえんだ」
コックは、せわしなく視線を彷徨わせて身体を強張らせている。
手足の自由が利かないのだから、憎まれ口で無駄に煽るのは得策でないと判断したのだろう。
だが、これから何をされるのか、まったく予測できないのだろうか。
ゾロは苛立ちに似た昂ぶりを覚えて、本能のまま真っ平らな胸板に申し訳程度にちょこんと色づいている
尖りに触れた。
「あ?」
コックが間抜けた声を出す。
無視して指の腹で捏ねるように撫でて押し潰した。
「んあ?あ、あああああ?!」
見る見るうちに、コックの頬に赤味が差した。
「何して?何してくれてんだコラ!お、おおお男の、い―――」
指で強めに抓る。
蜘蛛の巣に絡め取られて大人しく動きを止めていた痩躯が、弾かれたように跳ねた。
「待て!待てっての、こんなのおかしい!何してんだよ、意味わかんねー」
顔を真っ赤にしてジタジタもがくから、手足に張り付いていただけの糸がスーツ全体にまで
密着してしまった。
「うわああ、ますます引っ付いたあ」
「この、馬鹿」
ゾロは舌打ちして一旦手を離すと、サンジがほっとする間もなく顔を近付ける。
弄られて赤く染まった乳首にぺろりと舌を這わせた。
ひいいっと裏返った声が響く。
「ま、ままままま待て、待て・・・わかった!よーくわかった!捕まるって、めちゃ怖えー」
コックにあるまじき素直さだが、こんなことで許してやるつもりは毛頭ない。
ゾロはサンジの胸に顔を埋めたまま、両手で背中を抱き込むように服の下に腕を滑り込ませた。
男らしく背中は広い。
仰け反った拍子に肩甲骨が浮き上がって、骨の尖りがよくわかる。
肌は滑らかで手触りが良くて、背中から腰にかけての窪みに小さな傷の引き攣れがいくつも触れた。
―――にしても、細え・・・
幅はあっても厚みが足らないのだ。
ゾロの手から逃れようと身を捩るから、べったり引っ付いたスーツから身体だけが浮いてその華奢な
腰つきが余計強調されている。
しかも、まるで下半身をゾロに擦り付けるかのような卑猥な動きだ。
これは天然か?
誘ってんのか?
そんな訳はないと思うが、無意識にしているのなら教育的指導の対象だ。

「ゾロ、わかったから・・・こんなん、ヘンだってっ」
ゾロの手が、丹念に背中をなぞり、脇を擽る。
でかい掌が強弱をつけて素肌を撫でる感触は、くすぐったい以外のものがあって、そのことにサンジは
また戸惑った。
どーしよ・・・気持ちいい・・・
普通にマッサージを受けている訳ではない。
反らせた胸にはゾロが吸い付いたままだし、しかも巧みに舌を使って転がすように舐めたり強めに
吸ったりするから、その度にあらぬ声を上げてしまいそうだ。
「あのよ、わかった・・・から、・・・油断は、危険―――」
サンジは恥ずかしさに居たたまれなくて空を見上げた。
木々の間から覗く空は、紅に染まっている。
もう、日暮れなのだ。
「早く、戻らねーと・・・日が・・・」
「もう遅え、夜だ」
どちらにしろ、後戻りはできない。



乱暴にバックルを外して、すとんと膝までズボンを落とした。
剥き出しにされた下半身は、すでに少し兆している。
羞恥に顔を染め、顔を背けて唇を噛んだサンジに、ゾロは意地悪く囁いた。
「とっ捕まって手篭めにされんのに、感じてどーすんだよ」
ぐわっと牙を剥く勢いで振り返る。
「んなんじゃねーっ!お、男の生理だっ」
「・・・まだ触ってねーぞ」
ふしゅーっと湯気でも噴きそうなサンジの顔に、ゾロは無意識に唇を押し付けた。
「んな面すんな。・・・俺でも、煽られる」
あまりに無防備なコックを、ほんの少し懲らしめるだけのつもりだった。
女にばかり感けて、自分の身の安全には無頓着なガキ。
いつか女の罠にかかって命を落としたとしても、騎士道精紳とやらを貫いて笑って死んで行くのだろう。
それが嫌と言うほどわかるから、黙って見てはいられない。
自分の生き様を人にとやかく言われるのは真っ平だが、こいつだけは放っておけない。
そんなゾロの意図を知ってかしらずか、サンジは苦しそうに身をくねらせて、勘弁しろだのむっつり
変態だの、哀願と罵倒を繰り返している。
ほんの脅しのつもりだった行為は止めるタイミングを外して、どんどんエスカレートしてしまった。

