迷わない男
【エリー様】





「いらっしゃいませ。」

 にこりと営業スマイルはお手物。
 本当は麗しいレディにだけ向けたい笑顔を、一応客なのだからクソむさい男にも向けてやる。すると女も男も年齢問わず
サンジの綺麗な人懐こい笑顔に一瞬ほう、と見とれてしまう。
 金色の髪、碧い瞳、白い透ける様な白いきめ細かい肌。
 どれをとってもその辺の芸能人顔負けである。従ってサンジ目当ての客も少なくない。

 「サンジくん、お昼入ろ。」

 同僚のナミが声をかける。
 ちょうどひと段落ついた処だ。サンジは休憩を取るため、事務所に向かって歩き出した。



 サンジが勤めるインテリアショップは全国チェーン店ではかなり規模の大きい会社だ。学生時代家具屋でバイトした経験が
功を成して中途採用ながらも社員として採用され、もう3年になる。
 インテリアショップと言えば聞こえがいいが、要は家具を売る営業だ。パートや契約社員にまで月のノルマが課せられ、
数字に追われる毎日だ。
 
 「やーれやれ。」

 ナミが頼んでおいた仕出し弁当を持って、サンジが座っていた机の隣に腰掛ける。

 「さっきのカップル、もう3回目の来店なのにまだ決めないんだもの。新婚家庭だから150は硬いと思うんだけどねー。
奥さんがまだ値切れると思ってんのかしら。ケチくさい。」

 ナミは苦虫を噛み潰したように一気に健康飲料を飲み干した。そういうナミこそ新婚だが、財布が硬くて有名だ。


 「でもさっきナミさんダイニング一式出したじゃないか。あれ85だよね。凄いなあ。」

 サンジは持ってきた弁当を広げながら笑った。

 「よく言うわよ。サンジくんなんてさっきペルシャ出したじゃない。」
 
 ペルシャとはペルシャ絨毯の事だ。サンジが売ったそれは200万の店に今置いてある一番高い品だった。
サンジは店舗で一番の売り上げを持っている。200の絨毯などイベントでなければそうそう売れるものではない。

 「まあ、2度目で決まるとはおれも思わなかったけどやっぱりご主人の一言が決めてだったなあ。」

 それを買って行ったのは老夫婦だったのだが、渋っていた夫人にご主人が言ったのだった。
 “迷うなら買ってしまいなさい”と。

 「お金持ちの一言だよなー。」

 もぐもぐとおかずを口に運びながらサンジはうんうんと頷く。そんなサンジの弁当をナミが横から覗き込んだ。

 「相変わらずおいしそうね、それ。こんな豪華なお弁当朝から二つも作るなんて主婦の鑑ね。サンジくん。」

 「嫌だなー主婦だなんて。ナミさんこそ新婚なのにちゃんと外で働いて偉いなあー。」

 何気にナミの言葉をスルーしつつ誤魔化す。サンジは苦笑いをしながら小さい弁当の中身をかっ込んだ。

 「だってあたしが働かないと暮らしていけないのよ。あの極潰し。」

 「ルフィの野郎、まだ就職してねェの?あんの馬鹿、こんな美しいナミさんをモノにしといて働かねェとはなんて野郎だ!
おれが行ってガツンと蹴り倒してやりましょうか?」

 「無理よ。何したってあいつ働かないもの。」 

 ナミはため息交じりでそう首を振る。しかしそうは言っても何よりナミのほうが旦那に惚れているのだ。

 「それよりサンジくんの極潰しはどうなのよ?仕事探しどころかそもそも働く意志なんてあるわけ?」
そのとき机の上に置いてあるサンジの携帯が震えた。仕事中はバイブレーターにしてあるから、ブブ、ブブと低く唸る。
 サンジは慌ててそれを取ると、椅子から音をたてて立ち上がった。

