
ゾロはそれから丸三日、昏々と眠り続けた。
分裂したことで一時的に止まった成長も、眠りながら再開させたらしい。
目を閉じて穏やかな寝息を立てながら、ゾロの顔はいつしか丸みを失いシャープさを増していった。
毎日の計測を怠らないチョッパーが、診断書を片手にうんと頷く。
「昨日と今日とで身長差が見られない。分裂した時は別にして、初めてのことだ」
「・・・ってことは?」
「ゾロが元に戻ったってことだ」
ワアオと仲間内から歓声が上がる。
「やった、とうとうゾロが帰ってきた」
「長かったなー」
「言われて見れば、随分とふてぶてしい面構えになっちゃったわよねえ」
幼子の成長を傍で見守り続けた親心的な心情が、すでに仲間達の中に浸透してしまっている。
不遜にガアガアを眠り続けるゾロの寝顔を見ても、どこか「可愛らしい」と思ってしまうのは後遺症か。
「ったく、いい加減目え覚ませよ、大剣豪様よ」
サンジは皆を代表するように立ち上がり、ゾロの鼻を指で抓んだ。
んがっと間抜けな声が出て、次いで口が開き顎が上がる。
「・・・ん、だあ」
片目をパチパチと瞬かせてから、ゾロは寝そべったまま大きく伸びをした。
「起きた起きた」
「おはよう」
「よく寝たなー」
ぱっちりと目を開ければ、仲間達がぐるりと周りを取り囲んで覗き込んでいる。
ゾロは視線を巡らせてから眉間に皺を寄せた。
もう一度くわあと大きく欠伸をし、髪を掻きながら身体を起こす。
「あんだってんだ?」
「てめえは丸三日寝てたんだよ」
サンジが笑顔で、ゾロの額に手を当てようとする。
触れる直前にするりとかわし、ゾロはぎょっとしたように身を引いた。
「あんだクソコック」
「・・・え?」
驚いたのはサンジのみならず、仲間達も一緒だった。
ゾロの、サンジを見る目に違和感を覚え、あれあれあれと首を傾げる。
「なによ、サンジ君はゾロのこと心配してたじゃない」
「ずっとお世話になっていて、その態度は感心しないわ」
「そうだぞ、ここ三日間サンジはほとんど寝てないぞ」
「んなことねえよ、なに言ってんだよチョッパー」
顔を赤くして怒鳴るサンジの横顔を、ゾロは奇異なものでも見るような目で見上げた。
「はあ?誰がぐる眉の世話になったって?」
「「「お前だよ」」」
クルー総突っ込みに遭い、ゾロは気圧されてパチクリしている。
「もしかして、憶えてないの?」
「なにをだ」
「ゾロさんは再生の樹の効力で、身体が小さくなってらしたのですヨホホ〜。まさに究極のアンチエイジング、
次はぜひ私も」
「子どもに還ってた時でも、あんたちゃんと記憶あったじゃない」
そう言われても、ゾロははてと首を傾げるばかりだ。
「なに言ってんだてめえら、そもそもなんで船乗ってんだ。俺らはどこぞの島にいただろうが」
「だからそれが、一ヶ月以上前のことだって」
なんてこったと大騒ぎする仲間達の横で、サンジは一人ポカンと口を開けて固まっていた。
ゾロが、全部忘れてしまっている。
サンジに世話されて育った幼い日々も、酒を飲んで分裂したことも、成長して尚サンジを求めて寄り添っていたことも。
「・・・は、はは」
乾いた笑いを漏らし掛け、ぐっと歯を噛み締め堪えた。
よかった。
よかったんだ、これで。
「あーそう言えばもう3月に入ってるじゃない!」
よく通るナミの声に、我に返った。
「明日はサンジ君の誕生日よ、ついでにゾロの快気祝いもする?」
「そうそう、あくまでゾロはついでにな」
「サンジ、今回頑張ったもんなー」
お疲れ、と肩を叩かれサンジは曖昧に笑い返した。
「めでてえな、宴だー!」
まだ釈然としない表情のゾロを置いて、船内は一気に宴の前夜祭へとなだれ込んだ。
「そろそろ島影が見えてきてもいい頃だから、上陸してからお祝いしてもよかったんだけどね」
「まあそう言うことなら、食材の一斉処分ってことで大盤振る舞いもできるぜ」
俄かに決まったお祝い会に、総員総出で宴会準備だ。
