「誕生日おめでとー!」

盛大な拍手と共に、グラスが掲げられた。
今日はゾロの誕生日。
朝からソワソワと準備に励んでいた仲間達は、日が暮れるのも待たずに宴会を始めた。
昨日から続いた雨も午後には止んで、薄紅色の空には宵の明星が輝いている。
「よかったなー大物が釣れて」
「図ったように掛かったよな。この日のためのメインだ」
午後から釣り糸を垂れたルフィが大物のホンマモンマグロを釣り上げ、宴席は急遽マグロ尽くしになった。
サンジが二人だったのが幸いし、宴会用から加工・保存用までを手早く処理できた。
「今日の主役」のタスキを掛け、紙の王冠を被りお誕生日席に座ったゾロの前には、巨大な兜焼きがデンと据えられている。
それを肴に抱えた一升瓶をチビチビ飲むだけで、ゾロはご満悦だ。

「今夜だけは特別に両手で花よ、タダで」
「あら、大盤振る舞いね」
二人の魔女に挟まれて両手に花もないとは思うが、敢えて口には出さない。
なにを言ったって言い負かされるに決まっている。
どうせ両手に花なら・・・とチラリと考えて、一人首を振った。
「なあに?」
「なんでもねえ」
言いながらナミに注がれた酒を口に含み、視線だけ上げた。
「あれは、なにしてんだ」
「あれってなに?」
「今、二人いる奴」
続いて酒を注ぎながら、ロビンはクスっと笑った。
「そう言えば、せっかく二人いるのに今はどちらもいないわね」
「まだ魚の処理が残ってるのかしら。どっちか一人座って食べたらいいのに」
「ここのところ、ずっと忙しそうだったもの」

倉庫で押し倒して以降、どちらのサンジもゾロに寄り付かなくなった。
いつ見てもなにやら忙しそうにバタバタとしていて、視線すら合わせてくれない。
よからぬ悪戯どころか喧嘩にすらならなくて、ゾロは大変不満だった。
この際偽者じゃなくてもいいから、ちょっかいを出してしまいたい。
そもそもゾロに近付いて来なければ偽者かどうか判断できないのだから、これでは二人に分かれている意味がない
じゃないかと理不尽な不満さえ湧いてくる。

「せっかく、ゾロの誕生日前にって狙って二人になったのにね」
ナミの言葉に、ゾロはは?と首を巡らした。
「俺の誕生日に?」
「そうよ。ブンレツの実を食べるのはいつでもよかったのに、どうせ忙しくなるからってあんたの誕生日に合わせて
 食べたの。まあ、結果オーライだけど」
「それも今宵限りね。二人の彼らを見られるのも」
明日にはもうその効力は消えるのだという。
ロビンは意味ありげな視線を向けて、じっとラウンジの方向を睨むゾロの横顔に囁きかけた。
「どうせ両手に花なら、彼らの方がいい?」
考え事をしていたから、そのまま素直に頷いてしまう。
はっとして振り返ったら、背後でナミが噴き出した。
「やっだーゾロったらぼうっとして、おっかしいの」
サンジ君が両手に花かあとケラケラ笑って、更に酒を注いできた。
そのままナミに注ぎ返し、ロビンにはひと睨みも加えて酒を注いだ。
おお怖いと声に出さないで肩を竦め、素知らぬ顔で杯を空けている。

「ちょっとー!サンジ君呼んできて〜」
いい感じに酔っ払ったナミが手を上げて、誰にともなく命令した。
ブルックはバイオリンを奏でているし、フランキーとチョッパーはその曲に合わせて踊っていている。
ルフィは勿論食べるのに夢中で、結果的にウソップが腰を上げる羽目になった。
「なんだよなんだよ、おーいサンジー!」
ふらつく足取りでラウンジを覗けば、サンジは二人掛かりでケーキを運ぼうとしているところだった。
「おう、いいとこに来た長っ鼻。手伝え」
二人に分かれたとは言え、力は半分だ。
一人で持てるものを二人で持つことになるから、労力は変わらない。
「もうそれで仕舞いか?ナミが呼んでんだよ」
「んナミすわんがっ?それはすぐに掛け付けねばっ!」
二人して目をハートにしクルクル回りながら飛び出していく様はなんとも圧巻だ。
やれやれと肩を竦め、ウソップは一人でケーキを運んだ。