サンジの身体を撫で繰り回すだけでは飽き足らず、色素の薄い皮膚に吸い付いて軽く歯を立て、
噛んだり舐めたりを繰り返す。
わずかな刺激でくっきりと痕がつくのが面白い。
触れる度に「あ」とか「ぎゃ」とか、間の抜けた声が漏れるのもまた楽しい。
剥き出しになった尻を両手で鷲掴んで揉めば、その場で跳ね飛びそうなほど身体を揺らす。
女のぶよぶよとした感触とは違う、張りがあってそれなりに柔らかな、心地良い手触り。
その奥まった部分に指を這わせれば少し湿り気を帯びていて、サンジの全身が半端でなく
緊張したのがわかった。
「よせ」
鋭く叱咤するような声音。
それ以上はまずいと、潤んだ瞳が真剣に訴えている。
「・・・わかったか」
嘲笑うつもりが、失敗した。
思いの外声が掠れて、自分でも動揺を押さえきれていないのがわかる。
「女に騙されて自由を奪われて、好きなようにされるってのは、こういうことも含まれてんだ。嫌だろうが」
サンジは真っ赤になって俯いた。
釣られて視線を下げた先には、ゆるく勃上がり濡れたモノが光っている。
「・・・嫌じゃ、ねえのかよ」
愕然として呟くと、サンジは慌てて首を振る。
「い、嫌に決まってんだろーが!見ろ、この鳥肌っ、気色悪いーったらありゃしねえ」
抗議の声にあわせてブンブン揺れるそれを見ながら、ゾロは新たな頭痛に襲われた。
「・・・弄くり倒されて嬉しそうに感じてんじゃあ、相手を煽るばっかだろーが!」
「う、うううう嬉しそうじゃねえぞ、男の生理だああ」
「んな理屈、通っか」
腹立ち紛れにぎゅっと強めに掴んだ。
「んはあっ」
「アホかあ」
なんて声を出しやがる。
新たにブチブチ血管を浮き上がらせたゾロに、サンジは涙目で訴えた。
「違う、そんなんじゃねえっ、てめえが触るから悪いんだ!」
「んああ?」
凶悪に顔を歪め目を眇めながら、ゾロは顎を突き出した。
「てめえ、さては野郎に慣れてやがるな?だからこんなに・・・」
「違うって、マジマジ気色悪いって、他の野郎ならっ」
どさくさに紛れて、とんでもないことを口走った気がする。
ワンテンポ遅れて、ゾロもその言葉の意味に到達した。

「・・・なんだと?」
「あああいやいや、別に深い意味はなくてだなあ・・・」
「・・・」
「違うぞ、断じて違う。てめえだからそんなに気色悪くねえとか、んなことを言ってる訳じゃねえ」
言ってるじゃねえか。
ゾロの突っ込みより早くサンジが喚く。
「案外気持ちいいなーとか、ぜってー思ってねえっ!どっかの野郎共なら粉砕モンだぞ、怒るからな、
 泣くからなあ」
必死なのはわかるが支離滅裂だ。
ゾロはちょっと途方に暮れた。
両手を引っ込めてじっとサンジを見つめる。

「懲りたんだな」
「ああ懲りた。もうぜってー油断しねえ。身動きできねえのはコリゴリだ」
珍しく素直に泣きを入れた。
これで充分なはずなのに、ゾロはすぐには動けない。
自由にしたら、サンジはすぐに目の前から消える。
怒り捲くって殺人キックを繰り出して、ゾロから遠く離れるのだ。
身体も、心も。
それを惜しいと認めるほどに、自分の感情の種類は自覚している。
こんな真似でコックを手に入れることなんてできないってことも。

