Sadistic Desire
タマ様
ほの暗い部屋の中、大きさだけは立派なベッドの上でうすべったい毛布に覆われた二つの塊があった。
そのうちの一つがのっそりと蠢き、蝋のような一種不健康なまでの白さを持った男の裸体がランプの光で映し出される。
しかし消して貧弱ではなく、その身体を覆う筋肉はしなやかで美しい。まるで豹のような美しさを持っている。
手足もすらりと長く、小さくて形のいい頭は美しい金糸で覆われ、顔立ちも派手ではないが整っている。
男の名はサンジ。
有名なレストランのオーナーシェフの孫息子であり副料理長でもある。なかなか将来有望な青年だった。
隣にいる相手を起こさぬように、僅かな衣擦れの音だけを残してサンジはそっと立ってベッドを抜け出した。
そうして床にぐちゃぐちゃと落ちているものを身につける。丸まっている下着に足を突っ込もうと思ったところで
びりっと裂けた。そういえば色気がないとか言うわけのわからない理由で、未だベッドに残る塊の主にハサミを
入れられたのだった。
仕方がないので我慢して直接パンツを身につける。ご丁寧に全てのパンツにはさみを入れてくれたおかげで、
今、家には一枚も下着がない。
まだ夕べの快感が残る身体が、その冷たい布に反応してぞくりと震えたが、サンジは無視してジッパーを上げて
ボタンを留めた。
「・・・・・・・・・もう出勤か?」
気に入っている、少々複雑なボタンがついたシャツの前をとめていると、後からふいに声がかかった。
この部屋にいたもう一人の相手。サンジよりもはるかに逞しい肉体をもった男が、こちらを悠然と構えてみている。
みっしりとした、だが美しい筋肉に覆われた身体。精悍な面差し。特にそこに据えられた一対の瞳は、見るものの
心を鋭く突くことがある。そうでなくてもとても印象的な男だった。
名をロロノア・ゾロといい、有名な実業家の息子だった。とはいえ奔放な父に変わり、実質彼が会社を動かしている。
彼は、サンジのパトロンだった。
「ああ。もう、な」
「もう少しいればいい」
そうできないことがわかっていて、男は誘ってくる。笑いを含めながらいったその言葉が、サンジにとってどんな
意味を持つかも知らずに。
意趣返しに蹴り飛ばしてやろうかと思った時、ピリリという甲高い音を立ててベッドヘッドに置いてあった携帯電話が
鳴り出した。
「ロロノアだ。・・・・・・ああ、お前か」
それを通して流れる、ちょっと甘えたような声音に普段は厳しい男の顔がふっと緩む。目の端でちょっと確認してから、
サンジは持っていたタバコを銜えて火をつけた。
ゾロと知り合ったのはずいぶんと昔のことで、二人ともプレスクールの時だった。11月生まれのゾロは、三月生まれの
サンジよりもずいぶんと身体も大きくて、強く逞しかったので何でも出来た。
一人っ子の上に負けず嫌いだったサンジは、仲良くしろという親の言葉と裏腹に彼をライバル視し、勉強も運動も
頑張ってついには肩を並べるまでになっていったのだ。次第にライバルとも親友とも言える関係になり、微妙な感覚が
芽生え始めたのもすでにこの頃からだった。
親同士が事業の関係から仲がよかったこともあり、山ほど喧嘩はしたがそれなりに仲良く17の時まで同じ学校で時を
過ごした。ちょっとした気持ちを押し込めながら。
それが大きく変わったのは17歳の時だった。もう直、大学へ行くための高等教育終了試験を受けるという時期だった。
無事に試験だけは受けて受かったものの、サンジの父のやっていた会社が倒産した。労働者階級から身を起こし、
下級ではあるが貴族の娘と結婚した父の夢はそこで潰えた。勿論暢気に学校など行ける訳もなく、サンジは修了
資格だけを持って大学進学をやめた。
両親は莫大な額の借金を返すため金策に走り回り、サンジだけが祖父のレストランへとやられた。もともと勉強は
出来たものの、そう好きではなかったサンジは何よりも料理が好きだった。そんなわけでコックになるべく修行を
はじめてのだが、元は見栄っ張りの両親がやつれていくのを見てやはりじっとしていられなくて、頼った先がゾロだった。
頭を下げて下げて下げまくった。人一倍自立心は強かったけれども、一人っ子で両親に甘やかされながら育った
サンジにとって、それは生まれて初めてのことだった。
