虎 【陸様】
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ゾロは5年振りに再びその扉の前に立った。
ようやくあれが抱ける。
5年間、相変わらず暴力と色と駆け引きの裏街道を突っ走りながら、どの人間を抱いてもあれ以上の満足は味わえなかった。
どんな人間もゾロに服従し、もの欲しそうな目で見る。
言葉一つで簡単に足を開く。
だがサンジは、どれだけ抱かれてもわずかなプライドを手放さなかった。
快感に溺れながら、瞳はちらちらと微かな光を灯す。
そのプライドを握りつぶすのは快感だ。
あの瞳を思い出すだけでゾロの身体は期待に震える。
あれは俺のだ。
誰も入ったことのない孔を貫通させ、ケツでイけるように仕込んだ。
だから俺のだ。


ゾロはナミのことなどすっぱり忘れていた。
電気が点いているのは確認した。
チャイムも使わず、ゾロはゴンゴンと扉を叩いた。
だがわずかに開いた扉から見えた顔は、まったく知らない気弱そうな男だった。
ご丁寧にチェーンまでかかっている。
ゾロは不機嫌に片眉を上げた。
「どちらさまですか?」
ゾロの顔をみて怯える。
「・・・アイツはいねぇのか?」
「アイツ?」
「・・・コックだ」
男はほっと息を吐いた。
「確か、私の前の人がコックさんでした。引越されましたよ」
自分に関係ないと分かり、男は扉を閉めようとした。
「ちょっと待て。どこ行きやがった!」
「知りませんよ」
ゾロがドアノブを掴んだままの扉がミシリと音をたてる。
男が泣きそうな顔になった。
「言え!」
鬼のような表情で、ゾロは男に迫った。

あれは俺のだ。
その感情がどこから来るのかも分からず、だたゾロは吼えた。






その頃サンジは、ナミと共に隣町にいた。
隠れた訳でもなく、部屋の管理人にも、元の勤め先であるレストランにも引越し先は伝えてある。
2年前、隣町の食堂の店主がサンジの勤めるレストランのオーナーのところに相談に来た。
歳なので店を続けるのは厳しいが、食堂が無くなるのは住人にとって困ることだ。
店構えは小さいが、町の人たちの大切な食堂だった。
大きなレストランを経営している顔の広いオーナーは、だれか食堂の店主になってくれそうな料理人に心当たりがないか。
そんな相談だった。
それを聞いたオーナーはサンジを呼び出した。
オーナーは、サンジがいつか客の顔が直接見られる店をつくりたいということを知っていた。
ナミの為にもっと時間を取りたいことも。
「やってみろ」
命令のような言葉だが、サンジの背中を押してくれる。
だがサンジは躊躇った。
いつかゾロが帰ってくるかもしれない。
サンジの心はとっくにゾロに縛られていたが、ゾロに期待したことなど無い。
だがナミは一応ゾロの子だ。
いつか返す日がくるだろう。
ただでさえ方向音痴のゾロが、帰られなくなるだろう。
もし引っ越していることで、ゾロがナミを切り捨てるのは嫌だ。
ゾロが他人に冷たいのは充分に知っていた。

「あら、私とっくに捨てられてるわよ」
あっさりとナミは言った。
「そんなことないよ」
慌ててサンジが否定するが、ナミはけらけらと笑うだけだ。
ゾロはナミを邪魔だとしか思っていないのは知っている。
ナミもゾロを利用しようとしか考えていなかった。
「あんなのが父親より、サンジ君が親になってくれる方が嬉しいわ」
痩せっぽっちの子供は、すっかり美少女になった。
サンジに懐き、よく笑う。
楽しげに毎日サンジの店でお手伝いをしている。
今では店の看板娘だ。

「サンジ君と会わせてくれたのだけは、感謝してるわ」
サンジは裏表なく無条件に愛情を注いでくれた。
「子供は愛されるもんだ」と、いきなり子持ちになって大変だろうに、ナミの為に料理を作り、学校行事にも参加し、育ててきた。
サンジを無理矢理犯した人間の子供だというのに、ナミは大切にされてきた。
利用するだけだと思っていたナミなのに、今ではサンジでないとイヤだ。
サンジも同じように「ナミさんだから」と言ってくれる。
それが嬉しかった。

「あの男が戻って来たとしても、私の為じゃないわ」
ナミは予言するように笑う。
サンジは首を傾げるだけだった。





「いらっしゃい」
と言いかけた言葉は、ぽかんと宙に浮かんだ。
目を吊り上げた悪鬼のような顔でゾロがいた。
何か言いかけたサンジに、ゾロはそのまま拳を叩きつける。

「俺から逃げようとすんな!」
壁にぶつかったサンジはその場に蹲り、ごほごほと苦しげに咳き込んだ。
ゾロは腕を振り上げた。
「サンちゃんに何するんだ!」
食堂にいた客の一人が果敢に飛び掛る。
「うるせぇ!」
腕の一振りで小太りの男は吹き飛んだ。
夕日が射しはじめた食堂は、まだ客がまばらだった。
残る数人の客たちは、呆然と見ているしかなかった。

