酷い男【真昼様】
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とにかくひでェヤツなんだよ。
俺の話を聞いてくれるか。
あいつに初めて会ったのは、まだ俺がレストラン・バラティエでコックをしていた頃の事だ。
確か、俺もあいつも17の時だったと思う。
俺は、自分用の買出しの船で近くの港へ買出しに出かけたその帰りだった。
船は小さいが、小さなキッチンもついているし、バラティエから往復で3日かかるその港へは、おれ自身の休養も兼ねた
気楽な小旅行だった。
俺はレストランでコックなんかしちゃいるが、本当のところ、まだ見ぬ海原へと旅をしてみたくてたまらなかった。
子供の頃から夢見ていた、「オールブルー」を見つけて、その話をウソだと決め付けて笑った連中を見返してやりたかった。
それに何より、おれ自身がその「オールブルー」というものをこの目で見てみたかったんだ。
だから俺は一人船の舵を握りながら、「よーそろ」だの「敵は左舷から来るぞ!砲撃準備!」とか一人でつぶやきながら、
船乗りになってこの大きな海原を渡っているつもりになっていた。
子供っぽいと笑うかもしれないが、誰も見ていないところだぜ、誰だってそれ位の覚えはあるだろう。
「遭難者発見、直ちに救助せよ」
「イエッサー!浮き輪を投げろ!」
「これはこれは、美しい遭難者だ。お怪我はありませんか。私のベッドをお貸ししましょう。ゆっくり休まれるといい」
「まあ、ありがとう。素敵な船長さん」
「なんてな、なんてな〜〜!!・・・・ん?」
いい気分で一人芝居なんかやっている最中、俺はそれを見つけた。
それは、波間に見え隠れする、小さな一隻の船だった。
「・・・船じゃねェな、ボートだ」
確かにそれはボートだった。
俺は周囲を見回した。
俺は、そのボートが救難用のボートかと思ったのだ、つまり、それ位小さかった。
周囲に難破したらしい船影はない、もちろんこのボートは長い事漂ってきたのかもしれないから近くになくても
不思議ではないのだが。
一見したところそれで大海原に出るようなボートでは決してない。
操縦している人間の姿も見えなかったし、俺は心配になって自分の船を寄せた。
船の中に、横たわっている人影が見えた。
「おーい!大丈夫かー!」
俺は大声で呼びかけながらそのボートに近づいた。
近づいても、横たわっている人影は動く気配もない。
もうお陀仏になってしまっているのだろうか。
例えそうでも、海に生きるものとしては海で死んだ人間をそのままにはしておかないものだ。
もし死体なら、この船でバラティエまで引っ張っていって、そこできちんと水葬にしてやればいい。
「おい、生きてるか?死んでんのか?」
俺は寄せた船からボートの中を覗き込みながら言った。
図体の大きな人間だ、美しい女性ではなかったなと頭の隅で思いながらも俺は自分の船に備え付けてある櫂で
そいつをつついてみた。
「むご」
「お」
死体、いやその人間は何かを言った、という事は死体ではない。
だが船といいそいつといい、何もかもがボロボロだった。
おそらく死にかけているのだろう。
俺はそう判断し、船とボートを綱で固定すると、ボートに乗り移った。
小さいボートだ。
大人三人も乗ればいっぱいだろう。
ボートには樽一つとロープ、櫂、予備の帆布、そして釣竿と思われる木の棒があるだけで他には何もない。
かろうじて男は毛布をかぶってはいるが、それも風雨にさらされてボロボロだ。
一体何があったというのだろう。
俺は横たわる男を抱き起こそうとした。
しかし重い。
一体何でできてるんだこの男は。
ぱっと見たところ、変なできものができている感じではない、ウイスル性の伝染病などうつされたら困るが、
そういう事もなさそうだった。
「おい、大丈夫か。動けるか?」
俺が肩を貸して体を起こしてやると、男はようやく目を開け言った。
「・・・誰だ、お前」
