意識したわけでもないのにやや長風呂になって、気まずい思いのままそっと洗面所から出れば、予想通りと
いうかお約束というか、ゾロはダブルベッドの真ん中にどんと大の字になっていた。
「こんの、クソ野郎〜〜〜」
想定出来ていたからこそ、余計に腹が立つ。
悲壮感さえ漂わせながら、ごしごしあちこち磨いたこの玉の肌を、どうしてくれるんだこの野郎。
ベッドごと蹴り飛ばしたいのをぐっと堪え、ある程度の威力を与えそうな豪奢な椅子を抱えてそろそろと
近寄れば、ゾロは仰向けになったまま安らかな表情で目を閉じている。
このまま椅子を振り下ろそうとして、思い直し止めた。
折角ナミ達が用意してくれた部屋なのに、椅子を破壊した上乱闘になったら申し訳が立たない。
そっと椅子を床に下ろしてから、肌蹴たバスローブの前を合わせ直した。
一応、バスローブ一枚で上がってきたのだ。
なんでと問われれば暑かったからと答えるしかないけれど、幸か不幸かそんなこと訪ねてくれる相手もいない。
「は〜〜〜〜」
やや大げさなくらい深い溜め息をついて、サンジはゾロの隣に腰を下ろした。
重みで少しベッドが沈む。
けれど一旦寝たゾロは、そんな程度で起きやしない。
そう油断したサンジは、尻をゾロの脇腹にぺたりとくっつけた。
そうして足を組んでから、煙草で吸うかと手を伸ばしかけて固まる。
ゾロの両腕が、いつの間にかサンジの胴を挟み込んでいたから。
「き?や?・・・な?」
「何を言ってる」
ゾロは薄目を開けて眠そうに天井を見詰めていた。
けれど両手はサンジの腰をがっつりホールド。
あまりの驚愕に、振りほどいて立ち上がることも思いつかない。
「お、起きてやがったのか・・・」
急に気恥ずかしくなって、サンジはゾロの腕を払い除けようとして両手を宙に彷徨わせた。
なんというか、この腕に触れるのも躊躇われたのだ。
しっとりと汗が滲んだ自分の指が、ゾロの肌に触れるとやばい気がしたから。
「つかもう、俺も寝るぞ。折角のベッドなんだから、お前もうちょっとそっち詰めろ!」
開き直って、サンジはぐいとゾロの脇腹を腰で押した。
ゾロは肘を伸ばし、尚深くサンジの腰を抱き寄せる。
いや、それは違うだろ。
「あのなあ、俺はそっちにずれろと・・・」
「いいだろ、いつもみたいに寝たら」
「―――へ?」
サンジは首だけ伸ばして目を閉じたままのゾロの横顔を見下ろす。
「いつも、こうやって寝てるじゃねえか」
そう言いながら、ゾロはぐるんと器用に腕を倒してサンジの身体を抱え込んだ。
視界が反転して今は目の前に天井が見える。
隣にはゾロの横顔、腹回りにはゾロの腕。
「なんなんだっ?」
仰向けに、しかも人の真横に寝っ転がってアワアワしてるなんて間抜けな図だが、慌てているのはサンジだけだ。
「誰も見てやしねえから、気にすんな」
ゾロは相変わらず目を閉じたままだ
まるで眠りの淵にいるかのように、少し間延びした声で穏やかに語る。
「てめえはいつも、夢で魘されて俺に抱き付く。その後こうやって抱かれながら寝てんだから、いつものままでいろ」
「はあ?」
サンジは首だけ擡げて素っ頓狂な声を出したが、ゾロは起き上がらないからその目をまともに見ることができない。
「馬鹿、何寝惚けて・・・」
「寝惚けてんのは、てめえだよ」
ゾロが寝返りを打って、サンジの背中越しにぎゅっと抱き締めてきた。
息が詰まり、声が途切れる。
どくどくと無遠慮なほど鼓動が響いて、ゾロの二の腕にすべてが伝わってしまいそうだ。
「・・・いつもって」
「いつも、だ。気にすんな」
そうキッパリ言われて、サンジは横倒しになったまま項垂れた。
そうか、「いつも」だったのか。
ゾロの体温は高いとか、腕の逞しさだとか胸板の厚さだとか。
そんなものを勝手に夢想して一人ときめいたりしていたのは、本当は自分が肌で知っていたからだ。
無口で無愛想だけど、息遣いが穏やかで仕種が柔らかい・・・優しいゾロの本質を、身体で知っていたからだ。
いつもこうして最後には、ゾロの温かな腕の中に包まれていたのだろう。
一人で合点が行って、サンジは己の不甲斐なさに腹が立つより可笑しくなってきた。
大の男が夜中に魘されて、誰かに抱き締められて眠るだなんて滑稽極まりない。
