酷い男【真昼様】
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それから三ヶ月位した頃に、ゾロはまた現れた。
俺の怒りはもちろんまだ持続していたから、普通に現れれば即蹴りだしてやった事は間違いない。
だがゾロはその時、負傷していた。
それも、ほとんど死に掛けなくらいな大きな傷を負っていたのだ。

ボートが流れ着いたと客が騒いでいるので、俺たちは甲板に出た。
そこには見慣れたボートが波に揺れていて、あの野郎、全く堪えずにまたのこのこ来やがって、と思った時には
既にボートを覗き込んでいた誰かが「凄い傷じゃねェか!」と言い、俺はボートに走り寄った。
そこには、右手にロープを握り締め、左手で血の吹き出る腹の傷を押さえたまま気を失っているゾロがいた。

バラティエには常駐の医者がいる。
俺たちは医務室にゾロを運び込み、ベッドに横たえた。
医者はゾロの傷を見て顔をしかめ、ただちに傷を縫いにかかった。
ゾロは気を失ったままで、それでも時々うめき声を上げていたからまだ死にはしないと俺は思った。
一体どこで、誰とどんな戦いをしてきたのだろう。
ここまで名の売れているゾロにこんな傷を負わせるとはどんな敵だったのか俺には想像もつかないが、名前が
売れるまでにはこうして命がけの戦いを何度も乗り越えてきたのだろうと思うと、改めて自分との差を見せ付けられる
ようで俺は軽いショックを受けていた。

ゾロは一命を取り留めた。
と言うより、ゾロがバラティエに着いた時気を失っていたのは怪我のためでなく、また何日も絶食状態にあったことが
原因らしいと分かって俺は気が抜けてしまった。
傷の方は深い事は深いが、ゾロの言う事を真に受ければ割と良くある程度の怪我らしい。
あの出血で良くある事とはよく言えたもんだと思うが、それでも手術の時に垣間見たゾロの腹にはいくつもの傷が
あって、しかもそれはどうやら自分で手当てしたらしくどれも酷い縫い跡だと医者も呆れていた。
ゾロは手術の後しばらくして目を覚まし、それから俺の顔を見るなり「なんか食い物をくれ」と言った。

全く、こっちの心配なんかどうでもいいらしい、相変わらずひでェ男だよ。
ほっとした反面腹がたって、俺は悪態をつきながらも飯を運んでやった。

「一体どうすりゃそこまでになるんだよ。お前強いんじゃなかったのか?鷹の目だかに会う前にそれじゃあ、
 先が思いやられるぜ。お前が世界一になるのなんか待ってたらジジィになっちまう」
「・・・別にてめェに待ってくれとは言ってねェだろうが。年なんか関係ねェ。ジジィで世界一、上等じゃねェか。
 ジジィになっても俺はあきらめねェぞ」
「そうかよ、好きにすりゃあいいだろ。その前に俺はさっさとオールブルーを見つけて・・・」
「オールブルー?」
「・・・なんでもねェ。どうせ知らないんだろ。それより、お前よくバラティエに辿り着けたな。しかもあの傷で」
「俺もどうやってここに着いたのか分からん。この傷をつけたやつは海軍に引き渡してきたんだが」
「え?引き渡してきた?」
「そうだ。当たり前だろ。せっかくの賞金首だ」
「だけどお前、その傷でか?お前、負けたんだろ?」
「誰が負けたと言ったよ。確かに今回は相手も強くて飛び道具なんか持ってたもんで、そっちを気にしてたら
 斬られちまった。片手に拳銃、片手に刀の珍しい二刀流だったぜ。だが結局は俺が勝った。傷は自分で適当に
 処理してそいつを海軍に連れて行った。そんでここへ来ようとしてたら、時化てきやがってよ、帆布をかけようとして
 傷をしたたか打っちまって、どうも開いたみたいだな。その後は分からん」
「・・・分からんてお前、どうやってここに辿り着いたんだよ」
「だからそれが分からんと言ってるだろうが。嵐が止んだのは覚えてる。そのあとてめェん所の飯が食いたいと
 思って進路を取ってた。だがあとは覚えてねェ。気づいたらここだった」
「・・・」

