必死に逃げ延びて、烏江のほとりまで辿りついた――――――――
万の軍を率いて北の地まで赴いたというのに、今ゾロの側には誰一人いない。
戦で死んだ者もいれば、戦の途中に北の軍の配下に下った者もいる。
北へ下った側近の顔を思い浮かべ、ゾロは一人苦笑した。
確か北の生まれだったと閨の睦言で聞いたことがある。ひどく穏やかな顔で話す彼を、昨日のことのように思い出せた。
東の国を統括し、先の滅王の悪政を必死に正そうとした。刃向かう村は、女子供関係なく焼いた。
そのことに、後悔はない。
ただ、その度に彼の心が離れていくようだった。
『北の国をもう一度見てみたくはないか?』
離れていく心を繋ぎとめたい一心で尋ねると、彼はますます哀しそうな顔をしてみせた。
剣を血に染めてゆく度に、なにか大事なものを失くしているような気がした。
根底にあったはずの、彼への愛さえもいつのまにか消えていった。
彼の進言を無視し、村を焼いた。民を殺した。臣を殺した。意に添わぬ者は総て殺した。
去りゆく彼の背中に追い縋りもせずに、ただ黙って見送った。
理解できぬ者は去ってゆけばいい。そんな風に思った。
彼が北の王の配下に下ったと聞いた時は、流石に殺してやろうと思った。
ただ殺すだけではつまらない。北の王の前で犯してから殺してやろうと、暗い悦びに震えた。
だが、戦局は思うようには進まず、側近の裏切りから窮地に立たされた。
四方を北の軍に囲まれ、数ヶ月間に渡っての篭城戦が続いていた。
夜間にふと目覚めると、ゾロの耳に微かに祖国の歌が聞こえてきた。
耳をすますと、どうやら北の軍の兵士たちが、東の歌を歌っているようだった。
しばらくその声に聞き入り、ふと気付くと頬を涙が伝っていた。
配下の兵士たちからもすすり泣く声が聞こえてくる。
祖国を離れ既に半年経っていた。懐かしさを覚えて当然だろう。皆若い。父母を思い出して涙しても仕方がない。
だが、ゾロが思い出したのは早くに死んだ父母のことではなく、自分を裏切った彼のことだった。
蜜月のような毎日で、彼は東の歌が好きだと言っていた。
何故好きかと問えば、拗ねたように口を尖らせ照れるばかりの彼を、今、鮮明に思い出す。
『あなたのその髪の色にそっくりな、緑豊かな国にしましょう』
彼はピアスを弄りながら、そんなことを耳元で囁いた。
子供のように瞳を輝かせ、遥か未来を語る彼を――――――――――――
―――ああ・・・・・・・どうして・・・・・・・・・・・・自分は忘れてしまったのだろう?
―――彼の愛を疑い・・・・・・・・・・・・彼への愛を疑い・・・・・・・・・・・・
―――ああ・・・・・・・どうして・・・・・・・・・・・・自分は間違ってしまったのだろう?
その時ゾロは、生まれて初めて敗北を感じた。
泣き崩れる兵士たちに、北へ降伏するようにと勅命を出した。
夜が明ける前に数人の側近と共に城を出、見知らぬ地をただひたすら駆けた。
側近は城を出る時に皆、ゾロを庇って死んでしまった。
ただ一人、生き延びる為でなく、死に場所を求めて駆け続けた。
――――――そうして烏江のほとりまで辿りついた――――――――――
川には渡し守がいた。
渡し守は平伏し、ゾロに逃げ延びよと懇願する。
だが、それを聞き入れたくはなかった。
天が滅ぼそうとしているなどと、そんな自惚れたことを考えているわけではない。
戦局を見切れなかった責は総て自分にある。
もしも後世まで語り継がれるのなら、どこまでも尊大で傲慢な男であろうと思った。
ゾロは不遜に、そして高らかに言い放つ。
「天が俺を滅ぼそうとする今、何故俺一人その川を渡れる?東の民を率いてこの北の地へ出発し、今誰一人東へ
帰れる者がいない。たとえ西の民が哀れんで俺を王にしようとも、この俺に何の面目がある?東の王たるこの俺が、
心に恥を感じずにいられようか」
渡し守が泣き崩れる中、ゾロは背後に懐かしい気配を感じた。
驚いて背後を振り返ると、そこには彼がいた。
髪と服を乱し、馬上からゾロを見下ろしていた。
――――――天に滅ばされるのはまっぴらだが、お前に殺されるなら本望だ。
死に場所はここだった・・・・・・ゾロは小さく呟いて、彼に気付かれないように少し笑った。
「お前が、来たのか・・・・・・・北は俺の首に金を千と邑を万懸けていると聞く。お前にその恩賞をやろう」