「誰だじゃねェよ。お前こそ誰だよ。俺は通りすがりのコックだ。遭難でもしてるんじゃねェかと思ったんで見に来てやったんじゃねェか」
「遭難?俺は遭難なんかしてねェぞ」
「そうかよ。それにしちゃあすげェナリだけどな。それにこのボート、救難用じゃねェのか」
「そんなわけはねェだろ。俺はこれ一つで生まれた島からずっと航海してる」
「へェッ、この船でか?」
俺は一瞬呆れ返った。
この男がどこで生まれたのか知らないが、「ずっと」という言葉にこのボロボロのなり、ここまでなるには相当
長い航海をしてたんだろうが、その間このボート一つで嵐も乗り越えてきたというのだろうか。
「馬鹿にするな。立派なもんだろうが」
「あー、分かったよ、そんなら俺はもう用はねェな。遭難してるわけじゃねェなら、俺が助けてやる理由もないわけだし」
俺はすぐに自分の船へと飛び移った。
正直言って、俺は悔しかった。
こんな船一つで、一人だけで、この海を越えてきた男。
どこから来て、どこへ行くのか知らないが、俺にはこの男がどこまでも自由に思えた。
「待て、お前コックとか言ったな」
だが、男はすぐに俺を引き止めてきた。
「ああ、そうだぜ。コックに何か用か」
コックに用と言えば答えなど分かっていたが、それでも俺は意地悪く聞いた。
だが途端に男の腹が盛大に鳴って、俺は屈託も忘れて吹き出した。
「腹、減ってんのか」
俺は聞いた。
腹の減らしたやつを、俺は見過ごしにはできない性質だ。
俺もそろそろ船を止めて夕食の準備にでも取り掛かろうと思っていたから、買出しに行ったふんだんな食材で
二人分の料理を作る事など造作もないことだ。
「ああ。三日食ってない」
「三日か」
俺はこともなげに言った。
俺はかつて二ヶ月の間少ない食料と水だけで過ごした経験があるから、三日断食くらい大した事はない。
だがまあ、普通の人間なら三日食わなきゃほとんど死にそうだろう。
「こっちに来られるか?今何か作ってやるよ」
「作る?ここで作るのか?」
「ああ、この船は俺の専用だからな、キッチンも付いてるんだぜ。買出し様だけど、時には珍しい食材を探しに
遠出する事もあるからな。船はちゃんとつないどけよ」
「ああ」
三日食ってないと言った割に男はきびきびと動き、俺の船と自分のボートをしっかりと繋ぎなおすとこっちの船に
移ってきた。
俺は操舵室の後ろについているキッチンに立ったまま男を横目で眺めた。
俺の船の中を大した興味もなさそうに一瞥しただけで、男は床にどっかりと座り込んでいる。
少なくとも、遭難者を装った海賊ではないらしい。
男からそういう匂いはしなかった。
もしやるとしたら、この男はだまし討ちなどせずに最初から堂々とやるだろう。
この男の事など何も知らないのに、なぜかそんな気がした。
とりあえず男の腹を満たしてやるため、俺は簡単な野菜スープをつくり、パンを切ってやった。
それから自分用にと思って肉を焼いていたら男がいかにも食いたそうな顔をしたので男の分も焼いてやった。
スペアリブの、香草焼きだ。
そんな骨付きの固めの肉なのに、男はスープと一緒にペロリと平らげた。
ガツガツしてはいたが、それでもそれは気持ちがいいほどの食いっぷりで、俺は気をよくしてスープのお代わりを
出してやった。
「クソ美味ェだろ」
「ああ」
返事と共に再び皿が突き出されてきた。
俺はそれにもう一度スープをよそってやり、自分はタバコに火をつけた。
こうして大海原に浮かぶ小さな船の上で、腹も満たされた今、この一服はこたえられない。
おれはぷかぷかやりながら男を観察した。
男はまだスープを飲んでいて、さすがに腹が膨れてきたのかようやく味わうようにして一さじ一さじゆっくりと口に
運んでいる。
さすがに人間らしくなってきたその顔は、最初に思ったよりも随分と若そうで、それでもその体からは長い事海を
漂ってきた男の経験みたいなものがにじみ出ていたから俺はまた少しだけ羨ましくなった。
「そんで、お前はずっと一人なのか?」
俺は男に聞いた。
「いや、連れがいた事もあるが」
