―――――ふわァ…
何度目かの欠伸をかみ殺し、サンジは贈答用のリボンをきゅっと締めた。
艶やかで深いワインレッドは、高級感に溢れている。
上品な色合いを見て平常心を取り戻そうとしたのに、背後からサンジの手元を覗き込んだパティが余計なことを言った。
「心ここにあらずってえ感じだな、寝不足か」
「んなこと、ねえよ!」
グワッと噛み付く勢いで言い返し、その不自然さをごまかすように次の包装に取り掛かる。
今日は午前中の販売をマネキンさんに任せ、大量に注文を受けた贈答用品の準備に追われているのだ。
欠伸なんてしている場合じゃない。
とは言え、接客しているのとは若干緊張感が違うせいか、単純作業の合間にどうしても昨夜のあれこれが脳裏に浮かんでしまう。

ちょっとだけ触らせろ、とゾロが若干切羽詰まった表情で言って来たので「どうぞどうぞ」と快諾した。
思いがけないキスが非常に嬉しかったので、その上大好きな人に触れてもらえるなんてと気持ちが高ぶっていた。
あわよくば、自分もちょっとゾロの背中撫でてみたいなとか、髪の毛をわしゃわしゃしてみたいなとか、邪な気持ちもあったので、
サンジにしてみればいいこと尽くめだ。
だが、ゾロのスキンシップは「ちょっと」どころではなかった。
強めの抱擁から大人のキス・・・からのあれやこれやは、今思い出しただけでも顔から火が出る。
まさかあんな所まで触れられると思っていなかったし、ましてやあちこちにキスされたり×××されたり、その上○○○で、しかも
△▼△で――――

「ふぬっ!」
我に却って、セロテープを引き出した手を止めた。
一度包装した箱を、もう一度包装しようとしていた。
危ない危ない。
何食わぬ顔で箱を外し、新たな箱を手に取った。
こんなていたらくでは、パティならずとも何がしかバレてしまう。
平常心、平常心。

「おい、それできたらこっちと交替だ」
「はい!」
売り場から声が掛かった。
ホッとして、作業する手を速める。
こんな時は麗しいご婦人や可愛いレディとお話をして、心の浄化に努めるに限る。



今日の仕事に差し障りがあるといけないからと、ゾロ的には大変努力して触れるだけで済ませてくれたらしい。
それでも、サンジにとってはただ気持ち良いばかりで申し訳ないくらいだった。
なんとかサンジなりにお返しをしようと努力はしたが、ゾロに満足してもらえたかどうかはわからない。
ただ、色々あった結果ベッドはどろどろになってしまったので、ことが終わった後サンジの寝床に二人して引っ付いて落ち着いた。
狭かったが心地よく、短い睡眠時間でもぐっすりと眠れた。
そんな昨夜の記憶が生々しすぎて、思い出しては「がーっ」と頭を掻き毟りたくなる。

――――俺って、こんなにエッチだったんだろうか。
将来は可愛いお嫁さんを貰って、ささやかでも幸せな家庭を・・・なんて夢みていたというのに、まさか、可愛いけどごつくて逞しい
野郎との甘い一夜を思い出して悶々とするとは思わなかった。
こんなふしだらな子に、育った覚えはないのに。

幸い、シスターアンコーは一日中大盛況で大忙しだったので、サンジの頬がいつまでも赤かろうが妙に汗を掻いていようが、それ以上
不審に思う人間はいなかった。





終業時間間際に、ゾロから連絡が入った。
デパートの裏口で待っているから、夕食を食べて帰ろうとのお誘いだ。
片付けを終えて、預けていた荷物から取り出したスマホを眺めニマニマしているサンジを、パティたちが冷やかす。
「なんだ、デートのお誘いか?」
「まあそんなとこ。じゃ、お疲れ様」
疲れも見せずに、跳ねるように軽い足取りで帰って行くサンジを、「若いねえ」と微笑ましく見送っている。

一緒に暮らしてはいるけれど、外で待ち合わせるなんて本当にデートみたいだ。
昨夜あんなにいっぱい色々したのに、現実感が湧かない。
これから会えると思うだけで、胸がドキドキする。