 「も…もしもし?」

 そのまま走って倉庫へと続く扉の中に消えて行った。
 ナミはその姿を目で追ってからため息と共に「噂をすればなんとやら」と呟いた。

 「どしたの、ゾロ。おれ今ちょうど休憩中で…。」

 サンジは嬉しそうに携帯を握り直した。ゾロから昼間電話がかかってくるなんて滅多にない事だ。

 だがそんなサンジも言葉を遮るように、サンジの好きな声が冷たく聞こえた。

 「てめェ今すぐ5万持って来い。」

 後ろからはパチンコ屋の騒々しい音も聞こえてきた。多分ゾロは負けて苛々しているのだろう。声に怒気が含んでいる。

 「だって…おれ今仕事中だよ。行けないよ、ゾロ。」

 「じゃ、いい。」

 舌打ちと共に通話が切れる。サンジは青くなって慌ててナミの処に戻った。がたがたと弁当を仕舞い、ロッカーに行こうと
するサンジにナミは驚く。

 「サンジくん!」

 制服のまま上着を引っ掛けた状態でサンジは「すぐ戻るから!」と言いながら走って行ってしまった。

 ナミは仕方なく椅子に座りなおし、弁当の続きを食べ始める。さっきの電話の相手がサンジの同棲相手のゾロだという事は
直ぐに分かった。

 「……あんな極潰しもヒモ男、何処がいいのかしら。」
ナミは苦々しく梅干しを口に放り込んだ。
サンジはタクシーに乗って途中銀行に寄り、お金を降ろすとゾロの行きつけのパチンコ屋に駆け込んだ。

 店内を見回しても、いつも居る席にゾロがいない。
 もう怒って帰っちゃった?
 サンジは焦って駐車場を探した。

 「ゾロ!」

 停めてある数台の車の間に、柱に寄りかかって煙草を吸っているゾロを見つけると、サンジは走って傍に行く。眉間に
深い皺を寄せ、サンジの方を見向きもせず紫煙を吐き出しているゾロの手に財布を握らせる。

 「遅くなってごめん。銀行寄ってから来たから。これちゃんと5万入ってるから。」

 ゾロは無言で財布の中身を確認すると、Gパンのポケットにしまった。

 「それじゃ、おれ仕事戻るよ。今夜は9時ごろには帰れるからゾロもその位には帰って来いよな。」

 そう言って歩き出すサンジの腕を、ゾロは強く掴む。え、と振り返るサンジを引き寄せる。

 「しゃぶれ。」

 そのままサンジの後頭部を掴んで自分の下半身へと押し付けた。

 「ゾ…ゾロ!」

 戸惑ってるサンジを無視すると、自分のGパンのチャックを降ろし、自身を取り出すとサンジの顔へ押し付けた。

 「とっととしろ。人が来ちまうぞ。」

 低く押し殺した声で言われ、サンジは仕方なくゾロのそれを口に含んだ。
 たちまち硬さを持って大きく膨らんで、直ぐにサンジの口いっぱいになる。息が出来なくなるので咥え直そうと顔を離した。
けれどゾロはぐい、と腰を強く押し付けてくるのでサンジは思わずえずきそうになる。
 ゾロはそのままサンジの頭を押さえこんで腰を振った。
 サンジは苦しくて、必死で鼻から空気を吸おうとしたけれどゾロの動きがあまりにも激しくてうまく吸えない。

 「…んっ…んんッ…!」

 苦しくて涙が流れる。

 口からは飲み込めなかった涎がゾロの先走りと混ざって、だらだらと顎を伝って胸まで零れ落ちた。車の陰とはいえ、
いつ誰が来るとも知れない駐車場でフェラをさせられて。サンジは羞恥心で心臓が破れそうだった。

 「出すぞ。」

 そうゾロは言うと、もっと強くサンジの頭を押さえ込み腰を激しく振った。

 「んんッ……!」

 苦く鼻をつく独特の臭いを吸い込みながら、ゾロの出したものを飲み込んでいく。涙が溢れて止まらない。

 「はあはあ……。」

 ゾロはやっとサンジを離すと、少し硬度のなくなった自身を仕舞った。
 それから息を切らしてぺたんと地べたに座り込むサンジの髪を一撫ですると、

 「今日はたぶん遅くなる。」

 そう言い残してさっさと店内に戻ってしまった。







結局制服を汚して店に帰るわけもいかず、サンジは一度アパートへ戻った。ナミにメールをして店主にうまく言い訳をして
もらい、夕方には仕事に戻った。
 ナミは何も聞かないでくれたが、帰りには一言「大変ね。お互い。」と言われた。
 ナミのそんな優しさがサンジは大好きだった。