そしてかつてライバルだった今のパトロンは、金を出す代わりに一つ条件を出した。
「お前の身体をよこせ」
見事な細工が施してある飴色の肘掛け椅子に、えらそうに腰をかけながらゾロがそういった。その表情はふてぶてしい
までに変わらない。
もっともこの男の顔が崩れることは滅多にないのだが。
「は?」
聞こえてきた言葉が信じられなかった。ゾロの言っていることがわからない。今この男はなんと言ったのだろうか。
元場を実際のものとして理解するにはしばし時間がかかった。
信じたくない言葉だったからだ。
幼い頃から目を付けられやすい金髪碧眼で、つい二年ほど前まではことさら華奢だったサンジは、庶民扱いされること
よりも、容姿をからかわれるよりも女扱いを嫌った。行き過ぎたきらいのあるフェミニストな彼は、中途半端に女扱いされる
ことは女性に対する侮辱だと思っている節があったのだ。庶民なのは事実だし、容姿だって整ったものを持ってこそだと
思っていたが、女扱いだけは嫌がった。
「聞こえなかったか?身体をよこせといったんだ。俺に抱かれろ」
「な・・・っ」
ライバルではあったが親友とも呼べる関係だった男は、そのことを誰よりも知っていたはずである。だからこそ認めたく
なかった。
認めたらば裏切られたと思ってしまう。
「その容姿に気の強さ・・・・・・俺の好みなんでな」
「オレは・・・男だぞ?!」
「知ってるさ。お前こそ知らなかったか?俺はバイだ」
手間さえ惜しまなければ男のほうがしまりがよくて具合がいい。ゾロはそうしゃあしゃあと言ってのけた。
確かにゾロの周りにはこぎれいな取り巻きがそろっていたが、それは単に憧れだけだと思っていた。けれどもそんなことを
言われたら、疑惑の目を向けてしまうではないか。
うつむいて唇をかみ締めながら手を硬く握り締めるサンジに、ゾロが言った一言で意思は決まった。
「まあいい。それよりもお前が受けるか受けないかだ。深窓の令嬢じゃあるまいし、それすら出来んのか?」
ゾロの口元にはうっすらと笑いが浮かんでいた。
見た瞬間、頭が沸いた。
もともと沸騰しやすい頭なので、無理からぬことだ。
自分の両親への想いが、鼻で馬鹿にされているように思った。
だからきづいたらいっていた。
「受けて立ってやる!」
と。
あれから十年がたつが、未だ借金を返し終わる気配はない。このペースだったらもう少しかかるだろう。気がつけば
サンジもゾロも27になっていた。直ゾロは28になる。
後先考えずに融資を頼んだものの、その額の大きさに後から度肝を抜かれた。おかげでというかなんというか、
とりあえずずっと断続的に関係は続いている。そんなわけでこの身体で返し終わることが出来るのかははなはだ怪しい。
相手がいないときは続けざまにやってくるし、来ない時は月に一度来ればいいほうだ。好きなようにサンジのことを扱い、
好きな時に帰っていく。時に足腰が立たなくなるほどまで抱かれることは決してまれなことではない。
気がつけばサンジの身体は女性では満足できないほどにゾロに作り変えられていた。時には足腰が立たなくなるほど
抱かれ、時には狂いそうなまでに焦らされる。数ヶ月ぶりに来て抱かれると、見も世もなくあえいでしまう。
一度他の男で試そうとしたが、ゾロじゃないとだめだった。向こうも細いワリにはゾロと張るほどに丈夫で、妊娠する
手間のないサンジはお気に入りのようで、10年間とりあえず抱いている。
「しょっぱなから・・・フェラに顔射だったからなぁ」
出て行く準備をしているサンジを押しのけ、帰っていった男が残したきついタバコを口に銜える。こんなのは趣味じゃないが、
ちょっとした感傷みたいなもんだ。
煙が見えるのが好きだった。自分の息とタバコが交じり合っているみたいで、妙にエロティックだと思って吸い始めたら
すっかり嵌ってしまった。
心が交わることはないけれど、抱かれたって自分のものにはなってくれないけれども、少しでも溶け合いたくてゾロの
残していったタバコをすうのが、すっかり情事の後の習慣になっていた。
サンジはゾロが好きだった。いや、好きというと語弊がある。そんな愛らしい言葉で現される気持ちじゃなかった。
身体だけではない。心もすっかり作りかえられた。ライバル心を抱きつつも持っていた淡い想いは、愛憎に捩れた
複雑なものへと変化した。