不思議な事もあるもんだが、それでも何となくこの男ならありえる様な気がして俺は黙った。
ひょっとして、無意識の方が冴えてるのかもしれない。
それにしても、相変わらずのゾロだ。
さっき傷を縫ったところだというのに俺が運んできた飯を綺麗さっぱり食べつくしている。
一体この男の体はどうなってるのだろうか。
早々に医務室のベッドから降りようとしたゾロを俺と医者は慌てて止めた。

だがゾロは次の日にはもう「治った」とか言って起き出して来た。
バラティエの料理長でオーナーのゼフは「ここは病院じゃねェんだから治ったらさっさと出て行け」と言ったのだが、
それでも怪我の程度を知っていたゼフも無理に追い出すことはできなかったらしい。
抜糸するまでは見てやりたいという船医の進言で、結局ゾロは二、三日バラティエですごす事になった。

当然、ただで置いてやるわけにはいかないから適当に仕事をさせた。
最初は簡単な掃除とかそんな事だったが、見ていると全然体は堪えていなそうなので段々重労働をまかられるように
なり、最後には水をくみ上げてろ過する仕事をさせられていた。
これは船員でも嫌がる重労働だったが、大怪我をしたばかりだというのにゾロは平然とそれをこなした。
ゼフもゾロの働きぶりを見て「フン」と言ったきり何も言わなかったから、文句の言いようがないと言うことだったのだろう。

バラティエにいる間、ゾロは自分のボートで寝起きしていた。
だから、俺は朝になるとゾロのボートに行き、ゾロを叩き起こす。
寒い時期だったので可哀相かなとは思ったが、思い返してみれば前回この男はおれに「いくらだ」と聞いたのである。
怪我の事ですっかり忘れていたが、あまり親身にしてまた変な期待をされると困るので部屋に入れなかった。
だが、ゾロが明日はここを出ると言った最後の夜、俺は酒を持ち込んでゾロのボートに腰を落ち着けていた。

「今度はどこへ行くんだ」
「南の方に名の知れた剣士が入るって話を聞いた。何とか探し出して勝負してみてェな」
「南ね」

俺は笑った。
ゾロが南と言いながら指差した方向が、確かにその正反対を向いていたからだ。
だが、それを訂正してやったところでその通りに行かれるとはとても思えないから、この際はこいつの本能に
従わせてやるのがもっとも早道なのではないかと思う。

「ああ。南へ下るとグランドラインへの入り口もあるって聞いた。もし運がよけりゃ、その入り口ってのがどんなのか
 見る機会もあるかもしれねェ」
「グランドラインね。お前、本当にそこへ行く気なのか」
「当たり前だろ。イーストでじっと待ってるより、そっちへ入っちまった方が鷹の目に近づけるからな」
「・・・オールブルーも、そこにあんのかな」
「オールブルー?お前、こないだもそんな事を言ってたな。なんだそりゃあ」
「・・・何でもねェよ。こっちの話だ」
「お前、一緒に行く気はねェか」
「ええ?」
「グランドラインだよ。オールブルーがなんだか知らねェが、お前、それを探してるんだろ?それはここにいて
 見つかるもんなのか。お前は・・・」
「煩ェ!俺はどこにも行きたくなんかねェんだよ!お前には関係ねェだろ、放っとけよ」
「・・・そうかよ。そんなら別にいい」

ゾロは酒をぐいっと煽った。
俺は、いかにも簡単に俺を誘うゾロが許せなかった。
人は、そう簡単に何もかもを放り出して旅に出ることなどできないのだ。
まして、俺にはオーナーのゼフに大恩と負い目がある。
そう簡単に誘われて、簡単に返事などできてたまるか。
気楽に誘ってくるゾロが心底恨めしかった。