 閉店してから(店は8時まで)スーパーに寄って買い物をした。
 ゾロは遅くなるとは言ったけど飯はいらないとは言わなかった。だからやっぱり夕飯の用意はしておこうと思った。
 でも結局ゾロは帰っては来なかった。





 ゾロと一緒に暮らし始めたのは半年程前の事だ。 

 深夜のコンビニの脇に、ボロ雑巾みたいになって転がっているゾロをサンジは見つけた。
 自分のアパートに連れてきて、傷の手当と飯を食べさせた。そのままゾロはサンジのアパートに住みついてしまった。

 ゾロと寝る様になったのはそれから一週間くらいしてからだった。
 深夜何所からか帰ったゾロは、寝ていたサンジの布団を剥がし、声を出さないようタオルをサンジの口へ突っ込むと
サンジを犯した。

 サンジはそれまで男とSEXをした事などなかった。

 自分はノーマルだけど、それでもゾロを格好いいと思っていた。
 ゾロの顔や鍛えられた身体に、ドキドキとする事もあった。

 だけどこんな事をするつもりはなかった。

 ゾロは泣きながら抵抗するサンジに、何度も性欲を吐き出してそれから低く言った。


 「おれはてめェをこれからも何度も抱く。嫌だと泣いても何度でもこうする。覚えておけ。」
 サンジはそれを聞いて抵抗するのを止めた。
 本当は心の奥底で、ゾロにこうされたかったのかもしれないと思ってしまった。何故ならゾロが自分を弄る手や舌に、
激しく感じてしまったからだ。

 でなければ、こんな素性も分からない他人と暮らすなんてありえないことだ。
 サンジはゾロの事が好きだったのだ。




 
 
 それからもゾロはサンジの都合もお構い無しに抱きたい時に抱く。サンジは立ち仕事なのであまり激しいと次の日の
仕事は本当に辛かった。
 仕事をしていないのか、サンジの財布から金も抜いていく。サンジは黙って抜いていかれると仕事先で気が付いて
困るので、必要なら言って欲しいと言った。

 ナミはそんな話をサンジから聞いては怖い顔をした。

 「それってヒモって事でしょ。サンジくんそんな男が好みだったの。」

 するとサンジはびっくりした顔をしてから、にっこりと笑った。

 「うん。そうだったみたいだよ、ナミさん。」


 あまりに嬉しそうに笑ったので、ナミはそれからは何も言わない。その代わり沢山の話を聞いてくれるのだった。



ゾロはサンジに好きだとか言った事はない。

 サンジは行為の最中に、無意識にゾロにしがみ付いて「ゾロ、ゾロ、好きだ。」と言ってしまうので、ゾロはサンジが自分に
惚れているのは知っている、とサンジは思っている。
 最初の頃は乱暴に無理やりだったけれど、すぐにサンジの気持ちはゾロにばれてしまったので、それからは少しづつ
優しくはしてくれているとは思う。
 思うが、やっぱり週末の仕事の後疲れて寝ている所へ「しゃぶれ」とか言われると、やっぱりゾロに愛はないのかな、とも
思ってしまう。

 それは好きになってしまった者の負けなんだろうけども。

 ゾロは自分の事は一切話さない。
 元々口数が少ない上に、いっつもむっとした顔をして不機嫌な表情をしているから聞きづらくもある。
それでもサンジは少し前にゾロの誕生日を聞きだす事に成功したのだ。

 