一瞬躊躇ってから、ゾロは刀を抜いた。
シャツを肌蹴け下半身は膝までズボンを下ろした剥き出し状態のサンジを戒めるのは、両手首に
絡まった蜘蛛の糸だけだ。
軽く刀を振るってぷつんと斬った。
あれだけ頑丈にサンジを支えていた戒めが簡単に解ける。
勢い、上半身を崩したサンジは、ゾロにすがりつくような格好で抱きついた。
すぐに足を抜き去って、蹴りを飛ばして来るだろう。
そう思って大人しく突っ立ったままのゾロの背中に、サンジはようやく自由になった両腕を回した。
「―――?」
驚きに目を瞠り固まるゾロを、そのまま抱き締める。
サンジの口から素直に安堵の吐息が漏れた。
「は―――、だるかった・・・」
「開口一番がそれかよ」
「馬鹿野郎、マジでどんだけ手がだるかったと思ってんだ。まだ痺れてんぜ」
ブンブンと両手を振り、改めてゾロの肩に掛ける。
「それに、ずっとこう応えたかったんだ。やられっ放しは性に合わねえ」
にかりと笑い、ぎゅっと首根っこに齧り付いたサンジを、ゾロは衝動的に抱き上げた。




ズボンも靴も脱げて、殆ど丸裸になったサンジをそのまま草原の上に押し倒す。
サンジが伸び上がって唇を重ねてきた。
そうされて初めて、ゾロも順番を間違えたことに気付いた。
仕切り直しだ。

首を傾け、何度も触れて離れてを繰り返し、唇だけでなく頬も目も、鼻も耳も、すべてに口付けを
落として舌で愛撫する。
サンジの手は、時折宥めるように背中を撫でたり軽く爪を立てたりするが、決して抗わない。
受け容れられていると知って、ゾロの歯止めは無くなった。
すでに日が落ち薄闇に包まれた暗い森の中で、仄かに浮かび上がる白い裸体の隅々までを丹念に
愛撫し貪る。
自由になったサンジの両脚を抱え上げその最奥に自らを深々と埋め込むと、断末魔のようなか細い
悲鳴を上げながら、それでも腕を投げ出してされるがままに身体を揺らしている。
とめどなく流れ落ちる涙をそのままに見上げるサンジの瞳には、中空に浮かぶ月がぼんやりと
映っていた。







「―――で?」
すっかり夜も更けて、辺りはしんと静まり返っている。
先程までの獣の交わりのごとき息遣いも咆哮も止み、残されたのは静寂だけだ。

「で、てめえがしたかったのは、これかよ?」
サンジは煙草を口端に咥えたまま、皮肉っぽく顔を歪めた。
先程までの従順な啼き人形はどこへやら。
ふてぶてしいまでのむくれっぷりだ。
「まあ、ちょっと懲らしめるつもりがだな」
「どこがちょっとだよ。俺、レイプされてっじゃん」
「いや、違うだろそれ・・・」
途中から合意だったはずだ。
その証拠に、自由になったのに抱き付いてきたと言ったら靴が飛んで来た。
サンジには、立ち上がって蹴りをくれてやるほどの気力も体力も残っていないらしい。

「そもそも仲間を罠にかけて陥れて陵辱しようなんて根性が気に入らねえ」
「ホイホイ引っ掛かるてめえが悪い」
「うわー、また蒸し返す気か?!」
堂々巡りだ。
サンジは短くなった煙草を地面で揉み消すと、新しい1本を取り出した。
「・・・ところで、あのお姉様はマジでどうしたんだ?」
何を今更とゾロが眉を上げる。
「言っただろ、死んだって」
「マジかよ!」
途端に敵意に似た気を発するサンジに、ゾロは肩を竦めた。
「ただし、俺が止めを刺した訳じゃねえ。寿命だった」
「寿命?」
あの美しいレディは、実は年季の入ったレディだったのか!
「この森には生き物の気配がねえだろ。実際、動物も昆虫もいねえ。全部あの女に食い尽くされた。
 長い時間をかけて」
サンジが複雑な顔をする。
「てめえも気付いてるだろうとは思うが、あれの正体は蜘蛛だ。齢を経た化物蜘蛛。だが、てめえで
 食いモンを食い尽くして、ガキをこさえても結局どれも育たねえ」
ゾロは誰もいない暗い森の奥へと目をやる。
「時折よその雄蜘蛛が迷い込んで交尾したって、結局そいつも女の餌だ。ガキが産まれれば
 ガキ同士で食らい合う。生き延びた数匹も餓えて死ぬ。この森には風が吹かない。蜘蛛は、
 飛びたてねえ」
はっとサンジは表情を変えた。
昼間見た、空を渡る光は―――