「今回も随分世話になっちまったな。また来ていいか」
「・・・来られるもんならな。グランドラインに入っちまったらそう簡単には来られねェだろう」
「すぐにグランドラインに入るとは言ってねェだろうが。まだ時期じゃねェ」
「じゃあ、いつ入るんだ」
「いつとは言えねェ。それは俺が決めることだ」
「・・・そうかよ。勝手にしろよ。まあ来たけりゃ来りゃいい。その方向音痴で来られたらの話だけどな」
「また来る。お前の料理はスタミナ料理だな」
「・・・」

俺はちょっと驚いていた。
確かに、俺はゾロには特別栄養配分を考えた料理を出してやっていた。
傷を負っている時は吸収がよく、血が作られるように鉄分の多い素材を使ってやったし、治ってきたら今度は
タンパク質とビタミンを多く使った料理をして体力と筋力が回復しやすいようにしてやった。
そんな風に、客によって、その客に必要なメニューを出してやるのはバラティエの常連なら割に頻繁にされている
サービスだtったが、それでもそれと気づいた人間はほとんどいなかったのだ。
ゾロはそこまで深く考えてはいないだろうが、それでも本能でそれを察していたのだ。

びっくりしてゾロを見ている俺に、ゾロはふっと手を伸ばしてきた。

「いい店だ」

ゾロが、クシャ、と俺の頭を撫でた。
俺の胸が、ズキンと刺されたように痛んだ。
知らず、唇が震えてきた。
店を、料理を誉められる事がこんなにも嬉しかったのは、ゼフに誉められた時を除いてはこれが初めてだった。

「あ、当たり前だろ」

声が震えてはいなかっただろうか。
自分を認めさせたいなんて気負わなくても、ゾロは分かってくれている。
それが、泣きたい位に嬉しかった。

「・・・さあ、明日も早いんだ。行くぜ」

俺はゾロの顔を見ないようにして立ち上がった。
ゾロも何事もないような声で言った。

「おう、俺も明日は日の出前にここを出る。オーナーにはよろしく言ってくれ、あと船医のじいさんにも」
「分かった。また来いよ」
「必ず」

あっさりと別れてから、俺はその夜何度も起きて自室からゾロのボートを眺めていた。
暗闇の中、揺れるボートの中でゾロは腕を枕にしてぐっすりと眠っていた。
これから、あの男はどうやって世界一の大剣豪になっていくのだろう。
俺は無性に、それをずっと見ていたいと言う気持ちになっていた。
それはさぞかし、小気味いい道程だろう。
俺の、海へ出たいと言う気持ちは今までになく高まっていた。

だが、俺はバラティエを出ることは叶わないのだ。
俺の為に脚を失った恩人を、見捨てることは俺にはできない。



それからまた数ヶ月がたち、半分忘れかけた頃にまたゾロはやってきた。
今回も、どうやら一人では来られなかったらしく、懸賞首を道案内に連れてきた。
ちょうど海軍が店に来ている時で、それに気づくとゾロはすぐさま俺に頼み込んできた。

「悪ィ、海軍の連中が行くまでこいつを匿ってやってくれ。バラティエについたら解放してやると約束した」
「しょうがねェなあ・・・」

俺はしぶしぶ俺の部屋を明け渡した。
それでも懸賞金なんかがついている人間に勝手に俺の部屋を弄られたらたまったものではないから、ゾロも一緒に
押し込んで見張りをさせた。
そうすると料理も部屋で食べさせなければならないから、狭い部屋に料理を運んでやって食べさせてやった。
部屋食だぜ、あまりにも良すぎるサービスだけどな。

「豪勢じゃねェか」

ゾロは運ばれてきた料理を見て目を輝かせた。
久しぶりだったし、この間の事があったから俺は今までに増して料理に打ち込んでいた。
その成果を見せてやろうと思ったわけではないが、無意識に力を入れすぎてしまったらしい。
大ホールで他の客と一緒に食わせていたらクレームが出るところだ。

