■打ち合わせ
平日の昼下がり。
真昼でもどこか暗い、レトロと言えば聞こえはいいがどちらかというと古くて陰気な喫茶店の片隅で、サンジは追いつめられていた。
「まだ、決まらないんですか?」
追いつめている方のゾロは、黒縁眼鏡の向こうで酷薄そうな瞳を眇めた。
口調は優しく穏やかだが、目が笑ってない。
「いやだから、この方向で話を進めたいーって・・・」
「学園モノは、こないだもやりましたよね」
「これ違うし、女子高だし」
「余計ダメです。女子同士でダラダラ食っちゃべってるだけで、起承転結の起も見えません」
「いや、今どきJKも人付き合いが色々大変なんだそうだよ?ほら、思春期の甘酸っぱいあれとかそれとか、青春の痛みとか」
「深みが足りませんね」
バサッバサッと容赦なく切られる。
「今はまださわりだけだけど、こっからこう深刻なネタを振って、徐々に盛り上がってくるって・・・」
「このネームでは全く伝わってきません」
冷淡な態度で、サンジの胸にぱしっとノートを打ち付ける。
それを片手で払い除け、サンジは横を向いて足を組み替え、煙草を咥えた。
「あれもダメこれもダメって、だったらどーすりゃいいんだよ」
「前に提案した、OLモノはどうしたんですか」
「えーだって、あれドSエリートリーマンとワンコ系ガテン兄ちゃんとの間で揺れ動く恋心…だろ?OLちゃんはともかく、俺、
野郎なんて二人も描きたくねえし」
「そこを頑張るのが、プロでしょうが」
ゾロの叱咤に、サンジはふんとそっぽを向いた。
サンジは少女漫画家だ。
小学生から中学生をターゲットにした漫画雑誌で学園モノを連載し、その切なくももどかしいモジモジ感が受けてヒットを
飛ばし映画化もされた。
だがその後も似たり寄ったりの学園モノを連発したため、いまは鳴かず飛ばずの状態だった。
担当であるゾロは、ワンパターン化しつつあるサンジの方向性を転換させようと何かと働きかけている。
「お前も俺の担当だったら、もっとこう、俺の意向に沿うような提案しろよ。例えばOLなら、秘密の更衣室もしくは花の
女子会裏話的な」
「それを描いて楽しいのはあなただけです。それに私は、あなただけが担当じゃありませんので」
ゾロは長い指で、くいっと眼鏡の中央を押し上げた。
「私もいろいろと忙しいんです。さっさと決めてください」
「つれねえなあ、担当ってもっとこう・・・ほら、イササカ先生に平身低頭で張り付くノリスケさん的なノリを期待してんのに」
「牧歌的な時代は、とうに過ぎました」
そもそも・・・とゾロの小言は続く。
「女性キャラは多種多様でそれぞれに魅惑的なのに、あなたが描く男性キャラはほぼ1パターンしかない。細身の優男。
口が上手くてツンデレで、心根が優しい。女子供には一番受けるキャラではあるでしょうが、もっとこう、バラエティに富んだ
設定になりませんか」
「女子供って、差別的発言反対。それに俺は野郎キャラに興味ねえし」
「仕事ですから」
ゾロはこめかみを押さえたあと、すっと眼鏡を外した。
「同じような背格好でも、筋肉質でスポーツマンタイプの、ガタイのいい男らしいキャラを持ってくれば好対照になるでしょう」
「俺、これでも野郎の筋肉嫌々ながら描いてるつもりなんだけど」
「足りません」
対面に座っていたゾロが、不意に席を立って移動した。
サンジの真横に強引に腰を下ろし、くすんだ革張りのソファが沈む。
「なんだよっ」
「ほら、見てください」
サンジの左肘に沿わせるように、ゾロの右肘が置かれた。
「太さが違うでしょう、筋肉の付き方もこう・・・」
「なんだよ自慢かよ!」
確かに、ゾロの手とサンジの手では明らかに太さが違った。
サンジだってそこそこ筋肉は付いているし骨太なのだが、ゾロと比べると段違いに細い。
そもそも色が違うから、印象にも差がありすぎる。
「腕一つとっても、こういう体格差を現すとわかり易いんです」
「だからって俺と比べなくていいだろうが、お前ほんとに性格悪いな」
鬱陶しいからと手首まで捲っていたシャツを下ろし、サンジは尻をずらしてゾロから距離を取ろうとする。
なのにゾロは、サンジが下がった分だけ間合いを詰めてきた。
「ヒットした学園モノだって、ほとんど見つめ合って頬を赤らめる描写ばかりだったじゃないですか。もう流行遅れですがあの時
壁ドンの一つや二つ、連発しといてもよかったんですよ」
そう言って、サンジの動きを封じこめるかのように壁に手を着いた。
まさしく、コーナーに追い詰められている。
「や、そういうの女子的に受けるかもしんねえけど、俺は別に―――」
そう言いながらも、サンジは自分の頬が赤くなるのを自覚した。
いつもツンと取り澄まして、眼鏡の奥で眇められる目は一切の感情を宿していないかのようだったのに。
いま、メガネを外して至近距離から見つめる瞳は、どこか熱っぽく能動的だ。
ぶっちゃけ、ドキドキする。
「こうして迫ると、女性はほぼ何もできなくなってしまう。犯罪と紙一重ですが有効な手ではあります」
「そう、かもな。レディ相手なら・・・」
でも俺は違うし。
そう続けようとしたサンジの顎に、ゾロの指が掛かった。
そのまま強引に、くいっと上を向かされる。
まさかの、壁ドンからの顎クイ。
「身を持って、理解していただけますか?」
ゾロらしくない甘さを秘めた声と共に、熱い吐息が頬に掛かった。
いましも触れてしまいそうなほど近くに、ゾロの顔がある。
「り、理解したから・・・充分したからっ」
顔を真っ赤に染めて首を竦めたサンジを、ゾロはあっさりと離した。
「じゃあ、こういう感じで二人の男に翻弄されるOLを、描いてください」
「――――・・・」
まだ壁に張り付いた状態で、サンジはぎこちなく頷き返す。
いまの、なんだったんだ一体。
ビックリした。
そしてドキドキした。
まだ、ドキドキが止まらない。
「あ、今回の依頼は女性週刊誌向けですので。ジャンルはレディースコミックです」
「レディコミ?ってと、あの・・・」
下手なポルノ雑誌より過激な描写が多い、女性御用達のエロ系漫画?!
「え、俺、具体的にそこまでは・・・」
「絵柄は可愛らしいですが、あなたが描く女性のボディラインは艶めかしいのでギャップ萌えも行けると思います。好みなら
百合要素も入れていただいて構いません」
ゾロは眼鏡を掛け直し、いつもと変わらぬ取り澄ました横顔で素っ気なく言った。
「や、だから百合大好物だけど読み専で、描くとなると別問題―――」
「大丈夫です、わからない部分は先ほどみたいに、手取り足取りお教えします」
ゾロはそう言って、場違いなほど爽やかな笑みを浮かべた。
「二人で協力して、いいものを作っていきましょう」
サンジの次回作がヒットするか否かは、ゾロの手腕に掛かっている。
End