「ぐぅ・・・」
蹴られ、サンジの細い体が浮く。
客たちの足元をすり抜け、小さな体が飛び出した。
「サンジ君を放しなさいよ、このロクデナシ!」
膝裏を蹴られ、ゾロはよろけた。
「何しやがる!」
そこにはすっかり色艶の良くなったオレンジ頭の子供がいた。
「サンジ君にいきなり何するのよ」
目を怒らせてゾロを睨んでいる。
常人が怯えるゾロの顔などナミには効かない。
ゾロは苛々した。
「売っぱらうぞ、このクソガキ!」
不自然な体勢から放たれたサンジの蹴りが、ゾロの腹に突き刺さった。
ゾロが傾ぐくらい鋭い蹴りだ。
「この・・・っ」
「ナミさんに何かしやがったら、許さねぇ」
サンジは壁に手を付きながら、ふらりと立ち上がった。
口でどれだけ拒絶しても最後はいつも許された。
だがサンジは、初めて見る強く冷たい怒りを篭めた瞳でゾロを睨んでいた。
初めてゾロに見せた拒絶。
ぐらりとゾロの心が揺れた。
警察を呼ぼうとする客たちを帰し、食堂はサンジが主となってから初めて臨時休業とした。
サンジはゾロを厨房の奥の、住居へと入れた。
古めかしい居間で三人は腰を落ち着けた。
腫れたサンジの頬を、ナミがせっせと手当てしている。



「ここが今の俺の城だ」
ボロボロだが自信に満ちた顔でサンジが言った。
「だいたい逃げたって何だよ」
薬が沁みたのか、サンジが顔を歪める。
「逃げたんじゃねぇなら、何でいきなり引っ越してやがる」
ゾロは不機嫌だが、サンジにとって怖いものではない。
「てめぇに連絡なんか取れねぇだろ」
サンジは苦笑した。
帰ってくるのかさえ分からないゾロだ。
「管理人さんに聞けばすぐに教えてくれただろ」
ゾロは口を尖らせた。
「てめぇの後に入ってたヤツに調べさせたけど、教えてくれなかった」
拗ねたように聞こえるのが可笑しい。
「他人ならそうだろな。けど、てめぇはナミさんの父親なんだから。聞きゃあ教えてくれたぜ」
「は?」
ゾロは思いつきもしなかった。
その表情にサンジはやはり笑ってしまった。
「またしばらくこっちにいるのか?」
先ほど殴られたことなど忘れたかのように、サンジは聞いた。
ゾロはこっくりと頷く。
「とりあえずメシ食うだろ?」
ゾロが頷くと、「待ってろ」とサンジは立ち上がった。

「ちきしょう、客商売なのに顔が台無しじゃねぇか」
身体も痛むのだろう、ゆっくりと台所に向かっていく。
ゾロはその引き摺るような足音に耳を傾けていた。
以前からも、文句を言いながら、甘やかされ、許されていた。
自分でもロクデナシだと思う。
人間なんて利用するか、されるかだ。
なのに、ただ、傍に居たい。

ナミは居間で使い終わった薬箱を片付けた。
消毒傷薬ガーゼ湿布。
使ったものは元の場所。
少ないものは買い足して。
几帳面さはサンジ譲りだ。
「すっかり親子みてぇな」とぼやくようにゾロは言った。
くすりとナミは笑った。

「ねぇゾロ。サンジ君は私の“親”よ。私はサンジ君の“娘”だわ。ならゾロは“何”」
唄うようにナミは言う。
利用する者とされる者。
それじゃ寂しい。
ゾロはむっつりと口を引き結んで考えた。
「それにサンジ君、けっこうもてるから」
「あ!?」
ある者は冗談まぎれに、ある者は甘えるように、花まで捧げる真剣な者まで。
サンジは男女問わずさまざまなアプローチをされていた。
ざわざわと心が焦る。
「“家族”になりたかったら、頑張ってね」
煽るように、からかうようにナミがにんまり笑う。

「手伝うわ、サンジ君」
ひらひら台所に向かうナミを、ゾロは呆然と見送った。
壁を隔てた向こうから、楽しげな二人の声が聞こえてくる。

それからゾロはここにいる。
日がな一日、食堂の隅っこでサンジにちょっかいをかけ、サンジに色目を使う男女を睨み、一服しようとするサンジを無理やり膝に乗せる。
そして隙あらばサンジに引っ付いてキスを強請る。
そうやって、サンジの所有権を主張しまくった。
働かないどころが、営業妨害だ。

「みごとなゴクツブシだわ」
ナミが呆れたがゾロは気にしない。
ゾロはめでたく“ヒモ”の称号をいただいた。
それから3人は、小さな食堂でずっと一緒に暮らしている。



END


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