11月11日
「ゾロ・・・俺を抱けて嬉しい?」
何を今更と、訝しく思いながらゾロは素直に頷いた。
「ああ、すっげえ嬉しい」
「一番?」
セックスできたことが一番嬉しいかと問われてそのまま頷くのはデリカシーに欠けるかと思われたが、
サンジに嘘や誤魔化しはしたくなかったので結局うんと首を縦に振る。
「やっとできたって感じで、すげえ嬉しい」
我ながらガキ臭い表現だが、本当のことだから仕方ない。
だが、サンジはそんなゾロをからかうどころかますます口元を歪めて、睫毛に涙を溜めながら子どものように
しゃくり上げた。

「俺が、俺が一番嬉しかったのは、お前が最後まで、萎えなかった・・・こと」
「―――は?」
何か聞き間違えたかと首を傾けるゾロに、サンジは詫びるように手を合わせ、鼻を啜った。
「俺は結局・・・自分のことしか考えてねえ・・・最低だ、俺」
「おいおい、ちょっと待てよ」
いきなり一人で自己嫌悪に陥ったサンジに、ゾロは慌てて声を掛けた。
「何言ってんだ。第一、なんで俺が萎えるんだよ」
先ほど大活躍したはずの愚息は、今でもまだギンギンなのだ。
目の前にサンジがいるだけで、いつでも臨戦態勢になれる自信はある。
なのにサンジはゾロの顔も見ないで、ポロポロと涙ばかり零す。

「お前に嫌われるのが怖かった。俺見て、俺の裸も見て、幻滅されんのが怖かった・・・」
「・・・おい?」
ゾロの声が剣呑なものに変わったが、サンジは首を振り続け、顔を上げようとしない。
「もう俺、年取りすぎてるから。値打ちないのはわかってんだけど、それでもやっぱりお前のことが好き
 だから―――」
「こっち向け」
顎を掴み、やや強引に顔を上げさせる。
見開かれたサンジの瞳は焦点が合っていなくて、涙に濡れた双眸は感情の動きが読めない、空虚なガラス球の
ようだった。

ゾロは頬を両手で抱いて、正面から視線を合わせるべく覗き込む。
「俺はお前が好きだ。男でも年上でも、お前が幾つでもその気持ちは変わらねえ」
「うん・・・俺もお前が好き」
サンジはゾロを見つめ返しながらそう応える。
けれど、どこか噛み合わない。
「年食ってるって、たかだか10歳だろ。見てくれだけなら、もう俺はとっくにお前を追い越してるぜ」
自慢できる事柄ではないかもしれないが、ゾロには年嵩に見られる方が都合がいい。
軽い口調でそう返したのに、サンジは緩く首を振る。
「でも俺は、汚いから」
思いがけない言葉にゾロははっとして、知らず頬に添えた指に力が入った。
「何言ってやがる。ガキん時のことはお前のせいじゃねえだろ」

恐らく、幼少時に変態に監禁されていた事実が未だにサンジの重荷になっているのだろう。
だがサンジは子どもだった。
生まれた年も本来の名前も知らず、恐らくは親の顔もわからない、暗闇の中に一人産み落とされ消費された、
非力な子どもだったのだ。
愛情も知識も与えられず、ただ耐え従うだけの日々を強いられて。
小さな子どもだったサンジに、一体どんな抵抗ができたというのか。

「お前は被害者だ。お前は何も悪くねえし、汚れてもいねえ」
ゾロは初めて使う言葉に、力を込めて言った。
ロビンからサンジの生い立ちを聞いたとき、強くそう伝えたいと願った言葉だったが、サンジ自身から過去の
話をされたことがなかったためずっと言えずに胸の奥に留まっていた。
お前は何も悪くないのだと。
穢れてはいないのだと。
自分は本気でそう思っていると、言いたくて言えなかった封じられた言葉。

けれど、そんなゾロの想いとは裏腹に、サンジは自嘲するように唇を歪めた。
「・・・違うんだ。そうじゃなくて・・・」
一旦言葉を切り、俯いて乾いた唇を舌で湿らせた。
その仕種は性的なものを感じさせず、どこか幼くいとけない。
「その・・・10歳過ぎたらもう、汚いんだ」
「―――は?」
今度こそ、ゾロは訳がわからなくなって額に手を当てた。
「なんだって?」
「もう、とっくに年が行き過ぎてんだ。ババア・・・じゃねえな、ジジイだよ」
サンジの口から「ババア」という単語が出てきて、心底驚いた。
口が裂けたってそんなことを言わない、女性至上主義者なのに。