「ナミっすわん、貴女のサンジが馳せ参じましたー!」
足元に這い蹲るように二つ並んだ金色の旋毛をとろんとした目で見下ろしながら、ナミはふふんと悪い笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、私たちとバトンタッチしましょ」
「そうね」
「はへ?」
ロビンの芳しい笑みに鼻の下を伸ばしながら、誘われるまま空いた場所に腰掛ける。
はっと気付けば、ゾロの両側にそれぞれのサンジ。
「まさに両手に花ね。サンジ君、後はよろしく」
「本日の主役の接待、お願いね」
じゃあねーとたおやかな腕を振りつつ、二人の美女は宴会の輪の中に戻っていった。
残されたのは、本日の主役と花が二輪。

「えーっなんでー?」
「ナミっすわん、ロビンちゅわん?」
「おい、酒」
「あああ?」
「ざけんなっ」
両側から怒鳴られたが、ゾロはこの際気にしない。
どちらにせがんでいいかわからず、とりあえず杯を前に突き出したら、右側が渋々と言った風に酒を注いで来た。
「なんで俺がお前なんかに・・・」
「誕生日だからだろ」
しれっと答えながら、酒を注ぎ返した。
ついでにと左側にも酒を注いだら、勢いよく飲み干して返杯してくる。
「くそう、今日はとことん飲むぜ」
「おうよ、俺が二人なのも今日までだからな。覚悟しろよ」
二人掛かりでゾロを酔い潰す気にでもなったのか、俄然張り切って酌をし出した。

――― 一体どっちが、本物だ?
どうしてもゾロの頭にはその疑問が湧く。
もはやゾロにとって可愛い方が偽者だった。
だが今、自分を挟む二人はどっちも同じでどちらも可愛い。
や、可愛いって何だよ。

誕生日にかこつけて心置きなく酒を味わいながらも、空いた左手で試しに左側のサンジの腰を抱いてみた。
が、特に嫌がる素振りも見せない。
これはイけるか。
左が偽者かと思いながらも、右側に視線を移した。
ゾロに返された酒のせいか、かなり酔いが回った状態で真っ赤に染まった頬を傾け、懐に凭れ掛かっている。
この無防備さはまた偽者臭い。
一体どっちが、どっちなんだ。
片手でサンジの肩を抱きもう片方を膝に乗せて、ゾロは最終的には一人でラッパ飲みしていた。





「んーもうダメ〜」
むにゃむにゃと口の中で呟きながら横たわったナミに毛布を掛け、ロビンもその隣に寝かせる。
酔い潰れたルフィとウソップ、ブルックを一塊にして男部屋に放り込んだ。
食器類はすべてフランキーがラウンジに運び終え、チョッパーは見張りしなきゃとフラつく足取りで見張り台へ
昇ろうとしている。
「見張りなら俺がするぞ」
本日の主役であり、誰よりも多く飲んだ筈のゾロはギンギンに目が冴えていて眠れそうになかった。
「でも、ゾロ誕生日なのに〜」
「誕生日だからって寝なきゃならんことはねえだろ」
「そうだな、お前さんよりその方がよさそうだ」
フランキーにひょいと抱え上げられ、チョッパーはすぐさまその太い腕の中でうとうととし始める。

「後の片付けは任しとけ」
「おう、頼むな」
フランキーにそう言い終えて、見張台に上ろうとした。
ふと足を止め、同じ顔を並べるようにして二人仲良く凭れ合って眠るサンジを見る。
「これ、ブンレツしてるの今日限りだっつってたな。どうやって戻るんだ?」
「さあな。そん時は一緒にしとかんと融合できねえのかも」
ふむ、と考えて二人をそれぞれ小脇に抱えた。
「面白そうだからまとめて手元に置いておく」
「ああ、そりゃあいい」
明らかに二人で一人分の体重の身体を抱え、ゾロは見張台へと向かった。