剣の切っ先を首に当てると、彼は馬から飛び降り、ゾロに駆け寄ろうとした。
彼はその碧い瞳を涙に濡らし、金の髪を振り乱し泣き叫んだ。
「ゾロ!!!!」
――――――――名を・・・・・・・呼んでくれるのか・・・・・・・・・・・
彼のその泣き叫ぶ顔に微笑み、躊躇うことなく首を掻き切った――――――――――
―――――――――――――――ああ・・・・・・・・まだ、こんなにも・・・・・・・・・・・
途切れゆく意識の中、ゾロはもう一度笑った。
その頬には一筋の涙が流れ、そして消えた―――――――――
長江の上流、烏江のほとり――――――――――――――
旅の男が川を渡ろうと、渡し守に声をかけた。
渡し守に運賃を要求されたが、あいにく男には一銭も持ち合わせがなかった。
「どうしても今日中に、向こう岸へ渡りたいのだが・・・・・・・・・」
困ったように呟く男の手荷物を見て、渡し守は目を見開いて驚いた。
「旅の人、駄賃のかわりにその白い花を頂けませんか?」
男の方もそれに驚いて、渡し守に理由を尋ねた。
すると渡し守はどこか哀しそうに笑い、そうして昔話しを始めた。
「東の王がこの地で自刎し、彼を追いつめた北の臣に北の王は約束通り、恩賞をやろうと言いました。しかし彼はそれを断った。
かわりに、東の王と共に死にたいと申したのです。そして東の国へ共に埋葬して欲しいと・・・北の王がそれを聞き入れると、
彼は自らの首を掻き切り、東の王の後を追って自刎しました。北の王は彼の願い通り、彼らの祖国に塚を築き、
その下へ二人を埋め、手厚く葬ったと・・・・塚の上には翌年から美しい白い花が毎年咲くようになったと聞きます。
あなたの手にするその白い花は、そこで摘まれたものではありませんか?」
渡し守の言を聞き、男は彼のその年老いた顔をじっと見つめた。
「随分年をとられたので、分かりませんでした。かくゆう私も、あの時より年をとりましたので、お互いに気付かなかったのでしょうね」
男は笑い、目深に被っていた帽子をとった。
渡し守は男の特徴的な瞳を見て、そうして思い出した。
「あなたは、あの時の・・・・・・・・・・・彼の配下の兵士だった・・・・・・・・・」
男はゆっくり頷くと、明かしたことのなかった胸の内を静かに語り出した。
「彼が王と共に死にたかったなどと、あの瞬間まで私は露にも思いませんでした。離反された時も、理由までは教えては
下さらなかった。ただ、側にいるのは耐え難いと・・・・苦しそうに何度も申されておりました。ついに愛も尽き絶たのかと、
私は内心ほくそ笑んでおりました。私は彼に恋情を抱いていたのです。王との仲も知り、中半諦めていたその想いが
報われる日がくるのではないかと・・・・そんな浅はかな想いを抱いておりました・・・・・・」
そこで、いったん言葉を切ると男は頬を濡らしながら、声を震わせ語り続けた。
「だが違った。彼はその愛故に離反し、愛故に共に死を望んだ・・・・・矛盾しているような彼の行動こそが、まさに王への
変わらぬ愛だったのだと・・・・・気付いた時には彼は絶命し、恨み言も言えなかったけれど・・・・・・・・・・私はこの花を抱いて、
この川を渡りたかったのです・・・・どうしても、今日中に・・・・・彼らの命日に・・・・・・・」
あなたも同じ気持ちなのでは?男は涙を拭いもせずに、渡し守に尋ねた。
渡し守の頬にも、幾筋もの涙が伝い落ち、川に溶けて消えた―――――――――――
二人は白い花を手向け、川を渡る―――――――――――――――――
この川を渡ることができなかった彼らのかわりに―――――――――――――
東の歌を、歌いながら――――――――――――――――――――
終
四面楚歌のダブルパロと言うことですが、独特の雰囲気を醸し出されててすっかりこの世界に浸ってしまいました。
すでに彼岸の彼方に逝ってしまった二人ですけど、愛故に許せず、また許しあった姿に心打たれます。
これもまた、ゾロとサンジでしか表せないような絆の深さ。
死にネタですけども、私は大好きですv
次元や時間軸を超えた二人の物語は、終わりがあってこそ次の海賊二人に繋がると思いますもの!
lamboさん、ありがとうございました!!またよろしくお願いします〜v←あ