 「なあなあ。てめェの誕生日っていつだよ。」

 サンジは布団の中で、まだ汗の光るゾロの背中を見つめながら聞いてみた。
 ゾロはじろり、とサンジを睨むと「ねェ。」と呟いた。

 「ねェわけねェだろ。誰だって生まれた日ってのがあるはずだぜ。ちなみにおれは3月2日だ。サンジって語呂もいいだろ?
うまく生まれた感じじゃね?おれ。」

 にこにこと笑うサンジの頬をひと撫でして、ゾロは煙草に火を点けた。

 「……11月11日。」

 「え?」

 ふう、と紫煙を壁の方へ吐き出しながらゾロはサンジから視線を外して言った。

 「うっそ!ぞろ目?!へーそうなんだあ。しかしゾロもうまく生まれたなあ。おれと一緒だな、ゾロ。」

 サンジが嬉しそうにそう言うと、何故かゾロは少し困ったような顔をした。サンジは初めてみるゾロのそんな顔に、あ、
可愛いかもなんて思ってしまい、少し赤くなってしまった。
 それから誕生日の日には二人でお祝いをしようと言おうとしたけれども、ゾロに凄い勢いでキスをされ、再び身体を
弄られて頭が真っ白になってしまい結局それは言えなかった。



 そうこうしてるうちに、とうとう11月9日になってしまった。



 「どーしよっかなあ。あれからゾロうちに帰ってこねェしなー。携帯も繋がらねェしなあ。」

サンジは事務所で煙草を吹かしながら独り言を呟いた。幸いみんなフロアに出て接客中なので事務所には誰もいない。

 「あー、あん時やっぱ言っておけばよかったー。日曜はいつもより遅くなるって。でも絶対やりたいしなー。」

 「昼間から何サカッた事いってんのよ。」

 びっくりして振り向くと、ナミがにやにやしながら立っていた。

 「仕事中に大胆な発言してくれるじゃない。」
 
 「ちちち違うよナミさん!今のはそういう意味じゃなくて!」

 慌てて煙草の火を消してナミの方を向いた。サンジの顔がトマトの様に真っ赤なのを見て、ナミは大笑いする。

 「冗談よ。その分だとうまくいってるみたいね。」

 この間の事を言ってるのだとサンジは思った。
 あのゾロに呼び出された日、少し疲れた顔をして店に戻ったサンジをナミは心底心配した。

 「ありがとうナミさん。あいつの誕生日が明後日なんだよ。だから絶対お祝いしてやりたいなって。」

 サンジはナミに事務所に備え付けられたキッチンからコーヒーを注ぐと、ナミに差し出した。

 「でもあいつ、あれからアパートに帰って来なくって。」

 「連絡つかないんだ?それじゃどうするの。」

 「うん。日曜だからいつもより上がるのが一時間遅いけど、一応用意はして帰って来るのを待つつもり。」

 「健気ね〜。あたしには無理だわ。」

 ナミは肩をすぼめて笑った。

 「だからさっさと売り上げの数字を取って、店が終わったら速攻帰るから。」

 サンジは立ち上がってうーん、と伸びをした。それから軽い足取りでフロアに向かう。
 頭の中は当日ゾロの好きなレシピで一杯だった。




11月11日。
 日曜日は本当に忙しいのが常なのだが、この日は異常だった。

 結婚式や引越しが多い11月、家具を夫婦や家族単位で買いに来る客で店はごった返していた。インテリアの場合、
例えばソファー一つ取っても物凄い種類がある。もちろん全部を説明する必要はないのだが、お客が求めているソファー
を勧めなくては売れない。その為に一組の客に費やす接客時間はまちまちになるが、それが家具一揃えとなるとかなりの
時間となる。
 それで売れればバンバンザイだが、「それじゃ検討して又来ます。」と言われるとその疲労は計り知れない。