「10歳過ぎたら、もう値打ちなくなるんだ。こんな汚えババア誰も欲しがらねえって、そう言われて」
サンジはモジモジと指を合わせて、恥じ入るように首を竦めている。
「ん・・・でも、そういう汚いのが好きな奴もいるって、だからこれ以上でかくなったらそういう奴らに売り
 つけるからいいって。でも、それ以上でかくなったら?そうなったらもう、俺にはなんの価値もない」

―――なにを?何を言ってるんだ?
ゾロは軽くパニックに陥った。
今目の前で、悄然と項垂れて話すサンジが、まったく見知らぬ他人に思える。
こいつは誰だ。
こいつは、サンジなのか。

「10歳過ぎたら、どんどん値打ち下がってくんだよ。でもう、俺もうすぐ30だもん。年寄りで汚くて、
 生きてる値打ちもねえもん。だから・・・」
ゾロはきっと表情を引き締め、サンジの頬に手を添えて乱暴にならないように顔を上げさせた。
「おい、ちょっと聞くがロビンはもうすぐ40歳だぞ。あれこそ正真正銘のババアだよな」
途端、サンジの瞳に力がこもる。
「てめえこの馬鹿野郎!ロビンちゃん相手に何言ってやがる。この世のすべての女性には、年なんか
 関係ねえんだよ」
一瞬でサンジに戻った。
ゾロはその豹変振りに面くらい、口を開けたまま瞬きする。
その表情がおかしかったのか、サンジがくすりと柔らかな笑みを零した。

「さっきな、さっきお前が部屋に入ってきた時。俺、覚えてねえのに親父さんのこと思い出した」
また話が変わる。
だがゾロは突っ込まず、黙って先を促した。
「暗い部屋の中で膝を抱えてさ、近付いてくる足音はいつもの歩調じゃなくて。いきなり光が入ったと思ったら、
 見知らぬでかい男が俺を見て吃驚してた。逆光で顔はわからなかったけど。さっきのあれは、まさしく
 あの時のままだった」
サンジが、ゾロの父親に発見された当時のことを言っているのだろう。
「なんか吃驚して。懐かしいみたいな怖いみたいな、変な感じで・・・」
こうして、何がしかのきっかけを得て、サンジ自ら過去のことを話しだすのは、いい傾向だろうと思う。
ゾロには聞いてやることしかできないのだけれど。
「そうして保護されてから、お前を好きになってくれる奴はいなかったのか?」
ほんの少し、話を元に戻してみた。
サンジはこくりと頷き、途方に暮れたような表情になる。
「施設に入って、何人か愛してくれる人はいた。けど、そういう人達はすぐにどこか行っちゃうんだ」
「・・・あ?」
ゾロの背中を、冷たい汗が流れる。
「俺は誰にも言ったりしないけど、やっぱり他の子ども達や先生達が見てる。それに園長先生は俺に言ったんだ。
 あれは愛してくれているわけじゃないんだよって」
ゾロは押し黙り、サンジの言葉を待つしかできない。
「でも俺にはわからなかった。身体に触れてくれることが、挿れてくれることが愛じゃなかったら、一体何が
 愛って呼ばれるものなんだろう。可愛いって言ってくれて、気持ちよくしてくれることがなんで駄目なのか。
 園長先生は俺のことを愛してると言ってくれたのに、一度も俺に触れてくれなかった。そうして、俺に触れて
 くれる人を悉く遠ざけて、俺はいつも一人ぼっちだった。それから俺はどんどんでかくなっていって、
 いつしか誰も俺に触れてくれなくなった」

なるほどと、ゾロはようやくすべてに合点が行った。
納得しながらも、新たな怒りが沸々と湧き上がり、今ではもうどこの誰だかわからない罪深い変態野郎に
殺意さえ芽生える。
―――なんてこった、こんなに根深いものだったとは・・・
一番最初に根本的な部分で間違ってしまったサンジには、理屈では理解できても納得し得ない、身体に
刻み付けられた刷り込みがある。
後からどれだけ一般常識を身につけたとしても、その傷跡が消えることはない。