悔しいのに、憎らしいのにどうしようもなく惹かれている。
惹かれているのに、そんな相手に抱かれて辛い。
どろどろとしたものが渦巻いて、身体からあふれそうになる。
時々無性にわめき散らしたくなった。
けれどもそんなわけにも行かないからその情熱を料理に傾けた。おかげで今や副料理長だ。
「さあ、そろそろ行かなきゃな」
今度こそ綺麗に身づくろいをしてサンジは自宅を後にした。
サンジの部屋に仕掛けておいたカメラを見てゾロはほくそ笑む。部屋の主は気付いていないが、部屋のあらゆる所には
カメラや盗聴器が仕掛けられている。
独り言を言う癖があるサンジの思考は全て筒抜けだ。
ゾロのことを思っているということも、度々かかってくる電話の相手に嫉妬していることも。
「ナミ、そっちのほうは抜かりないか」
「勿論よ。・・・ったく何様のつもりかしら。このアタシに仕事まかせっきりで」
秘書に命じて午後の会議の書類を作らせながら、自分はパソコンでサンジの憂える姿を楽しんでいた。自分のことを
思って嘆くサンジは格別だ。
「アンタも本当に嫌なヤツよねー。自分の好きな子を落とし込んでそれを見て楽しんでるだなんて」
もともと、サンジの家を没落させたのはゾロの父だった。バラティエグループのもつ特殊な特許が欲しかったのだ。
だが飽き性の父は、それが自分ではなかなか扱いにくいものと知るやいなやポイっと放り出し、後は知らぬ存ぜぬを
貫いて息のかかった会社にその咎を押し付けた。
「人聞きの悪い。俺は救ったんだ」
鋭角な眉をひょいとあげながらゾロはそんなことをしらじらと言った。経営改革を行い、特許利用料などからの利益を
概算して元が取れると思ったから、父と交渉してそのまま買い取り、今に至る。当時十代にして、ゾロは立派な企業家の
一人だった。
経営体制を抜本的に見直して立て直したため、十分な利益は出ている。なので本来サンジはあのようなことをしなくても
いいはずなのだ。
だがそのことはサンジも彼の両親も知らない。あれは二人だけの秘め事だ。
成り行きでナミは知ることになったが。
「騙してることには変わりないわよ」
「あれは・・・・・・あのままでいい。この関係に溺れて俺だけ見ればそれでいいんだ」
「もんのっっすごい、エゴイストね・・・・・・・・・ハイ、終わったわ」
書類を差し出しつつ大仰なため息をつく秘書を、ぎろりとひと睨みするが、物ともしない。もっとも、肝の太さと有能さを
見込んで、他社から引き抜いてきたのだから文句はいえない。協定を結んでいるD社の御曹司の婚約者ともなれば
なおさらだ。
「下がってていい。これからいいシーンだ。邪魔すんな」
「・・・・・・・分ってるわよ。あたしだって男の嬌声なんて聞きたくないもの」
画面の中では、しばらく放置しているサンジがアナルへと手を伸ばし自慰をしていた。たまらない光景だ。
ナミが去った後の部屋には画面から漏れるサンジの嬌声が響いていた。
指だけでは物足りないのだろう。自慰用に、と与えたゾロの張り方に手を伸ばす。
それにローションをたっぷりとぬりこめ、ぐっと押し当て深くくわえ込む。
貪欲なアナルは慣れた形を飲み込み、サンジは身悶えていた。
思わずゾロの下肢も熱くなる。
望むと望まざるとに関わらず、今サンジの身体はゾロに支配されている。そしてゾロによってその心もまたかき乱され、
支配されかけていた。
もっともっと溺れて離れられなくなればいい。
憎もうが何しようがそれでいい。
彼の心を自分が支配していればそれで満足だった。
借金があればサンジはきっと結婚しない。
自分の愛しい相手に負の遺産を背負わせることなどしないから。
何か彼を自分に縛り付けておけるものがほしかった。
初めて会ったその日からいとおしい存在だった。
先ず容姿に惹かれて、それから気の強さに惹かれた。
それを押さえつけて我慢した挙句、それはひどく歪んだ愛へと変貌した。
「さあサンジ、ここまで堕ちてこい」
誰よりもサンジにとって残酷な男は、にやりと獲物を追い詰めた獣のような笑みを浮かべ、画面の中で果てる愛しい
存在をとっくりと眺める。
それはまるで漆黒のベルベットの様に艶やかで淫靡な欲望。
END
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