
サンジの誕生日は満載の魚で祝おうと、急きょ釣り大会が開かれた。
良く晴れて風は長閑、日差しは強すぎず時折雲が差す程度の心地よい空だ。
釣果を競うべく、男達は一斉に釣り糸を垂らしている。
フランキーが定期的に餌を撒き、掛かった獲物を一本釣りでせっせと釣り上げた。
大物も小魚も、タコもクラゲも何でもござれだ。
海流の関係からか海王類のような大物は少なく、サニー号の水槽はほどよい大きさの魚類で彩られた。
「うっし、もうそろそろいいだろ。後は今夜用に捌くし」
釣られた魚類をせっせと捌いていたサンジが、手を止めて一息吐く。
自分の誕生日を祝うための宴の支度に、一番働いているのがサンジ自身だがもうこれはお約束のようなものだ。
それでも、今日のおやつはナミとロビンが作ったし、刺身の飾り切りはゾロが請け負った。
みんなそれなりに、サンジの役に立とうと心がけてくれている。
「ひいふうみい、今日のチャンピオンは誰だ?」
「数だけならチョッパーだな。コマゴマアジを一度に86匹!」
「えー!やっぱり大きさだろ?デカマンボウ釣ったの俺だぞ」
「やー、やっぱり質だろ。俺はメチャメデ鯛を二匹も釣ったんだから」
チョッパーとルフィとウソップが、それぞれに主張してやんやと言い合う。
「ヨホホ~、今夜お味見して一番美味しいのが優勝と、こういうことではどうでしょう」
「そんなの、サンジが作るんだからどれも美味いに決まってんだろ」
ルフィがあっけらかんと答え、チョッパーとウソップもそうだそうだと同意した。
甲板に設置された臨時の流し台で魚を捌きながら、サンジは俯いたままそっと口端を引き上げる。
嬉しくて、鼻歌でも飛び出そうだ。
「さあ、次はみんなで片付けよ。サンジ君には引き続き晩御飯の支度してもらわなきゃだし、明日は朝から忙しいんだから、今日は
早めに休みましょう」
「おうっし、片付けちまおうぜ」
「ししし、腹減ったなあ」
「さっきおやつ食べたとこでしょ」
サンジが指示しなくとも、ゾロは何度かキッチンに往復して仕上がった料理を冷蔵庫へと運んでくれた。
元々勝負好きだから釣り合戦にも嬉々として参加するかと思ったのに、意外なことにサンジの傍でなにくれとなくフォローしてくれたのが
少々不気味で、ちょっと嬉しい。
これも、誕生日(前日)効果だろうか。
「後はいいか?」
「あ、うん。残り片付けて、後は自分で運ぶ」
常にないことなので、柄にもなく緊張してしまった。
「あ―――」
「ん?」
サンジが何か言いかけたから、ゾロが足を止めた。
それに顔を上げることもできないで、慌てて包丁を持ち替える。
「や、なんでもね」
「――――・・・」
変な奴、とでも思っただろうか。
ゾロの顔を見なかったから、表情はわからない。
そのまま立ち去るゾロの背中をそっと盗み見て、サンジはちょっと後悔した。
ちゃんとはっきり「ありがとう」と言えればよかったのに。
「・・・柄でもねえし」
一人ごちて、シンクに水を流しざっと洗う。
隅に、きらりと光るものを見つけた。
青い鱗だ。
透明感があって、それでいて鮮やかな青。
思わず手が伸び、そっと触れた。
「え?」
思いがけない感触に戸惑い、手を引っ込める。
シンクに貼り付いていると思ったそれは、弾力があり滑っていた。
鱗は鱗だが、感触が違う。
よく見れば、それは流れるように動いた。
「え?え?」
恐る恐る、指で触れた。
鱗一枚だけでなく、なにかがいる。
あまりにも透明で影形すら見えないが、手で辿ると魚の形をしていた。
「え?魚?」
両手でそっと包み込み、持ち上げた。
見えないが、しっかりとした胴体に背びれと尾びれ。
小型の魚の形をしている。
鱗一枚だけがに色が付き、青い。
「あ」
つるりと、サンジの手の中から魚が飛び出た。
袖を捲った肘に当たり、いったん跳ねてから手すりを越えて光の放物線を描く。
ぽちゃりと、音を立てて海面に水柱が立った。
「―――逃げた」
あーあと、サンジは手すりに手を付いて海を覗き込んだ。
船に沿って波は泡立ち、揺れる水面に消えていく。
元から姿が見えない、透明な魚だ。
どこに逃げたのかなんて、視認することもできない。
「透明魚って、深海魚とは違うよな」
何せ、皮膚や肉が透き通っている訳ではなく、全くの透明だった。
あの魚は、食べたらどんな味がしたんだろう。
逃げて残念なような、ちょっとほっとしたような気持ちで、サンジは煙草を咥えてシンクに戻る。