 「あー疲れたあ。」

 ナミが肩を回しながら事務所に入って来る。

 「お疲れ様ナミちゃん。今日は本当に忙しい日になったわね。本社の広告も入ったからオーダーカーテンも凄い売り上げよ。」

 事務員のロビンも丁度休憩に入る所だったようで、自分のコーヒーとナミのコーヒーを持って机に付いた。

 「ありがと、ロビン。ところでサンジくん見なかった?さっきフロアを一回りしたけど見なかったのよ。」

 「サンジくんならクレームで店主と一緒にお客様の御宅へ行ったわ。一時間程前に。」

 ロビンはナミの分の仕出し弁当を差し出して、眉を寄せた。

 「…クレーム入っちゃったの?ついてないなあー。」

 「彼のせいじゃないのだけれど、お客様がかなりご立腹で。広告の本棚の色が違っていたらしいの。」

 「出す前に確かめなかったの?」

 「箱に記載されていた色と中身が違ったみたい。お持ち帰りいただいて、開けたら違う色が出てきたって凄い剣幕で
電話かけてきて、売った金髪野郎を出せって凄かったわ。」

 「うわ。最低。」

 ナミはがぶりとおかずの卵焼きを噛み付いて、まず、と呟いた。

 「サンジくんだけじゃおさまりつかなくて、責任者出せって。で、希望の色の本棚を持って来いって事なんだけど、生憎
うちの倉庫に在庫がなくて。近隣の店舗に問い合わせたのだけれど何所にもないのよ。その色。」

 「あちゃー。」

 「それでやっとH店にあるって事で、そこまで行ってからお客様のところへ行くから…。」

 ナミはごくり、とコーヒーを飲み込んで目を丸くした。

 「H店って…隣の県じゃない。こっから片道3時間はかかるわよ…。どうして取り寄せじゃいけないの!」

 「酷い客よね。」

 ロビンはそう言ってため息をついて手を頬に当てた。

 (サンジくん……。今夜帰れるの何時になるのよ…。)

 ナミは思わず箸を置いてしまった。







 サンジは余りの疲れに倒れそうになりながら、アパートの階段をゆっくりと登っていた。

 時間はもう少しで日付が変わる。
 それでもサンジはそれ以上足を速める事が出来なかった。

 今日は散々だった。
 クレームのお客は必死に持っていった本棚を一目見て、「広告の写真と違う。こんな色だったなら最初から買わなかった。
金を返せ。」と言ってきた。
 その一言にキレた店主が客と大喧嘩になり、とにかく早く帰りたかったサンジは何とかなだめようとしたが収まらず、
結局その本棚は店へ持って帰る事に。
 その上店主にも「そもそも箱を開けて確認しなかったおまえが悪い。今日店も忙しくて数字も高かったのに!」と
当たられて、長々と愚痴られ結局こんな時間になってしまった。


 ゾロのお祝いのご馳走を作る時間も気力もない。

 「そりゃ、おれのミスと言えばそうだけどさ。」

 何もこんな日に。

 サンジは部屋の前まで来ると上着のポケットからゆっくりと鍵を取り出した。
 部屋の明かりは消えてる。

 きっとゾロは帰ってない。
 それはそうだ。だってあれからゾロと逢っていない。

 もしかしたらもう、ここには帰って来ないかもしれない。だって二人で暮らそうとか、そんな約束をしたわけじゃないのだ。

 誕生日だって誰かほかの人とお祝いしてるかもしれない。
 そう。おれみたいな男なんかじゃなくて、とびっきりの綺麗なレディと。

 サンジは明るくて広い部屋で、ゾロが知らない美女と二人でグラスを合わせている所を想像した。
 そうしたら何故か手元の鍵が滲んでよく見えない。おまけに鍵穴も暗いしぼやけてもっと見えない。
 立っているのが辛くなってその場に座り込んでしまった。

 自分の部屋なのに入る事が出来ない。
 まるでゾロの心の中に、自分が入る事を拒否されたような気がした。

 考えてみればゾロは自分の事なんか、別に好きでも何でもないのだ。
 行くところがなくて、とりあえず飯と寝るところがあったからここに居ただけなんだ。

 (……でもSEXしたくせに。)

 サンジはドアに背を向けて寄りかかり、膝を抱えた。

 考え出したら止まらない。
 今までのゾロの態度を思い出せば、どうして自分の事をこれっぽっちも好きだと言えよう。
 
 それでもサンジはゾロが好きだから仕方ないと思っていた。
 少しも優しくなくて、サンジの都合なんかも全然考えてくれなくて、いつだって不機嫌な顔をしていて。

 「だけど。」

 声に出して言ってみる。

 サンジの背中に回る掌や、顔をなぞる指先にゾロの愛を感じた事があるんだ。
 処理で適当だったらあんな触り方をするのだろうか。
 けれどそれは愛されたいと思うサンジの思い過ごしだったのだろうか。
そんな事を思ったら、ぼたぼたと涙が落ちてきた。頬を伝って胸に落ちる。サンジは暗い空を見上げたけれど、それは
止まる事なくどんどんと流れ落ちた。