「今回はあんまり食糧危機を感じなかったし」
「最初の内はゾロの食べる分が少なかったもの、後半は殆ど寝てたし」
ナミの軽口に、サンジは困ったように笑顔を返す。
事実、ゾロが子どもの頃は身体に見合った量しか口にしていなかったし、ここ数日は寝てばかりいたから
まるっと残ってしまっている。
その分、今のゾロは身体が大きくなったとは言え痩せていた。
早く美味い飯をたんと食わせてやらないと。
「サンジ、料理の準備が終わったら休んでいいからな。ずっと働き詰めだったじゃないか」
「そうだぞ、夜は夜で毎晩付き添ってたんだから、ほとんど寝てねえだろ」
「んな訳ねーだろ」
「バースディケーキは私達に作らせて。そろそろ主役は甲板に移動して貰えないかしら」
ロビンにそう頼まれては嫌とも言えない。
サンジは渋々エプロンを外して、皆に追い立てられるようにして甲板へと出た。
真っ赤に染まった空をバックに、ぽったりと膨れ上がった黄色い太陽が水平線へと溶けるように沈んでいくところだった。
幾筋も棚引く雲は黄金色に輝いている。
多分明日も晴れだろう。
東の空が紫掛かって、ポツポツと星が瞬き始めるのを見つめながら、サンジはふうと煙を吐いた。
もう一人の主役は、もろ肌脱いで錘を振っている。
「目え覚めた途端、勤勉なこって」
「・・・畜生、鈍ってやがる」
ゾロは険しい顔付きで、前を向いたままひたすらに単調な動作を繰り返していた。
こうして錘を振る姿を見るのも、実に一ヶ月以上ぶりの光景なのだ。
成長するにつれてそれなりにトレーニング方法も変えて行ったが、完璧に身体ができたのは今日のこと。
丸三日寝ていたブランクもあって、ゾロ自身相当なギャップを感じているだろう。
「ったく、一ヶ月以上経ってんのは間違いねえらしいな。どこもかしこも鈍っちまって」
ガコンと音を立てて錘を置き、噴き出す汗をタオルで拭いた。
サンジは黙って、特製ドリンクを樽の上に置く。
それを当たり前みたいに手に取って、それからゾロは不意にサンジの顔を見た。
「ありがとう」
「―――?!」
途端、顔から火を噴くように真っ赤になったサンジに構わず、ごくごくと喉を鳴らしながら飲んだ。
「て、てめえいきなりなに言いやがるっ」
「ああ?俺がなんか言ったか」
「言ったじゃねえか!」
地団駄踏んで怒るサンジに、ゾロは空のグラスを掲げてふーと息を吐いた。
「・・・なんて言った?」
「う・・・」
答えに詰まり、サンジはバリバリと髪を掻いた。
「んなもん、言えるか!」
「おかしな奴だな」
からかっているのか、それとも本気で無自覚なのか。
きいきいと怒るサンジに構わず、ゾロはトレーニングを再開させた。
ぶんぶんと、巨大な錘が振れる度にゾロの背中の筋肉が静かに、けれど力強く躍動する。
その様をサンジはじっと眺めていた。
傷一つない、滑らかな肌。
滲み出た汗が肩甲骨から背中へと伝い落ち、腹巻に染み込んでいく。
逞しく健やかな、美しい身体だ。
島を出た時は両手で包み込めるほど小さかったあの頼りない幼子が、こんなに大きくなっただなんて。
つい感慨に耽ってしまって、目の奥がじんわりと熱くなったりして。
なんだろうこの、寂しいような誇らしいような複雑な気持ちは。
頬を撫でる風が、少し冷たくなってきた。
夜はとっぷりと暮れ、見上げれば満天の星空だ。
「お待たせー」
ラウンジから、ナミの呼ぶ声が響いた。
「主役のお二人さん、早くいらっしゃい」
「早く来ないとルフィに食われるぞー」
「そりゃまずい」
ゾロは錘を置くと、ざっと身体を拭いて服を着直した。
特製ドリンクが載ったトレイを持ち、行きかけて足を止める。
「なにやってんだ」
「あ、ああ」
一連の動作をぼうっと見ていたサンジに、振り返る。
「妙なモンだな」
「あ?」
「てめえと、食いに行くってことがだ」
いつもなら、サンジが食事の時間を告げそこにゾロが向かったものだ。