さっさと片付けて、夕食の支度に取り掛かろう。
そう思って煙草を吹かしながら、水を流した。
すう・・・と、自分の指が消える。
「ふぁっ?!」
思わず、まだ火の点いていない煙草を取り落した。
慌ててタオルで手を噴き、拾い上げる。
指は、ちゃんとあった。
だが、再び水に手を触れると、触れた先から見えなくなった。
「・・・おお?」
どうやら、水に濡れると透明になるらしい。
手を全体に濡らし、手首や腕まで水を掛けたら肘から先が透明になった。
これは―――――
「ギフトだ」
サンジは感激の面持ちで天を振り仰ぎ、濡れて透明になった拳を突き上げた。
「最高の誕生日プレゼントだ、神様ありがとう!!」
誰もいない甲板で、サンジは控えめに雄叫びの声を上げる。
サンジにとっては、スケスケの実を手に入れたも同然だった。
「明日は誕生日だから、一日ゆっくりしてね」
ナミにそう言われ、サンジは常よりも上機嫌なニコニコ顔で鼻からハートマークの煙を出した。
「ありがとう、嬉しいよナミっすわん」
「サンジはいつも働きすぎるくらいだもの、たまには私達にもお手伝いさせて」
「なんて優しいんだ、ロビンちゅわーん」
サンジは嬉しさにくるくる踊りながら、食べ終えた皿を集めた。
「その気持ちだけで充分だよ~vあ、まとめて洗うから置いといてくれチョッパー」
ありがとうなと礼を言うと、チョッパーはエヘヘと得意気に笑った。
「俺も、明日はいっぱいいっぱいお手伝いするぞ」
「今日、こんなにたくさんの御馳走釣ってくれたんじゃねえか。でも、明日はナミさんやロビンちゃんを助けてくれると俺は嬉しい」
「おう、任せとけ!」
「風呂、どうする?」
「俺は昼にシャワーしたから」
クルー達はそれぞれに話をしながら、部屋に戻っていった。
サンジは人がいなくなったのを見計らって、手早く洗い物を済ませる。
昼間のミラクル効果はまだ続いていて、洗い物をする自分の手は全く見えない。
「よし」
タオルで水気を拭いて目に見えるのを確認してから、サンジは決意を新たにした。
時間は午後8時50分。
いつも通りのスケジュールなら、9時にナミとロビンが風呂に入ってくる。
潜入するなら、今だ。
サンジは脱衣所でいそいそと服を脱ぎ、袋の中に入れて忘れ物か何かのように隅に置いた。
そうして、素っ裸になって風呂場に入る。
フランキーの設計のお蔭で、24時間快適温度で楽しめる大浴場だ。
濡れたタイルの上をひたひたと歩き、ひょいと足を上げて足の裏を確認した。
なんだか、時空が歪んだかのようにぶれて見える。
「よしよしよし」
一人呟きながら、シャワーを捻って足元に湯を掛けた。
するとそこに、足はない。
「よしよしよしよし!」
シャワーを掛ける範囲を徐々に上げて行って、とうとう頭からずぶ濡れになる。
曇った鏡を手で拭くと、そこには何も移っていなかった。
「うおおおおおっし!!!」
思わずガッツポーズをするが、そんな間抜けな自分の姿は全く移っていない。
影も形もない。
俺はいま、まさに完璧な透明人間。
「ふんも―――――っ!!」
悦びのあまり、おかしな声を上げそうになったが危うく踏みとどまった。
脱衣所の向こうで、気配がする。
「さ、早速、いらっしゃった」
俄かに鼓動が早くなり、体熱が上がった。
ああ、とうとう。
ナミさんとロビンちゃんの、一糸まとわぬ裸体が拝めるのだ。
この風呂場で。
至近距離で。
ガン見。
「――――あ・・・」
危ない。
想像だけで、鼻血が噴き出そうになった。
出も駄目だ。
この状況で鼻血など噴いたら、一巻の終わり。
男サンジ、堪えてみせる。
一世一代の大勝負だ。
サンジは両手で鼻を覆い、湯船に実を潜めた。
湯温は少々高くうっかりするとのぼせそうだが、どこか乾いて見えてしまったら大変なことになる。
だからここは我慢。
じっと我慢で、一旦全身を風呂に浸けずぶ濡れになった状態で顔半分だけ湯から出した。
脱衣所で、衣服を脱ぐ音がする。
二人ならお喋りしながら入ってきそうだが、随分と静かだ。
もしかして一人なのだろうか。
でも一人でもいい。
もうどっちでもいい。
麗しき裸体を拝めるのならもう、それだけで――――
ガラッと引き戸が開いた。
実に麗しい、均整が取れ引き締まった惚れ惚れとするような裸体が現れた。
胸に斜めに大きな傷が刻まれてた、ゾロの全裸だ。