「たまたまだよ、たまたま。丁度買出しに行ったばっかりだったからな。代金はちゃんと払ってもらうぜ」
「当たり前だろ。今日も金は持ってきた。今回もお前が買い出しに行ってたのかよ」
「そうだぜ。他のもんも見たかったしな」
「他のもんてなんだ。もしかして色町にでも行ったのかよ」
「だからあの島にはねェと言っただろうが!てめェはそればっかりだなあ」
「そんならいい。お前と入れ違いにならなくて良かったと思っただけだ」
「・・・まあな」

俺がサボりを兼ねてゾロたちが食事をしているのを眺めながら一服していると、ゾロが捕まえたという懸賞首が話に
割り込んできた。

「なんだよあんちゃん、色町に行きてェのか。そんだったら俺がいい所を知ってるぜ」

ゾロは大口で料理を頬張りながら答える。

「なんだよ急に。美人局ならお断りだぜ」
「美人局なんかじゃねェよ。俺は海賊だぜ。安くていい店を知ってんだ。気立てのいいのばっかりでなあ、言えば
 なんでもやってくれるぜ」
「へェ。詳しいな」
「あの頃は船中で通い詰めたからなあ。どうだ、あんちゃんはどんなのが好みなんだ?」

男はいかにも面倒見のいい海の経験者のような顔をしてゾロに聞いているが、その時の俺には好色の親父のように
しか感じられなかった。
ゾロは色町に行きたがっていたし、丁度いいだろうと思うがどうも面白くない。
ゾロが言った。

「そうだな。別に好みってのはねェが、今はいい」
「どうしてだよ。遠慮すんなって。俺を海軍に引き渡さないでくれた礼をしてェんだ」
「礼ならここへ連れてきてもらった事で済んでる。それ以上になると俺の借りになっちまう」
「そうじゃねェよ、ここで海軍に顔を見られねェようにしてくれたじゃねェか。その礼がまだだろ」
「そんなのは別にいい。それに、今はそれ程色町に行きてェと思ってるわけじゃねェんだ」
「なんだよ、若ェのに枯れちまったか?」
「誰が枯れるか。そうじゃねェ。欲しいのがいるんだ、一人」

その途端、俺の心臓は跳ね上がった。
ゾロが「一人」と言った時、その目はまっすぐに俺を見たからだ。

「へェ。惚れちまったってわけか」
「そうだな。そうらしい」

俺はいたたまれず咳き込むふりをして視線を逸らした。
ゾロはまだ、俺を見つめている。

「若ェってのはいいね。まあ頑張りなよ。ものにできる事を祈ってるぜ」
「ああ、そのつもりだ」
「自信家だねェ」

男はそれ以上は強く勧めず、料理に没頭し始めた。
俺は、ゆっくりとその場を離れた。


厨房に戻って料理を始めたが、ゾロの言っていた事が頭から離れなかった。
ゾロがあの時俺を見たのは、どういう意味だろうか。
まさかおかしな意味があるとは思えない、もしかしたらそういう話を俺とゆっくりしたいとでも思っているのだろうか。
その落としたい相手がどこの誰かは知らないが、そういう話をできる連れも仲間もいないのだから、たまにしか
会わないがそれでも同じ年の気楽さで、俺に打ち明けたいと思っているのかもしれない、きっとそうだ、そうに違いない。

俺は自分自身に結論をつけ、そういう事なら一晩部屋に泊めてやって、夜通し惚れた女の話を聞いてやっても
いいと思った。
俺だって18になって、バラティエに客としてくるレディ達の中にはちょっと気がある素振りなんかを見せてくれる
レディもいるわけだから、これからどうすればいいのかちょっと悔しいがゾロに相談してみるのもいい。
このレストランは俺以外みんな大人ばかりだったから、そういう話に等身大で乗ってくれる相手もいなかったのだ。
イーストブルーの魔獣とそんな話をするのも稀有な体験ではないだろうか。
俺は自分勝手に決めた結論に半ばワクワクして、夜になるのが待ち遠しくなっていた。




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