退屈しのぎにもならねえと、ゾロは不貞腐れた態度で長椅子に足を投げ出した。
今までのところ酩酊状態のゴロツキ2人と海賊らしき3人を丁重におもてなししたが、いずれも撫でた程度で
飛んで帰ってしまって準備運動にもなりはしない。
もう少し骨のある狼藉者はやって来ないものか。
そんなゾロの物騒な思惑などまったく知らず、館主はニコニコ顔だ。
用心棒を雇ってしまえばこれほどに心強いものかと、単純に喜んでいる。
あの程度の輩でも怯える根性では、この店の先行きも不安と言うものだがゾロはそんなこと知ったことではない。
「お食事の準備ができました」
最初に会った女が、遠慮がちに声を書けた。
食事のために控えの間に移動しろということだろうか。
化粧臭い部屋に立ち入るのは億劫で、ゾロは酒だけでいいとぶっきら棒に返事した。
「では、おつまみをお持ちしますね」
ゾロの顔色を窺うような、おどおどとした態度は変わらないが、先刻とは何か雰囲気が違う。
暇潰しにじっと考えて、首に花柄のスカーフが巻き付けられているからだと気付いた。
破れて露わだった胸元は色気と言うより不憫さを強調するような格好だったから、この方がずっといいと柄でもなく
細かいことに気付く。
食事から取り分けられたらしい一皿をローテーブルの上に置き、酒瓶を2本追加してぺこりと頭を下げた。
娘が引っ込んだ先で、女達の姦しい声が響いた。
「なあにこれ、可愛いらしい花が飾ってあるじゃないの」
「うっそ、なんだかちょっと違うんじゃない?」
「小さく切ってあって食べやすいわ」
つい今しがた仕事を終えて気だるげに控え室に戻った女も、急に元気になったように華やいだ声を上げている。
「ヨハンったら、急にどうしちゃったんだろう」
「アンナの魅力にやられちゃったんじゃないの」
「そう言えば、アンナどうしたのそのスカーフ!」
きゃあきゃあと囃し立てる声を聞き流し、ゾロは皿の上にあるオードブルを一つ摘んだ。
ちょこんと立てた楊枝には、布の切れ端がリボンのように結んである。
どこかの誰かみたいな細かい芸当だなと感心しながら口に入れた。
途端、鼻腔に広がる芳醇なハーブの香りに、味わいながらも眉間の皺が自然と深くなる。
「美味しい!」
「腕を上げたわねえ」
きゃいきゃいとはしゃぐ声をバックに、ゾロはのそりと立ち上がり酒瓶を持ったまま窓辺に歩み寄った。
「なにか?」
足りないものでもあったかと、アンナと呼ばれていた娘が控え室から飛んで出てきた。
「なにもねえよ」
「お口にあったでしょうか」
いつもはもっと素っ気無い料理なんですが、と口ごもりながら詫びて来る。
今日に限って女性向けの可愛らしいメニューだったことを申し訳なく思っているようだ。
「別に美味けりゃいい」
そう言いつつ窓の下を見ると、高台から見下ろすようにして食堂の屋根が見えた。
明かり取りの窓から、中の様子が丸見えだ。
遠目にも金ピカ頭がちょこまかと動いているのを見つけ、やれやれと肩を竦めた。
共に逆方向に歩いた筈だったのに、あの野郎、勝手に人の後つけてきやがったのか。
一瞬そう思ったが、つけられる理由はないだろうと思い返して単なる偶然と結論付けた。
船の中で毎日顔をつき合わせているのだから、島に降りた時くらい離れて過ごしたいだろう。
何も好き好んで、毛嫌いしている自分の傍にはいたくない筈だ。
「そこに見える食堂から、いつもお夕飯を作っていただいているのです」
じっと見下ろしているゾロに気付いて、アンナは小さな声で説明した。
「今日はどうしたのかしら、遅くまで開いているしお客様もとっても多いみたい」
「なあに、随分景気いいのねえ」
「そう言えば、さっきまで表に列ができてたわよ」
「並んでまで食べたいの?ヨハンったらほんとに一体どうしちゃったの」
いつの間にか女達が出てきて、ゾロの背中越しにワイワイと喋り出すから喧しいことこの上なかった。
それでも、最初に見た時のように陰気臭いよりはマシだろう。
女達のさんざめきを波の音と同じように聞き流しながら、ゾロは飽きることなく窓の下の景色を眺めている。