裏口を出て一つ路地に入ると、ゾロが待っていた。
その隣に同じくらい背の高い人がいて、あれ?と思う。
ドキドキが、ちょっぴり萎んだ。
「えっと、こんばん、は?」
「こんばんは、初めまして」
愛嬌のある雀斑面の男が、にこっと笑った。
警戒心を感じさせない、親しみのある笑顔だ。
「お邪魔しちゃってごめんね、ゾロに無理言って同行させてもらったんだ」
「あ、いえ…」
ちょっぴり残念だと思ったのが顔に出たかと、サンジは慌てて片手を振る。
「大学の先輩のエースだ。色々世話になった」
ゾロはそう言ってから、ちょっと考えて付け足した。
「お前の、叔父さんと話をしてくれたのはこの人だ」
「あ」
サンジはハッとして、改めてエースを見た。
「世話になった」とは、自分のことだったのだ。
「あ、あの、ありがとうございました」
「いえいえ、お役に立てたようでよかった」
そう言ってから、手袋を嵌めた手をパンと鳴らす。
「ともかく立ち話もなんだから、飯食いに行こうか」
「そうだな」
先に立って歩くエースに、ゾロが並ぶ。
サンジはその後ろをついて歩いた。
前を行く二人の背中が、どっちもかっこいいなあなんてぼんやりと考えながら。




「改めまして、ポートガス・D・エースです」
居酒屋のボックス席に落ち着くと、エースが畏まって名刺を差し出してきた。
恭しく両手で受け取り、肩書を見る。
「弁護士さん、すごい」
「いやいや、まだ駆け出しだよ」
「困ったときは、頼りになるんだ」
ゾロはそう言いながらおしぼりで顔を拭き、「生中4つ」と頼んだ。
「4つ?」
「あ、お前どうする?ウーロン茶か、ノンアルか」
「ノンアルの、カクテルで」
順応性が高いサンジは、もう居酒屋のメニューも大体把握してしまった。
つい数日までとんでもない贅沢だったことが、日常になっている。
でも、ゾロ相手に遠慮することはもうやめようと、決めている。

早速持ってきた生ビール+ノンアルカクテルで、乾杯をした。
ゾロはメニューを指示し、とりあえず上から順番に1ページ分全部持ってくるように頼んでいる。
それだけでも目を丸くしたのに、ゾロもエースも一息でジョッキを空にしてしまった。
お互い二杯目に入ってから、ゆっくりと飲むようだ。
「エースさんも、お酒強いんですね」
「エースでいいよ。俺はゾロみたいに笊じゃないし。最初の一杯が美味いんだよな」
「その代わり、こいつは食うぞ」
先輩を「こいつ」呼ばわりし、ゾロは上機嫌でジョッキを傾ける。
「今日はごちそうしてくれるんだろ、思い切り食っちまおうかな」
「いつも全力のくせに」
仲良さげな二人に、サンジは微笑んだ。
ちょっぴり羨ましくもある。

「サンちゃんに会いたいって、俺が無理言ったんだよ」
「俺に?」
次々と運ばれてくる料理で、テーブルの上はいっぱいになった。
が、同じように次々と空になった皿が下げられていく。
冗談みたいに、エースが食べる量は半端ではなかった。
ものすごい大食漢だ。
「ゾロは、あんまり物事にこだわらないってえか、割と我関せずってとこあるでしょ」
「えー、そうかな?」
サンジにはピンと来ない。
むしろ、心配になるほどお人好しな気がする。
「あーサンちゃんには違うか。てか、そういう部分で俺には意外だったわけよ。ゾロが、初めて人に執着したんじゃないかと思ってね」
「?」
不思議に思って目を向けると、ゾロはどこかバツが悪そうな顔でつまみを食べている。
「俺に頼みごとがあるなんて、言ってきたのも初めてでさ。しかも、最近同居を始めた男の子のことだっていうじゃない。そりゃもう
 びっくりしたね、いろいろね。一番驚いたのは、ゾロが他人のことで動いたこと。それから、自分のテリトリー内に他人を入れたこと」
「そうなんですか」
「そうだよ、もともとこういうキャラじゃないんだよ」
確かにゾロは、顔立ちが綺麗な分、喋らないと冷たい印象を受けるかもしれない。
口を開いたところであまり多くを話さないし、耳障りの良い言葉も使わない。
むしろ口下手で不愛想で、もしかしたら強面系かもしれない。
「…そうかも」
「イケメンでスポーツ万能。高学歴で家柄も良いってんでモテモテなんだけど、本人はしれっとしてるしね」
「モテモテなんだ」
「来る者は拒まず去る者は追わずってとこか。そういう意味で執着心なんてなかったんだよ。それが、一体どんな子がゾロを
 ここまで変えたのかって、興味が出たってのが本音」
エースはいたずらっぽく笑い、空のジョッキを掲げた。
「お代わり、生4杯」
ゾロのジョッキも、すでに空だ。