「ふぐッ……!」

 思わず声を出して泣こうとして息を止める。正面の街頭の下に、見慣れた緑の頭が見えた。

 「ぞ…ゾロ?」

 ゆっくりとゾロはサンジの元に近づき、偉そうに見下ろした。

 「何でそんなとこにいんの?ゾロ。」

 寒さと涙で出た鼻水をずびッとすする。ゾロは口を一文字に結んで不機嫌さを露にしたままサンジの腕を掴んで立たせる。
 サンジの涙と鼻水を自分の袖でごしごしと擦ると、痛てェ、と強さで顔をしかめたサンジを今度は下から覗きこんだ。

 「てめェ何で今日はこんなに帰りが遅いんだ。とっくにいつもは帰ってる時間だろうが。」

 「んーだってクレームが入っちゃってよ。仕方ねェじゃん。」

 またずびッと鼻をすすって、今度ははくしょん、とくしゃみをしたサンジの肩を抱く。

 「何で部屋に入らねェんだ。身体冷えちまってんじゃねェか。」

 いつものゾロとは思えない様な優しい言葉と態度にサンジは震えた。ゾロはたまに怒るとこんな風に優しくする事がある。
でもその後態度が急変するのだ。
 一度、朝まで縛られて犯され続けた事がある。

 「か…鍵が…なくて…。」

 「落としたのか。」

 「ん、そうみてェ。」

 震えだしたのは寒さだと思ったゾロは、サンジの肩に手を回したままポケットから別の鍵を出す。

 怒ってないのかな。

 サンジがぼんやりと思うと、突然ゾロはサンジの膝裏に腕をまわし抱き上げた。咄嗟だったので慌ててゾロの太い
首に手を回す。自分の部屋とはいえ暗闇で何も見えない上に抱え上げられては不安になる。
  
 「ちょっと、ゾロ!おい、靴!」

 ゾロはサンジの靴を無造作に脱がしてさっさと部屋の奥へ進んだ。そして奥の寝室にサンジをそっと降ろすと性急に
口づけてきた。

 (何だ。そんなに切羽詰ってたのかよ。しょうがねェなあ。久しぶりだし。)

 本当は仕事の後だし、シャワーを浴びてからと思ったが身体はすぐに反応し、サンジも我慢出来なくなってきた。
 さっきまでゾロを想って泣いていた事が嘘のように、ゾロの熱い掌を感じる。

 やっぱり自分はゾロが好きなのだ。

 どんなに酷い事をされても、好きなのはしょうがない。
 心をコントロールする事は不可能だ。
 たとえ自分がゾロにとって都合のいい存在でも、今こうしてゾロの身体に抱きしめられているのだからそれでもう満足だ。

 サンジは荒い息を吐きながらゾロの下半身に手を触れる。張り詰めて硬く隆起しているそこは、間違いなく自分に
欲情している。

それを確信しただけでサンジの背中は粟立つのだ。
けれどゾロはその手をやんわり掴むとサンジの掌にキスをした。



 暗闇に目が慣れてゾロの輪郭が現れる。
 真っ直ぐに自分を見つめるその瞳は、窓の外から入り込む月の光に反射して金色に見えた。

 「ゾロ。」

 サンジは声を震わせて名前を呼ぶ。

 「ゾロ。好きだ。」

 もう何度言っただろう。ゾロは一度も答えてはくれないけれど、何度でも口から洩れてしまう。
 だって本当だから。

 「サンジ。」

 低い、バリトン。
 ゾロはサンジの指を舌に絡めて軽く吸った。

 「てめェを連れて行く。」

 サンジは目を瞑り頷いた。ゾロはいつだって自分を連れて行くではないか。
 快楽の絶頂に。
 ゾロに抱かれる度にサンジはこのまま遠くへ連れて行かれるのだと思うのだ。

 「どこでも行くよ。ゾロ。」

 サンジはゾロにキスをしながら再びゾロの下半身に手をやる。そのまま舌を絡めると、ゾロもサンジの口内に舌を
入れてきた。
 強く舌を吸われ歯列をなぞられると、自然と吐息が洩れる。