「俺が、てめえを誘き寄せる代わりに叶えてやった蜘蛛女の願いは、風を起こすことだ。また産まれて
 生き残った自分の子ども達を、もっと生き物のいる別の世界へと旅立たせたいと願っていた。
 いくら化物蜘蛛から産まれたっつっても、ガキ共は普通の蜘蛛だ。散らばっても別の場所なら生きて
 いけるだろう」
「そうか、それでてめえ・・・風を起こして・・・」
「ああ、景気よく跳んでいったぜ」


女は、旅立つ前の子ども達にその身体を食わせた。
何処へ舞い降りても生きていけるように。
いつかまた、自由に飛び立てる場所に行くために―――
「そう・・・か」
俯いて肩を落とすサンジを、ゾロは呆れて見やる。
「なんでてめえが落ち込むんだよ。元々自分で考えなしに食い尽くしたんだ。自業自得だろうが」
「けどよお・・・切ねえじゃねえか・・・」
ぐしっと鼻を啜って、サンジは破れたシャツを纏い直した。
「花ぐらい、捧げてえな」
「無駄だ、ここには花も咲いてねえ。第一・・・」
ゾロはふと、生真面目な顔付きになる。
「あの女の骸を、てめえが見るこたねえだろう」

一拍置いてから、サンジはカクンと脱力した。
その様子をゾロは怪訝そうな顔付きで見ている。
まったく、これだからこの緑頭の思考は読めない。
あれほど女に幻想を持つなとか誑かされるなとか言いながら、結局サンジにはそのなれの果てを
見せないのだ。
それはサンジを幻滅させまいと気遣う心からではなく、恐らくは女へ敬意。
この男は、根っこが優しい。

・・・まあ、そんなだから絆されんだけどよ・・・
正直、野郎なんてとんでもないと思っていたのに、ゾロに触れられるのは嫌ではなかった。
自覚より身体の方が正直だったのか。
物凄く感じたし、もうこのまま流されてもいいやと思った。
抱き返せないのが辛い、それだけだった。

サンジは新しい煙草も吸い尽くしてしまうと、揉み潰して東の空に眼を向けた。
白々とした薄い光が差し込んでいる。
やれやれと軋む身体を伸ばそうとして、不意に腕を止めた。
―――ちょっと待てよ

振り向けば、切り裂かれた無残な巨大蜘蛛の巣。
中央に引っ掛かっているのは、ズタボロになったスーツの切れ端。
辛うじて無傷なのは靴だけ・・・
「俺、どうやって帰るんだよ」
一気に蒼褪めたサンジに、ゾロがああと軽く返す。
「俺の服着るか?」
言ってよれよれのシャツを脱ごうとする。
「いや、ノーサンキューだ。そんな汚ねえ汗臭えもん・・・大体、それ脱いで手前はどうする気だよ」
「ああ?問題ねえ、腹巻と下着だけで充分だ」
「すでに視覚の暴力だろうがそれは!」
かと言って、自分も破れたシャツ一枚で帰る訳にもいかない。

「どーすんだよ・・・帰れねえよう・・・」
器用に片足だけ振り上げて、ゲシゲシ蹴って来る足の付け根を眺めながら、「舐めてえなあ」なんて
ゾロが考えてるだなんてサンジは気付かない。


主を失い、新しい息吹を待つ「帰らずの森」に、サンジの嘆きだけが響いていた。




END


すずめちゃん・・・何から何まで、ごめん・・・orz








Gossamer