「ゾロから依頼を受けて、勝手ながら君の身辺を調べさせてもらった。これも仕事だから、謝罪はしないよ」
「いえ、俺が知らないこととはいえ、大変お世話になりました」
サンジは改めて両手を膝に置き、深々と頭を下げる。
「お陰で叔父さんの真意も聞けて、俺、今まで誤解してたの恥ずかしく思ったんです。まさか叔父さんに、そこまで考えて
 いただいていたなんて思わなくて、ただただ申し訳なくて」
エースはお代わりのジョッキを受け取り、肘を着いた。
「まあ、もうその話はゾロから聞いたんでしょ。俺も今回のことでいろいろ勉強させてもらったし、君はこれから自分の将来の
 ことを考えればいいから」
「ありがとうございます」
サンジは小さく頭を下げて、カクテルグラスに手を伸ばした。
「話に聞いてた通り、いい子だなア」
「え?」
なんの話?と、サンジは飲みかけたカクテルを吹き出しそうになった。
「いや、なにかってえとゾロがサンちゃんの話をするからさ。そりゃ俺だって、興味持つっての」
「俺は別に、必要なことしか話してねえぞ」
「いやいやいや、二言目にはって単語はこういう時に使うもんだね」
「えー、なに話してんだよ」
「話してねえよ」
「あ、鶏南蛮とじゃがバタチーズもお願いします」
「生おかわり」

話を逸らそうとエースにメニューを手渡すゾロに、喉を鳴らして笑う。
「もうね、端から見てるとわかりやすすぎるほどべた惚れだよねゾロ」
「えっ、えっ」
なんでバレてる?と焦るサンジに、片目を眇めて見せた。
「ゾロから聞いたわけじゃねえよ、けどなんとなく察するし。ゾロはそういうことべらべら話すタイプじゃないし、悟られたからと
 いって焦るタイプでもない」
いいのかな、と心配になってエースとゾロの顔を交互に見たが、ゾロは確かに澄ました表情をしていた。
「隠すことじゃない」
「そういうこと」
二人の様子を見て、サンジはまた「いいなあ」と羨ましく思った。
友人として、揺るぎない信頼感がそこにある。

「それに、ゾロはなんとなく身綺麗になったんだよ。打ち合わせで会う時も、なんかこうパリっとしてさ。前はシャツもよれよれ
 だったしネクタイは曲がってるし後頭部の寝ぐせはそのままだったし」
「そんなに酷かったか?」
「誰も面と向かって指摘しなかっただろうけど、割と酷かった」
ちょっと傷付いたような表情を浮かべたゾロが、なんだか可愛い。
「ギリギリまで寝ていて、飛び起きてすぐ出勤だったからな」
「あーそうかも。今は俺が起こしてるし、朝ご飯もちゃんと食べるし」
ゾロが食事している間、サンジは寝ぐせや髭の剃り残しをチェックしていた。
シャツもアイロンを当てているし、出勤前にネクタイも直してやっている。
「職場でも、ロロノア主任シャキッとしたわねって話題になってるかもしれねえぜ」
「えーそうかなあ」
憮然としているゾロに対し、なぜかサンジの方が照れてしまった。
それはそれで、嬉しい。
好きな人が褒められるのはいい気分だ。

「今日だって、どこかすっきりした顔で現れたしな」
エースの言葉に、また危うくカクテルを噴いてしまうところだった。
すっきりとか言われると、昨夜のいろいろスッキリが頭に蘇ってしまう。
「そりゃそうだ。天気が良かったから部屋の掃除をして、洗濯もしたんだぞ」
ゾロの言葉に、サンジは目を丸くした。
「そうなのか?」
「ああ、シーツも取り替えて全部洗った」
どうだえらいだろうといわんばかりの物言いに、エースの方が噴き出している。
だがシーツの取り換え云々は、言わなくてよろしい。

「な?こんなんじゃなかったんだよ。なんだよその、お母さん褒めて的な子どもみたいな言い方は」
「そんなんじゃねえ」
むきになるゾロは、本当にガキ臭かった。
けど、エースだって子どもみたいにからかっている。
自分よりはるかに年上の男二人のやり取りを見て、可愛いと感じる日が来るとは思わなかった。



飲んでたくさん喋って、それでも明日も仕事があるからと早めに切り上げて帰路に着いた。
サンジはアルコールを飲んでいないのに、心がぽかぽかして浮き立っている。
「エース、いい人だな」
「ああ」
「話も面白いし、いろいろ聞けたし」
「話は半分で聞いとけよ、調子いいから」
「でも、ゾロの話はほんとのことばかりだった」
「だからそれが怪しいんだよ、大体大げさなんだよ」
「いや、そのまんまだろ」
サンジは、ともすれば横道へ逸れようとするゾロを引き戻す。
「だからそっちじゃないって、なんで反対に曲がるんだよ」
「家はこっちだろ」
「違うって、筋が一本早い」
コートの裾を引っ張ったら、その手をゾロが掴んだ。

「じゃあ、どっちだ」
「――ー―…」
大きくて暖かいゾロの手を、ぎゅっと握り返す。
「こっちだよ」
手を繋いだまま、夜の道を歩く。
寒さに身を縮めて速足で歩く人々は、誰も気に留めなかった。











めざまし時計

-14-