 「んん……ッ!ふ……ッ。」

 頭を後ろから抑えられ息も出来ない。片手はサンジのベルトを引き抜き、開いた隙間に手を入れられる。
 すっかり立ち上がったサンジのそれを軽く掴んで扱かれると身体がびくりと反応した。

 そのまま朝まで抱かれるのだと思ったら、ゾロは一度サンジを口でイかせただけで身体を起こした。

 「明日早ェからな。てめェがつれェだろ。」
 とてもゾロらしくない言い分にサンジは思わず起き上がる。一体今日のゾロはどうしたって普通じゃない。

 「どこかに、行くの?」

 またしばらく行ってしまうのだろうか。
 そんな不安がサンジを襲う。それでも引き止める事など出来はしないが。

 「7時の飛行機だからな。てめェ支度遅ェし。」

 ゾロは口の端でにやりと笑うと、サンジの頬を撫でる。

 「ま、パスポートさえありゃ問題ねェ。あとは向こうで買えばいい。明日の夜にはチュニジアだ。てめェは色が白いから
現地行ったら浮くんじゃねェの。」

 まるで子供のように笑うゾロに見とれて、会話まで聞こえてこないサンジの頭をぐりぐりとでかい手で撫でる。よっぽど
きょとんとしているサンジが面白かったのかゾロはそのうち肩を揺らせて笑い出した。

 「いや…ちょっと待てよ。その話だとおれがゾロと一緒に行くみてェじゃね?」

 「あたりまえだろが。」

 「いや。おかしいぞ。っていうか“ちゅじにあ”ってどこだよ!」

 「チュニジア。アフリカだ。」


 どうにもゾロが言ってる事が理解できないサンジに、ゾロは面倒くさそうにため息を吐いてごろりと寝転んだ。

 「もういいだろ。とにかく寝ろ。明日…ていうかもう今日じゃねェか。早いって言ったろ。」

 「いや、よくねェ!どういう事かきっちり説明しろよゾロ!第一いきなり明日アフリカって…。」

 そんなの嘘、だよな……。

 サンジの呟きは早くも鼾を掻き出したゾロに聞こえるはずもなかった。





 翌朝、ありえない事にサンジは本当に機上の人となった。


 元々ゾロは自分の素性を話す事をしなかった。必要最低限の言葉しか話さないゾロは、サンジが聞いてこないのを
いい事に(かどうかは定かでないが)、自分の事を話さなかったのだ。

 ゾロはサンジと出会うまでただのチンピラ同然だった。どこかの組の三下共と、その日暮らしの気ままに生きてきた。

 だがサンジに出会ってサンジと暮らすうちに、いつの間にかその暮らしが気に入っていた。

 「だからこのままじゃいけねェなと思ってよ。」

 ゾロは真っ青になって口の中で未だ「ありえねェ。こんな事。」とブツブツ言っているサンジを無視して、勝手に話を続ける。

 「これまでもあちこち仕事は探してはいたんだけどよ、なかなかこれっていう仕事がねェ。」

 そんな中、昔ちょっと世話になった地元の刑事が、ある仕事を引き受けてくれる奴を探してる、と聞いた。何でもそいつは
今アフリカで仕事をしているのだそうが、現地で住み込みで手伝ってくれる運転手謙助手を探してるのだそうだ。
 
 「だからって何でアフリカなんだよ!しかも具体的な仕事の内容は!」

 「おい、飛行機の中なんだからもう少し声を抑えろ。」

 ゾロはサンジの様子を咎めると椅子にゆっくりと凭れた。よもやこんな常識のある態度のゾロを見られる日が来るとは
思わなかった、とサンジは思う。

 ゾロはいつも身体を覆うオーラみたいなのがギラギラしていて、手負いの獣みたいだった。そんな野生的な雰囲気に
惹かれたのも嘘ではないが、今の落ち着いているゾロもカッコイイと思ってしまう。馬鹿だなおれって。
 そうサンジは思って赤くなった。