いつもは睨んでいるか怒鳴っているかだけの、小憎らしい男だ。
けれどこうして立ち働いている分には、随分と軽やかで表情も和らいで見える。
誰かに何か言われたのか、時折足が飛び出しているが乱闘までは行っていない。
寧ろ腰を折り曲げて上体を揺らしているのは、大口開けて笑っているからだろうか。
初めての島でも随分と馴染んでいるようだ。
船のキッチンでもラウンジでも、サンジは他の仲間達に対してなら朗らかで優しい。
女に接する態度は別物として、ゾロ以外の人間にはみな一様に親切だ。
顔見れば小言を言い、口元を歪め目を眇めて悪態を吐いたりしない。
まるで目の敵にでもするように、くだらないことで張り合って意固地になって背を向けるような態度は誰にも取らない。
―――別に、どうだっていいんだが
それでも、キッチンに立つ背中やラウンジでの仲間とのやり取りや、こうして端から見るサンジの姿はゾロの気持ちを和ませた。
こんな風に彼を眺めることは、嫌いではない。
「あら、綺麗な金髪」
「見慣れない子ね、旅のお客さんかしら」
「でもヨハンと一緒にカウンターの中にいるようよ」
「繁盛してんのかしら、バイト雇うだなんて」
目敏くサンジを見つけた女達に苦笑を漏らしていると、玄関先から慌しく館主が飛び込んできた。
「アンナっ、隠れなさい」
「はい!」
ほぼ条件反射的にアンナが身を翻すのと、扉が開いたのはほぼ同時だ。
「これはこれは、ジオノア様」
揉み手で突進した館主の後ろで、隠れ損ねたアンナが中途半端な姿勢のままカーテンを握り締めている。
ゾロは窓辺に凭れ、気配を消して事態を見守ることにした。
「おるではないか!アンナちゃん!」
ごつい銅鑼声と共に腹の出た男が姿を現した。
この島では浮いてそうな、派手なナリの中年男だ。
「わしの誘いをいつまでもかわすとは、本当にアンナちゃんは気難しい仔猫ちゃんだな」
カーテンに隠れ小さくなっているアンナの元へ、大股でノシノシと近付いていく。
「ジオノア様、実はアンナはまだ病み上がりで・・・」
「おお、腹を壊しておったのだな」
「いえあの、その後風邪を引きまして」
「先ほどまで寝込んでおりましたのよ。さ、アンナ、ジオノア様に移ると大変」
アンナはとってつけたような咳をしながら、俯いたままぺこりとお辞儀をして控え室へと引っ込む。
ジオノアと呼ばれた男は、不満気に顔を歪めた。
「なんということだ。アンナちゃんは見掛け通りに華奢でか弱い乙女だのう。早くよくなって貰わないと、式の段取りができぬ」
「あの、ジオノア様は本当にアンナをお迎えしてくださる・・・気で?」
気弱な館主が額の汗を拭いながら、遠慮がちに聞いてくる。
「勿論じゃ、アンナちゃんはこの泥沼の中に咲く一輪の蓮の花よ。不埒者に汚される前にわが屋敷に迎え入れねば」
「あら、あたし達は泥花ですか?」
女達の軽口を、男はふんと鼻で笑った。
「泥も泥、散った後のような枯れ尾花がなにを言うか」
女達の額にピキッと青筋が立ったが、男は気にも留めないで猫なで声を出す。
「このような汚らわしい場所に引っ込んでないで、早くわしの屋敷においでアンナちゃん。悪いようにはしないよ、
大切に大切に妻として迎えよう」
いいね、と最後は館主に向かって念押しし、用事は済んだとばかりに来た時と同じようにノシノシと大股で玄関から出て行った。
数人の護衛を引き連れているから、かなりの身分なんだろう。
行ってしまってから、ゾロは「あれはなんだ?」と声に出して問うた。
その声に初めてそこにゾロがいたことに気付いて、館主達は一様に飛び上がった。
「え、いつからそこに」
「最初からいたぞ」
「ああ、そう言えば・・・」
気弱な館主は首筋まで汗を掻きながら、いやはやもうと声を潜める。
「島の領主様ですが、アンナがこの街に越して来て以来ずっと気に掛けてくださっているのです」
「嫁に迎えると言ってたじゃねえか」
確かに年は親子ほどにも違い過ぎるが、あの男の身なりを見る分には悪い話ではあるまい。
少なくとも娼館で下働きをしているより待遇はいいだろう。
言葉を濁す館主の後ろで、女が大仰に肩を竦めて見せた。