けれど今は、二人が食事に呼ばれてラウンジに向かう。
「そうだな」
言われて見ればその通りだと、なんだかくすぐったい心地がして素直に同意する。
歩き出したサンジを促すように、ゾロがトレイを持たない方の手をその背中に添えた。
あまりに自然な動きで、さらにサンジもゾロとのスキンシップに慣れてしまっていたから、二人とも気付かない。
「主役のお二人さんの登場です!」
「おめでとう!」
「サンジ、誕生日おめでとう」
「ゾロ、全快おめでとう!」
ゾロが持っていたトレイをフランキーが受け取り、すっかり手ぶらになったのになぜか寄り添うように身を寄せて
立つ二人に、仲間達は惜しみなく祝福の拍手を浴びせた。
「ほんとだって、お母サンジ、なー」
「マジかよ勘弁しろよ」
ゾロを囲んで、ウソップとルフィが馬鹿騒ぎしている。
乾杯の後、ゾロが試しに一口飲んでみてあの分裂現象は起きなかった。
これですべて元通りと、改めて乾杯しその後は無礼講となった。
ゾロは久しぶりの酒が総身に染み渡るのか、珍しくご満悦でゆっくりと味わっている。
そんなゾロを、格好のネタでもってウソップ達がからかった。
「お前が分裂した時は、そりゃあちょっとしたパニックだったぜ。ちょこまかと走り回るお前を俺様特製の
ゾロ獲り網で掬っては投げ掬っては投げ」」
「またまたー」
「違うだろ、スーパーな俺のゾロ捕獲機が・・・」
「餌に触れるとバネで檻が下りて」
「じゃあサンジが真ん中に座ってねえとな」
ぎゃははと馬鹿笑いしながら、隙を見ては給仕に立とうとするサンジを掴まえてゾロの横に無理矢理座らせる。
「とにかく、今回はサンジが大活躍だったんだから。ゾロはちゃんとお礼言えよ」
「そーらそーら」
この話題になると、ゾロはなんとも憮然とした表情でグラスに口を付ける。
サンジはと言えば、居心地の悪そうな顔で視線だけ落ち着かなく彷徨わせるばかりだ。
「俺なんか羨ましかったぞー。俺もお母サンジがいい」
「俺もー」
「ルフィは食わせてくれんならそんでいいんだろうが」
違いねえと、肩を組んで笑い合う。
「馬鹿言ってんじゃねえよ、俺はもう金輪際ごめんだぞ」
サンジはグラスをチビチビ舐めながら、真っ赤に染まった顔でウソップを睨み付けていた。
上体がフラフラと揺れ、目が据わっている。
「なんだよ、ピッチ早いな」
「寝不足な上、あんまり食事もとってなかったからな。身体が疲れてんだよ」
チョッパーはすかさず医者の顔になり、アルコールストップを言い渡した。
「この辺でお酒は終了しようか」
「そろそろデザートタイムね」
「待ってました!」
まだ酒瓶を抱えている大人組は置いておいて、芳しいコーヒーやミルクをそれぞれに配った。
「はい、サンジ君私たちが作ったケーキをあ〜ん」
「あ〜〜〜〜v」
酔っ払ったまま目をハートして、ナミとロビン特製のケーキをぱくりと食べる。
「うんまーい!最高!甘い、美味しい!!」
「ふふふよかった」
「ゾロも、飲んでばかりいないで食べなさいよ」
ナミに肘でつつかれ、ゾロも申し訳程度にかけらを口にする。
「・・・うん、いけるな」
「でしょ」
「ゾロ向きにお酒を効かせてあるから」
ロビンは小悪魔的に笑い、膝の上にコロンと転がってしまったサンジの頭を撫でた。
「サンジには、とどめになっちゃったみたい」
「撃沈ですヨホホ〜」
「どれ、スーパーな俺様が男部屋に運んでやるか」
立ち上がりかけたフランキーより先に、ゾロが腰を上げた。
「いい、俺が運ぶ」
「あ、そう」
「それじゃお願い」
誰も主役の二人を引き止めず、寧ろあっさりと任せた。
「俺らは一晩中宴会してっから、ごゆっくりな」
「朝もゆっくりでいいぞ」
「朝の内に上陸しちゃうってのも手ね」
「お前らはゆっくりしてろよ」
なぜか口々に「ゆっくり」を推奨され、ゾロは腑に落ちない顔でサンジを担ぎ上げて男部屋へと引き上げた。