そんな醜態を仲間内に曝していたのかと思うと、恥ずかしさより申し訳なさが先に立った。
「ああもう・・・ダメだなあ」
湯中りでもしたのか、酒を飲んだわけでもないのに軽く酩酊状態だ。
自分の気持ちに素直にならないから、いろんな鬱屈を抱え込んで知らない間に暴発させていた。
今日のこの日だって、仲間たちがない頭を絞ってお膳立てしてくれたんだろう。
ナミやロビンが一枚噛んでいるとしたら、別の意味で羞恥に塗れる。
そこまで考えて、はたと気付いた。
そう言えば、今日誕生日だよ俺。
「おい万年迷子」
「んが?」
うっかり寝かかっていたのか、鼻を鳴らしてゾロが返事をした。
サンジはパタンと身体を反転させて、裸の肩を両手で掴んだ。
「起きろ、まだ日付は変わってねえ。俺は今日誕生日なんだぞ」
「ん、ああ。おめでとう」
片目を瞑りながらも、真面目な顔付きでそう呟かれて満更でもなかった。
と言うか、嬉しい。
こうしてゾロと二人きり、てらいもなく向き合って話せる状況がすごく嬉しい。
「誕生日プレゼントを俺にくれ」
唐突な申し出に、ゾロはぱちくりと目を瞬かせた。
くれと言われても、もう夜中だし手元には何もない。
「俺が欲しいと思うものを、お前がくれ。何をくれるかはてめえで判断すればいい」
サンジはそこで一旦言葉を切って、こくりと唾を飲み込んだ。
ゾロの腹の上に正座して、寝そべったまま動かない緑頭を見下ろす。
「あのな。俺は、お前が俺にしたいことをして欲しい」
言ってから、視線を宙に漂わせう〜んと一人首を捻った。
「ちょっとわかり辛えか。うん、とにかくお前がしたいようにしてくれるといいと思うんだ。あの、俺に
遠慮とかそう言うのなしで。ほんとにお前が望むこと、お前が俺に望むことを教えて欲しい」
「なんで俺が、なんだ」
誕生日プレゼントなんだから、主役のサンジが望むことをするのが本来ではないのか。
「それじゃ、俺は嬉しくねえんだよ。俺が望んだらお前はなんだってするだろうが。そうじゃなくて、お前が
望むことを俺はしたいんだ。・・・わかれ馬鹿」
口調も態度も実に尊大だが、ゾロの腹の上にちょこんと乗ったサンジはやけに可愛らしかった。
ゾロはサンジを乗せたまま、しばしじっと考える。
言われて、はいそうですかと素直にそのままやっちゃってもいいものだろうか。
客観的に、かなり無体な行為に及ぶのは明白で、だからこそ足りない理性を総動員させて今までずっと
回避してきたものを。
ゾロの目の前に現れた、何物にも代えがたい可愛くて優しくて大切な天使は、そんな気遣いなど蹴散らす覚悟で
まるで挑むみたいに見下ろしている。
ゾロがやりたいこと、望むことをすることがサンジの願い。
そんなややこしい理屈をつけてまで、ゾロを受け入れようとしてくれている。
それは多分、「すき」だから。
ムクムクと、ゾロが頭で理解するより先に、サンジの脛にそれが当たった。
その勢いについバランスを崩し、両足がゾロの脇腹へとそれぞれ落ちる。
腹の上にぺたりと尻をつけたら、下から盛り上がった塊が更に勢いを増してサンジの足の間を圧迫した。
「―――ん、な・・・」
それが何かと悟って、サンジは火を噴きそうなほど赤面しながらも、ゾロの上から退かなかった。
むしろ歯を食いしばり、そのごりごりを臀部で確認するかのように腰を擦りつけ軽く息を吐く。
「口で返事より先に、態度で示すたあ・・・上等だ」
まるで売られた喧嘩を買うかのような態度に、ゾロの方が噴き出す。
「一体なんの勝負だコラ」
笑いながら身体を起こし、サンジに腕を伸ばして改めて正面から抱き締めた。
「仕掛けたのは、そっちだろ」
耳まで真っ赤に染めながら、小さな声で憎まれ口を叩くサンジはやっぱり可愛くないのに可愛らしい。
「お前が生まれて来てくれて、よかった」
思いがけないゾロの囁きにサンジはぎょっとして首を引き、マジマジとゾロを見つめてからぶわっと目元を
潤ませた。
「俺も、生まれ変われて本当によかった」
ダメ押しとばかりのそう言えば、サンジはゾロの首元に顔を埋め、馬鹿野郎と小さく呟く。
「だから、お前の全部を俺にくれ」
「・・・それは、俺の台詞だバカ」