「どうしたんだよ。喧嘩別れでもしたのか?」
「いや・・・そういうわけじゃねェんだが、気がついたらいなくなった」
「気がついたら?海に落ちたのか?」
「そういうわけじゃねェ。元々別々の船に乗ってたんだ。どっかの島で一緒になって、ついてきてェなんか言うもん
だからしばらく一緒に航海した。一緒に戦ったりもしたが、一度大船団に当たって、そこで強そうなのを追っかけて
たらいつの間にか見えなくなっちまった。しばらく探したんだが、死体も船の残骸もなかったからどっかで生きては
いるだろうとは思ってるが」
「大船団ってお前、そんなのと戦ってんのか」
「あっちからふっかけて来るんだ。いいカモにでも見えるんじゃねェのか。何にもねェのになァ」
「確かにな」
「まあ、あっちがいいカモだけどな」
「どういう意味だよ」
「海賊なら賞金首の一人や二人は乗ってるだろう。そいつを倒して海軍に持っていけば少しは金になる」
「お前、海賊狩り?」
俺は思わずはっとして男の腰を見た。
刀が三本、さっきはなんとも思わなかったが、もしかしたらこいつは、もしかしたら。
「お前もしかして、海賊狩りのロロノア・ゾロ?」
「なんだ、お前俺を知ってんのか」
「知ってるに決まってるだろ・・・」
今やイーストで海賊狩りのロロノア・ゾロを知らない人間はおそらくいないだろう。
だがその頃はまだ花丸急上昇、売り出し中の海賊狩りという程度だった。
だが俺は海のレストラン・バラティエで働いているのだ。
いろんな人がいろんな噂を持ってくる。
三刀流の海賊狩り、イーストブルーの魔獣。
そんなレストランにいて、ロロノア・ゾロを知らないわけがない。
「そうか」
相手が有名人だったと知って、俺はまじまじと見つめなおした。
これが三刀流の海賊狩り。
それは俺が漠然と考えていたイメージとはまるで違う姿で、それでもゾロを目の前にして俺は深く納得する。
カタリでも何でもない、この男がイーストブルーの魔獣なのだ。
この、ボートに帆を張っただけの小さな船で、三日も何も食べず、ボロボロの毛布に包まってほとんど漂流してるような
この男が、改めて見てみれば鍛え抜かれた筋肉と、絶えず周囲を警戒する鋭い目を持ち合わせているのが分かる。
ここに来るまでに、どれだけの敵と戦って、どれだけの敵を倒してきたのだろう。
その旅は、俺には悔しいほど眩し過ぎる。
黙ってしまった俺に、ロロノア・ゾロもあえて何かを話そうとはしなかった。
ただ律儀に皿をキッチンに運んでくれ、それから船をつないでいたロープを解くと自分のボートに飛び乗った。
「ごちそうさん。世話になったな」
ゾロがそう言うのにも、俺はただ頷いただけだった。
「海上レストラン、バラティエ」
ゾロが自分のボートの上で言った。
俺は顔を上げる。
その名を知っているのだろうか。
「ボートに書いてある」
「・・・ふん」
「今日の代金を払いにいつか寄る。今は持ち合わせがねェから」
「・・・場所が分かるのかよ」
「さあ、分からねェな。けどその内着くんじゃねェか。場所を聞いておいても、俺はどうも方向音痴らしいから」
「それじゃあ絶対来ねェじゃねェかよ!」
「大丈夫だ、着く」
「どういう自信だよ全く・・・。いいか、別に今日の飯は金を取ろうと思って作ったわけじゃねェぞ。でも払いに来るっ
てんなら来い。今度はちゃん設備の揃った厨房で作った料理を食わしてやるから」
「今日のも美味かったけどな。お前がそう言うなら、店じゃもっと美味ェのが食えるんだろう。食いに行くぜ」
「おう、言っとくが、あんまり長い事来ねェと利子がかさむぞ」
「分かった。できるだけ早く行く」
一体全体、俺はこの男が憎いほど羨ましいのに、なんでそれでもまた来いなんて事を言ってしまっているんだろう。
自分でもわけが分からないまま、帆を風に向けて走り出すゾロのボートを見送った。
また会えるだろうと思った。
それは確信だった。
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