 「仕事ってのはな、農家だ。」

 「は?」

 自給自足があたりまえのチュニジアで、日本人の男性が一人で農家をしながら暮らしているのだそうだ。そこで現地の人の
手を借りながら開拓をしているが、やはり同じ日本人の手を借りたいので誰かいい人がいないかと話を持ってきたのだった。

 「だからって何でアフリカ…。」

 サンジの言い分はもっともだが、ゾロはその話を聞いた時咄嗟に浮かんだのはサンジと二人で農家を営む自分達の
姿だったと言う。

 「おまえは本当は家具屋なんかじゃなく、コックをやりたかったって言ってたじゃねェか。」

 いつだったか話したサンジの夢を、ゾロは忘れなかった。

 「そりゃ…言ったかもしれねェけど…。」



 なんてこった。

 そりゃ学生の頃はコックになりたかった夢があった。おまけに自分で作った食材ですべてまかなうレストランを経営する
のが夢とも言ったかもしれない。
 けれど現実問題、そうそう夢が叶うわけじゃない。
 コックよりも出来高で給料がいい、インテリアに勤めたのはいい訳だ。

 「農家なら野菜作って家畜も飼って、そいでそこでレストランやりゃあいい。」

 だからって何でアフリカ。
 もう何度も繰り返している台詞を心の中で繰り返す。つまりゾロは自分の夢の為にこの仕事を引き受けたって訳だ。
 しかもサンジの都合も何もかもかまわず、拉致同然で。

 「……おまえとこの先ずっと暮らすなら新しい土地でこの手で何もかも新しく作って行きたいと思ったからだ。」

 
 ちょっとまって。
 つまりそれって。

 「…プロポーズに聞こえるのですが。」

 「あたりまえだろうが。」

 呆れたように眼を細めるゾロに、サンジは身体の力が抜ける。
 それから顔が燃える様に熱くなるのがわかった。身体中の毛穴という毛穴から汗が噴出したのが分かる。

 ゾロが、あのゾロが…おれにプロポ……。

 しゅうしゅうと音を立てて固まったサンジを見て、ゾロは満足そうに口元を軽く挙げてから眼を瞑る。

 「向こうに着くまで少し寝とけ。おれが今回この仕事を無期限で引き受けるって言ったら、先方がえらい喜んでこええ
くらいの金を支度金だって振り込んできた。何でもそいつ、親善大使もやってるんだとよ。刑事のおっさんも日本の政府
絡みだから、頑張って来いって喜んでいたし。あっち着いたら色々忙しいとおもうぞ。」

 そう言って、ふあーと大あくびをする。

 「おれの誕生日だからな。…おまえをもらっただけだ。気にすんな。」

 それからもういびきを掻き始めた。


 どうやらゾロは大変な仕事を引き受けてきたらしい。
 いや、それよりもこのまま自分とゾロは結婚してずっと暮らすらしい。

 アフリカ云々よりも、ゾロのその台詞がサンジの小さい頭をかき回す。

 サンジはすっかり寝入ってるゾロを凝視したあと眩暈がしてきたので、とりあえずもう考えるのは止めにした。

 ゾロと同じように椅子に寄りかかり、飛行機の窓の外に眼を移す。


 ゾロが好きだ。
 ゾロは野蛮でちっとも自分の話も都合も聞いてくれないけど、その揺るぎない精神が好きだ。

 かなり強引ではあるけれど。
 それでも好きだからしょうがない。


 以前ペルシャの絨毯を買ってくれた老夫婦の事を、ふいに思い出した。
 迷っていた奥さんにご主人が言った一言。

 “迷うなら買ってしまいなさい”



 迷うくらいなら決めてしまえばいいのだ。
 ゾロに着いて行く事に迷いがあるわけじゃない。といより、迷う暇もなかったけど。

 振り回されていたゾロに不満があったなら言えばよかったのに、失うことが怖くて言い出せなかった自分。でもゾロは、
自分と一緒に行く道を選んで決めて、そして引っ張って連れて行く。

 

 そしてその知らない国で、ゾロに美味しい料理を作って暮らす自分を想像して、サンジは幸せな気持ちでいっぱいに
なるのだった。





END


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