「口がいいのは最初の内だけさ。今までも何人の女があの甘い言葉を真に受けて、領主様の下へ行ったか」
「結婚を前提にと屋敷に入って、式を挙げる前に散々弄んで飽きたらポイだもの。この街の人間はみんなそのことを
知ってるから、あんな男の戯言になんか耳を貸さないよ」
「ちょっと若い子とか可愛い子を見ると、手当たり次第だからね」
「乱暴なことはしないんだけど、しつこいよね」
散々な言われようだ。
が、金や暴力に明かして無理やりどうこうしようとはしていないらしい。
「島の領主ってことは、それなりに金持ってんのか」
ゾロの問いに、まあねと女達は憎々しげに顔を歪めた。
「金は持ってるのに遊びに使いやしない。あたし達みたいな淫売は汚らわしくて見るのも嫌なんだってさ。
素人好きの変態ジジイめ」
罵りの言葉に促されるように視線を下げて、館の下を領主一行がノシノシ歩き去る姿を上から見ていた。
細い路地を抜けたところに車が止めてあるらしい。
運転手がドアを開けて出迎えようとしたところで、不意に後ろから来た男に殴られ倒れるのを目にした。
ゾロは反射的に立ち上がり、そのまま窓を開けて身を乗り出す。
「ちょっとあんた・・・?」
慌てて止めようとする女の手が届くより先に、ゾロは身を翻して階下へと飛び降りていた。
「なんだ!」
護衛を銃で撃たれ、領主が一人で立ち尽くしている。
前後から取り囲むように、柄の悪い男達が集まってきている。
「つまんねえ島だからよ、一番金持ってんの誰か聞いてみたんだよ」
リーダーらしき男は銃で肩を叩きながら、薄ら笑いを浮かべている。
「あんたこの島の領主様だって?俺らを屋敷に呼んでくれよ。なあに上手い飯と酒と女でも食わしてくれたら文句は言わねえ」
「たった2日のことだからよ、楽しませてくんねえかな」
ニヤニヤ笑う男達に、領主は大きな腹をぶるぶる震わせて慄いていた。
「なにを言うか、お前達ごときを我が屋敷に呼ぶなど・・・」
「言うこと聞かねえなら、その腹に弾ぶち込んで財布貰うだけだぜ」
「チンケな島だぜ、これで護衛のつもりかよ」
道端に倒れ付した男の頭を蹴りながら、どうする?と銃を構え直す。
領主が低く唸ると同時に、二人の間に一筋の光が走った。
今のは何かと気付く前に、男が構えた銃先が斜めに切れて足元へと落ちる。
「・・・あ?」
「え?」
「は?!」
カツンと乾いた音に弾かれたように、男達は声を上げてその場から飛び退った。
「なんだ?!」
足元には砕けた銃身や刀がバラバラと落ちていく。
「小せえ街のくせに、随分と物騒だな」
からかうような声音に、はっとして顔を上げる。
暗闇から姿を現したゾロに、視線が集中した。
「領主とやら、言われた通りにこいつらを屋敷に招待するか・・・」
小さな音を立てて刀を納めながら、ひたりと暴漢達を見据える。
「2日間限りで俺を雇うか、どちらにする?」
「なんだとお?」
「引っ込んでろてめえ!」
対峙して力量も計れない程度のゴロツキかと、失望しながらゾロはこきりと首を鳴らした。
「見て判断すりゃあ、いいか?」
そうしてまた、闇夜に一閃が飛んだ。
「素晴らしい!!」
女達が評した通りと言うべきか、調子がいいのか惚れっぽいのか領主はすぐさまゾロに飛び付いた。
「2日と言わず、わし専属の用心棒にならないか?勿論、給金は弾む」
「2日だけだ、こっちもログの都合があるんでね」
ろくに抵抗でも出来ないまま昏倒した男達を一箇所に集めながら、手傷を負ってうめいている護衛達を車に積み込む。
気を失っていた運転手も覚醒させ、ゾロはテキパキと撤収準備を始めた。
「それにしても素晴らしい剣技だった。もっと明るいところでちゃんと見たい」
「見せもんじゃねえよ」
「港で海賊を捕らえたら手合わせさせよう。なあに、勿論給金は弾む」
ホクホク顔の領主の後に着いて行こうとして、足を止めた。
振り仰げば、高台から館主が情けない顔で窓から身を乗り出している。
「そういうことだ、邪魔したな」
「そんなあ」
折角頼りになったのにと、情けない声を上げる館主に片手だけ上げて、ゾロはさっさと領主の車に乗ってしまった。