やっぱり好きだ。
全部が好きだ。
生まれたことや生きてること、好きで好きでたまらないこと。
そんなのを全部、いちいち確かめなきゃならないほどに、好き過ぎてどうしようもない。
生きてるだけじゃ、ダメなんだ。
一緒にいるだけじゃ、ダメなんだ。
触れて熱を分かち合って、言葉を交わして抱き合って、お互いがそうであることを認め合わなきゃやっぱり
満足なんてできやしない。
サンジは改めて、ゾロにそう告げた。
ゾロもまた、その通りだと神妙な顔付きをして、何か言いかけたサンジの唇に己の唇を重ねた。
いっぱい話そう。
いっぱいキスしよう。
いっぱい抱き合おう。
多分そのために、俺たちは生まれ直した。
夢のような一夜を過ごし、仲間たちはそれぞれが呆けた表情のまま船に集まってきた。
寝不足を解消すべくゾロとサンジを隔離したはずなのに、結局夜通し遊び倒して皆が皆寝不足顔だ。
そんな中にあって、件の二人だけは実に元気かつ爽快に動き回っている。
「おかえりナミさん、ロビンちゅわん!二人とも、今日は朝から色っぽいね。こらウソップ、二日酔いだからって
そんなとこで蹲ってないで、テーブルの上に飲み物用意してあるからちゃんと水分摂っておけよ。
フランキー、前髪が垂れまくってんぞ、補給用のコーラはもう冷えてる」
てきぱきと仕込みを続けながら指示するサンジの背後から、ゾロが顔を出した。
「コック、荷物は全部倉庫に積み上げたぞ」
「おうご苦労、つか何?全部積み上げただと?お前、順番ってものを考えただろうな」
「順番?」
訝しげなゾロに、サンジはざっと手を洗いエプロンで水気を拭いながらどかどかと大股で歩み寄る。
「仕舞うならまず、中身とか使用頻度とかそういうこと考えろよ。ったく、言われたことしかできねえ脳みそ
筋肉野郎め」
「ああ?それが人に物を運んでもらって言うことか」
お互い凄んだ物言いで応酬しながら、足早に倉庫へ向かっていく。
その後ろ姿を見送ってから、ナミは目の下の隈を擦りながら振り返った。
「なにあれ、あの二人」
「・・・うまく行ったのかしら?」
「つか、良さそうっちゃ良さそうなんだけど・・・」
「甘い雰囲気は、ないよね」
まあ、二人にかこつけて思い切り遊び倒した仲間たちはのんびり休養どころか遊び疲れを溜めて帰ってきた
のだから、人のことは言えない。
「今晩、我々がぐっすりと眠れるかどうかは、お二人にかかっている訳ですから。はい」
ブルックは冷えたドリンクで喉を(ないけど)潤し、ぷはーと息を吐いた。
「二人だけの別室作製大作戦の発動は、しばし待つか?」
「いや、それより二人用ボンクの作製のが早いんじゃないか?」
「・・・それのが嫌だ。男部屋に一つだけ二人寝用・・・嫌だ」
「腹減ったー」
仲間たちがやいのやいのと、ラウンジで気を揉んでいる頃。
ゾロはサンジの指示にしたがって積荷の仕舞い直しを強制させられていた。
居丈高な態度はムカつくが、所詮サンジだからと思うとそれはそれで可愛らしいなどと思ってしまう辺り、
自分でも相当終わっていると思う。
けれど仕方ないのだ。
なんせサンジは、ゾロにとって唯一無二の地上の天使なのだからして。
自慢の膂力を駆使して手早くすべてを積み直すと、さあ次はなんだと余裕を見せてサンジを振り返った。
その表情がどこかガキくさく「俺はやったぜ、どんなもんだい」的なオーラを放っていたので、サンジは煙草を
指に挟んだままぷっと吹き出す。
「なんだ」
さすがにむっときたかへの字に曲げた薄い唇に、不意打ちでちゅっと軽くキスをした。
「よくできました」
ご褒美のキスとばかりにそう囁かれ、にこりと笑われてはゾロも呆気に取られるしかない。
ひらひらと片手を振りながら、サンジはまたラウンジへと帰っていく。
ゾロも一拍遅れてから、その後についていった。
ここで煽られて押し倒しにかかっては、いけないのだ。
どれだけサンジが可愛かろうとエロかろうと、TPOは弁えなければ。
この忍耐力と判断力は、ゾロが220歳だからこそ培われたシロモノだろう。
その代わり、ここぞというときゾロはたやすく野獣に変わる。
それはもう、昨夜証明済みのこと。
END (2009.5.15)