サンジは恐らく、監禁されている間ずっと脅されていたのだ。
幼児にしか興味のないその男は、サンジが大きくなることをも嫌がった。
大きくなれば他の者の所有物になると、サンジにも日々脅して聞かせたのだ。
サンジにとって、その男との生活がすべてで、その部屋だけが世界のすべてだった。
そんな相手に大きくなるな、汚くなるなと聞かされ続け、サンジの中にすっかり歪んだ概念が植えつけられて
しまったのだろう。

「・・・ああ」
ゾロは思い当たって、両手で頭を抱えた。
まだ20歳にも満たない、若いサンジがゾロの父親になったとき。
ゾロは散々サンジ自身にも言っていた。
まだ若いんだから、子どもの世話ばかりで人生を終わらせるのは勿体ないと。
長じるまでずっと言い続けていたそんな言葉に、サンジはいつも笑って首を振っていた。
あれは遠慮でも謙遜でもなく、サンジにとっては「本当に人生が終わっていた」からなのだ。

10歳過ぎたら価値がない。
老いて醜い自分には、生きている意味も、愛される値打ちもない。
そう思い込んでいたから、ロビンに結婚を提案されて喜んで受けた。
ゾロの父親代わりにされて、毎日が幸せそうに笑っていた。
もう値打ちのない自分を、必要とされた喜びに浸っていた。

「―――・・・」
ゾロは声もなく髪を掻き毟り、その場にしゃがみ込んだ。
サンジが慌ててその肩に手をかける。
「ゾロ、どうしたんだ。ゾロ?」
いつものサンジの優しい声に、けれどゾロは顔を上げることができなかった。



サンジを愛している。
男だろうと年上だろうと、辛い過去を抱いていようと。
理屈ではない感情に突き動かされて、ゾロはずっとサンジを見つめてきた。
この想いは変わらない。
この先もずっと、恐らくは自分に正直である限りサンジを愛し続けるだろう。

だがこの気持ちを、サンジがいつか真の意味で理解してくれる日は来るのだろうか。








「ゾロ?」
サンジが腕の隙間から、心配そうに覗き込んでくる。
その気配を感じて、ゾロはぐいと腕で額を拭い、その手でサンジの小さな頭を撫でた。
「大丈夫だ」
ゾロが大丈夫なのか、それともサンジに対してなのか。
わからず首を傾げるサンジの、邪気のない表情ににかりと笑い返す。
「お前も知ってるだろうけど、なんせ俺は根気強く執念深いんだ。お前がわかってくれるまで何度だって
 言い続ける」

恐らく、一番必要なものは「時間」だろう。
出会ってからの時間。
そして、想いが通じ合ってからのこれからの時間。
ゆっくりと、けれど確かに紡ぐ二人の生活の中で、また家族や親子とは違う絆がきっと築かれる。
その時初めて、サンジはゾロの愛を知るだろう。


「愛してる。俺にとっててめえは汚いジジイでもねえし、値打ちのない人間でもない。俺だけじゃなくて、
 ロビンにも親父にも、ルフィにも・・・レストランの怖いおっさん達にも、きっとお前はかけがえのない人間だ」
「ゾロ・・・」
サンジは少し怯えた眼差しで、それでもしっかりと見つめ返した。
「そう、だな」
「そうだ」

サンジがゾロの愛を疑っているわけでは決してない。
そのことは、ゾロ自身もわかっている。
ただ、理屈ではない本能的な部分でサンジには刷り込みがなされてしまっている。
それを取り去るのは容易ではないだろう。
けれど自分たちには、時間がたっぷりある。

ゾロは改めてサンジをぎゅっと抱き締めて、その耳元で甘く囁いた。
「とりあえず、夜は長え。もっかいやんぞ」
「・・・即物的だな」
サンジは呆れた声を出しながらも嬉しそうにゾロの首にしがみ付いて、自分からキスしてきた。

今はまだ、ゾロに愛される悦びの方が勝っているのだ。
こんな自分でも欲情される。
ゾロを満たすことができる。
そのことだけで、至極満足してしまっている。
けれど、本当はそれは違うとゾロはわかっている。
性的欲求だけの愛玩ではなく、生活上必要な役に立つ存在としてだけでない。
もっと単純で即物的な、強い愛情と言うものが確かにここにあるということを。



長い月日を掛けて、恋人同士としての時間と空間を共有させて、いつかサンジがゾロを、自分自身を含めて
愛せるようになった時――――
サンジは今よりもっともっと、美しくなるだろう。

ゾロはそう、確信している。







  END (2009.4.6)





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