別に不埒な真似をしようという目的ではなかったが、せっかく二人揃ってるのだから最後まで眺めていたい。
そう思って床に身を横たえさせた。
見張台から見上げる空には、満天の星が輝いている。
どうやら明日もいい天気だ。
毛布は一人分しかなかったかと、取りに降り掛けて踝を掴まれた。
ん?と振り返れば、一人のサンジがだらんと寝そべったまま手を伸ばしている。
「こらーにげるなーまりもー」
「逃げねえよ」
起きたのが嬉しくて、ゾロはそのまましゃがんだ。
や、嬉しいって何だよと己で突っ込みつつも顔がにやけるのは隠せない。
「てめえ、偽者か?」
「あーそうだぞー」
偽者サンジは髪をぽわぽわさせながら、にへっと笑った。
完全に酔っ払いだ。
だが酔っ払った本物サンジもこんな感じだったなと思い出す。
アルコールが入った時だけ、やけに馴れ馴れしく引っ付いてきたりしたものだ。
それでいて、翌朝にはいつもよりツンケンしたりしていたけれど。

「ぞろー」
偽者サンジはへらへらと笑いながら、幼子のように両手を伸ばして来た。
だっこをせがんでいるようで、ついしゃがんだ体勢のままそれに答えてしまう。
「なんだ、起きるのか」
両腕を回して抱き上げてやれば、そのまま抱き付いて来た。
実際に手にしてみると、サンジの身体はゾロの腕の中にすっぽりと納まって心地よい。
「ぞろー」
「ん?」
完璧に、甘えるサンジに甘やかすゾロの構図になっている。
普段の二人を知っているものが見たらその場で卒倒しそうなほど衝撃的な場面だが、幸い誰も目撃者はいない。
そして本物のサンジは傍らでぐっすりと眠っている。

「もう、俺がいるのも今夜で最後だからさー」
ゾロの首に齧り付いて、耳朶を擽るような熱い吐息で偽者サンジが囁く。
「今だけ、な?」
今だけ―――という言葉に、何故かゾロの胸がちくんと痛んだ。
今だけなのだ。
こんな風に触れさせてくれるのは、偽者サンジだけなのだ。
本物のサンジは、決して許しはしないだろうに。

ゾロは胡坐を掻いて膝の上に乗せたサンジを、そっと押しやった。
サンジは赤い顔のまま、きょとんとした表情でゾロを見返している。
「お前は、本物じゃねえんだろ?」
なにを言われるのかと不安に揺れる瞳を、ゾロは真正面から見返す。
「偽者のてめえにゃそそられるが、所詮偽者は偽者だ」
ゾロの諦めたような穏やかな口調に、サンジはふるふると首を振った。
「偽者でも、いいじゃねえか。どうせ明日にゃ消えるんだ、思い出の一つくらい」
「それは、俺の思い出か?」
はっと、片目が見開かれた。
「お前は、つか本物は覚えてねえんだろ」
サンジは視線を下げて暫く俯いてから、うんと頷いた。
「そうだ、これは俺んだけの記憶だ。けど、お前も多分覚えてねえ・・・と、思う。うん、ここだけの話だ。だから、
 誰も知らないから」
だからいいだろと、その懐に再度飛び込む。
「消えていく俺の中にだけ、刻み付けてくれよ。てめえのこと、この身体に全部」
あまりにも必死な叫びに、ゾロの方が戸惑いを隠せない。
どうしてここまでサンジの偽者は自分を求めて止まないのか。
その答えが、どうしても見つからない。

「なあ、明日の朝が来たなら俺はもう消えるんだ。だからせめて、明日の朝が来るまでにせめて―――」
切羽詰った調子で言い募る声が、ゾロの心を揺さぶる。
「ええいクソっ」
業を煮やした偽者サンジは、全体重で圧し掛かってその唇に噛み付いた。
とは言え半分の体重では押し倒す威力もない。
ただあまりに切実なキスを繰り返すから、ゾロの中の偽者への愛しさが否応なしに膨れ上がった。
「っくそ」
もうどうなっても知らねえぞと、ゾロは偽者サンジの身体を抱え直して床に横たえた。









明日の朝までに

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